037 別れの予感
「それでは、報酬金のお支払いとなります」
サリーさんが差し出した報酬金の、その額は、ラソラナ討伐の時よりも若干安かった。
ラソラナが積極的に人を襲う第三級に分類される魔物であるのに対し、ハイベックスはテリトリーに侵入するなど、こちらから刺激しない限りは襲ってこない第四級の魔物であるのが影響しているのだろう。
理解しつつも、一所懸命たたかったわたしとしては若干複雑でもあった。
「むう……」
「なんだ？ 不満か？」
おじさんが口角を吊り上げ、揶揄ってくる。
「不満じゃないよ。でもラソラナより少ないんだなーって」
正直なところを言うと、おじさんはその極太い腕をカウンターに乗せ、空いた手の親指でわたしを差し、受付嬢であるサリーさんに言う。
「おいサリー、ウチのお嬢が足りないだとよ。もっと持ってこい」
すると案の定、彼女は困ってしまった。
垂れ目を大きく見開き、あわあわと両手をあげ「こ、困ります！」と悲鳴交じりに言う。
彼女は優秀な受付嬢だが、こうしたアクシデントに弱いと評判だった。それは隣のカウンターから先輩受付嬢のアウラーさんが助けに飛んでくる様からもよくわかる。
「どうかなさいましたか？」
「あ、いや……」
さすがのおじさんも、まさかこんな大事になるとは思っていなかったのだろう。イガグリ頭をボリボリと掻く姿の滑稽なこと。わたしは確と目に焼き付けながらも、助けてあげた。
「すみません。おじさんが冗談を言っただけですから」
「リーベちゃんがそういうなら……」
アウラーさんは「大丈夫？」とサリーさんに小声で尋ね、彼女が健気に頷くのを見ると自分の持ち場に戻っていった。
「す、すみません。私、鈍くて……」
「いや、悪いクセが出ただけだ。気にしないでくれ」
2人の間には気まずい空気が流れている。見かねてわたしは言う。
「ほんと、日頃からそんなことしてるからだよ」
「ああ。リーベだけで我慢しとくよ」
「違う、そうじゃない！」
わたしが叫ぶとサリーさんはくすくすと、口下を押さえた可愛らしいしぐさで笑った。
「2人は本当に仲が良いんですね。ここまでフランクな師弟は中々いませんよ？」
「まあ、おしめを変えてやったこともあるくらいだかんな」
「おじさん！」
まったく、おじさんったら！
わたしが恥ずかしい思いをする一方、サリーさんは楽しげに笑っていた。
「可愛い弟子がハイベックスを倒してどうですか？」
「……どうもなにも、これで増長しなけりゃ、それでいいさ」
そう言うとおじさんは報酬金を受け取り、そそくさと退散しようとした。しかし「領収書！」と呼び止められ、慌てて引き返してきた。
その様子からおじさんが照れていることは容易に想像できる。その事実を珍しく思う一方、愛されてるんだなと感じられて、胸が温かくなった。
「おや、終わったようですね」
掲示板を眺めていたフェアさんが振り向く。端正な顔は今も微笑を湛えていて、今日も世界は平和だと思わされる。しかしその背後には人々の助けを求める声が形となって張り出されており、わたしは胸が疼くのを覚えた。
「あの、依頼はどうですか？」
相棒からお金の入った袋を受け取っていたフェアさんに尋ねる。思いが先走るあまり言葉足らずになってしまったが、彼はわたしの言わんとする事を察してくれた。
「そうですね、当初よりかは目に見えて減ってきていますよ。この分ならもう直、辞令が下ることでしょう」
「じれい？」
聞き慣れぬ言葉に首を傾げていると、フロイデさんがぼそりと教えてくれる。
「ギルド本部から、帰って来いって、言われる」
「本部って……」
「王都だな」
おじさんの言葉に頭が揺さぶられる。
王都……テルドルの外……おじさんたちは王都の冒険者だ。その弟子になったわたしもそれに着いていくことになるとお父さんは言っていたけれども、こんなに早くだなんて……
煩悶としていると、肩に大きな手を置かれた。
「そう深く考えるな。冒険で外に出る。その延長なんだからよ」
「……うん」
おじさんはわたしの肩を叩くと「んじゃ、ぼちぼち解散すっか」と気持ち大きな声で言った。それにフェアさんが続く。
「そうですね。体が疲れていると気持ちも沈んじゃいますから」
その言葉に覚えのあったわたしは、それに従う事にした。
もうすぐテルドルを出て行かなければならない。
その事実に苛まれたわたしは食べる手を止め、しばしば悲嘆に暮れていた。
そんなことをしていれば食卓を共にしている両親を心配させてしまうのは今にして思えば当然だが、数秒前までのわたしはこれに気づけなかった。
「リーベ？ 何処か具合でも悪いの？」
お母さんは眉尻を下げて心配してくれる。
「あ……ごめん、ボーッとしてた」
「疲れが溜まってるのね。午後はゆっくりすると良いわ」
「……うん。そうするね」
微笑み掛けて昼食を再開しようとスープを掬うが、お父さんと目が合う。
日に焼けたまぶたの間に覗く鳶色の瞳は妻と同様の心配に加え、悲哀や同情のような深い共感の念が表れていた。だからきっと、お父さんには見透かされちゃってるんだ。
そう思うと、わたしは本当のこと打ち明けるべきだと思わされた。
「……あのね。もうすぐ辞令が出るだろうってフェアさんが……」
「辞令って……王都に戻って来なさいってこと？」
お母さんの上擦った声にわたしは頷いた。
「そんな……」
「仕方ないことだ」
妻の悲嘆とは対象的に、お父さんは割り切ったことを言う。
「あなた！」
非難を受けてなお、その表情は崩れなかった。
「冒険者になった以上、仕方ない事だ。……そうだろう？」
テルドルを出なきゃならないという事実を知ったのはもう半月も前のことで、当時もお父さんと同様のやりとりを交わしていた。そして時間が経過した今も、その意思に変わりはなかった。
「……うん…………」
頷くつもりが、そのまま項垂れてしまった。
目の前には食卓が広がっており、我が家では定番のラタトゥイユなどの料理が湯気を立てている。……王都に行ってしまったら、もうこれを味わうことも出来ないのだ。悲しい事実が胸に澱のように降り積もり、心が重くなる。
「故郷を離れる時ってのは誰だって憂鬱になるもんだ。だが、鬱ぎ込んでちゃ見えなくなるものもある。冒険者活動を頑張るのは偉いことだが、自分の心とも向き合うことだ」
「お父さん……」
お父さんの故郷は遙か北東にある都市、オズソルトだという。そこを旅立つ時、今のわたしと同じ憂慮を抱いていたのだろう。言葉の節々から、そう言った実感がひしひしと感じられた。
今この話をしていて、郷愁にかられているのかもしれない。そう思った途端、わたしは少しでも多く、テルドルの思い出を向こうに持ち込みたいと切実な思いに駆られた。
「……わかったよ。ねえ、お父さん、お母さん」
わたしは両親の目を交互に見ながら続ける。
「午後、お散歩に出てもいい？」
「え、ええ。気を付けるのよ？」
「疲れない程度にな？」
2人の了承を得ると、わたしは細やかな計画を立てた。
わたしの故郷、テルドルを回ろう。当てもなく、気の赴くままに。そうする中で街の景色を、匂いを、音を、あらゆる情景をこの胸に刻みつけるんだ。
そう決めるや、わたしは午後の活力を求めて昼食を再開した。もちろん、その美味を堪能することも忘れなかった。
食堂〘エーアステ〙はテルドルの中央区の端の方に存在する。
この好立地はなにも集客の面だけに優れているワケではない。近所に商店や風呂屋が揃っているため、その利便性を感じない日は1日としてなかった。
だが、今この時だけはこの立地がわたしに迷いを生じさせていた。テルドルを巡るのにおいて、街の中心部からでは無数にルートが生み出せてしまうからだ。
さて、どうしたものか。鼻息を大きく吐き出したとき、右の方から低い声が響いてきた。
「あ、リーベちゃん」
振り返るとそこにはロイドさんがいた。
海賊船長のような貫禄がある彼はエプロンを纏い、右手にはトングを、左手には大容量の麻袋を握っていた。
何ともチグハグな印象を受けるが、これが彼にとって、そしてテルドルの人々にとっては平常なのだ。
「ロイドさん。またゴミ拾いですか？」
「うん。でも、最近はゴミが少ないせいでやりがいに欠けるんだよね」
彼が苦笑すると、わたしも釣られて笑った。
「ふふ！ それはロイドさんたちが拾っちゃうからですよ」
ロイドさんの趣味は清掃活動であり、街の美化委員にも名を連ねている程に熱心なのだ。
「それじゃ少しばかり手を抜いた方がいいのかな？ なんてね、はは！」
笑い合う中、わたしは妙案を思いつく。
「そうだ。あの、わたしもお手伝いしていいですか？」
「リーベちゃんも？ ……いいけど、まだ疲れてるんじゃないの？」
「疲れない程度にしておきますから」
食い下がると彼は人の良い笑みを浮かべ、これを快諾してくれた。それから腰に吊るした予備のトングを貸してくれた。
「ありがとうございます」
「礼なんて良いよ。それよりも、どうしてゴミ拾いに協力してくれるの？ 退屈だと思うよ？」
「ああ、それは――」
事情を告げると、彼は深い共感を示した。
「なるほどねえ……俺も覚えがあるよ。帰ろうと思えば帰れる場所だけど、あの景色を今すぐに見れないっていうのは結構つらいものだからね」
「やっぱりそうなんですね」
「うん――ああでも、悪いことばかりじゃないよ。俺はテルドルが好きだし」
「ふふ、知ってます」
ロイドさんは陽気に笑うと「ゴミ拾いは良いものだよ。街をもっと好きになれるからね」と教えてくれた。
「じゃあわたしはラッキーだったんですね」
「そうだね。さ、立ち話もほどほどにして、ゴミ拾いをしようか」
「はい」
こうしてわたしたちは昼下がりの街へ繰り出した。
最初に訪れたのは西側の広場だった。
円形の広場には露店が何点も出ていて、野菜や雑貨、あとはちょっとしたおやつが売っている。わたしの目前では少年がお母さんに焼き菓子をねだっているところだった。
「ねーねー、アレ食べたいよ」
「だーめ、晩ご飯入らなくなるでしょ？」
そんなありふれた会話を耳にすると、とても穏やかな気持ちになれた。
「ふふ、なんだか昔の自分を見てる気分です」
「奇遇だね。俺もだよ」
笑い合うとゴミ拾いを開始した。
人が集まる場所なだけあって、種々様々、沢山のゴミが落ちていた。紙くずに串、踏まれてズタズタになったハンカチなどなど。時には小銭を拾うこともあった。
「これどうしますか？」
お金を見せて言うとロイドさんは辺りを見回した。
「落とし主っぽい人もいないし貰っちゃえば？」
小銭を落として困る人などそうそういないだろうし、何より持ち主の探しようがなかった。
「うーん……」
逡巡の末、わたしは自らの手でこれを経済の流れに戻してあげることに決めた。
……それっぽく考えてみたけど、結局は貰ってしまったのだ。ラッキーと思わずにはいられない。
わたしはちょっと得をした気分で広場を出て、そのまま西区に至る。
テルドルの西区には南北に川が流れているため、それを活用する形で産業施設が軒を連ねている。一般に産業区と呼ばれる一帯は日頃関わりがないが、これも良い機会だ。目に焼き付けておこう。
粉挽き所や各種工房などを眺めながらゴミを収集していく。
既にゴミ拾いを始めてから1時間ほどが経過しているが、ゴミ袋が半分も満たされていない辺り、テルドルの治安の良さが窺える。その事実に嬉しくなってくる。それはロイドさんも同じの用で、額に浮いた汗を清々しい仕草で拭っていた。
「ふう、ここら辺はもう大丈夫そうだし、南区に行こうか」
「はい」
頷いたわたしの耳に甲高い音が響いてくる。
カーン！ カーン！ カーン！
その音に振返ると、そこには鍛冶屋があった。
石造りの背が低い建物で、開け放たれた窓からは熱気と共に鍛造する音が断続的に聞こえてくる。確かこの建物は……
「ダルさん……」
亭主の名を呟くと、隣でロイドさんが息を呑んだのが伝わってくる。
妻のスーザンさんがなくなって以来、どうにか日常に戻れたようだけど、その心が穏やかでないのは街のみんなが知っていた。だからわたしは心配になったけれども、スーザンさんが亡くなる切っ掛けを作ったのは他ならぬわたしだ。どんな顔をして会えば良いか、わからない。
悶々としていると、ロイドさんが優しく呼びかけてくる。
「行こう、リーベちゃん」
「……はい」
わたしは心の中で謝罪を述べるとその場を後にした。
南区は住宅街となっており、各家庭で夕食を拵えている気配を鼻腔で感じ取れた。
「良い匂いだね」
「この匂いはシチューですね」
そんなことを話ながらゴミを収集していると、嗄れた声が耳に届いた。
「おや、ロイドさん。今日もご苦労様」
振返るとそこには老婦人のメリッサさんがいた。
「あ、メリッサさん。どうも、今日もお元気そうで」
「ほほ、健康だけが取り柄なもんでね――おや、リーベちゃんも一緒かい」
彼女は意外そうに垂れたまぶたを押し上げた。
「こんにちは、メリッサさん」
「はい、こんにちは。ロイドさんと一緒なんて珍しいね？」
「ええ、散歩してるときにたまたま会って、こうしてお手伝いさせてもらってるんです」
「そうかい」
彼女は杖の頭を両手で握ると、感慨深そうな声を発した。
「そういや、リーベちゃんは冒険者になったんだってね？」
「はい」
「エルガーさんが引退した矢先にあんなことがあって心配だったけど、リーベちゃんが頑張ってくれてるって聞いて安心したよ。ありがとうね？」
「い、いえ……そう言って頂けると嬉しいです」
面映い思いで目線を逸らすとメリッサさんは穏やかに笑った。
「ほっほっほ！ お陰で街は今日も平和だから、たっぷり英気を養うと良いよ。それじゃあね」
そう言い残して彼女はゆっくりとした足取りで去って行った。
その小さな背中を見送っていると、わたしは冒険者になって良かったという実感が募り、思わず胸が高鳴る。胸に手を当て、早まった鼓動を鎮めていると、ロイドさんが不安そうに問うてくる。
「リーベちゃん？」
「あ、すみません。ちょっとボーッとしてました」
「大丈夫？ 疲れたんじゃない？」
「いえ大丈夫です。さ、次に行きましょ」
「う、うん」
そうして住宅街を回っていると、子供たちの燥ぎながら通りに飛び出して来た。どうやら鬼ごっこをしているようで、「タッチ！」の言葉と友に立場を入れ替えていた。
どうやら少年学校からの帰りのようで、子供たちは放課後の自由を謳歌しているらしい。
少年たちは「こんにちわー」とわたしたちに挨拶しながら通りの向こうへ駆けていった――次の瞬間、曲がり角から屈強な男性がヌッと姿を見せ、派手に衝突してしまった。
「いてて！」
体重の軽い少年の方が弾かれ、後続の友達と打つかり、絡み合うように倒れ込んだ。
「だ、大丈夫⁉」
わたしたちが駆け寄ろうとしたその時、男性が少年に手を伸ばす。
「大丈夫か？」
両手を借りて立ち上がると少年2人は謝罪した。
「ごめんなさい」
謝るその姿は殊勝で愛らしいものだったが、それはほんの一瞬のことで、少年らしいやんちゃを見せた。
「……て、なんだ。ボリスのオッサンじゃねえか」
「なーんだ、謝って損した」
「そりゃどういう意味だ、ガキ共！」
ボリスさんは両腕を広げ、少年たちに襲いかかる仕草をする。すると少年2人は大燥ぎで逃げていった。
「ちゃんと前を見ろよ～！」
そう呼び掛けながら手を振っている彼の下へ向かう。するとすぐに気付かれた。
「ようボリス」
「ん？ なんだロイドか。それにリーベちゃんも。妙な組み合わせだなおい」
「はは、お店の前でたまたま会ったんですよ」
「ほーん。でもゴミ拾いなんて退屈じゃねえの？」
「お散歩しながらなんで楽しいですよ」
今日の体験から得た本音だった。
「ボリスさんもやってみますか？」
誘ってみると彼は「俺はパス。そんなみみっちいことはやってらんねえよ」と手を払う仕草をした。
するとふだん温厚なロイドさんが声を荒げて反論する。
「みみっちいとはなんだ！ ゴミ拾いは最高の娯楽なんだぞ！」
「それはお前の中だけだろ」
「なんだと！」
2人が睨み合う中、わたしは何も出来ずあたふたとしていた。するとそこへ、耳に馴染んだ声が飛んでくる。
「おいおい、ケンカは止してくれよ」
振返るとそこにはバートさんがいた。鏡面の如くに磨き上げられた頭頂ドに陽光が閃き、わたしの目を灼いた。
「まぶし！」
手庇を解きながら彼を見やると、その手に白いパンジーを植わった植木鉢があるのに気付く。彼の植木鉢の扱いはまるで水を掬うかのように繊細で、彼が如何にこの花を大事にしているかが伝わってくる。
「俺の大事なパンジーが枯れちゃったらどうするんだ」
彼を知らない人が聞いたら、今の言葉を聞き間違いだと流していたことだろう。だが彼が毎期、一凛の花を愛し、慈しんでいることはこの街ではあまりにも有名だった。だからわたしはこれをスルーせず、言葉通りに受け止められたのだ。
「そんなことで花が枯れるわけねえだろ？」
ボリスさんがふてくされて言うと、バートさんは目の色を変えた。
「枯れるさ！ お花にだって心はあるんだぞ！」
そう熱弁されるとそんな気がしてくるが……その真相は神のみぞ知るといったところだろう。
「はは、バートさんは本当にお花が好きなんですね」
「ああ、見返りを求めないで健気に咲くから好きなんだ」
とても詩的で素敵な考えだった。
「ところで、どうしてリーベちゃんが2人と？」
わたしは本日何度目かの事情説明をした。
「そうなんだ。でも昨日帰ってきたばかりなのに歩き回って大丈夫なの？」
「はい、一晩休んだので」
「でもよ、疲れってのは気付かないところで溜まってるもんだぞ？」
ボリスさんが実感たっぷりに言う。
「ううん……そう言われるとなんか、疲れてるような気が――」
「ほら、ロイドが調子乗って連れ回すから」
「だってゴミ仲間できてうれしかったんだもん、しょうがないだろう？」
「ゴミ仲間って……」
苦笑していると、視界の隅にヌッと熊のような大きな影が現れる。
民家の軒に登頂が届きそうなその長身が一体誰のものであるか、考えるまでもなかった。
「げげ！」
咄嗟にロイドさんの陰に隠れる。
「急にどうしたの？」
「おじさんがいるんです！」
「ヴァールさんが？ ……ほんとだ」
3人が通りの向こうへ視線を投げると、あちらも気づいた。太く長い足で石畳を踏みしめ、歩きながらにして走っているような速度でやってくる。
「よう、山賊トリオ。ここらでリーベの奴を見なかった――」
見つかった。
「あはは……」
「リーベ。家で休んでろって言ったよな？」
「……ごめんなさい」
「たく、しょうがねえ奴だ」
ぼりぼりと頭を掻くと3人の方を見て「邪魔したな」と言う。
「いえ、こっちこそ連れまわしちゃってすみませんでした」
「お前が謝ることじゃねえさ――帰るぞ」
その言葉に頷きつつも、わたしはロイドさんの方を見る。
「今日はどうもありがとうございました」
「いや、こっちこそ手伝ってもらっちゃって、助かったよ。ゆっくり休んでいってね」
「はい。それじゃ、さようなら」
3人は見かけによらず温かくお見送りしてくれた。
その事実をちょっと可笑しく思いつつも、テルドルを出たら彼らとも当分会えないのだと思うと悲しくなった。
「どうしてわたしのこと探してたの？」
中央区にある我が家へと向かうその道中、わたしはおじさんに尋ねた。するとおじさんは横目にわたしを捉えながら返答する。
「たまたまお前んちの前を通りかかったからな、師匠に聞いてみたんだよ。『リーベは休んでるか』ってな。そしたら『散歩に出た』って言うからとっ捕まえてやろうと思ったんだよ」
まったく、とため息をつくとしばし沈黙し、場の空気が改まった頃、再び口を開く。
「テルドルを離れるのは辛いか」
「……うん。だって、生まれてから今まで、ずっとここで過ごしてきたんだもん…………」
「そうか」
おじさんはわたしから目を背け、歩き続けた。その素っ気ない振舞からは、わたしの不安に共感しきれないでいることが読み取れた。
「おじさんは故郷を出たくないって思わなかったの？」
「思わなかった」
絶対うそだ。そう確信したわたしは「うっそだ～」と、揶揄うような調子で小さな瞳を覗き込んだ。しかし、神妙な目をしていて、先の言葉が真実であることを物語っていた。
「俺はお前と違って周囲に恵まれてこなかった。それだけさ」
「おじさん……」
それから数秒、気まずい沈黙が流れた。わたしはただうつむいて、おじさんのつま先が小刻みに繰り出されるのを見ていた。そうしていると、おじさんは「それよか」と口癖を発した。
「お前は悲しい思い出を最後にこの街を出ていきたいか？」
「いやだよ、そんなの……」
「だろ？ ならそんな湿気た事は考えねえで、今まで通り明るくしてろ。その方が絶対いいから」
おじさんの言い分には一理も二理もあるように感じられた。だってテルドルを思い出すたびに悲しい思いなんてしたくないもの。
「……そうだね。うん、そうしてみるよ」
「それがいい――ほら、着いたぞ」
その声に振り向くと、見慣れに慣れた我が家があった。店内から漏れ聞こえてくる歓談する声にわたしの寂寥が、いつもの陽気にへと塗り替えられていくのがわかった。
