episode.1
episode.1 桜
桜色の花びらが、春の暖かな風に吹かれて舞うこの四月。
どの方位を見ても、制服姿の学生とその保護者らしき人影しか見当たらない。
薄い青色の空、差し込む春の陽光に包まれて――
葉月龍之介もまた、周りの者達と同じように、その風景の一部となっていた。
今年から、今日から通うことになる
『瀬名高校』の制服――ベージュ色のブレザーに灰色と紺色のチェック柄のズボンを身に纏い、自分がこれから通う学校の門の前で、葉月龍之介はただ一人、
周りと同じような浮かれた様子もなく、その場で立ちすくんでいた。
とても澄んでいるとはいえない、眠そうな黒色の瞳。
地毛であるが、光の当たりようによっては黒ではなく茶色にも見える明るい色をした髪の毛は、首筋にかかるくらいの長さで、長髪とも短髪ともとれない、その中間である。
何よりも、入学式だというのに着崩した制服が、葉月龍之介という人物の性格をよく表していた。
そして、いかにもだるそうな、
その葉月龍之介をさらにだるくさせている原因は――
「よっ!久しぶり、葉月!」
「久しぶりって……昨日も会ったよな……ま、とりあえずおはよう、葉月」
葉月龍之介を取り巻く空気が、その声の登場により、ガラリと変化した。
だがしかし、肝心の本人の空気は一切変わっていない。
未だ眠そうでだるそうな様子であったが、葉月龍之介は今さっき現れた、
自分と同じ制服を着た、見覚えのある友人二人の姿を確認するとゆっくりと口を開いた。
「お前ら遅い。特に、陰森。朝からそのテンションはウザい以外の何物でもない」
「今更何言っちゃってんの葉月君!俺のウザさはいつも通りだぜ!な、日生!」
「……お前はオレにツッコミを入れて欲しいのか!?」
葉月龍之介の友人である彼らは、あっという間に場の空気を変えて見せた。
一人の名は、陰森彰。
その陰のある名前とは裏腹に、明るく快活、お喋り好きという鬱陶しさ満載の少年。
髪は短めでツンツンと尖っている。中学時代から茶色に染めており、また制服も葉月同様、だらしなく着崩しており、三人の中で一際目立つ存在である。
もう一人の名は日生雄太。
一目で真面目さと誠実さが伝わってくるような、そんな少年である。
他の二人と違い、制服をきっちり着こなし、髪の毛も染めていない。
こう見えて実は肉体派であり、勉強は全然駄目。
もしかしたら三人の中で一番頭が悪いかもしれない。
一見バラバラに見える三人だったが、意外とそのつながりは深いものだった。
理由などわからない。
けれど確かに、つながっている。小学校時代から、ずっと――
三人が口々に喋り始めた頃、風に吹かれ、
ひとつ、またひとつと桜の花びらが舞っていった。
episode.1 END