危険因子2
「おっそいわね~、カメでももう少しまともに歩けるわよ?カメ以下の歩行速度で恥ずかしくないの?」
開口一番に皆田川恵のどきつい暴言が飛び出してきた。朝の静謐で心地の良い空気ときつめな罵倒のコントラストが身に染みた。通学中、俺は皆田川と佐藤の荷物持ちをさせられていた。3人分の荷物を持ち、坂道で自転車を押すのはかなりの重労働だ。そもそも、俺に荷物を全て押し付けて、歩行の妨害をしているのは貴方なのでは?という疑問符は浮かぶが、その性悪さもここまでくると一層、清々(すがすが)しいものがある。
「晃威、大丈夫?歩幅はちゃんと合わせてあげるからね?」
そう言うと、俺と歩幅を合わせて笑顔でついてくるこの女、佐藤アリス。一見、気遣っているように聞こえる。しかし、そもそも自分が荷物を押し付けておいてよくもそんなセリフが吐けるものだと感心する。佐藤アリス特有のあくまでも自分は中立であるという立場からの傍観というの名の攻撃。人が苦しむ姿を見るのが好きらしい。
笑顔だと思っていたその表情もよくみれば、ニタついた嫌な顔に見えてくる。取り繕っても陰湿さは隠しきれていないようだ。
俺は、今までは昼食のパンを買いに行かされる程度で済んでいたが、反抗の意思があると皆田川たちに誤解されたことで、より扱いが厳しくなってしまった。俺としては接する時間が増えることは好ましいことではあるので結果オーライだ。今では通学時に荷物持ちをさせられるまで昇進?した。
おっとそろそろ学園の生徒が大勢、通る道にでるな。これはお互いにとって都合が悪い。人前で堂々と俺を罵倒するのは流石の皆田川たちもはばかられるようだった。
「ちょっと…そろそろ荷物渡しなさいよ。察しが悪いわね……」
皆田川が小声でそう言うと、2人は荷物をまるで奪うかのように受け取りそそくさと、まるで俺と関係ないかのように通り過ぎていった。
皆田川は佐藤と比較して、人前でもあまり気を遣わずに堂々と俺を罵倒してくるタイプだが、佐藤はあくまでも表面上は優等生を演じている。皆田川は佐藤に合わせてあげたというところか。性悪だと思っていたが案外、優しいのか。それとも都合がいいから一緒にいるだけなのか。女の友情とはよくわからないな。
そして俺が人前で罵倒されるのに都合が悪い訳は、もちろん目立つのが嫌というのはある。それとは別に大きな理由として、余計な反感を買いたくないからだ。
それは、俺がこうしたパシリ扱いを受けていることに対して良く思わない人物もいる。例えば、今まさに前方の少し離れた場所を歩いている彼。寺内慶介
彼は俺をパシっている犯人を見つけて、証拠を掴んで何らかの処分を受けさせたいらしい。
「おはよう寺内」
俺は足早に寺内のほうに駆け寄る。寺内は以前、俺がパシリ扱いされていることを問題視していた。彼は3組が他者からどう見られているか異常にこだわっているように思える。そこで彼がどこまで情報を知っているのか聞き出しておく必要があると考えた。皆田川たちが俺をパシってることをこいつに知られでもしたら俺の罵倒ハッピーライフに支障をきたすかもしれない。
「おはよう!晃威くんが僕に話しかけてきてくれるなんて珍しいね。嬉しいよ」
確かに普段、自分から積極的に絡みに行くタイプではない。そんな俺に対してこんなに爽やかな笑顔で挨拶を返してくれる彼は良い人なのだろう。少なくとも一般的には。ただ、彼の優しさは本当に他人を思いやった結果、生じたものなのだろうか。
「最近はどう?まだ2組の生徒にパシリみたいなことさせられてる?もし何かあったなら僕に遠慮せずに話してよ」
心配という面持ちで俺に問いかける。しかし、俺は寺内との以前の会話で気が付いている。彼は俺のことをさも、心配しているように装っているが、実態は俺が2組から軽く扱われることで3組全体が侮られる、ひいてはその中に属する自分まで軽侮されることを恐れているのだと。
この学園では上位のクラスに属する生徒が横柄にふるまうことも珍しいことではない。学力順でクラスが振り分けられているこの学園では、2組や1組のような上位のクラスに属する自分は選ばれた人間なのだという選民思想のようなものに取りつかれている生徒もなかにはいるくらいだ。
「実は……まだ誰にも話してないんだが、寺内にだけ相談しても良いだろうか?こんなこと誰にも言えなくて」
「もちろんだよ!絶対誰にも言わないから君が誰に何をさせられているのか、僕に相談して!きっと力になれるから」
寺内に対してはひとまず下手に出て様子を見たほうが良いだろう。寺内のような外面の良い人間は味方につけておくに限る。下手に敵に回すと周りとの調整が厄介だからな。
この会話で確信したことがある。寺内は以前もそうだが1組ではなく2組に俺をパシリ扱いしている人間がいると断定した。それはかなり強い根拠を持っているに違いない。寺内は権力や権威に弱い傾向がある。このことは2組や1組を恐れていることからも分かる。そして典型的な八方美人。そんな人間が果たして断定するだろうか?
確かに1組の生徒は内心では見下していたとしても表立ってそれをひけらかすようなマネをする生徒は少ない。下の連中のことなど眼中にない人間が多いからだ。それよりも1組内での派閥争いに忙しいらしい。それでもこれだけ外面の良い寺内なら通学路の道中でどこの誰に聞かれているのかもわからない場所で断定するような言動は避けるはず。特に2組の連中に聞かれては火種のもとになりそうだ。そうしていないということは強い根拠があると考えられる。
しかし、もし皆田川たちだと分かっているなら何か手を打っているはず……まだ誰かまでは知らないということだろう。寺内はいつもの敵を作らない立ち回りも忘れるほど焦っているみたいだな。早く犯人を断定して3組の地位を安定させたいらしい。
しばらくは寺内に近づきながらその情報源を探るとしよう。
まだ、皆田川たちまで絞り込めていないということさえ分かれば十分だ。俺のこの生活を邪魔はさせない。