010 本領発揮!
4人が汗を流しに言っている間に、わたしはお母さんの手を借りることなく、1人で昼食を拵えることになった。
台所を乗っ取られたお母さんはというと、鼻歌交じりに縫い物をしていた。お母さんは働き者で、休む事を知らないのだ。
それはともかく、今は料理に集中しなければいけない。
料理は刃物や火などを使う大変危ない作業なのだから、集中して臨まねばならない。
「さてと……」
献立はどうしようか?
フロイデさんの好みは分からないけれど、彼も冒険者なのだから、ボリュームのあるものの方が良いだろう。となると……
「ねえ、油使って良い?」
ホールにいるお母さんに呼び掛けると、「いいけど、気を付けてね?」と返される。
「はーい!」
昼食はシュニッツェルとマッシュポテト。フレアシードのサラダにしよう。
献立が決まったところで、次は工程の組み立てだ。
ジャガイモを茹でつつ油を温めて……その間にピリ辛ドレッシングと、あとソースを用意をしておこう。
そうと決まれば、早速調理開始だ。
わたしは腰のホルダーに挿したワンドを取り出し、魔法で火を点け、鍋に水を張り、ジャガイモを茹で始めた。あとは油を……
調理は進み、いよいよあげる段階に突入した。
カラカラという揚げ物の音は耳に心地よく、精神疲労の回復に効果があると思われる。自然と気分が良くなり、鼻歌なんかも歌ってしまう。
「ふんふ~ん♪」
わたしたちは1枚で良いけれど、男性陣はそれでは足りないだろう(おじさんなんて特に)。
とにかく多めに揚げていると、カウベルが鳴り響き、続いてドヤドヤと入浴を終えてきた面々の声が聞こえてくる。
「ただいまー!」
帰宅を告げる声たちに、わたしも「おかえりー!」と気持ち大声で返す。
「お、これは油もんだな?」
ここからじゃ見えないけど、おじさん、絶対舌なめずりしてるよ。
「もうちょっとで出来るからー!」
そう呼び掛けると、出来るだけの配膳をしてくれていたお母さんが冗談めかして言う。
「ふふ、もうすっかり料理人ね?」
「だってお母さんの娘だもん。これくらいできなきゃ」
「まあ! ――ふふ、そうね。わたしの娘だものね」
と、最後の1枚が揚げ上がった。
「いただきます!」
言うが早いか、おじさんとフロイデさんはシュニッツェルに飛びついた。
ナイフで切り分ける事なく、ソースにべったり付けて、そのまま齧りつく。品は無いが、それだけ食事を楽しんでくれていると言う事だ。
「がつがつ……!」
「もっもっ……!」
体に大小はあれど、共に冒険者である。その食べっぷりは全く同じと言っても良いだろう。
「かーっ! うめえ……!」
おじさんは素直な感想を口にした。
「どーお? わたしだって成長してんだから!」
「ああ、見直したぜ」
食事に夢中で、その口振りはまるで寝言のようだ。
だけど、それだけに素直な賞賛であり、わたしの自尊心は大いに満たされたのだった。
「そういえば、リーベさんは油を使えるようになったのですね」
フェアさんが言うように、以前は油を使わせて貰えなかった。理由はもちろん、危ないからだ。
食堂において大事なのは一に衛生、二に安全で、味や収益はその次に位置する。だから油を使うことが認められるということは、それだけわたしが信頼されていると言うことであり、些細なことではあるが、わたしにとっては油を使えることは誇りなのだ。
「ええ。リーベも大分成長しましたからね」
お母さんは誇らしげに言った。賞賛はともかく、身内に褒められるというのは何となく気恥ずかしいもので、わたしは羞恥を誤魔化すべく、主菜を頬張った。
シュニッツェルは叩いて広げた肉を揚げる料理だが、肉々しいを損ねない程度に叩いている為、満足感は高かった。それに加え、トマト、キノコ、レモンの3種類のソースも奥深い味わいに仕上がっていて、揚げた肉にマッチしていた。
自分の料理に満足していると、お父さんが訝しげにフェアさんに尋ねる。
「……ちゃんとしたもん食わせてんだろうな?」
「もちろんです。リーベさんほどではありませんが、多少、腕に覚えがありますので」
お父さんはその仲間2人を見る。
おじさんとフロイデさんは共に蒼い顔をしていた。
「……そうか」
昔お父さんに聞いた話だけれど、フェアさんの料理は健康を気にするあまり味が良くないらしい。
そんな事情があるからか、おじさんとフロイデさんの2人は目に見えて咀嚼回数が増えたのだった。
食事と片付けを終えると、わたしはおじさんたちに言う。
「ねえ、おじさん。また、冒険の話を聞かせてよ」
おじさんが語る冒険譚は明らかに誇張が入っているけれども、その分、聞いてて楽しいのだ。わたしは子どもの頃からこれが好きで、会うたびにこんな風にねだっていた。
爪楊枝を使って歯を掃除していたおじさんは、わたしの方を見て、それから何故かお父さんに目配せする。
「……それよかリーベ。暇ならコイツの案内をしてやってくんないか?」
そう言ってフロイデさんの背中を叩いた。彼は動揺して、あたふたと視線を彷徨わせる。
「……え? なんで?」
「なんでも何も、これからしばらくテルドルにいるんだ。それなのに不案内じゃいられねえだろ?」
「それは……」
救いを求めるようにフェアさんを見やるも、彼もまた、同意見のようだ。
「街を知り、地域の人と交流を図るのも大事な事ですよ?」
返す言葉がないのか、彼は俯いた。嫌がっているのに連れ回すのはどうかと思うが、フェアさんに「お願い出来ますか?」と言われると、つい了承してしまった。
「それじゃ、行きましょうか」
「……うん」
彼はぎこちない動作で立ち上がると、壁に立て掛けていた長剣を背中に掛けた。
「馬車には気を付けるのよ?」
お母さんに言われると笑顔で返す。
「うん。行ってきます!」
「行ってらっしゃい」