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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

精霊術師と斬撃少女

 Sランクパーティーの冒険者、バルガと共に過ごした三年間は、まるで嵐のようだった。生きるか死ぬかの瀬戸際を何度も経験し、そのたびに俺はなんとか生き延びてきた。


 基本的に後衛で魔法や精霊術を使って仲間をサポートする役割。前線で戦うことは少なく、むしろ前に出ることはできれば避けていた。

 それに対して、一級冒険者として名を馳せたバルガは、常に最前線に立っていた。異形の龍と呼ばれる怪物を討伐し、数多の魔物を倒し、世界を救った英雄。

 俺は、その英雄の影に隠れながら、彼女のそばにいた。あの時の俺はまだ十三歳の少年だったが、バルガの力強さに惹かれ、彼女の背中を追い続けた。


 だが、あの日を境に、俺たちのパーティーは解散した。バルガは新たな使命を受け、俺たちの冒険は終わりを告げた。


 ──それから、二年が経った。


 今、俺の前には一人の少女がいる。名はシャルロッテ。バルガの娘だ。

 バルガに『シャルロッテを頼む』と言われて、一ヶ月前から俺はこの少女の世話を任されている。


「ツナグ君、ねぇ、ツナグ君! 剣の特訓しようよ! 強いんでしょ?」


 目の前の少女シャルロッテは、目を輝かせながら俺に向かって叫ぶ。まるで自分の母親のように、強くてたくましい冒険者になりたいと願っているのだろう。だが、その夢は俺には少し重く感じられた。


「はぁ……。急だなぁ……いいけど、俺強いから覚悟はしておけよ」

「ふーん、私の方が強いもん」

「はぁ……それはどうかな。」


 俺は軽くため息をつきながら、おもちゃ)の柄を握った。


(全く、こいつ生意気だなぁ……)


 騎士団で基本的な剣術を学んでいるらしいが、十歳で2級冒険者になった(激強格上男)相手に勝てるはずもない。

 まぁ少しは手を抜くつもりだ。相手は十歳だし。俺は十五。力の差も何もかも俺が優っている。


「もちろん! 絶対勝つから!」


 シャルロッテの自信に満ちた言葉に、俺は「ふふっ」と少し笑ってしまった。


「準備はできたか?」

「いつでもいいよ! やっつけてやるから!」


 軽く微笑んで、シャルロッテの意気込みに応じた。

 俺は軽く構えて、シャルロッテの動きを待つ。まあ、相手はまだ十歳。ちょっと軽くいなしてやれば、すぐに参ったって言うだろう。俺は一応、剣術もそこそこやれるし、何より精霊術師として後衛で戦ってきた経験がある。

 室内のチャンバラごっこ遊びなんて、さっさと終わらせよう。


「さあ、お前から来いよシャルロッテ」


 軽く挑発すると、シャルロッテはにやっと笑って構えを取った。その瞬間、何か悪い予感がした。


「いくよーーっっ! ソォォりゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 掛け声とともに、シャルロッテは一気に距離を詰めてきた。え、ちょっと待て。なんか本気じゃないか?

 俺は慌てて後ろに飛び退くが、シャルロッテの(本物?!)が容赦なく俺に向かって振り下ろされる。


「おいおい、これって、本物……?

ちょ、ちょっと待てェい!」


 俺の叫びを無視して、シャルロッテは本当に真剣な顔で剣を振りかざしてくる。しかも、速い!


「風ノ(バーリア)!」


 俺は精霊術で軽く風のバリアを作ろうとしたが、その前に──。


「そらっ!」


 シャルロッテの剣が机に直撃し、机が真っ二つに割れた。


「うわっ! テーブルがぁ!?」


 俺は机の破片を呆然と見つめる。


「ちょっと待て! お前、何でいきなりそんな全力で来るんだ!? 机が真っ二つだぞ!」

「だって、ツナグ君がよけるからだよ!」

「よけなかったら俺が真っ二つだろ! つか避けてないしっ!! なんで俺が机と同じ運命を辿らないといけないんだよ!」

「……ニシシぃぃ」

「な、何笑って……」


 シャルロッテは、にこっと笑って剣を構え直す。まるで悪意がないその笑顔が逆に怖い。


「次はツナグ君を斬るからね!」

「や、やめろ! 俺は十五歳で死にたくないってぇぇぇ!!」


 俺は慌ててまた後退するが、シャルロッテの目は輝いている。いやこれ、完全に斬られるやつじゃないか?俺はまたしても精霊術でバリアを張る。風の精霊の力でシャルロッテの動きを遅らせようとしたが──。


「せいやあぁぁっっ!」


 シャルロッテの剣がバリアをあっさり貫き、俺は再び後退を余儀なくされる。


「ちょっと待て、バリア効かないのかよ!?

俺、精霊術師だぞ!? 準1級冒険者だぞ?!」

「そんなの関係ないよ! 強ければ勝つんだから!」

「理屈は正しいけどそれ本気で言ってるかァァ!?」


 俺はもう一度、横にぴょんと飛んで距離を取るが、シャルロッテは全く躊躇せずに追いかけてくる。速い!なんかガキのクセに速い!騎士団で鍛えられただけあって、俺なんかよりもずっと剣に慣れてやがるよこのクソガキぃぃ!!


「くらえーっっ!」

「待て待て待て、ちょっと落ち着け!」


 俺が逃げ回る中、シャルロッテの剣はまたしても何かを切り裂いた。今度は──


「椅子があああ!」

「ツナグ君、次はもう逃げられないよ!」

「おい、椅子まで真っ二つにしてどうするんだよ! 一旦置こか、その剣。な? な? 飴ちゃんあげるから?」


 俺は背後にあった本棚を盾にしようとするが、無慈悲にもシャルロッテの一撃が本棚にも命中し、数冊の本が宙に舞う。


「いや……ほ、本棚まで! こんなのバルガさんに見られたら……!! お前、斬るもの間違ってるって! つか剣置けホントに!!」

「えー、置かないよ。ツナグ君がすぐ逃げるから悪いんだよ?」

「当然だろ普通! 斬られたら俺シぬもん当たり前ダァ!」


 俺は部屋の隅に追い詰められたが、シャルロッテの勢いは全く止まらない。こんな全力で来られるなんて、誰が予想できた?

 テーブル一刀両断する十歳の世話なんてできるかぁ!!


「さぁ、これで終わりだね!」

「終わりってお前、俺の人生が終わる意味ィ!?」


 俺は最後の手段として、風の精霊より強い氷の精霊を呼び出し、シャルロッテの動きを凍らせて封じようとするが──


「せいやっっ!!」


 彼女の剣が精霊の魔法をまたしても切り裂き、俺の目の前に迫ってきた。


「もうやめよもうやめよもうやめよ!? 俺シんじゃうから?!」

「もちろん!身体にバイバイしようね?」

「お前マジで最悪だわホント!!」


 シャルロッテは嬉しそうに笑いながら、俺に向かって最後の一撃を放った。


「うわあああ! 真剣勝負とか、そういうの後衛には向いてないんだってぇ!」


 俺は慌ててその場を転がりながら、なんとか命拾いした。と思いたいが、もう部屋の中は見るも無惨な状況だ。


「あはは、楽しかったぁぁ!!それに疲れた!! もうちょっとで勝てそうだったのにな~。ねぇねぇ私凄いでしょ、褒めて~!」

「凄いよ。色んな意味で。

剣の特訓って言ってたけど、家の中で戦うのは絶対やめてくれ。いや、ほんとマジで……」

「えー、やだ〜」


 シャルロッテは無邪気にそう言って、剣を納める。俺はその言葉に戦慄しながら、壊れた家具の山を見つめた。


「楽しかったよね? 私凄かったよね?」

「凄いが楽しくはなかったぞ……机も椅子も本棚もみんな斬られて……それに、俺が真っ二つにならなかっただけでも感謝しろってレベルだ!」

「やった! 褒められた!」


 シャルロッテは笑いながら、俺の言葉に頷いた。


「じゃあ、また今度特訓しようね!」

「二度とやるかぁ……」


 俺は再びため息をつき、床に座り込んだ。家具の惨状を前に、次の掃除の手間を考えると頭が痛くなってきた。



「はぁ、最悪だぁホントに」


 家具を片付けながら、俺はまたため息をついていた。机がまたしても真っ二つに割れ、椅子も壊れて、本棚に至っては半壊状態、本の切れ端が地面に散乱している。


「まったく、シャルロッテの剣の特訓とやらに付き合うたびにこうなるとは……」


 二週間でテーブルが6つダメになった。椅子が9、本棚に至ってはもう買い直す気力がない。

 バルガめ、とんだじゃじゃ馬娘を俺に任せて……一体いつになったら帰るんだよ、もう!


「ホント、アイツどれだけ斬るんだよ……」


 色々なんとかありつつ、剣を振り回す彼女をなんとかかわしながらの日々を生き延びている。だが、ふと、シャルロッテが妙に静かだったのに気づいた。


「どうした、シャルロッテ? また斬り足りないのか? それともついに人を斬ったか?」

「……違うよ。ツナグ君以外切らないよ。そうじゃなくて私……」


 彼女の声が小さくて、いつもと違っていた。俺は壊れた机を直す手を止め、彼女の方を見る。シャルロッテは、少し俯いて、何か考え込んでいるようだった。


「どうしたんだ? 元気ない?」

「ねぇ、ツナグ君。みんな……みんなお母さんのことばっかりなんだよ」


 彼女がポツリと呟いた。その言葉には、普段の元気さとは違う、何か重い感情が込められている気がした。


「……お母さんのこと?」

「そう、お母さん。 お母さんのバルガのことばっかり。何をしても、どんなことを頑張っても、みんな『流石バルガ様の娘さんですね~!』とか『いつかバルガ様みたいに強くなれますよ!』とか……いつもいつも、私じゃなくてお母さんばっかり……!!」


 彼女の声に、少し苛立ちが混じっていた。シャルロッテは無邪気に見えるが、彼女の心の中には母親の影が大きくのしかかっているのかもしれない。


「そっか……それは、つらいな」


 どう返事していいかわからず、適当な言葉を返した。シャルロッテが母親のことで悩んでいるなんて、考えたこともなかった。

 バルガは確かに偉大な冒険者だったが、娘にとってその存在が重荷になることもあるんだな……正直言ってビックリだ。嘘だけど。


「でもさ、私だってすごいことしてるんだよ?」


 シャルロッテは少し自信を取り戻したように、声を弾ませた。


「うん、そうか。すごいことね……」

「例えば、光る虫を捕まえたりとか!」

「うんうん、光る虫ね……それは確かに、すごいな」

「それから、光るキノコを見つけたりとか!」

「うんうん、光るキノコね……それもなかなか珍しいな……」


 適当に相槌を打ち続ける。面倒だなぁと思いながら、彼女の話を聞き流していた。まあ、虫やキノコを見つけるくらいは、確かに子供としてはならすごいことなのかもしれない。だけど


「他にも……いろいろすごいことしてるんだよ!」

「うん、すごいことね~(どうせまた、大した話じゃないんだろうな……)」


 俺は心の中でそう思いながら、椅子を片付けていた。その時


「光るドラゴン捕まえたりとか!」

「光るドラゴン、そりゃすご──……今なんて言った?」


 俺は遅れて驚いた。


「ホラ、もういるよ」


 シャルロッテが窓の方を指差す。まさか……まさかだけど……。


「……ホント、まじかよ」


 俺は思わず後ずさりした。俺の目に飛び込んできたのは、なんと部屋の窓からこちらをじっと覗き込んでいる巨大な瞳だった。


「え、ちょっと待て……え、嘘。え? え?」


 明らかに人間のサイズを超えた大きさ目、青白く光る巨大な目。その目は優雅に輝き、そしてその瞳孔がこちらをじっと見つめている。


「ね? 光るドラゴン!」

「いやいや、そんな冷静に言うなよ! お前なんでドラゴンがいるんだぞ!?」


 俺は信じられない気持ちで窓際まで走り寄った。ドラゴンの目が、まるで俺たちを観察するように動き、鼻が窓に押し付けられるような音が聞こえた。


「……あれ、どうやって?」

「友達だよ!」

「友達?! ドラゴンと……?」


 友達って、そんな軽いノリでドラゴンを友達にする奴がいるなんて聞いたことがないぞ?!ホント。


「夜になると光の……しかも、でかい……!」

「う、うん。でかいな」

「二週間前見つけたんだよ! 光ってるから『あ、すごい!』と思って近づいたら、仲良くなれたの!」

「そんな簡単に仲良くなれるもんか!? ドラゴンだぞ? バルガだって無傷じゃ倒せないヤツだぞ?!」


 ドラゴンは、その巨大な頭を少し傾けて、さらに鼻を窓ガラスに押し付けてきた。

 ふーーーーーーん。凄い鼻息だ。

 窓がギシギシと音を立て、割れるんじゃないかと心配になる。


「おいおいおい、こっち見てるぞ! ドラゴンって、普通こんなに気軽に人間の家を覗き込むのか!? まさかペットにでもするつもりじゃないよな!?」


「うん! そうしようかなと思って!」


「まじかよ!? 何でそんな簡単にドラゴンをペットにしようと思うんだホント! 食費がエグいって!」


 俺は頭を抱えた。普通の冒険者なら、まず逃げ出すか、戦いを挑む相手だぞ、ドラゴンって。でも、シャルロッテはただニコニコと笑いながら、窓を覗くドラゴンに手を振っている。


「ツナグ君も挨拶してみたら? すごく優しいドラゴンなんだよ!」

「いや、優しいかどうかの前に、でかすぎて話しかける気にもなれないんだが!?」

「一緒に暮らして……仲良くなって……そしたら切る!」

「お前友達切るの?!お前色々と倫理観終わってるよホントにマジで?!」

「うん。だって私、友達いないんだもん」

「いない? 何故だ?」

「お母さんが凄すぎるから……みんな、私に近づいてくれないんだよね。私だって頑張ってるのに……結局、誰も見てくれない。だからね、ツナグ君、私……」


 シャルロッテの笑顔が崩れていく。彼女は無邪気に見えて、心の中ではずっと一人だったんだな……。

 剣の特訓と称して、俺に斬りかかるのも、『英雄バルガの娘』としてではなく『シャルロッテ』として褒められたかったのかも知れない。

 いやだとしても俺シにかけたわ!!


「私……嘘ついた。ドラゴンは優しいから切らない。ほんとは一緒にいたいんだ。でも、どうせ私がドラゴンを捕まえたって言っても、みんな『バルガの娘だから凄い』って言うんでしょ? 誰も『私』を褒めてくれないで、一人にするの……」


 その声は震えていて、今にも泣き出しそうだった。俺は思わず近づいて、彼女の頭をポンと叩く。


「バルガの娘だからって言われるのが嫌なら、シャルロッテ自身がどれだけすごいか、俺が見てるよ。お前はお前だ。母親の影なんか気にしなくていい。俺が一番知ってるからな、お前のホントに凄い凄さをな」


 シャルロッテは驚いたように俺を見上げて、そのままぽろっと涙を流した。彼女の肩が小さく震えるのを見て、俺は胸がぎゅっと痛くなった。


「ツナグ君……」

「俺もさ、バルガの後ろに隠れてただけの子供だった。でも、俺は俺として強くなりたいって、あの人を見て決めたんだ。だから、多少は強くなった。シャルロッテもきっとできる。いつか、誰もが『英雄の娘』としてではなく『シャルロッテ』としてお前を認める日が来るさ。俺が保証する。ホントにな!」

「……ほんとに?」

「ホントだ。だから、これからは無理に斬ったりしなくていい。お前のすごいところを見せてやれば、それで十分だよ」


シャルロッテは俺の言葉にじっと耳を傾け、やがてふっと笑った。あの無邪気な笑顔が戻ってきた。


「……ありがと、ツナグ君」

「ああ。今日はもうホントに疲れたな。ドラゴンも疲れただろ? ゆっくり休ませてやろう」

「うん……それから、また特訓してね! 次はもっと強くなるから!」

「いやぁ、キツイな……」


 シャルロッテは元気を取り戻して、いつものように明るい声で笑う。俺も微笑みながら、壊れた家具を再び片付け始めた。嵐のような日々も、こうして少しずつ成長していく彼女の姿を見ていると、悪くないなって思う。彼女との日常は、俺の常識をどんどん崩していく。


 だか、意外も楽しいと思える毎日だ。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

 わたくし、初めて小説を書き、投稿してみました!

 目指すは書籍化!今後も精進してまいりますので、次回作もご期待ください!どうぞ、よろしくお願いいたします。

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