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冒険姫リーベ ~とある少女の英雄譚~  作者: 森丘どんぐり
第1章 英雄の娘、冒険に出る
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012 初めての活動

 冒険者になった翌日。お店はスーザンさんが亡くなって以来の賑わいを見せていた。


「リーベちゃん! 冒険者になるって本当なんかい?」


 ウワサ好きなサラさんが()()()()なお顔をずいと寄せてくる。彼女だけじゃない。周りのお客さんみんながわたしに注目していた。


「ええと……」

「どうなんだい!」

「ほ、本当です……」


 仰け反りつつ答えると、周囲がドッと湧いた。


「ははは! エルガーさんの娘が冒険者になるなんてねえ! これでようやく、安心して眠れるよ!」

「そ、そんな……大げさですよ」


 大げさでも何でも、街の人が元気を出してくれれば本望なのだが……つい謙遜してしまう。


「そんなことねえぞ」


 別の男性が言う。


「なんたって俺たちの英雄の娘なんだからな! きっと才能の塊だよ」


 そうだそうだ、と同調する声が多数上がる中、わたしは一緒に給仕をしているお父さんに助けを求める。


「お父さんからもなんか言ってよ」


 するとお父さんに視線が集まる。その視線には昂揚(こうよう)が感じられ、まるで余興でも観るかのようだ。


 お父さんはそんなノリに乗じてか、仰々しく咳払いをして答える。


「あー、お前ら。期待するなとは言わねえが、コイツはこんな細い娘だし、第一魔法使いなんだ。それを分かった上でだな――」

「えー! リーベちゃんは魔法使いなのかい?」

「ダニエルは剣士だって言ってたぞ!」


 お父さんの言葉は流れていってしまった。


「……ま、魔法使いです……」


 断言すると場は多少の落ち着きを見せた。中には溜め息をつく人の姿も……


 やっぱり、わたしは剣士になる事を求められていたんだ……そう実感する一方で、期待がすぼんだことに安堵している自分がいた。


 お父さんと同じだけの活躍を期待されるのは酷と言うにもほどがある。


 目標を低く持つつもりはないけれども、わたしはわたしなんだ。自分にできるだけのことを精一杯やって、それがみんなの安心に繋がってくれればそれでいいのだ。




 波乱のランチタイムを凌ぐと、もの凄い疲労を感じた。


「ふう……こんなに疲れたのはいつぶりだろう」


 表の札を『準備中』に変えたわたしは、懐かしい感覚に独り言ちた。


「前に戻っただけなんだが、妙な感じだな」

「ほんと~……」


 それだけ忙しい日々が常態化していたと言うことか……それはそれでどうなのだろう?


 疲れを絞り出そうと伸びをしていると、厨房からお母さんがやって来た。


「ふふ、でも忙しいってことは、それだけお客さんがあなたに注目してくれているってことよ?」


お母さんの言葉に、期待の籠もった眼差しの数々を思い出す。ひとつであれば胸を(くすぐ)るだけだったろうが、あんな束になって向けられると重圧以外の何物でもない。


「うう……思い出したら緊張してきた…………」

「はは! 『みんなの希望』になれたんだから良いじゃねえか?」


 お父さんがニヤニヤと、おじさんみたいに意地悪な笑みを向けてくる。


「もー! 揶揄わないでよ!」

「揶揄ってねえさ! ……誇らしいんだよ」


 そう言ってわたしの頭に手を置いた。


「お父さん……?」

「ディアンが言ってたんだ。『英雄に求められるのは腕だけじゃない』ってな」


 お父さんはほんの半月までディアンさんの画が飾られていた場所を見つめる。


「武勇で優れることじゃない。身近で活躍していることじゃない。ただ純粋に、希望であればいいんだ。『あの人が頑張ってくれているから大丈夫』ってな具合にな?」


 向き直ったその顔は、雨上がりの空のような、清々しい表情をしていた。




 おじさんたちが冒険から帰還して、わたしを迎えに来たその瞬間からの冒険者活動は始まるのだ。

 だからわたしは日を重ねるごとに度を増してそわそわとしていたが、中々やって来ない。


 早く冒険に出たいと言う思いと、食堂の仕事を続けたいという思い。


 相反する2つの事柄に煩悶としている内に時間は流れ去り、遂にその時が訪れた。


「邪魔するぜ」


 おじさんがドア枠に上体をねじ込みながら言う。続いてフェアさんとフロイデさんも入ってきた。彼らはいつもと違い、妙に余所余所しい感じで、今日この瞬間が如何に特別であるのかを物語っていた。


「おじさん……」

「よう、迎えに来たぜ」


 その大きな顔をお父さんとお母さんへ向ける。


「これからは俺たちの都合でリーベを連れ回すが、本当に良いんだな?」


 その問い掛けに両親は(そろ)ってに閉口し、悲しげな目をこちらに向ける。その儚い煌めきにわたしは胸が苦しくなって、目には涙が滲んできた。


「わ、わたし……」


 食堂への未練が急速に膨らんでいき、わたしの胸を押しつぶそうとする……でも、それでもわたしは冒険者になりたいんだ。みんなを励まして、安心させてあげられる……そんな冒険者になりたいんだ。


そのためにはまず、お父さんもお母さんを安心させてあげないといけないんだ。


 わたしは(すぼ)まろうとする唇を吊り上げ、笑みを作って見せる。


「――っ」


 お父さんは下唇を噛んで、お母さんは顔を覆った。


「……リーベを頼む…………!」

「ああ、任された」


 師弟は拳を突き合わせるとわたしを見る。


「頑張れよ、リーベ」

「うん……!」


 お母さんへ目を向けると、涙ぐんだまま両手を広げた。わたしがその間に収まると、震えた声が耳元にか細く響く。


「……お店の心配ならしなくていいから。あなたは、あなたのやるべきことを頑張りなさい……いいわね?」

「……うん。わたし、頑張るよ……!」


 強く抱擁を交わし……体を離すとわたしは2人を。そしてホールを見渡した。


 わたしのお家であり、職場であり…………今まで、いろんな事があった。


 失敗したこともあったし、怖いお客さんに当たったこともあった。でも、辛いことの何倍もの素敵な出来事があった。そのどれもが愛おしくて、他の何にも代えがたい思い出だった。


 そしてわたしは今日、この時を以て、ここのお仕事とお別れするのだ。


「…………」


 ひょっとしたら何かの形で携わることもあるのかもしれない……だからお別れは言わないけれど、でも、やっぱり寂しいや。


「……っ!」


 わたしは思いを振り払って、新たな仲間たちに向き合う。


「……よろしくお願いします!」


 頭を下げると、3人は口々にわたしを歓迎してくれた。


「おう!」

「こちらこそ」

「……よろしく」


 おじさんはドアの方を親指で指すという。


「これから鍛練に出るから、お前も来い」

「うん……!」


 わたしは2階に駆け上がると慌ただしく身支度を整えてきた。


「中々サマになってるじゃねえか」

「よくお似合いです」


 わたしの格好を見るや、おじさんとフェアさんは口々に褒めてくれた。


「ふふ、ありがと」


 最後に両親の方を見る。


「それじゃ、行ってきます!」




 意気軒昂(いきけんこう)と飛び出して来たはいいが、おじさんたちについて歩いていく内、緊張が募っていく。 

 それを見かねてか、隣を歩いていたフロイデさんが尋ねてくる。


「緊張、してる?」

「はい……わかっちゃいます?」

「手と足、一緒に動いてる」


 言われて初めて気付いた。

 慌てて直していると、耳聡(みみざと)く聞きつけたおじさんが低音を響かせて笑う。


「だはは! こりゃ、道化師に弟子入りした方がいいんじゃねえか?」

「道化じゃないよ! ……もお、おじさんたら」


わたしが溜め息をつくと、正面を歩いていたフェアさんが涼やかに笑う。


「ふふ、初めは誰でもそうなるものですよ。むしろ、緊張できるということは、冒険者という職業を正しく認識できているということですから、良い兆候です」

「そう、ですか?」


 小首を傾げているとおじさんが同意する。


「その通りだ。散歩に出るくらいのノリでいられるよりかは、その方が良いに決まってる」

「そう、なんだ。……なんだか、ちょっと自信が湧いてきたかも」

「たく、チョロいヤツだな」


 おじさんが穏やかに笑んだとき、スーザンさんのお店の前に差し掛かった。


 以前は休業を告げる張り紙があったけれども、今はない。その代わりに『営業中』の札が掛かっている。


 ダルさんは大丈夫なのだろうか? 無理をしてないといいんだけど……


 心配していると、フェアさんが言う。


「私とリーベさんは杖を買いに行きますので、ヴァールたちはお先にどうぞ」

「おう。いくぞ、フロイデ」


 彼は物思いにでも(ふけ)るかのように俯いていた。


「フロイデ?」

「あ………うん。いこ」


 2人が東門へ向うのを見送ると、彼はこちらに振り返る。


「それでは、参りましょうか」

「はい――あ、でもお金……」

「お金ならありますので」

「でも……」


 わたしが使うものなのに、フェアさんに払って貰うのは気が引けた。

 そんな心情を察してか、彼は微笑んだ。


「お金はクラン共有の財産ですから、そこからリーベさんの装備代を出すのは当然のことですよ?」


 優しい言葉に申し訳なさは溶け、やる気に変わっていった。


「……ありがとうございます。わたし、お代を還元できるくらい、頑張ります!」

「ふふっ! そのためには良い杖を選ばないといけませんね」

「はい!」


 わたしたちは笑みを交わし、お店へと向う。

 店舗に近づくごとに相棒となる武器との出会いに胸がときめき、到達する頃にはすっかり上機嫌になっていた。この感覚は服を買いに行くときと似ているが、若干違う。多分、武器を買うという未知の行いに対し、わたしは昂揚しているのだ。


「こんにちは」


 ドアを開けると、そこにはダルさんがいた。

 案の定、顔色が悪く、呆然と天井を見上げていて、まるで病んでしまったかのようだ。来客に気が付くと緩慢な動作で、覇気のない瞳を向けてくる。


「リーベか。また来やがって……なんの用だ?」

「杖を買いに来たんです」

「ワンドならそこだ」


 彼は無愛想に顎をしゃくるが、生憎と目的の品はそれではない。


「違いますよ。今日はスタッフを買いに来たんです」

「なに⁉」


 スタッフというのは日用品の類いであるワンドと違い、戦闘や儀式に用いる歴とした武器である。だから食堂の娘であるわたしがスタッフを買おうとするのにダルさんが驚いたのは当然のことだった。


「お前、まさか冒険者になるんか!」


 どうやらダルさんは知らなかったようだ。


「はい。今日はそのためにスタッフを――」

「自分の娘を冒険者にするなんて! エルガーめ! 自惚(うぬぼ)れやがったか!」


 ダルさんは赫怒(かくど)した。魔物によって妻の命を奪われたんだ。同様に魔物に襲われ、しかし生きながらえたわたしが冒険者になることに否定的なのも致し方ない。

 だけどこれはわたしの意思で選んだことなんだ。

 ダルさんには申し訳ないが、それでも貫かねばならないのだ。


「ちがいます! わたしの方からなりたいって言ったんです!」

「……お前が?」


 落ちくぼんだ目がわたしを睨む。元来強面のダルさんだ。その形相たるや、まるで鬼のようだ。


 わたしは顔を背けたくて仕方なかったが、踏ん張った。


 ダルさんを怖がってるようじゃ、魔物と戦えっこない! 


 そう自分に言い聞かせている内、彼は憮然と鼻を鳴らした。


「……け。理由はどうだっていい」 


 ダルさんは苛立たしげに立ち上がる。


「だけどな、お前はスーザンと違って、魔物に襲われて助かったんだ。そのくせ死んだら、タダじゃおかねえぞ」


 それはわたしへの激励なのか、単なる当てつけなのか。何れにせよ、わたしは発破を掛けられる思いだった。


「……死にません、絶対に……!」


変わらぬ形相でわたしを睨むダルさんであったが、納得をしてくれたのか、呆れたのか。喉を鳴らしながら勢いよく腰を下ろす。それから鍛冶ギルドの機関誌に視線を落としながら、吐き捨てるように言う。


「愚かな娘だ。だったらせめて、マシなもんを持っていくことだな」

「それって……」


 フェアさんを見ると、彼はにっこりと言う。


「杖を売ってくれると言う事でしょう」

「やった!」

「ふふ、では早速、リーベさんに相応しい杖を探しましょうか」

「はい!」 


 魔法杖のコーナーへ向う途中、ダルさんがこちらを見ているのに気付いた。わたしと目が合うと、彼は視線を遮るかのように機関誌を持ち上げるのだった。





 魔法杖はその特性によって3種に大別される。


 1つ目はワンド。

 携行しやすい大きさと重量で、魔法の精度は低い。主に日常の中で魔法を使う場合に用いられる。


 次にロッド。

 棍棒や槍などの機能を兼ねる金属製のもので、精度は中程度。その多機能さ故に、腕の良い魔法使いが好んで使うのだとか。


 そして最後にスタッフ。

 大型の魔法杖であり、軽量な代わりに長柄武器としての役割を果たさない。そして精度が高い。これらの特徴により、魔法使いの基本的な武器とされている。


 わたしは純然たる魔法使いとして、これからスタッフを買うわけだが――


「う~ん……杖ってどうやって選べば良いんですか?」


 問い掛けると、フェアさんはお互いが手にした杖を見比べながら答えてくれた。


「大きさと重量。そして先端に取り付けられた(たま)の純度を総合して選びます」

「なるほど……大きさとかは分かるんですけど、純度っていうのは?」

「魔法を使おうとした時、珠の部分で僅かながら魔力が無駄に消費されているんです。この損失の少なさを純度と呼びます。日常であれば問題になりませんが、冒険者にとってこれは重大な要素ですので、是非覚えておいてください」

「わかりました――それで、純度の高いものはどうやって選ぶんですか?」


 重ね重ね問い掛けるも、彼は嫌な顔ひとつしなかった。むしろ愉快そうに目を細めている。その様子を頼もしく感じている間にも彼は杖を両手で握りしめ、珠を自身の目の前に(かざ)していた。


「このようにして、ほんの少しだけ魔力を流します。すると微かに珠が光ります」


 ようく目をこらして見ると、紫紺の珠の中に、夜空の星のような小さな煌めきが見える。


「きれい……」

「何本か同程度魔力を流してみて、最も明るく輝いたものが純度の高い珠を備えていることになります」

「むう……やり方は分かりましたけど、わたしにはちょっと難しそうです」

「確かに。杖の目利きは熟練者にも難しい事です。ですがこれも良い機会ですし、2人で検め、あとで答え合わせをしてみましょう」

「はい、お願いします」


 フェアさんは満足そうに頷くと、「では早速取りかかりましょうか」と検め始める。


 わたしもやってみよう。


「むむむ……!」


 少しずつ……慎重に……


 そう念じながら魔力を籠めていくも、スタッフの珠は想像以上に敏感で、煌々と輝かせてしまった。


「うわとと!」


 慌てて魔力を引っ込めると光は消え、額には冷や汗が伝う。


「ふう……危なかった」


 あのままでは爆発していただろう。

 汗を拭っていると、フェアさんが緊張した面持ちで言う。


「やはり、珠の鑑定は私の方でやりましょう」

「……すみません」

「謝らねばならないのは私の方です。スタッフに取り付けられた珠はワンドのそれより純度が高く、その分、敏感に反応してしまうんです。私としたことが、すっかり失念していました」

「そう、なんですね……」


 心臓がバクバクなってて、そんな生返事をするのが精一杯だった。


「教えるのはどうも不慣れでいけません。これからも迷惑を掛けることが多々あるでしょうが、どうぞご容赦ください」

「い、いえ! こちらこそ」


 ペコペコ頭を下げていると、フェアさんは小さく笑った。


「ひとまずは一通り持ち上げてみて、軽くて握りやすい物を数点選んでください。その内で最も純度が高いものを購入しましょう」


 それからわたしはスタッフの選別を続け、7本あるのを2本にまで絞り込んだ。


「お願いします」


 フェアさんは2本にそれぞれ魔力を流し、珠の純度を確かめていく。その眼差しは職人の如き鋭さで、この作業が如何に難しいことか、それだけでも推し量れる。


 そんな繊細な作業を自分がやろうとしていた事実に(おのの)かされるが、これも良い経験だろう。


「ふむ……こちらの方がよろしいでしょう」


 選ばれたのは先端が弓なりに湾曲して、その中に珠が収まっているものだ。


「これが……」


 繁々と見る。他の杖と比較して飾りっ気がないが、その分実直で、(いぶ)し銀のような風格を感じた。


 これがわたしの相棒になるんだ……


 そう思うとなんだか胸が熱くなってきた。


「如何でしょう?」

「はい! これが良いです!」


 素直なところを言うとフェアさんはにっこりと笑んだ。


「では、これにいたしましょうか」


 わたしは上機嫌にカウンターの方へ足を向けたが、呼び止められる。


「お待ちください」

「はい?」


 振返ると、彼はダガーのコーナーを示した。


「魔法使いはもちろん魔法で戦いますが、時として魔法が使えないことがあります」

「? どういうことですか?」

「魔力が枯渇してしまったり、閉所など魔法が有効でなかったり。そうした場合に備えて魔法使いも刃物を携帯しておくのが一般的なんです」

「そっか……いつでも魔法が使えるとは限らないんですね」

「そういう事です。さ、リーベさんの手に合ったものを選びましょう」

「はーい!」


 わたしは早足で先生の元へと急いだ。


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