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第一話 『主人公は物語にのみ存在する』

――2023年8月5日 東京


 扉を開ければ、体を焦がすような熱風が部屋を支配してしまうであろう今日。

 少年は普段行くことのない図書館へと足を運んでいた。

 その少年の名は直焼公星じかや こうほし。16歳の高校二年生だ。


 この図書館は半年ほど前に新しく立て直され、とてもきれいかつ近未来的であった。

 特に何かの本を読みたいとかでもなく、ただ散歩がてら立ち寄った図書館だったが、思いのほかその雰囲気が楽しいらしく、本を手に取らないまま一時間が過ぎようとしていた。


「あれ?こうちゃん?」


 優しい声の少女が、公星を呼ぶ。


「あ、ハクちゃん。こ、こんにちは」


 ハクちゃんと呼ばれる少女は白上悠羽しらかみ ゆう。公星とは同じ小学校で友達だ。 

 ちなみに、公星は悠羽のことが好きである。そのため少しもじもじとしてしまうわけで。


「こんにちは!こうちゃんも図書館来るんだね。ちょっと意外だよ」


「う、うん。俺も意外だよ。思ってたより図書館って面白いね」


「でしょ。なんの本読んでたの?」


「え、何も」


「え?」


「だって何読めばいいかわかんないんだもん」


「そっか。じゃあ、私のおすすめの本教えてあげるね」


「ほ、ほんと?ごめんね。ありがとう」


「もう、だから謝らないでって」


「だって癖なんだもん……」


「約束したんだから、ね。」


 小指を突き出し、輝くようなかわいい笑顔を見せる悠羽。

 公星は、また悠羽に惚れた。


「とりあえず、上の階行こう。推理小説は四階だから」


「うん。おすすめしてくれる本って推理小説なの?」


「そうだよ。関口渡せきぐち わたる先生の[ナイモノクラベ]っていう作品だよ」


「あーなんか話題になってたよね。どんな話なの?」


「今聞いたらネタバレになっちゃうよ~」


「そうじゃん」


 二人は静かに笑いあった。近くで勉強していた中学生ににらまれた。

 確かに、こんなところで男女が楽しそうにしていたら腹立たしいだろう。


 公星は申し訳なさそうにして、四階への階段を目指す。


 四階、推理小説がずらりと本棚に並ぶその景色に、普段図書館に来ない公星は目を回しそうになっていた。


「うわあ、すごいね。本がいっぱい……怖いな」


「大丈夫だよ、殺してきたりしないから」


「いやそういう物騒なこわいじゃなくて」


「え?」


「なんていうか、こういうところって怖くない?俺だけ……?」


「こうちゃんだけだと思う」


「おけ」


あっさりとばっさりと、自身の感情が独特でおかしなものだと認識させられてしまう公星だった。


「はい、これ」


「ありがとう。借りてくるね」


 悠羽から本を受け取った公星は、カウンターへと向かう。


「このカード使えるんだっけ。にしても小学生ぶりだな」


 公星は財布から、図書館での貸し借りに必要なカードを取り出した。


「やっぱりボロボロだな。……っあ」


 公星の指は、カードをつかむことに失敗したようで、カードを落としてしまった。


「やばっ。本棚の下いっちゃったよ」


 本棚の下に手を伸ばす公星。


「おっ、ギリ届きそう」


 公星の指は今度こそ、カードをつかんだ。


「とれたとれた。ん?」


 体を起こした公星の目線の先に、背に見たことのない文字が書かれた本を見つけた。


「風の勇者の英雄譚……?なんでわかるんだ?」


 知らないはずの文字。それなのに意味が頭の中に流れてきた。


「これも、借りるか」


 公星は、その本も持ってカウンターへと向かった。


「お願いします」


「はい。期限は二週間です。19日に返しに来てくださいね」


「わかりました」


 公星は借りた本二つを手に、悠羽のもとへ戻った。


「ただいま。借りられたよ、ありがとう」


「おかえり。あれ、その本は?」


「あー、なんか不思議だったから借りた」


「不思議?」


「いや、この文字……あれ?」


 公星は目を疑った。自身の手の中にある本の文字が、日本語だったからだ。


「文字?」


「え、あ、いや。え?」


「?」


「ごめん、もしかしたら見間違いだったかも」


「おっけー」


 狐につままれるような感覚を覚えた公星だったが、自分の勘違いということで、特に深く考えずに図書館を後にした。


「うわ、外あちいな」


「だねー。なにか飲み物買いに行こっか」


 二人が近くのコンビニに向かおうとしたその時。


「トリックオアトリート!お菓子くれなきゃイタズラするぞ!」


「「え?」」


 カボチャを被った小学生くらいの少年が、二人の前に立った。


「あ、え、持ってない……」


「私ももってないや。ごめんね」


「えー、持ってないのー?」


「うん、ごめんねー」


「ってかまだ夏だよね?え、俺がおかしいだけ?ハロウィンって秋だよね」


「そうだね、でも小学生の子っぽいから待ちきれなかったんだよ」


「そういうことか、それなら」


 公星は腰を落として、少年に話しかけた。


「今からコンビニ行くからさ、一緒に来る?お菓子買ってあげるよ」


「ほんと!?」


 少年は目を輝かせていた。――が


「でも、イタズラの方が楽しいからイタズラする!!」


 その瞬間、少年の体が宙に浮いた。ジャンプしたのではない、浮遊しているのだ。


「え?え?どういう――」


「イタズラするぞお!!」


 少年はどこからか生み出した鎌を、公星に振り下ろした。


「――危ない!」


 間一髪、悠羽が公星を押しのけることで、刃から免れた。


「ごめん、俺のせいで……」


「だから、謝らない!逃げるよ」


 悠羽に手を引かれて、公星は立ち上がり、逃げ出した。


「待て待てー!」


 少年は楽しそうに高笑いしながら、二人を追いかける。


「あいつ、なんなんだよ。浮いてるぞ、しかも速い」


「とにかく、助けを求めないと」


「でも、あんなバケモンじゃ交番行っても信じてもらえなさそうだし、もらえたとしてもお巡りさんでも対処できないよ」


「はあ、はあ、じゃあどうすれば……」


「戦うか……」


「無理でしょ!」


「だよねー」


「なに話してるの?僕も混ぜてよー!!」


 カボチャの少年は左手になにか力をためていた。


「あいつ何する気だ……?」


「おりゃあ!」


 少年の左手に漫画とかでよくある気が貯まった球のようなものができ、少年はそれを投げつけてきた。


「うわっ!」


 球はきれいに公星の頭を狙っていた。


「怖っ!」


「うーん、当たらないかー。それならこうだ!」


 少年は、また同じように球を作り出し投げつけた。


「さっきと同じで避けられれば――」


「【トリック・タイムズ】!!」


 その瞬間、球は二つになった。


「――っ!ハクちゃん!危ない!!」


 公星の声もすでに遅く、球は悠羽の足に直撃した。


「――痛っ!」


 悠羽の足からは血が流れていた。


「ハクちゃん!足から血が……!」


「……こうちゃん、行って。先に行って。私のことなんて――」


「見捨てられないよ!ちょっと荒っぽいけど、つかまってて。」


「え?ちょっ!」


 公星は、悠羽をおんぶして走り出した。


 その光景が少年の逆鱗に触れてしまったようで――


「もう!怒った!なんで素直にイタズラ受けてくれないんだよ!こうなったら死ね!」


 少年の鎌が赤く光り、振り下ろされたその刀身からは先ほどの球がいくつも放たれた。


「【トリック・タイムズ】!!」


 そしてその球はさらに増え、公星たちを襲う――はずだった。


 球は公星たちの手前で消えた、いや消されたのだ。

 青白く光る、その欠けた青い石によって。


「な、なにが……」


 石は公星の胸の前に浮遊している。


「……この石は……?」


 次の瞬間、石は公星の胸の中に入っていった。


「は、入った……!?」


 特に、公星の体に影響があるようには見えなかった。この時はまだ。


「くう……。なんなんだよ!おまえ!」


 カボチャの少年はうまくいかないことにさらに腹を立てている。


「どうなってもしらないぞ……」


 そういって、少年は腕を高らかに掲げた。


「この変身をすれば、人間はついてこれない!いくぞ、へん――」


「そこまでだ」


 カボチャの少年の背後から、その声は聞こえてきた。

 その声の主は、少し不思議な服を着た公星と同じくらいの年齢の少年だった。


「だれだ……?」


「オレの名は風雅、神崎風雅かんざき ふうが結地神社ゆいちじんじゃの神主、神崎剣蔵かんざき けんぞうの孫にして、霊力と妖力を操りし者だ。」


「なんだかよくわかんないけど、邪魔するならおまえも同じだ!死ね!」


 風雅と名乗る少年は、手の平をそっとカボチャの少年に向ける。


「燃えよ。【妖切烈火ようせつれっか】」


 風雅の手から火の玉が放たれる。

 放たれた火の玉はカボチャの少年を包み込んだ。


「あつい!あつい!あついよお!!」


 風雅の技、【妖切烈火】は火の玉を作り出して放ち、相手を包み攻撃する技である。

 無慈悲にも、火はカボチャの少年に苦痛を与え続けている。


「あ、あの!やめてあげてください!」


 その声を上げたのは、カボチャの少年が苦しむ姿を見るのに耐えかねた公星だった。


「なにを言って……?この魔のものはあなたたちを襲って……」


「でも、こんなに苦しませなくても……」


「……しかし、この悪しき者は退治しなければ……」


「……」


「あ、あつい……」


 カボチャの少年は、今も苦しんでいる。


 風雅は、ポケットから札のようなものを取り出した。


「魔をうち払いし札よ、彼のものを封印せよ。【封――」


 風雅が唱えた時、公星もまた、手を前に出していた。

 その光景を見て、風雅も、悠羽も目を疑った。

 公星の手から、水があふれ出てきたからだ。

 水はカボチャの少年の火を消し、そして消えた。


「うう、も、う、おこった……ぞ……」


 もう力は残っていないらしく、カボチャの少年は倒れ、そして消えた。


「いなくなっちゃった……。それに今のって……俺は……?それよりも」


 公星は風雅の目の前へ。


「あの、風雅さん……でいいんですよね。助けていただきありがとうございました。お礼は後であらためてさせてください」


 そのあとすぐ、悠羽のもとへ向かった。


「ハクちゃん、ごめんね。病院行こう」


「うん。あの、さっきのは……?」


「俺にもわからない……」


「それは、石の力です」


 風雅が二人の疑問に答えるように言った。


「石の力……?」


「さっき、青い石を胸に宿しましたね。その石の力です」


「でも、なんであの石は俺を助けるようにしたんですか?」


「それはわかりません。石に認められるなにかがあったとしか」


「俺になにが……」


「まあ、詳しい話は明日しましょう。救急車ならもう呼んであります。そちらの方のケガは一般の病院では正しく診てもらえないので、学立病院まなたちびょういんに向かってください」


「わかりました。ありがとうございます」


「明日の昼、病室の方で」


「ありがとうございました。……いてて」


「ハクちゃん、ごめん、俺がもっと早く気づいてたら……」


「だーかーらー。謝らないで。風雅さんに感謝してるのと同じくらい、こうちゃんには感謝してるんだから。」


「え、いやでも俺何もできてない……」


「そうやって悲観的にならないの。おんぶして走ってくれたでしょ!あのときのこうちゃんかっこよかったよ。もっと自信もって!」


「……わかった」


 公星はこの時、自分のことを考えても少しは笑えた気がする。




 次回予告

 不思議な青い石を宿して力を手に入れた公星。その石は、風雅は一体何なのだろうか。

 次回 第二話 『石と封印伝説』

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