第二話 『石と封印伝説』
ーー2023年8月6日 世田谷区
公星は風雅に紹介された学立病院へ、悠羽のお見舞いに来ていた。
「ハクちゃん、足大丈夫?」
「うん、お医者さんは一週間あれば治るって」
「そっか」
謝る事を制限されている公星に、今この状況でうまくコミュニケーションをとることはできなかった。
病室の扉が音を立てて、しかし静かに開いた。
「失礼します」
「風雅さん!あ、あの、昨日は本当にありがとうございました!!これ、どうぞ……」
公星は深々とお辞儀し、手に持っていたお菓子を渡した。
「ありがとうございます。直焼公星さんもお元気そうでなにより……」
「あ、あの……」
「なんでしょう?」
「その、俺たち同い年ですよね……。それならため口にしたいなぁって。あ、いやそのごめんなさい!」
焦る公星に、風雅は思わず笑ってしまった。
「なんで謝るんです。あなたの悪い癖ですね。それじゃため口にしましょう。よろしく、公星」
「……っ!よろしく!風雅くん!」
「風雅でいいよ」
「風雅!」
二人は固く握手をした。
「それじゃ話を……」
風雅は近くの椅子に腰かけ、話を始めた。
「まず、昨日のカボチャの少年について。彼は妖怪だ」
「妖怪……」
「アニメやゲームに出てくるもののイメージで大丈夫。良い妖怪もいれば悪い妖怪もいる。カボチャの妖怪の中でも、昨日のあいつは悪戯が過ぎた。そういう妖怪は退治しなきゃならない」
「あの、風雅が昨日あの子を燃やしてたけど、あれはどうやってやったの?」
「あれは妖術。妖怪に攻撃を与える手段の一つだ。他にも霊術や神器、妖器など手段はいろいろあるが、詳しい説明はそのうちするよ。それより今は……」
風雅は胸に手を当てた。すると光が集まり、手のひらに黄緑の石が現れた。
「界理石について話すよ」
「それって昨日俺の中に入っていった……」
「確実にそうとは言えないが似ている。家に伝わる書物に水を出す石のことは書いてなかった。とりあえず、界理石には石ごとに能力が宿っている。例えば……」
そう言って風雅は病室の花瓶に向けて手を広げた。
「【引象】」
花瓶が風雅の手に引き寄せられ、手に収まった。
「これは物を引き寄せる力の石。」
「すごい!」
公星は目の前で起きた現象に驚き、興奮していた。どうやら、彼の厨二心をくすぐったようだ。
「俺も練習すれば水を操れるのかな」
「もちろん。オレだって最初はうまくものを引っ張れなかった」
「やばい、興奮してきた。まさか超能力を使える日が来るとは……」
「憧れるよな……。ほんとは……」
風雅の言葉の裏の陰りに公星は気づけなかった。
「あのー」
ここまで空気だった悠羽が口を開ける。
「風雅君、さっき言ってたこと言わなくていいの?」
「そうだな、これ以上前振り長くしてもいけないか」
はてなマークを浮かべる公星に、風雅は改めて体を向けなおす。
「公星。オレ達と一緒に戦ってほしい」
その言葉を聞いて公星の体に緊張が走る。
「それって妖怪とってことだよね」
「ああ。もちろん妖怪と戦うのは危険だ。無理を頼んでるのは承知してる……」
風雅は申し訳なさそうな顔をして、公星の返事を待つ。
顔を上げた公星が声を上げる。
「わかった。俺も一緒に戦うよ」
「……恩に着る!」
安堵した風雅と、それを感じた公星は口を緩め微笑んだ。
「風雅、俺は具体的に何をすればいいかな」
「まずは修行……。今日この後時間は?」
「大丈夫だよ」
「それでは、ここに行くぞ」
風雅はスマホの地図アプリを開き、指で指し示した。
「山奥?」
「ああ、少し遠いが見せたいものがある」
「わかった。行こう」
公星も立ち上がって、持ってきていたお見舞いの果物を悠羽に渡した。
「ハクちゃん、またね。お大事に」
「ありがとう。またねー」
二人は病室を後にした。
病院の最寄りの駅から特急列車で二十分、乗り換えてさらに一時間、そして三十分徒歩で歩くことで目的地の山に着く。
その道中ーー
「次は界理石に共通してみられる特徴についてだ」
風雅が公星に、妖怪や界理石などについて話していた。
「今のところわかってるのは二つ。所持者の能力を3倍にすること。封印の力があること」
「所持者の能力3倍っていうのはどういうこと?」
「スタミナや筋力はもちろん、妖力や霊力なんかも3倍になる。身近なとこでいえば足がすごく速くなって自転車程度なら楽々追い抜くし、ジャンプも自分の身長より高く飛べる」
「すげえなそれ。超人になれちゃうじゃん。でも、俺ここ来るまでにそんな実感なかった気がする……」
「界理石に似てるだけで、お前の水の石は界理石じゃない可能性もある。その分別の何かがある場合もありそうだ。ただ、お前がもともと運動神経悪くて3倍しても大して変わらなかっただけって可能性も捨てきれないが……」
「うっ……否定できない」
運動神経の悪さは十分に自覚している公星だが、どうか水の石がその特性を持ってないからだと無理やり信じて逃げることにした。
「うむむ……。あのさ、話変わるけど風雅の誕生日っていつ?」
「すり替えたな。4月10日」
「あーもう過ぎちゃってるのか」
「公星は?」
「11月24日だよー」
「そうか、まだ先だな。誕生日プレゼント考えておくよ」
「え、いやいいよ。申し訳ないし」
「なんか、公星って遠慮しすぎじゃないか。もっと強欲になっていいと思うが」
「そうかなー」
「ああ、お前の遠慮の仕方は無理してるように見えるからな」
「……無理してるのかな」
「少なくともオレにはそう見える。なにかあったら相談しろよ、友達なんだから」
「ありがとう」
公星はまた、自分に違和感を感じていた。なにか甘えているような気がして、気持ちが悪くてならなかった。それでこの言葉が出たのだろう。
「風雅も、なにかあったら相談して」
「……ああ。ありがとう」
これで公星は受け身じゃなくなった気でいるのだろう。
二人は何気ない会話をしながら、ついに山へとたどり着いた。
「ここだ、灰将山。この奥に小さな洞窟がある」
「さっき電車でちょっと言ってた、界理石の封印の力とかかわってるんだよね。ってことは何かが封印されてるってこと……?」
「ああ。その通り」
「行っていいの?そんなところ」
「大丈夫だ。封印はオレたちの力じゃ解けない」
「そうかなあ」
少しフラグくさい台詞を放った風雅に心配を覚える公星と、そんなことを気にせず前に進む風雅の距離は、この二時間弱の関わりでかなり近くなったような気がした。
「薄暗いな……」
「公星みたいに都会になれてる高校生だと、山道は怖いか?」
「うん、すっごい怖い」
「ふっ。安心しろ。何かあったら大声を出せ。助ける」
「何かある可能性があるのか」
その瞬間だった。公星の足を何かがつかんだ。
「うわあ!!!助けて風雅!!」
「っ公星!」
風雅は公星の足元に向けて手をばっと広げた。
「【妖切烈火】!!」
公星の足に付きまとうなにかに引火したようだ。もちろんその火は公星の足にもついた。
「あっつ!水出ろ!!」
そんな口に出しただけで水が出るわけもなく。
「手のひらを向けて力を込めるんだ。腕の奥から押し出すような感じを」
「わかった!おりゃ!出ろ水!!」
公星の手のひらから勢いよく水が飛び出し、足の火を鎮火させた。
「はあ、はあ、熱かった……」
「すまない、公星。もう少しオレの判断が早ければ」
「いや、また助けてもらったよ。ありがとう」
「火じゃなくて風で足に憑いた妖怪を祓えた」
「おい」
二人は笑いあった。そして再び足を運び始めた。
「ここが……」
「ああ。ここが封印の地{骸洞穴}だ」
「まだ入り口なのに禍々しいね」
「ああ、それだけ危険なものが封印されている。入るぞ」
「え、今の文脈でそうなるの珍しいと思うよ。入るか」
二人は洞窟の奥へ、深く入っていった。
「あれって、もしかして界理石?三つも……」
「ああ。ここに封印されているのは戦念骸。合戦で亡くなった人の魂や怨念が集まって生まれたとされる妖魔だ」
「妖魔?妖怪とは違うの?」
「妖魔は妖怪の中での最強格。オレのような並みの妖術使いではまったく歯が立たないほど強い。それにどれだけ強い妖術使いが集まっても封印をするのがやっと。日本には傀戒巡忌、狼輝、妖刀蔵咲、そして戦念骸の四体しかいなかった」
「つまりゲームでいうクリア後のめちゃくちゃ強いボス妖怪ってことね。百回倒すとトロフィーもらえるかな。って、四体しかいなかった?今はどうなってるの?」
「二年ほど前、突然妖刀蔵咲の妖気が消えた。お爺様はなぜ妖気が消えたか知っているそうだが、オレには教えてくれなかった」
「もしかして、妖魔ほどの存在が消えるほどやばい妖怪が出たとか、強い妖術使いがいて隠さなきゃまずいとか?」
「かもしれないな……。すまない、少し話がそれてしまったな。戦念骸は150年くらい前に妖魔界を支配したとされている。その後、人間界を支配しようとしてきた」
そう、これは西暦1872年の話。
界理石の制作者である有真の子孫、松間は妖術に長けた人間だった。彼は一人、戦念骸と妖怪の軍勢に立ち向かっていった。
松間は妖怪を一掃し、戦念骸と三日に及ぶ決戦の末、三つの界理石を同時に使い自身の命を削り、死をもって戦念骸をこの洞穴に封印したのだった。
「じゃあここは、その松間さんが命をかけて封印した山なんだね」
「ああ。そして、石の同時使用はかなり危険だ。」
「同時に使ったらこの話みたいに命を削るからってこと?」
「そうだ。行えば確実に死ぬ。このことは絶対に覚えておいてほしい。この封印は、この禍々しさはそれを現世に残している」
「わかった。確かに死ぬならあんまり使いたくないかな。でも、あの話みたいに悪い妖怪たちを倒したり、封印できるなら、そうしてもいいのかもなって」
「……そうか。お前は心が強いな」
公星の命知らずともとれる発言に、風雅の表情はどことなく寂しさを感じるものになっていた。
「公星、明日はここに来てくれ」
「ここは神社?もしかして風雅の神社?」
「うん、明日は公星に霊術と妖術の基礎を教える」
「わかった!って言ってもまだあんまし霊力とか妖力とか理解してないからお手柔らかに……」
「ああ、この二日間でお前の生活は大きく変わりすぎているからな。ゆっくりでいいんだ。わからないことはどんどん聞け」
「ありがとう!それじゃ帰るか」
「ああ」
この時、二人はまだ気が付いていなかった。
この行動のすべては、人間界支配を目論む妖怪、鵺に監視されているということを。
彼らがすでに目をつけられていたということを。
次回予告
風雅と剣蔵による妖術の指導。そこに襲い掛かる妖怪。公星は妖術を扱うことができるのか。
次回 第三話『妖術を扱うにはちと早い』