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032 初めての野営

 今回の依頼についての話し合いが終わると、日を(また)ぐことなく出発となった。


 太陽は西の空へ沈みつつあって、あと2時間もすれば西側に(そび)える急峻の陰に隠れてしまうだろう。


「ねえおじさん。すぐ日が暮れちゃうんだから、明日出発にした方が良いんじゃない?」


 セロン村の南部に佇む隔壁へ向う道中、わたしは尋ねた。すると先頭を歩いていたおじさんが前方を見つめたまま淡々と答える。


「ここの狩人の脚で狩り場まで半日かかるらしいからな。体力のないお前を連れてちゃあ、その2割増しの時間が掛かるだろうよ」


 つまり、その差分を埋めるために今こうして歩いているということわけか。我ながら、なんと不甲斐無い。


「ご、ごめん……」

「こうなるのをわかりきってお前を弟子に取ったんだ。お前が謝ることじゃない」

「おじさん……」

「まあ、腑抜けたこと抜かしてりゃ、その限りじゃねえがな」

「むう……」

「つまり、今のあなたは立派と言うことですよ」


 フェアさんがくすりと笑うと、おじさんはきまりが悪そうに押し黙った。


「ヴァール、照れてる?」


 2番目を歩いていたフロイデさんが小さな頭を傾け、リーダーの顔を覗き込みながら問う。


「なわけねえだろ! ……それよか、こっからは自然界なんだ。気張っていけ」


 おじさんが言い終えたその時、壁に到着した。


 村の南西と南東にある高台を結ぶようにして築かれたそれは、街道と打つかる地点に青銅の重厚な門扉を備えていた。わたしの胸ほどの高さのところに太い(かんぬき)があり、おじさんはそれを、まるで箒を扱うかのように軽々と引き抜いて、壁の足下に横たえた。

 それから門扉の左側1枚を両手で押し開く。


 ゴゴゴゴと金属と砂が擦れる音を耳にすると、わたしは途端に緊張してきた。するとフェアさんがいつもの穏やかな口調で励ましてくれる。


「大丈夫です。私たちがついていますから」

「は、はい……ありがとう、ございます」


 頼もしい限りだが、今回のターゲットとはわたしが戦うのだ。なのにこんな弱腰で良いのだろうか?

 そんな不安に煩悶(はんもん)としつつ、わたしは行動を開始した。




 太陽が西の果てに達した。空が赤と青に塗り分けられ、浮かぶ雲は金色に染まる。そのきらびやかな情景とは裏腹に、地上は暗黒に染まりつつある。わたしたち一行は時間の許すギリギリまで歩くつもりだったが、さすがにもう限界のようだ。


「うし。ここで野営をするぞ」

「野営……」


 野営ってあれだよね? 青空の下、拠点を設営してどうこうって言う……


 冒険者になればいつしか経験するものだと覚悟していたが、やはり不安になった。

 わたしが悶々とする一方、おじさんは街道の真ん中で薪を組み重ねていった(薪は道中で集めたものだ)。


「何か手伝えることある?」

「じゃあ火をくれ」

「うん。わかった」


 わたしはスタッフを取り出すと、火の粉を薪の山に放った。


 火の粉は乾いた枝を喰らうかのように燃え広がり、程なくしてメラメラと炎をあげて燃え始めた。薪の爆ぜる音と、その温かな光に照らされるとわたしの不安は幾分和らいでいった。


「ふう……温かい」


 寒いわけではないが、手を(かざ)して暖めていると、フェアさんが言う。


「ふふ、暖まるのも結構ですが、まずは食事にしましょう」


 彼が言う傍らでは既にフロイデさんが食事を始めていた。干し肉をグニグニと咀嚼しながら、遠い目をして言う。


「テルドルに帰りたい……」

「まだ1日目だってのに気が早いヤツだ」


 そう言いながらも、おじさんも同じ目をしていた。


 そんな様子を可笑しく思いつつも、わたしはビスケットをかじり始めた。


 その質素な味わいに、フロイデさんと同様の感想を抱いた。


 ビスケットと共に温かな食事のありがたみを噛み締めている内、食事を終えた。


「ごちそうさまでしたっと――ねえ、これからどうするの?」


 手製の爪楊枝で歯を掃除していたおじさんに問い掛ける。


「野営の時はかわりばんこで見張りをするんだ」


 そう答えると、他の2人に呼び掛ける。


「最初は俺とリーベでやるから、お前らはいつも通り休んでろ」

「わかりました」

「うん」


 

 歯を掃除した後、フェアさんとフロイデさんは地面に毛布を敷いて、その上に横になり、毛布の余りに(くる)まった。

 その寝方はとても野生的で、正直なところ、忌避感を抱いてしまった。しかしわたしもそうするより他にないんだ。


「…………」


モヤモヤとしている内、フロイデさんはくーくーと可愛らしい寝息を立て始めた。

 一方でフェアさんは沈黙を貫いているが、毛布がゆっくりと上下しているあたり、眠っているのだろう。


 こうしてわたしとおじさんは二人きりになった。

 だからこの機会にと、わたしは不安を打ち明けた。


「……ねえおじさん」

「なんだ?」


 パチンと、薪が爆ぜた。


「あのね、お父さんが言ってたの。『ハイベックスはまだ早いと思う』って」

「そうか……」


 おじさんは焚き火の世話をしながら続ける。


「確かに、アレは厄介な魔物だ。チョロチョロ動き回って、あっという間に距離を詰めてくる。師匠がそう言いたくなるのもわかる」

「じゃあどうして『お前でもやれる相手だから』なんて言ったの?」

「やれると思ったからだ」


 明快な答えだった。しかしそれだけに、不思議になる。お父さんの元で研鑽(けんさん)を積んだおじさんが、どうして師匠と違う尺度で物を見ているのだろうか? 

 不思議に思っていると、おじさんは独り言ちるように付け加えた。


「……もしかしたら、俺には歪んで見えているのかもな」

「歪んで?」

「尊敬する師匠の娘だから。そんな理由で、実際よりも出来がよく見えてるのかもしんねえ」

「…………」

「実際にお前を見ているのはフェアだが、アイツも同じかもな」

「……じゃあわたしは、どうすればいいの」

「お前はどうしたい?」

「どうって……ううん…………」


 わたしには荷が重い相手なら、素直にフェアさんに任せるべきだ。

 例え彼の補助を受けながらであっても、危険が伴うのならやはり、避けるべきだろう。


…………いや、そう言い出したら成長なんて出来っこない。敗北を恐れて尻込みしているようじゃ、テルドルのみんなの希望になんてなれっこない。


「わたしは……戦いたい」


 勇気を奮い起こして、そう口にした。するとおじさんは真剣な口調で問いを重ねる。


「お前の手に負えねえ相手なのかもしんねえんだぞ? 本当に良いのか?」

「……うん。だって、だってはわたしは、冒険者なんだから」


 おじさんの瞳を見据えて言うと、答えを得られぬまま、背けられてしまった。おじさんは焚き火の世話をしながらこう言った。


「お前がその気なら、俺たちはその意思を支えるだけだ――そうだろ?」


 おじさんは明後日の方を見て言った。不思議に思って視線を追うと、その先には人影が……!


「きゃ! ……なんだ、フェアさんですか」

「ふふ、驚かせてしまってすみません」

「起こしちゃいましたか?」

「いえ。そろそろ時間なので」

「あ、もうそんな時間ですか」


 辺りを見回すと、既に真っ暗で、思いのほか時間が経過していたのだと知らされる。

 その間、わたしの意識がおじさんと自分の内面にだけ向けられていて、火の番も、辺りの警戒も出来ていなかったことに気付く。


……こんな不器用じゃダメだ。もっと気を付けていかないと。


「話は戻りますが、ヴァールの言うとおりです。未熟者ですが、リーベさんの戦いを補助させていただきますので、どうぞ目標に集中してください」

「フェアさん……ありがとうございます。明日はきっと、勝って見せますから!」

「その意気だ」


 おじさんがそう口にした時、フロイデさんが寝言を口にした。


「さかながいっぱい……」


 どうやら幸せな夢を見ているようで、わたしたちは声を抑えて笑った。


「はあ……んじゃ、俺らは休むから、後は頼んだぞ」

「了解しました」

「お休みなさい」

「はい。お休みなさい」


 そうしてわたしとおじさんは毛布に包まり、横になった。


「ねえおじさん」

「……寝ろ」

「寝るからさ、また手、繋いでよ」

「ガキじゃねえんだぞ?」


 憎まれ口を叩きながらも、大きな手が差し伸べられる。

 わたしはその手から温もりと、師匠の偉大さを感じ、安らかな心地に包まれるのだった。


「良い夢見ろよ?」

「うん……おやすみなさい。おじさん…………」


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