小さな聖女様
ある日朝一番で、王城の近くの集会場で怪我人・病人の為に聖女の力を使って治療会をして来ました。
この所、定期的に医者に掛かれない平民や、医者には治せないケガや病気を治療する会を行っているのです。
今日もその治療会で20人の人達を治療してきました。
王宮に戻って来てから昼過ぎに私が湯浴みをしていると
「カオリ様、カオリ様大変です」と扉の向こうから声を掛けられました。
「どうしましたか?」私が返事をすると
「あのえみり様が、聖女の力を使われました」
ええええええええ? どういう事?あの子はまだ首もまだ座ってないのに
えみりって言うのは、この間生まれた娘の名前で、この世界でも普通に通じる名前の中から考えました、なんというか、日本にもある名前にしたかったので、最終案ではアンナにしようか大分迷って、ウィリアムが気に入ったこの名前にしたんです。
神官たちも報告したらかなり喜んで「いい名前です」と言って直ぐに儀式をしてくれました。
この世界でちゃんと通じる名前で良かったと思ってます。
で・・・どうしてえみりが聖女の力を使ったって? どういうこと?
急いで湯浴みを終えてガウンを着て出て行くと、アイシャさんが興奮した様子で私を見て言いました。
最近えみり様のお部屋の掃除をすると元気になるって、メイド仲間で話題だったんです。
昨日怪我をした子がいたので、私と一緒にえみり様の部屋の掃除に来たのです。
それで、怪我をした子がえみり様のベッドを掃除していると、えみりさんが声を出した途端に怪我が消えてなくなってしまったのです。
そう言って、怪我をした子が腕をまくって綺麗な腕を見せてくれました。
ああ、なんか既視感があるなぁ
私が侯爵家で魔力の訓練をしていたら、部屋の掃除に来ていたメイドさんの怪我が治ったんだっけね。
私はえみりの部屋でそんな練習していないから、まさか本当にえみりが力を出したのかしら?
聖なる力を使うだけなら良いんだけど・・・勝手に火をつけたり水を出したりしないと良いなぁ
私の恐れが杞憂に終わってくれることを祈るばかりでした。
◆ ◆ ◆ ウィリアムの視点
昨日、妻が出産したんです。
つまり、僕は父になったんだ。
いつも妻は、この世界に無い物を次々と編み出していて、それを見事に形にしているのは同じ村のレオナルドだ。
僕も頑張って、水洗トイレの心臓部ともいえる浄化槽を完成させるために日々奮闘して来た。
幸いにも、驚くほど早く浄化槽が完成したので、妻は満足してくれていると思うんだ。
今や村の近隣から領地全域に普及し始めていて、国全体に僕達の工場から出荷される、彼女に結婚を申し込まなかったら、きっと今も只の猟師だったと思う。
妻に結婚を申し込んだ時、まだ彼女はここの風習を理解していなかった、だから結婚できてしまったけれどあの時に結婚していなかったら・・・村に向かう馬車の中で資料を目にしながら、妻にプロポーズした時の事を思い出していたんだ。
そんな素晴らしい妻が出産した場所は、なんと神殿の中なんだ、それだけの事かも知れないけれど、娘はなにか特別な人間なんじゃないかってそう思ってしまう。
まぁ、母親を聖女に持つなんて、あり得ない話だと思うけれど、実際妻は聖女だし、娘はとても可愛い。
出産で疲れた妻を、王妃様が休ませる場所として王宮に部屋を設けてくれたんだ
だから妻と娘は王宮にいる。
確かに妻たちの面倒を見てくれるのは助かるんだけど、なんか国に妻と娘を取られてしまったような気分なんだ。
そんな妻と娘を自分達の家で暮らしてもらう為に、僕は工場の運営も誰よりも成功させないといけないんだ。
幸いにも領主様が協力してくれているんだけど、国もが僕たちの工場の運営を手伝ってくれている。
設立の時、僕がいくら掛け合っても駄目だったのに、突然銀行が融資してくれたし。
だから、国にも感謝しているし、事業は国を豊かにするものだけどね。
実際工場からの出荷は隣町の人達に依頼していたのだけれど、領主様が荷役運送の会社を設立してくれた。
領主様が設立してくれたのに、代表者の名前は僕と妻と領主様の連名になっている、ありがた過ぎてお礼の言いようもないんだ。
出産したばかりの妻は、王宮で世話をしてくれると言うので、僕は工場の運営を軌道に乗せるために、僕たちの村へ戻る事にしたんだ。
村へ戻る足は、僕たちの運送会社が王宮まで便器を運んできた荷馬車だった。
乗合馬車と違って自由に乗れるのが有難い。
妻の頭の中の構想にある電車と言う物が実用化されると、僕らの村と王宮は1時間ほどで移動できるようになるらしい。
今は馬車に乗っても4~5時間、単騎の馬で2~3時間掛かる距離だけど、そのモータって言う物は疲れ知らずだと言うから、是非とも鉄道を成功させたい。
妻は、昨日まで裁判に有利になるからという理由で、僕が拘束されている間に聖女に見えるように訓練をしたようなんだ、今や本物の聖女様になってしまった。
そして、今度はその聖女の力を国の為に使うんだと妻が張り切っている。
本当は、慈善活動よりも城の中で、のんびり過ごして欲しいんだけどなぁ
妻は以前よりもますます、みんなの健康と幸せを願う人になってしまったので、二人きりの時に僕は妻へ愛をささやくけれど、妻は娘への愛と僕への愛そして国のみんなへの愛といつも口にしている。
およそ10日ぶりに戻った僕たちの村は、もう村ではなく町といえる位の人口に増えている。
新たに測量されて、杭とロープで、あっちもこっちも掘り返されている状態だ。
工事現場にいる人たちは、全員が見た事の無い人達ばかり、本当にここが自分達の集落だったことが信じられないような光景で、また何か新しい建物が建つようだ。
工場に到着すると、出来上がったばかりのまっ白な便器がずらっと置かれていた。
この便器が出荷される度に病人が減って世界が綺麗になって行くんだね。
想像しただけでも、妻が喜びそうだ。
ああ、妻の顔を思い浮かべたら、今到着したばかりなのに、工場の事は人に任せて、妻の所へ戻りたい気分になってしまう。
毎日王宮からここまで馬で通い続けるのは、無理に等しいから、やっぱり早く電車を開業させようと思う。
研究室に入ると、レオナルドとお弟子さん達がモーターの改良と生産用の試作品を作っていた。
レオナルドは王宮でアイシャというメイドさんに一目惚れした様子だったのに、この村の風習なんか通じる訳もないのに、いきなりプロポーズのような真似をして、断られてしまったんだけれど、もう少しスマートに行かないもんかなと思ったよ。
でも、自分もいきなりプロポーズをして、理解していない妻を強引に結婚してしまったんだから、レオナルドの事を言えた義理じゃないけどな
あの晩一緒に飲みながら、話を聞いたらやっぱり、レオナルドは、アイシャさんの事が好きらしい。
ただ、子供の時から医者として生きる事を選んでいたから、<<女性の事も診察する医者>>という立場の人間として、異性として意識する事を自分で禁じているようだった。人を好きになる事は悪い事じゃない、恋人として大切に接したらどうだって、言ったけれど
「私は医者だから女性を好きになる事は無い」なんて言いきっていた。
浮気をする訳でも無いのになんでそんなに固くなるんだ、先ずは友人としてアイシャさんの休みの日に一緒に芝居でも見に行ってみてはどうかと助言したんだけど、そんな時間も無いうちに村へ帰ってしまったんだ。
妻の言っていた電話と言う物も実現させて、早く二人の仲を何とかしてあげたいんだ。
僕がそんな目でレオナルドを見ている事に、彼は気が付いていないようで、弟子たちとモーターの話に熱中している。
長期戦になるかも知れないな、そんな事を思いながら僕は自分用の部屋に戻る事にした。




