勝利の為には?
領主様のタウンハウスに戻った私たちは、頭を悩ませていた。
まず間違いなく、工場に雇った従業員の誰かが、内部情報を伯爵に渡したのだろう。
その誰かを特定できるのか、一旦閉鎖して全員入れ替えるのか。
特許無効の訴訟を起こすとしても、現在係争中の話が面倒だ。
工場は引き続き、稼働させるが、訴訟の行方次第では売り上げも出来上がった製品も差し押さえられてしまう。
まさか、特許を取られてしまうとは、うかつにもほどがあったと思う。
過ぎたことを悔やんでいる暇はないので、どのような解決法があるのか、アルと相談するしかない
今日のようにアルが居ないと、平民には発言権すら与えられなかったので、アルには絶対に遅刻しないでもらわなければ、と話をしていると
資料を持ったアルが部屋に入って来た。
私達の顔を見ると、傍の椅子に腰かけてかなり悲痛な表情で、はっきりとした口調で話し始めた。
「今日の様子で、はっきりしましたが、やはり平民という事で私たちの立場は全く無いに等しいです。
既に裁判の形式をなしていないと言っていいでしょう。」
私達も、素直に頷いた。
「本当に一か八かになってしまいますし、万が一悪い方向に行ってしまうと、罪人として捉えられてしまうかも知れないのですが」
ここまで言いかけて、アルは言うか言うまいかまだ悩んでいるよう。
「あの・・・、どんな事なのか分からないので、教えて頂けませんでしょうか?」
私が言うと、アルは口ごもった様子でしたが、しっかりと頷いてから話し始めた。
「海を越えた、東の果ての国のファイースト国では聖女という身分があるそうです。世の中の悪い物を浄化し国の繁栄を築く人物として、王家と同格の身分と言われています」
私は、驚き息をのんだ。
「今日裁判に一緒に来た男性が、東の国で聖女を召喚した魔導士と呼ばれる人の補佐をしていた人と、その通訳です」
「そのような人たちが、なぜこの国に来ているのでしょうか? 聖女様のお世話をしているのならば、国の重要事項でしょうし、守秘義務など多数あるのではないでしょうか?」と私が尋ねた
「このあと、直接その方と会ってお話をして頂ければと思いますが、もしも上手く、あなたが聖女だということになると、その・・・いろいろな事が変わり過ぎてしまうかも知れませんが、勝てるはずです。」
「現状のままでは浄化槽を含めた諸々が、闇に葬られてしまうかも知れないですよね?」私が答えると
「アイディアはカオリさんが出してくれた物です。浄化槽はウィリアム達が、寝る間も惜しんで実用化した物だし、電球だって私達が不眠不休で実用化したものだ、それに特許を出願した日がおかしいですよね、そこの所はどうなのですか」とレオナルド先生も続ける
「いくら何でも闇に葬りはしないでしょうが、軽くて利益没収、平民が伯爵に不利益を働いたと言う解釈をされてしまうと、投獄という事もあるかも知れません、こちらを平民とみて好き勝手な裁判に持って行かれている事だけは確かなので
特許の出願の日がおかしいのは重々承知しています、今はフィリップやお屋敷の者たちに工員たちをしらべてもらっていますし、私の仲間に特許の方は調べてもらっています。
しかしこの状況のまま、明明後日の裁判で、結審されてしまうと非常に良くない流れなのも事実です
出来るだけ、正しい裁判の流れで特許の違法性の路線で進めますが、今日のように貴族対平民の構図で進められてしまい、投獄などの判決となった時には、カオリさんを聖女だと証明して貰って判決を差し止めたいと思います」
ここまでアルが話すと、小さなノックが4回鳴らされた
「はい只今」アルが立ち上がり直ぐにドアへ向かった。
「ようこそお越しいただきました」と言いながらドアを開けると、ドナルド・マルポンポン侯爵と男性2人が入って来た。
全員が起立して、3人に向かい礼をした。
ドナルド・マルポンポン侯爵が直ぐに手を下げながら「妊婦さんもいるのだから、皆座っていてください」
と言ってくれたので、着座する。
男性二人がそれぞれ、「ファイースト国 一等魔導士、特別外交官、特別魔力鑑定士兼聖女認定官のニコル・カイト・アンドウです、こちらの国の言葉は勉強しましたが、念の為に通訳も連れてきております」
「ファイースト国 外国語大学 ナロパ語教授のサードウ・ディショカと申します、よろしくお願いします」
と言いながら、礼をしている。
「今回の事情は先日から、アルベルト・モーガン氏より伺っております、時間が無いのでカオリさんの鑑定に入らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「あの、なぜ私が聖女だという事になるのでしょうか?」と疑問を口にする
だって、普通聖女は言葉だって苦労してないし、魔法が使えたり、みんなに大事には・・・凄くされてるけどでも、お城に召喚されたわけじゃないし・・・
この世界にやって来た時に感じた疑問がまたぶり返した。
「まずは、魔法と聖女のお話からさせて戴きましょう
その・・・この世界では、その昔は皆、魔法が使えました。
しかし、魔法を悪用する者が多発していた事に心を痛めた大魔導士様が、世界の魔法を封印なさったのが500年ほど昔の事です。
そして、我々の住むファイーストの周辺2000から3000ロキメールト程の範囲にだけ魔法が使えるエリアが残りました。
世界の瘴気、これは人々の悪意や憎悪などのエネルギーが元になって長い年月を経て瘴気と言う物に変化するのですが、その瘴気が噴き出してくるのもファイースト国の境界付近からなのです。
その瘴気に触れ続けた生物は魔物となってしまいます」
ここまで説明されると、私はやっぱりそんな世界だったんだと納得したのが、表情にあらわれたのだろうか
ニコル・カイト・アンドウさんが、ニコッと笑いかけ
続けて サードウ・ディショカ教授が「こんにちは 初めまして 奥様」と日本語で話しかけてきた。
私は更に驚いて「ええっ 日本語出来るんですか?」 と久しぶりに日本語で返してしまいました。
「ええ、今の聖女様は日本人ですから、日本語や日本の事は沢山教えて頂いておりますよ」
と、教授が答えると
「私は、みそ汁とべったら漬けを食べさせて貰いましたよ、最近は巻き寿司を頂きました」
とニコル・カイト・アンドウさんが話したので驚きのあまり
「ファイーストには米があるのですか?」と思わず聞いてしまいました。
「ありますよ、先々代の聖女様がこちらの世界にやって来る時に稲刈りをされていたという事でコシヒカリをお持ちになられましたので、私達の国では聖なる食べ物として全国で稲作が行われており、ほぼ毎食ご飯を食べています」
「さて、時間が無いので、なぜ私達があなたの事を知ったのかという事からお話させて頂きます。
話は4~5年ほど前になります、私達の力だけでは浄化しきれないほどの瘴気が湧いて出て来るようになって来たのです。
原因ははっきりとはしませんが、やはり悪意が強くしかも魔力が高い人物が現れたか、国家全体に悪意のこもった人々の割合が増えてしまったかと言う所でしょうか
まぁとにかく聖女様を召喚しなければ、ファイーストはもちろんですが、増え過ぎた魔物がファイーストの範囲を超えて出て行ってしまい、この世界の人間は滅ぼされてしまう程の状況になる事が予想される事態になってしまったのです」
「そこで、我々魔導士は1年掛けて召喚の儀式を行いましたが、今回の魔導士の能力が強すぎたのか
聖女”田辺玲子”様が召喚された半年後に男性”西田健太”様が勝手に召喚されてしまいました。」
「えっ」思わず私は声を出してしまった。
私がこの世界に来る1年前、アイドルの田辺玲子さんが突如行方不明になって話題になったんだった。
そして、西田健太って私の元カレの事じゃない? 私の部屋でパソコンを触っていた筈なのに、トイレに行っている間に忽然と居なくなっていたんだもの。
私と別れるための芝居だなんて、とんでもない勘違いをしてたんだ。。。
私の表情が変わった事を見て、ニコル・カイト・アンドウさんが
「あ、やはりご存知の方でしたか?」と聞いてきた。
「はい・・・ 田辺さんは直接お会いした事は無いですが有名な方なので、急に失踪して話題になりました。西田健太はその・・・恋人でした」
いつか必ずフラれるって思って接してきた恋人もどきだと思っていた相手だったのに、恋人とはっきり口に出して言った事で、恋人もどきだった人が突然恋人だった人に昇格した気がした。
そうだった、10年も大事にしてくれていた人の事を私はいつも、罰ゲームで私と付き合っているだけなんだって決めつけていたのだった。
ウィリアムにも指摘された事だったけど、そんな気持ちで接していた自分と健太に対して、とても申し訳ない寂しい気持になった。
当の健太はもっとつらい10年だったんだろうなと思った
けれど、下を向いて自分のお腹を見つめる
そう、私はウィリアムの奥さんでこの子のお母さんなの、新しい未来に向かって強くならないとね。
表情を引き締めて、ニコル・カイト・アンドウさんの方に向き直して、はっきりと言った。
「続けてください」
「西田健太さんが、こちらへやって来て本当に色々と勉強をさせて戴きました。日本という国はとても進んでいるので、西田様のお力添えで魔法の他に科学力と言う物も発達させて頂いておりました。
照明に使う魔道具は以前からありましたが、
魔力を少量しか持たない者もある程度いますし、適材適所という事で
現在こちらの国で係争中の”電球”も、西田様のお力添えでうちの国では実用化されております。
まぁ製造に魔法を使っているので、魔力を使わずに製造できる貴方様の電球は本当に努力の賜物であると思います。
そんな中、風のうわさでこちらの国にも突如、女性が現れて街を浄化していて、病気が減って来ているという話を耳にしたのです。
調べてみると、その女性が現れた日が、田辺玲子さんの召喚された1年後でした。
しかし、我がファイースト国ではなくこの惑星の丁度反対側のナロパの山の中だと分かりました。
そこで、我々は調査の為に海を渡り、この国と隣接するシュペイ国へ来ました。
拠点として友好都市の関係にあるバルバロズ侯爵の所にお世話になりながら噂を調査していた所へアルベルト・モーガン氏がやって来て、カオリ様の現状のお話しを聞かせて頂いたのです。」
私は、なんとなくわかったような、でもそんな噂になっていたんだと驚いたような、何とも複雑な気分で聞いていた。
ニコル・カイト・アンドウさんが、立ち上がると壁際に置いてあったカバンを持って来ました。
そして中から直径20センチはありそうな水晶玉を取り出しました。
水晶は中に金色の針金が無数に入っているルチルクォーツと呼ばれるもののように見えました。
私の前に、キャンプの椅子のような台を置き、そこに水晶玉を置いて、何やら呪文を唱えています。
暫く呪文を唱えた後、私の方を見て
「それでは、こちらに軽く触れて頂けますでしょうか」と水晶に触れる事を促された。
なんだか楽しみなような、聖女じゃなかったらどうするんだろうって言う、怖さのような気持も同時に起きたのですが、とにかく触るだけだと、意を決して、水晶に手を載せると
水晶が赤、橙、黄、緑、青、藍色、紫色と色が変わって、最後に目を閉じていても眩しく感じる程に白く光り輝きました。
あっけにとられた様子で、ニコル・カイト・アンドウさんとサードウ・ディショカさんは顔を見合わせてから
「思った通りでした・・・と言いますか・・・その・・・」
「「想像以上でした」」 何故か二人ハモリました
「恐らくですが、物凄い力をお持ちですので、もしかしたら魔法が使えないここの国であっても、訓練次第では魔法が使えるかもしれません、あり得ない程の魔力をお持ちです。
今言える事は、魔力の量で言えばこの世で一番と言えるほどの量をお持ちであるという事と一般には一種類か二種類しか持たない属性を全てお持ちだという事です」




