完璧に見える悪魔
「晃威ッ!よくも私に逆らってくれたわね。今までパシリ扱い程度ですませてあげた恩も忘れて」
俺をひざまずかせて全体重をのせて踏みつけてくるこの女。皆田川恵は
強い口調で詰ってはいるが声には歓喜の感情も含まれているように聞こえた。
超ドSの彼女にとって逆らわれたことは腹立たしいように見えるが、同時にそれを処罰するのは喜びの時間でもあるらしい。
「ちょっと恵、そんなに踏んだら晃威かわいそうじゃない?」
俺を擁護してるかのように聞こえるこいつは佐藤アリス。もちろん俺を擁護しているわけではない。彼女は俺を擁護してるかのように見せてあくまでも自分は加害者ではないという立場から俺がいたぶられているのを見るのが好きらしい。その証拠にこんなセリフを発しながら口元は嫌に、にやついていた。
こっちは陰湿なドSってところか。
「恵、そろそろそのあたりにしたら?そんな大声だしてると誰か来るかも」
「ダメッ!こんなヤツもっと躾けて自分の立場を理解させてあげないと」
「頼む…こんなこともうやめてくれ…俺が何をしたっていうんだよ!」
俺にとっては罵倒も嘲笑もご褒美になるわけだから、この状況は正直言って美味しい。しかも皆田川はこんな性格でなければ、わりと誰もが惚れるような美貌を有している。ゆるふわロングに高身長、まさに優しいお姉さんといった容姿をしている。性格は真逆だが…
佐藤は可愛い系で校内でのファンも多いらしい。そんな美味しい状況で素直に喜んでいては、こいつらを興ざめさせてしまう危険もある。俺は精一杯、こいつらの嗜虐心を煽るように可哀そうな被害者を演じて見せた。―――
―――「冷泉さん、貴方は白鷗峰学園の生徒の鑑ね。クラス内で孤立している子も輪に入れて喜んでいたわよ」
「いえ、人として当然のことをしただけですから」
冷泉静香
晃威明人の幼馴染である彼女は小中高と常に高いレベルの成績を残し、学業はおろか運動や芸術など多岐にわたってその有り余る才を発揮していた。この白鷗峰学園でも新入生総代を務めたエリート中のエリートで1組のリーダー的存在な彼女。
そんな彼女はその完璧な能力を持ちながら決して驕らず、他者に対して慈しむ心を持ち合わせている完璧な人間……だと皆はそう思っているらしい。その性格の実態を知らない者からすれば完璧にみえることだろうが、実態を知っている者からすれば彼女のやさしさは寒々しさすら覚えた。
誰も通らない閑散とした場所にある空き教室。そこで、教師に教材を持ってくるように頼まれた彼女はその空き教室へと向かっていた。
しかし、誰もいないはずの教室で何やら声が聞こえてきたので恐る恐る扉を開けてみると……
彼女が目にしたのは2組の生徒にひざまずかされ、罵倒される幼馴染の姿だった。
「あなた達何をしているのッッ!」
意図せず語気が強まった。
暴行していたのはこの間も一緒にいた生徒。皆田川恵と佐藤アリス。2組の生徒だ。
苦痛にゆがむ幼馴染の顔を見た彼女は怒りの感情が湧き上がっていた。
しかし、それは幼馴染が酷な扱いをされているからという一般的な理由ではないように思えた。
「また、あなた達ね。この空き教室で3組の生徒に暴行を加えていること、先生方が知ったら大問題よ」
2組の皆田川と佐藤は静香の威圧感に圧倒されていた。
最初に皆田川が口を開いた
「れ…冷泉さん…」
「な…何か誤解してませんか?私たちは別に晃威君に暴行していたわけではありません」
「そ、そうです。これは晃威が演技の練習をしたいというから、付き合ってあげただけなんです」
佐藤が続くが、少し苦しい言い訳だった。
「そんな言い訳通ると思うの?このことは学校側に報告させていただきます」
強い口調でそう言うと静香はまっすぐこちらを見ていた。皆田川と佐藤はどうしようかと思慮を巡らせているがどうにもならないという面持ちだった。
このままでは皆田川たちが停学あるいは退学の可能性もあると考えた俺はあくまで俺のために庇うことにした。
「ちょっと待ってくれッ!本当だ。彼女たちが言っていることは」
「実は学園祭で劇をやることになって、その練習に付き合ってもらっていただけなんだ」
佐藤の言い訳に乗っかる形になったが、少し苦しいという感はぬぐえない。しかし、被害者である俺、本人がそういうのだから、問題にはならないはずだ。しかも演技の練習というのはある意味本当だ。皆田川たちを乗せるために罵倒され傷心している可哀そうな生徒を演じていたのだから……
「晃威君、なぜあなたが彼女たちを庇うのか私には理解できない。でもあなたがそういうのであれば今回の件、私が口出しすべきではないわね」
静香はやけにあっさりと引き下がるという姿勢をみせた。理解が早くて助かるが何かがおかしい。静香はこんなに聞き分けのいい人物ではないということは幼馴染である俺が一番理解していた。
こいつ何を企んでいる?