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第八話 『妖怪パレード』

『妖怪パレード』


ーー2023年8月10日昼 結地神社


 昨日に引き続き、神社裏の広場では修業が行われていた。公星の課題は能力の使用に時間がかかることだ。それを克服すべく提案された修業内容は、河童の呼びかけに応じ集った妖怪十五体が他方から攻撃を放ち、それを避けたり受け止めたりしながら反撃を行うというものであった。早朝から続くこの修業は開始から早くも六時間が経過しようとしていた。


「受け流しの方は成長してきたが、反撃がまだなってねぇな」


 修業の行方を見守る河童がつぶやいた。一方の公星はそんな言葉を聞く余裕などなく、ただ攻撃を避けるばかりであった。妖怪達の攻撃は必ずしも優しいものではなく、稀に殺傷能力の高い術が飛んでくることもあった。既に公星の体には先日の妖怪襲来時以上の数の傷がついていた。そんな状況が更に三十分ほど続いたころ、河童の元へ一体の妖怪が現れた。


「ん?どうした波太郎なみたろう。そんな慌てて」


 波太郎なみたろうと呼ばれるその妖怪は座敷童。河童と同じく剣蔵と親しい妖怪の一体だ。そんな彼は大量の汗を流し、荒くなった息を整えながらことを説明し始めた。


飯屋裏めしやりの三男から応援要請が来たんだ!敵は低級妖怪十三体。先に飯屋裏の次男と長女が向かって合流したんだけど、次男は別の戦闘での負傷が悪化して戦線離脱、長女と三男だけじゃ抑えきれなくて三体の妖怪が暴走、二体の妖怪が突然変異して大妖怪級の力を持って破壊活動を開始したって!とにかく神社に戻ってきてほしい」


「わかった。公星!みんな!悪いが緊急だ、一旦修業を止める。一緒に来てくれ」


 河童たちが神社に戻ると、飯屋裏家の次女であり妖術使いの春奈はるなが札を使い境内に陣を作っていた。そして奥からはいつもと違う装いの剣蔵が出てきた。剣蔵の後に続いて出てきた風雅は少し不安そうな顔をしていたが、自分の役割を果たそうと春奈の手伝いを始める。剣蔵の手には何か箱があり、神社に戻ってきた公星を見つけると駆け寄ってきた。


「突然ですまない公星君。君は風雅と共に巡回に行ってくれ。ワシら以外の妖術使いも応援要請されておってのう。その人らが担当していた地域を周ってもらいたい。そしてこれを君に。必ず巡回の手助けになる」


 そう言って手に持っていた箱を開き、公星にその中身を手渡した。それは古ぼけた時計型の霊具だった。本来ならば時刻の書かれている位置に小さな宝石のようなものがはめこまれており、不思議な魅力を放っていた。


「これは十二封腕石じゅうにふうわんせき。妖怪を封印し、使役する道具じゃ。今は何の妖怪も入っておらぬが、君なら新たに妖怪の仲間を作り、力にすることができるじゃろう」


「ありがとうございます……!」


 公星はさっそくそれを右腕に巻いてみた。妖怪を使役する腕時計、その響きに例のゲームど直球世代の公星は心を弾ませるのだった。


「お爺様、春奈姉さんの準備が整いました。河童様とご友人たちも準備完了とのことです」


「わかった。それでは行ってくる。二人とも頼んだぞ」


 剣蔵達は春奈の作り上げた陣の中に入った。この陣は瞬間移動霊術【静雷動せいらいどうの術】を行うためのもので、現在これを作り上げられるのは春奈を含め三人しかいない、高難度技術だ。術が発動すると雷のような閃光があたりを照らし、光が消えたころには彼らの姿は消えており、そこには役目を終えた陣と、術の反動で動けない春奈だけが残った。


「お疲れ様です姉さん。少々失礼します」


 力の入らない春奈は風雅にお姫様抱っこをされて少々恥ずかしそうであったが、救護用のベッドに運び込まれてると安心したのか、そのまま寝てしまった。その優しい寝顔を見て、風雅も安心したようであった。


 風雅に案内され、公星も同じく装いを変える。それは人々が妖怪退治と聞いてイメージする服装そのものであった。二人は準備を終え、春奈と神社を波太郎と妖狐のてんに任せパトロールに出発した。その道中、公星は先ほどの光景で得た疑問を風雅に問う。


「なぁ風雅。さっきあの女の人のこと姉さんって呼んでたけど、どういう関係なの?」


「……そうか、家の話はまだだったな。春奈姉さんは従姉いとこだよ。姓がちょっとややこしいんだがな」


「?……別にいとこと名字が違うなんておかしなことじゃないと思うけど」


「……元々、オレはあの人と同じ飯屋裏の性だったんだ」


 その声色は決して明るいものではなかった。その瞳も、どこに視線を合わせているのかわからない。公星はその様子を見て、風雅の何か複雑な過去に触れてしまったのだと悟った。


「……ごめん風雅。無神経なこと言っちゃって……」


「いや、公星が謝ることはない。いずれ話さなきゃいけないことだった。家のことも、その理由も」


「そうか……で、でも無理に話さなくても良いからね」


 公星は風雅を落ち込ませまいと、わざと気丈に振舞おうとした。それに反して、風雅の返答は黒く濁っていた。


「……それなら一つだけ覚えていてくれ。オレは────」


 風とセミの音が五月蠅いこの静寂の中で、長髪の少年は何を思っていたのだろう。なぜ瞳を閉じていたのだろう。一方の公星は、発言の真偽よりもその意図を考える他なかった。言葉を交わさぬまま、目的地へとついてしまった。これまでにない程の気まずさと、不安が公星を襲う。声が出てこない。気遣いだろうか、いや違う。恐怖だ。ただ目の前の人間に持っていた勝手なイメージが崩れていくことへの、何ともエゴに満ちた感情だ。


「公星、下がれ。二時の方向から二つ、十一時の方向から四つの妖気が高速で接近してきている」


「え、あっ」


 思考が体の動きを鈍らせたのはわずか二秒。公星の視界がぐるりと回る。風雅の後ろを歩いていたはずの彼は、今ビルの屋上で仰向けになって青い空の壮大さを目の当たりにしている。状況を理解した瞬間、空気が燃える音の方角に目線を移すと、既に四体の妖怪の身が炎に包まれていた。風雅が感知した妖気は合計6つ。残りの二つがどこにいるのか、妖気の捉え方を知らない公星は周囲を見渡すことしかできない。四体の妖怪が力尽きたのを確認した風雅は、残りの二つの妖気に向かう。風雅がその内の一体に蹴りを入れたその時であった。


「っ!公星!!後ろだ!!」


 もう一体の三目四本腕の妖怪場狗済(ばくだら)が、術を使い公星の背後に回り込んでいたのだ。妖怪は右側二本の腕を大きく振りかぶり、公星に殴りかかってきた。公星は攻撃を見切り一本を避け、一本は両腕でガードするが腕力が強く吹き飛ばされる。しかし空中で体勢を整え無事に別のビルの屋上に着地、最低限のダメージに抑えることができた。修業の成果をさらに見せようと、公星は右手で水の能力を発動、手のひらに生み出した水塊を場狗済に投げつけるも避けられてしまった。


「まだまだ!」


 投げつけている間に左手に溜めた力ですかさず【ハートレイトフォース】を発動。妖怪の右肩に命中させることに成功した。しかしその威力は弱く、妖怪はすぐに反撃の体勢を整え公星に猛進してくる。ビルの外壁を蹴り飛ばしながら、場狗済は四本の腕で妖力の込められた弾幕を放つ。その弾速は速く公星の判断は遅れた。構えを取った時にはもう既に、弾は打ち消されていた。


「風雅!助かった!」


「公星!お前の力で相手を翻弄してくれ!」


 風雅の指示に頷き、公星は左手に力を集中させると大きな水の塊を作り出した。妖怪は風雅に近づかれぬように術でまた移動し翻弄を開始した。公星の左手の水塊が十分に大きくなると、今度は右手を添えてそれを圧縮し始める。そして体の正面を妖怪の方へと向けると準備が整ったようだ。


「これが俺の弾幕だ!【インビジブルニードル】!!」


 この技は両手で水を発散させる力を使用し、圧縮された水を高速で弾き飛ばすものだ。飛ばされた水の粒は細かく、無色透明で見えない。それでいて針のように鋭かった。妖怪にとって霊力や妖力を付与できない公星の技は脅威にはならない。しかし、あまりに数が多いそれを受けきるほどの覚悟も場狗済にはなかった。公星の術の隙間に避けてしまった瞬間、それを狙っていた風雅が【妖切烈火】を放ち、彼の妖怪を火に包んだ。先ほどまでの五体と違う何かを感じた風雅は、さらに霊力弾を撃ち込む。場狗済は地上五階建てのビルの屋上から落ちていく。


「三目四本腕の特徴。文献にない妖怪だ……。なぜこんな力を……。しかしこのタイプの妖怪は本来空間系の術を扱わないはずだが」


 風雅が疑問を口にしていた時、地面につく寸前の妖怪が突然目を開いたかと思えば、着地の瞬間地面を蹴り公星の方へ飛び出した。風雅も続いて飛び出すが、このままでは間に合わない。


「公星!逃げろ!」


 風雅が叫ぶが、公星は逃げられず顔を隠すように腕で守りの構えをとってしまった。まもなく公星を射程圏内におさめる場狗済は大きく振りかぶる。勢いよく突き付けられた拳が公星の腕に触れようとしたその時、十二封腕石が光輝きだした。そして埋め込まれた十二個の宝石のうちの一つから無数の鎖が飛び出し、妖怪を動きを止める。場狗済が力を入れ振りほどこうとするが鎖は一切ほどけず、力任せに千切ろうとしても逆に締め付けが強くなるばかりで、時間が経つごとに鎖はさらに多く場狗済に巻き付いた。鎖が妖怪の動きを完璧に止めると、一気に妖怪を宝石の中に引きずり込んでしまった。


「い、今のは……。え……ばくだら……?」


 公星は目の前で起きた事象と、頭に流れ込んでくる情報であっけにとられていた。風雅はその腕の霊具を見て納得したようだった。


「お爺様が渡したいと言っていたのは十二封腕石だったのか。公星、それの説明はどこまで受けた?」


「えーっと妖怪を封印して操るってことは」


「今のはその封印の効果だ。埋め込まれた十二個の石、それは界理石と同じ成分でできている。その霊具は霊力が扱えなくても使えるように、石に妖怪が触れた瞬間に封印の力を発揮する。お前が無意識のうちにとった身を守る構えが運よくそれを発動させたんだ。今、お前の頭には封印した妖怪の情報が流れているはずだ」


「あ、あぁ。場狗済ばくだら……こいつの名前か。なんか他にも色々わかるんだけど、今の俺には理解できないよ……」


「場狗済……やはり聞いたことがないな……。とりあえず、その他の情報はわかるようになったら教えてくれ」


「うん。ってかさっきの説明で思ったんだけど、本来は霊力の使用が前提だよね?」


「そうだ。それに霊力を流し込むことで封印の力をいつでも発動させられる。霊力の出力が強ければ強いほど射程も拘束力も上がる。そしてもう一つの力、使役に霊力が必要だ」


「え、じゃあ今の俺って」


「まだ使役することはできないな……。妖怪に急接近された時の緊急回避用の道具として扱うことになるな」


 公星はかなり落胆するのだった。そんな公星を横目に、新しい妖気を捉えた風雅は霊力を全身に流し込む。


「公星、二時の方向に二つ。行くぞ」


「え、あぁ!うん」


 二つの妖気が堂々と構えるその現場に到着すると、そこは極めて閑散としていて、東京の四時過ぎの街並みだとは思えないほどであった。違和感を探る中で公星の全身が震えだす。


「ふ、風雅……俺も、そ、その妖気が、妖気を感じられるよ、ようになったかもし、しれないんだけど……」


 公星の頭の中に今までに感じたことのない何かが流れ出し、妙な胸騒ぎと悪寒が彼を襲っていた。震えは一向に収まらない。どころか徐々に大きくなっていく。なぜなら、捉えてしまったそれが迫っているからだ。


「公星、飛ぶぞ」


「ーーは」


 言葉になるより先に、公星の体は地上17メートルの位置に引き上げられていた。一瞬で風雅が自身と地面を反発させ、自身に公星を【引象】で近づけたのだ。公星が感知していた気配は、地底から彼らのいた地点を抉りながら口を大きく開けて出現した。その姿は大きな蚯蚓みみずのようで広げた口の直径は三メートルほど、地中から出ている体だけでも六メートルほどあった。公星たちを捉え逃した蚯蚓は再び地中に戻り、姿を隠した。風雅の能力で二人はビルの上に移動する。


「あの妖怪、地上に出てくるときは道路を抉ってきたのに、戻るときは何も壊さずに戻っていった……」


「並の妖怪ならあんな器用に通り抜けられない。妙だが、高度な妖力操作だ。文献にはない妖怪……多分ここ最近生まれた、いや生み出されたというべきか」


「どういうこと?自然発生じゃないってこと?」


「蚯蚓の妖怪そのものは自然発生だろう。しかし、妖気の性質に違和感と粗がある。何者かが莫大な妖力を奴に与え、人間を襲うための兵器として急成長させたと考えてよさそうだ」


「それって……。なぁ風雅、河童さんが妖怪でありながら人間側に付くみたいに、人間でありながら妖怪に付く奴って……」


「オレも同じ可能性を考えていた。そういう人間は実際にいる。仮に妖怪の味方になったわけでなくとも、その霊力や妖力、その他の能力を悪事に用いる例は少なくない。ただ、もしこの蚯蚓に力を与えたのが人間ならば、一つおかしな点がある」


「おかしな点?」


「契約が結ばれていないことだ。契約術が施された気配が一切感じられない。こいつを使役する気がなかったとしても、このレベルの妖力を与えた相手に、人間である自分が襲われるリスクの対処をしないのはあまりに無茶だ。人を無差別に襲わせるだけが目的の愉快犯、そのリスクすらも楽しんでいるというのか……」


 蚯蚓に力を与えた何者かの考察をする二人に、ビルの中を登って蚯蚓が迫ってくる。それもほとんど気配を出さずに。登る勢いは滝を登る鮭のように激しく、それでいて宙を舞う蝶のように静かに、高度を上げていた。風雅が気づいた時にはもう遅かった。風雅は咄嗟に発動させた能力で公星をビルの外へ弾き飛ばすが、自身の体を動かすのは間に合わず、蚯蚓の歯がその体を抉った。


「風雅っ!!」


 力なく落ちていく風雅に、公星は手を伸ばすが届かない。彼には落ち行く少年を助ける術がない。手を伸ばすだけの人間に、あやかしはその口の凶器の矛先を向ける。公星には世界がだんだんとゆっくりになって見えていた。変わることのない景色に、思考は無駄な回転を続ける。眼前、鋭い歯が迫り公星の脳を喰らうその時だった。


「もう大丈夫だ、少年。立てるか?」


 またもや公星の視界は一瞬にして切り替わる。いや、ゆっくりになった世界ですべて見えていた、その情報が頭で整理されていく。目の前の蚯蚓は、今自身を抱えている二メートル近い筋肉質な男がその拳で吹き飛ばし、公星を抱えたまま、落ちていく風雅の体も抱え、今地上に着地したのだ。公星の理解が終わり動ける状態になると、男はゆっくりと公星を降ろした。男は勾玉のような霊具を取り出し、風雅の抉られた腹にあてる。以前、神社での戦いで公星が体験したものと同じで、風雅の傷が少しずつ回復していく。ある程度傷が癒えると、風雅が目を覚ます。


「……叢成むらなり兄さん!!」


「気が付いたか。良かったよ」


 傷がほとんど癒えたところで、その勾玉は朽ち果ててしまった。風雅は体を起こすと、改めてその男に礼をするのであった。その大柄な男の名は飯屋裏(めしやり)叢成(むらなり)。風雅の従兄であり、飯屋裏家の長男。現在最も強い妖術使いと呼ばれている男である。風雅の記憶では鹿児島へ一週間ほど妖怪退治の任務を任されていたはずだった。


「ありがとうございます。叢成兄さん。もう東京に戻られていたのですね」


「礼はいい。家族とその友人の危機を救うのは当たり前だ。鹿児島の妖怪だが、向こうの妖術使いの助けもあり早く終わった。そんなことよりも、だ」


 叢成は蚯蚓の妖怪を睨みつけながら、風雅に問う。


「今来たばかりの私の考えが間違いであることを祈るが、お前は奴にこの莫大な妖力を与えた犯人は誰だと考える?」


「……オレの考えでは、あの妖怪に力を与えたのは……」


 風雅の声が震える。先の戦闘中にはかいていなかった汗が額を伝い、地面に落ちる。冷静に見える叢成も、風雅の答えが自分の予想通りでないことを願い、心を焦燥で満たしている。ここまでの情報量にいまだついていけない公星は、この電気の流れたような異様な空気の中で、ただ二人を眺めるだけであった。緊張が極限まで張り巡らされたその時、風雅の口は続きの言葉を紡ぐ。


「……妖怪の総大将、ぬらりひょん。本名、神崎かんざき飄楼ひょうろうかと」


 その言葉に叢成は眉間を寄せ、悔いた表情で目をつぶる。神崎飄楼、別名ぬらりひょんは約1200年程前の人間であり、人間妖術の祖とされる者だ。そして彼は晩年、様々な悔恨や無念から妖怪となり、妖怪を統べる総大将、"大妖魔"ぬらりひょんとして人間達に牙を向いた。その暗躍は五十年前まで続いており、当時二十三歳の神崎剣蔵によってその長い悪事と神崎家の因縁に終止符が打たれた、と思われていた。


「兄さんもご存じの通り、オレの霊能【忍知覚にんちかく】は元来、飄楼の力でした。それが何十代の時を超えてオレに遺伝した。この霊能は気配を消す能力。この性質を妖怪が扱えるのだとしたら、その妖気を与えられるのはオレを除いて、飄楼ただ一人でしょう」


「やはりそうか……。嬉しくない答え合わせだな」


「あくまでオレの予想に過ぎません。よりにもよってオレですが……」


 ここまで来ると何が何だかわからない公星は、とにかく自分の前にいる敵に注意を向けていた。その中で、ある一つのことに気が付く。


「風雅、俺をあいつの所に石の力で移動させてくれないか?」


「いきなり何を」


「さっきあいつには契約された形跡がないって言ってたよな。ってことは十二封腕石で封印して、俺と主従関係を結ばせられるんじゃないかと思って」


 公星の案を聞いた叢成が、何かを思いついて指を鳴らす。


「そうか。それならあの大蚯蚓おおみみずの情報が手に入る。退治して成仏させ切ってしまう可能性があるより、ずっとその方がいい」


 肯定的な叢成に対して、風雅は否定的だった。


「待ってください。公星はまだ霊力を扱えません。そもそも器も霊力量自体もあまり多くない。あまりに危険すぎます」


「……そうだな。しかし、十二封腕石は私達を認めないだろう。だから一つ案がある」


 そういって叢成は手のひらを公星の胸にかざし、霊力を練り始めた。霊力の流れ込み始めた手のひらはオーラをまとい始め、そのオーラはいつしか公星の胸に入っていった。突然の感覚に公星は驚くが、すぐに体勢を持ち直しその力を受け入れる。


「こうして彼に霊力を流し込む。先ほど彼に触れたとき、自然と霊力凱れいりょくがいを纏っていた。死を悟ってしまったからだろうな。今も彼にはその感覚が残っているはずだ」


「霊力凱を纏えていたとしても……」


 叢成の説明を受けるも、風雅は公星の身の危険を案じてしまっていた。しかし、公星のあの時の言葉を思い出し、その行動が公星への侮辱になりかねないのだと理解した。


「わかりました。器の壊れない範囲で、オレも公星に力を与えます。……公星」


「へへっ、風雅。ありがとうな」


 風雅が自分の覚悟を理解してくれたことが相当嬉しかったのだろう、二人の話をわけもわからず聞いていた時も、自ら提案をする時も、ずっと震えていた足は、もう一切の動きを止めていたのだ。


「少年、君の名前を聞いておきたい」


 覚悟を決めた少年に、大柄の男はその勇気を体に持つ名を問う。勇敢な少年もまた、先の感謝と共にその名を口にする。その声は自身に、誇りに満ちていた。


「助けてくれてありがとうございました。俺の名前は直焼じかや公星こうほし!色んな人を照らす星のようになる男です」


 その言葉に叢成はニヤリと笑い、風雅も微笑んだ。


「行くぞ公星。【反現はんげん】!!」


 能力で勢いよく飛び出した公星は、あふれ出す霊力をあのゆっくりの世界で感じた感覚と同じになるように全身に流し込む。霊力凱は妖術使いが妖怪からの攻撃を和らげるために覆う鎧のようなものだ。本来は一定の霊力量と技術によって完成させるか、死の危機に陥った瞬間の防衛本能で無意識に纏うものだが、今の公星は器いっぱいに二人から与えられた霊力によって、力技でそれを再現している。そして十二封腕石をあの大蚯蚓へと向ける。


「蚯蚓の妖怪!!お前を……俺の仲間にする!!」


 大蚯蚓が高速で動く公星を認識した時には、もう既に封印が始まっていた。漲る霊力を全て右腕の十二封腕石へと流し込むと、大蚯蚓は一気にその石へと吸い込まれた。


「……よし!……大蚯蚓を、亡蚯水奇なみじきを封印できたぞ!!」


 公星の右腕には、二体の妖怪を封印した腕時計が光り輝く。そうしてこの作戦は成功に終わったのだ。二人の元へ公星が戻ると、叢成がここへ来るまでの経緯と東京の現状を話し始めた。


「私がここに来たのは他でもない。風雅と公星、君たちの救出だ」


「え?救出って、まるで俺達が何か得体のしれない場所から戻ってこれていないかのような……」


「やはり、気づいていなかったか。確かに私の鹿児島の妖怪退治はスムーズに終わった。しかしそれは一週間の予定が四日間で終わっただけのこと。君たちはこの街に、いや正確に言えばこの結界内で行われた百鬼夜行に三日間捕らえられていた」


 そう、公星達がこの街に足を踏み入れた時、二人は知らず知らずのうちに何者かが仕掛けた結界に囚われてしまっていたのだ。結界の外と内では時間の流れが大きく異なる。風雅すらも気づかぬまま、外の世界では三日が経過していたのだ。


「なんでオレが気づけなかったんだ……」


「それはやはり先ほどの蚯蚓での考察の通りだろう」


「ぬらりひょん……ですか」


「あぁ、仮に本人でなくとも奴と同等の力を持つ何かがこの状況を引き起こしたことは間違いない。それにこの三日間で起きた事件についてだが、ここ以外の東京都内五か所でも百鬼夜行が発生、大量の人間と妖術使いが犠牲になった。二か所は制圧し結界も解けたが、残りの三か所は未だ百鬼夜行が続いている。私達にとっては幸いなことに、身内や親しい妖術使いに死者は出なかった。弟と妹も命に別状はない」


「……そんなことが起きていたなんて」


 風雅が自身の無力感を嘆くと、叢成は本物の兄のように彼を慰める。一方で公星はこの落ち着いた状況を見て、ようやく冷静に疑問と情報を整理を完了させると、叢成に質問する。


「あの、いくつか質問があるんですが……。まず気になったのがその百鬼夜行のことで」


 公星にとって百鬼夜行やぬらりひょんといった言葉は、ゲームの中で知ったものだ。その概念と一緒とは限らない以上、早く真義を知っておかねば彼の頭は混乱してしまうのだ。


「君はまだ妖術使いの世界に来て一週間程だったか。それならば……"妖怪パレード"と言い換えるのがわかりやすい。妖怪が人間を襲うことを求め、時には列をなして徘徊するその姿は、まるでパレードだろう」


 そう。二人は三日間、妖怪たちのパレードで踊らされていたのだ。


 次回予告

 叢成により自分たちの状況を知った公星と風雅。二人は叢成に連れられその傷を癒しにとある店へと立ち入る。

 次回 第九話『レイリョクリュウカイ』

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