16 ちゃんとした夕食
「さて、じゃぁ行きましょうか」彼女はそう言うと私の汚れた服をパンパンと叩いた
あっという間に、服についていた泥が綺麗になって、転ばされた時に擦り切れてしまった肩の辺りも新品同様に戻っていた。
「あらやだ、怪我してるんじゃないのよ、ねぇ何やったの、あっちもこっちも骨にヒビ入ってるじゃないのあいつらにやられたの?」
私は慌てて、「いや、先週かな?山道から転落したらしいんだよ、日本の病院で寝ていたのに、気が付いたらこの体の持ち主になっていたんだ、と言ってもこの体での52年も覚えているから不思議だよ」
「あら、そうだったの、私は車にはねられた後は、1歳の子供になっていたわ」
「こんなにあっちもこっちもヒビが入ってるのに良くまぁこんな遠くまで来たわね」
そう言うと私の胸の辺りに手のひらをかざして、何かを唱えた。
全身に温かい何かが流れ込んでくるように感じられて、痛みが全て無くなった。
「うわぁ 痛みが無くなって 全身軽くなった まるで若返ったみたいだ」
「魔法よ」彼女は可愛らしく微笑んで言った。
笑う時の口元の形が典子そっくりだな、35年ぶりに再会する妻、外見が全く違うのに妻だと思えた。
「やっぱり君は女神さまなんだね」
彼女が扉をノックすると、警察官が再び部屋に入って来た。
「この人は私の大切なゲストです、以後承知しておくように」
そう言うと、サリア夫人は私の左手の指を引っ張るようにして部屋を出て行きます。
廊下に出ると護衛騎士4人が私たち二人を取り囲むようにして歩き始めました。
廊下で雑談をしていた人たちが、護衛騎士を見るとさっと道を開けて深々とお辞儀をして見送ってくれます。
連れて来られた時とはまるで別の扱いで、警察署を出ました。
「普段護衛はつけないのよ、王族という事は放棄してるの、今日は特別なの」
彼女はそう言うと、横付けしていたタクシーではなく脇に止められていたやたらと立派な乗用車に乗り込みました。
「さ、義雄さんも乗ってください。」
私が乗り込むと、騎士が恭しく扉を閉めて、敬礼をした。
「ところで、ちょっと早いけど、夕食にしない?」
「ああ、でも右も左も全く分からないんだ」
「気にしないで、私の行きつけにしましょう、食べ物の好みはどう?好き嫌いとかある?」
「いや、この52年の記憶でも特に嫌いなものは無いな」
「良かった、ならきっと気に入るわ」
「ねぇ運転手さん、モリモリに行って頂戴」
「はい、畏まりました」
警察官が道路に出て、通行を止めると私たちを乗せた車が出発した。
車の窓から外を見ながら、彼女は懐かしそうに言った。
「ここも何年か前までは本当に数十人しか住んでいない山の中だったのよ、カオリちゃんが来てね、あっという間に日本の街みたいにしちゃったのよ、私にとっては、なんだか懐かしい街並みで最近外を歩くのが楽しいのよ」
建物の窓から溢れる光、ビルの外に無秩序に付いているネオンサイン、信号機の明かりと街路灯
私は、窓の外を流れる景色を眺めて、まるで少し昔の東京の街中だなと思った。
暫く走ると、やがて大通りから一本裏に入った路地に曲がって、小さな店の前で静かに車が止まった。
護衛騎士が先に店に入って行って誰かと話をしているのが透明度の低い表面が曲がったガラス越しに分かる。
暫くすると騎士が戻って来て車のドアを開けて「どうぞ」と言うので、私は彼女と一緒に車から降りて店に入った。田舎風の店で、煮物がメインのお店の様だ、「いつものをお願いね」
店の主人はかなり若い女性だった。
私の顔を見た時に一瞬混乱したように見えたのだが、どうかしたのだろうか?
テーブルは8台、まだ混んでいなかったけれど、常連風な客が2人2人1人と座っていた。
手早くテーブルセットが置かれて、熱々のズッパと焼き立てのパンが目の前に出された。
「ご飯も合うのよ、でも元々ここの土地はパンとかの小麦が主食だったの、カオリさんがお米を輸入し始めてからご飯が食べられるようになったわ、今度あなたもカオリさんに会ってみると良いわ」
流石王女として育っただけあって、食べ方が美しい。
そういえば自分も貴族として教育されていたんだっけ、思わず日本人の自分として食べそうになった所で、自分も貴族だったことを思い出して、食事を始めた。
この店は木造で何とも言えない古めかしさと言うか、山の中の店だったのに発展から取り残されたという感じで残っていた。
とても美味しくて、お腹だけでなく、なんとも心まで温まる味だ。
「そうか、こんなおいしい店があるから、君はここの街に住んでいたんだね。」
私が言うと、「そうね、この店はかなり昔からここにあるのよ」彼女が楽しそうに答える。
「今日初めて、こんなに発展した街に来たけれど、なんだか昔スーパーのチェーンを大きくしていた頃の東京を思い出したよ」
「そうね、私もずっと家に引きこもっていたのだけど、半年前位に住んでいた家が立ち退きになってしまったのよ。しかたなく外に出てみて驚いたのよ、まるであの頃の様だって、懐かしい気持になったわ」
ずっと気になっていた事を聞く事にした。いくら前世の妻と言っても、この世界では分からない。
「そういえば、君は夫人と呼ばれているみたいだけれど、結婚しているのかな?」
「いいえ、カモフラージュよ、この指輪もそう。」
左手を私へ向けて薬指の指輪を親指でくいっと動かして見せて微笑んだ。
「生涯独身でいるつもりだったわ、だってね夢に亜矢が出て来るんですもの、私がまだ1歳とかそんな頃からよ、亜矢の事は魔法で何回も助けたわ、そういえば亜矢が小学生の頃、みきちゃんのお母さんと結構仲良くお付き合いしてたんじゃなかった?」
妻の驚くべきフォローがあった事は、病院のベッドの上で孫から聞いて知っていたけれど、まさかそんな事まで知っていたとは・・・
「おいおい、そんな事まで知ってたのかい?
仲良くしていたのは、亜矢の事面倒見て貰ったり、色々教えてもらっていたからだよ、
男親だけじゃ女の子は面倒見切れなかったんだ、おしゃれの事とか全く分からなかったしね」
「そうだったわね、私も夢の中でしか亜矢と話が出来なかったからね。いつの間にか成人した頃から夢の中でもあんまり会えなくなっちゃって、漸く会えたと思ったら、もう結婚してて友紀ちゃんが生まれていたから驚いたわ」
二人で懐かしい話で盛り上がっていたら、いつの間にか閉店の時間を過ぎていたようで、店主の女性が申し訳なさそうな顔をしてこちらを見ていた。
「のり・・サリア殿下、もう時間みたいだよ」ついつい日本語で話をしそうになって、慌ててランスの言葉で話を遮った。
「あらあら、悪かったわね、つい話し込んでしまったわ、オリーさんいつもありがとう、お会計をお願いします。」
護衛の皆さんは交代で食事をしていたようで、全員ちゃんとお腹を膨らませていました。
私達は、店主の女性に頭を下げると店を出ました。




