第七話 『始動!河童道場!!』
ーー2023年8月9日早朝 結地神社
雀が鳴き、朝日が明るく照らす境内に一人、河童が大きな樽を担いで、池の水を汲んでいた。
「今日は昨日よりも冷えているな。丁度良かろう」
その樽いっぱいに、表面張力がなければ今にも溢れているであろうくらい水を満たすと、また肩に担いで、今度は山奥へと歩いていくのであった。
午前六時。山奥で発生した爆音と振動に、公星は目を覚ました。
「今のは……!?風雅は!」
寝ぐせばかりの髪で部屋を飛び出した公星は、廊下の柱に体をぶつけながら、ふらふらと風雅の部屋へ走っていった。
「風雅!!……いない。……やっぱりそうか」
部屋にはきれいに畳まれた布団と、ぼろぼろのノートが机に置かれていた。そして全開になった窓から、昨日のあの場所で木を貫く風雅の姿が見えた。そこで先の爆音は彼の技によるものだとわかった。安堵した公星は落ち着いて目を落とすと、そのノートに興味を持った。少し躊躇いながらも、そのノートを開いた。
「これは……霊術と妖術?」
まだ知識の浅い公星には何が何だかさっぱりであったが、風雅が努力家であるということを、ただ頭で理解することだけはできた。その後もしばらく、ぺらぺらと紙をめくる音が部屋に響いた。
「……あった。【妖切烈火】だ……」
めくる指を止め、少年も知っている妖術のページをまじまじと見始めた。
「[対象を炎で包み込む妖術である]……。…………[炎の球が接触しなければ10秒で消える]。……青いペンで何か……。[妖術の割合は3対7]……?……やっぱりよくわかんないな……」
理解を諦め、公星はノートを閉じた。心の中で、漠然と風雅のイメージを膨らませ、部屋を後にするのだった。
居間にいた剣蔵に挨拶をして、朝食におにぎりを食った公星は顔を洗い、髪を整え、外へと駆けていった。
「河童さん!おはようございます」
「おはよう。準備はできてるぜ。公星は行けるか?」
「はい!準備ありがとうございます!行けます!!」
「よし、それじゃあ……」
河童は傍らの樽を持ち上げ、ひっくり返した。
「この攻撃を止めてみろ!!」
滝のように落ちる水が、河童の手の動きと連動して、群れた魚のように公星へと襲い掛かる。
「避けるなよ!水の流れを読め。水の隙に力を使用しろ」
「はい!」
公星が手の平を前に出す。しかし、力を入れたところで水魚は動かない。
「ここで……!」
水の動きを見切り、ぐいっと更なる力を手のひらに入れると、少しの水が手のひらに集まる。だが、塊は止まらず、公星は体いっぱいにそれを受けた。
「……っは!はぁ」
「公星、水を集めることは得意なようだが、はじくことは苦手なようだ。お前の課題はとにかく力を逆に出力することだろう」
「逆に出力……。あの時の風雅みたいに……」
公星は一昨日の戦いを思い出す。あの時、高度な技術と思っていたものが今自分に求められているのだ。
「お前、どうやってあの水の線を放った。何を意識した?その一瞬、お前は水をはじくことに成功しているはずだ。だがそれは逆出力ではない。能力の中のものなはずだ。吾輩は妖怪、界理石を扱うことはできんが、剣蔵達の姿は何十年もみておる。彼らはその能力の出力を混ぜて扱っていた。吾輩でいえば、妖術の発動に要する妖力を、その発生と作用で割合を決めるように」
「割合……」
公星は今朝見たノートの中の数字を思い出した。
「あれは妖力の割合……。……わかりました。河童さん、もう一回お願いします」
「あぁ、行くぞ」
河童は手を動かし、土にしみ込んだ水をまき上げ、同じような水塊を生み出した。公星も同じように構えをとった。
「【水濁塊】」
また同じ質量が、公星を襲う。
「水の力を、あの時の鼓動を……。9対1で……」
どくんどくんと脈打つ力にと、水の流れを、公星は呼吸の音すら消して伺っていた。
「こ、こ、だ!」
いきなり強い力が公星の手から放たれる。まだ水を十分に集めていない手のひらは自らの力に耐えきれず、勢いに流され、体ごと吹っ飛ばされてしまった。もちろん、水の塊にそれは届かず、そのまま公星を呑み込んでしまうのだが。
「公星!」
河童が腕を払い、術を解除すると、水の中から気絶した公星が出てきた。
「おい、公星。馬鹿者が、力みすぎだ。歯ぁ食いしばれよ」
河童が拳を握り、強く公星の腹を殴った。公星は口から勢いよく水が噴き出てくると同時に、目を覚ました。
「はぁはぁ。河童さん……すみません」
「お前はいろいろ無茶しすぎだ。実戦じゃその姿勢は仲間を殺すことになる。気をつけろ」
「……もう一回お願いします」
「おいだから無茶は」
「お願いします」
声色を低くして、河童を遮るようにつぶやく。
「……わかったよ。でも次気絶したら、わかってるな」
「はい」
二人は再度同じように構える。
「【水濁塊】」
先ほどよりも大きくなった塊が落ちてくる。その大きさはどうにか公星の今の感情の暴走を止めようという、河童なりの計らいだったのだろう。しかし。
「止めてみせる……」
公星の目が淡く、水色の光を纏う。掲げた手のひらに水が集まっていく。鼓動もまた脈を打つ。水の塊が、公星の手のひらに触れた瞬間だった。
「【九出一蒸】」
公星の手のひらを中心に、水魚へ波紋が広がり、そして蒸発したように細かく、散っていった。
「……成功したか……」
「……!!うまくいった……!」
喜ぶ公星とは裏腹に、このままでは公星があの考えを改めないだろうと危惧する河童がいた。
「河童さん、俺行けました!」
「あぁ……。だがまさか一日で成功させるとは思わなかった……。あのな……」
「河童さん!修行行きましょう!」
「は?何を言って」
「だから修行ですよ、昨日の続き」
まさかここまで公星が強さを求めているとは、自身の体の疲労をなんとも意に介さないとは思っていなかった河童はあっけにとられてしまった。
「いや、お前の体は一昨日からの疲労とケガで満身創痍。もう今日は」
「やらせてください」
公星の目がキッと変わる。声も低くなる。何かとてつもない覚悟を感じる。その覇気を、魂の強さを河童は受け止め、彼もまた公星の話を聞き入れようと構える。
「風雅は優しいから、きっと俺が倒れても大丈夫なように、俺が自分を責めないように、何か対策を練るはずです。それにあいつ自身、俺をこの世界に招き入れたことを後悔しちゃうんだと思います」
「それは……」
「朝、風雅が修行しているのを見ました。勝手にですけどノートも読みました。昨日の夜も、ご飯を食べた後すぐにあいつは外へ行きました。何をするのか聞いても風に当たりたいとか言って誤魔化して。木が粉々になる音が部屋まで聞こえてきてるのに」
河童は、昨日の帰りの風雅の言葉を浮かべながら、公星の話を聞いていた。言葉を紡ぐ公星が胸に手を当てる。
「だから、俺も強くならなきゃダメなんです。早くあいつに追いつかなきゃ。じゃないと、俺がこうして平和に倒れているのとは違う、命を懸けてあいつは自分を犠牲にしてしまうと思うんです。だから、だから」
公星は河童に深々と頭を下げる。
「俺にこのまま、修行をつけてください」
河童は、彼らの中にすでに互いを思いやる友情がある事を悟った。人間とは不思議なものだと、彼は何年ぶりに、いや何十年ぶりに思ったのだろう。公星の言葉に、妖怪は微笑んで答えた。
「……わかったよ。お前の魂に敬意を表して、昨日の修行を今日このままお前につける。」
「はい、お願いします。……ありがとうございます」
「おいおい、何泣きそうになってんだよ」
「いや、……怒られると、殴られると思ってて……」
公星は心に秘めていた感情を、目に溜めていた雫をあふれ出させてしまった。
「こんな我儘を親以外にするの初めてだったので……。俺とはもともと何の関係もなかったのに、こんなに優しくしてもらえると思ってなくて……」
「お前が人付き合い下手な理由がわかりかけた気がするよ。お前は人を怖がりすぎなんだよ。吾輩は人ではないが……。それにだ」
河童は泣きじゃくる公星の額に手を当てる。
「お前はもう、吾輩たちと同じ釜の飯を食うた仲間だろうが。もっと頼るが良い」
「……はい」
言葉を受けて公星は涙をぬぐった。
「よし、行くか」
「はい!」
二人は昨日の場所へと足を運んだ。そこには朝から修行を続けている風雅がいた。
「公星、河童様……。今日は二人で稽古と聞きましたが……」
「すまねぇな。少し場所貸してくれ」
「それは大丈夫なのですが……公星、その傷で修行はやめた方が……」
風雅の言葉に公星は親指を立て答える。
「大丈夫!!心配ありがとう!今から俺のこと見ててよ」
そして公星は昨日立っていた場所へと歩く。河童も同じように森の中へ隠れる。
「行きますよ。河童さん」
公星は指を立て、一つ目の木に標準を合わせる。ここに来るまでに鳴り続けていた鼓動が血に波紋を起こす。
「……【ハートレイトフォース】」
一発目の水線が木を貫く。その瞬間、走りだした河童が公星の腹を目掛けて蹴りを入れる。公星はその足を手で押さえようとする、が間に合わず昨日と同じように吹き飛ばされる。
「公星!」
あまりに勢いよく飛ぶので風雅が心配の声を上げる。
「【ハートレイトフォース】」
その吹き飛んだ先から、すぐにするどい水線が飛んでくる。そしてそれは二本目の木を貫いた。
「河童さん、お願いします。全力で!」
「……死ぬなよ」
河童は高く跳躍し、手を空に掲げた。
「……まさか、あの技は……。公星!逃げろ、あれは河童様の妖術の中でも上位の……」
汗を流し警告する風雅に、公星は笑って言葉を返す。
「心配しないで、俺を見てて」
その言葉に、風雅の心の奥がじんと動く。
「行くぞ、公星。【怪龍滝行】」
先ほどの水魚とは違う、龍のようにうねる水が公星に牙をむく。
「……来た」
「公星、やっぱりお前じゃあれは!」
「……ふぅ」
風雅の言葉など、耳に入らない。公星の神経は、鼓動と血に流れる波紋を感知するのに集中させられていた。そして、水龍が公星を呑み込んだ時。
「……【九出一蒸】」
水龍は、はじけ飛び、周囲には雨のように水滴が降った。
「……公星……」
その光景に、まさか公星がここまで変わっているということに、風雅は驚き、動けなくなっていた。
「そして……指に弾いた水を集めて……【ハートレイトフォース】!!」
三本目の木も、指先に集まった水龍の残骸によって貫かれた。空中から降りてきた河童が、公星に話しかける。
「……やったな、公星。この修業は達成されたぜ」
公星はその言葉を聞いて言葉よりも先に体で喜びを示した。そして遅れて……
「……最初の修行、クリアだ……」
声をうねりあげ、山と山の間でそれはこだまするのだった。
「公星……その……」
「ん?」
「なんで、そんなことを……」
「え?俺なんかやっちゃった?」
なぜか異世界無双系主人公のような台詞を発する公星と、恐ろしいものを訪ねるように問う風雅。
「そんな怪我してまで、ぼろぼろになってまで今日修行を完成させなくても……」
風雅は気づいていた。公星が先の水龍に呑み込まれた時、実はその牙に体を傷つけられ、流れに体が負けていたことを。それが無茶でどれだけ危険であるかを。
「お前に、見てもらいたかったんだよ」
「……え?」
「お前が一人で抱え込まなくても、俺は大丈夫なくらい強くなれるって。いつか俺が妖魔を倒してみせるって」
風雅は思わず、笑ってしまった。
「ちょっ、なんか俺が恥ずかしいこと言ったみたいじゃんか!」
実際、臭い台詞な気がするが。
「いや、すまないな。ずっと一人で考え込んでたのがバカバカしくってな」
風雅の笑いが収まると、手を差し出した。
「?」
「ありがとう。これからもよろしくな、公星」
公星はなぜこうなったのかわかっていないようだが手を握り返す。
「お?おう?なんかよくわかんないけど、よろしく。風雅」
二人の握手を見て、河童は先ほどの自分の感情をまた反芻する。
「にしても、お腹空いたぁ。帰ろうぜ。まだ昼前だけど」
「そうだな。河童様も、きゅうりいかがですか?」
「それじゃ気遣いに甘えていただくとするかな」
三人はまだ日が高いうちに、今日は山を下っていった。
昼食を食べ、公星と風雅は居間で談笑をしていた。その裏で、河童が剣蔵と話していた。
「剣蔵、今日の修行で公星は{覚醒}の片鱗を見せていた。時間の問題なんじゃないか?お前が感じ取ったっていうあいつの妖の部分……」
「……」
「なあ剣蔵。お前は公星に何を見たんだ?確かにあいつは突っ走りがちで危険な行動も多くなるだろうが、ただの人間なはずだ。妖の類なぞ……」
「……お前がそう言ってくれるなら大丈夫じゃろう。ワシは彼に妖怪に通ずる何かを見た。それ以上は何もわからんわい。じゃが、河童が見て人間だと感じたなら、ワシの杞憂だと信じられる。例え、あの石がそうであったとしても、封印が解けたのだとしても、彼は決して人を襲わんよ」
「……そうか」
「これからも、公星君のことはお前に任せる。風雅には妖狐の天についてもらうよう言ってくれ。風雅はまだ、あの日のことで自分を傷つけ続けるじゃろうから」
「わかった……。お前は{あいつら}と調査を続けるのか?」
「そうじゃな。一昨日の妖怪、から傘おばけは本来一般妖怪なんじゃが……。あれほどの力を持っているということは、彼奴が関わっておるに違いない。急がねば、あのような妖怪たちが街に蔓延ってしまう。……あと三体じゃ。それで終わる」
そう言いきったところで、二人は居間から漏れる光によって生まれた闇を通って、それぞれの場所へ消えていった。
次回予告
第一の修行をクリアした公星。剣蔵から不思議な腕時計を受け取って、風雅と共に初めてのパトロールへ。ってまた大妖怪級の妖力!?
次回 第八話『妖怪パレード』