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7/11

変異する

この話が書きたくて前回あんな展開になった。

許せよ!

「おい、あれ見ろよ。例の新型専用機だぜ」


 同僚の声に反応し、俺は後ろを振り返る。

 黄色い機体がちょうど格納庫まで運搬されていくところだった。

 その機体は先日ルナト同盟国で共に戦った所属不明機だった。

 あの時の未完成な状態とは違い、その機体には黄色の装甲と武装が装着されていた。

 目を引くのが巨大なメイスだろう、この前は拳で戦っていたが遠距離武装を用いず戦うのは機体コンセプト通りだったらしい。

 俺は鼻を鳴らした。

 新型の駆動騎兵はまだいい、それに乗るパイロットが気に入らなかった。

 桐島霧子、俺の嫌いな大佐の娘というだけでもいけ好かないのに、本人もとんでもないやつだった。


「なんでまた新型がここに?パイロット様は中央の方の軍人じゃないのかよ」


 彼女は中央部の軍人だ。

 中央……戦闘を前線に任せ海上国家の中心であぐらをかいている軍人のエリート様。

 そんなやつの機体がなぜこんな前線に配備されている。


「兵器ちゃんがヘマをしたせいで黒鉄がお釈迦になっただろ、その修理が終わるまでの代わりだとよ」


 兵器ちゃんって…………

 月宮のあんまりなあだ名に若干イラつく。

 黒鉄は前回の作戦で大きく破損してしまっていた。

 確かに戦える状態まで直すのにはなかなか骨が折れそうだ。

 その代わりが必要と考えるとは、中央はつくづく俺たちの戦力を舐めているらしい。


「そういやその兵器ちゃん最近見ないけどどこ行ったの?」


「は?知らねぇよ」


 なぜ俺にそんなことを聞く?

 俺が不服そうな顔をしていると同僚に、お前はあの子の保護者みたいなもんじゃんと笑われた。

 誰が保護者だって?

 そんなに年離れていないわ!

 いちいち癇に障るやつだな。

 …………でも最近月宮の姿を見ていないというのは確かだ。

 ルナト同盟国の件は危惧したような外交問題には発展しなかった。

 人食個体を駆除しただけでなく生存者も救出したのだ。

 ルナト同盟国は碧斗に感謝こそすれど文句を言う筋合いはない。

 貿易船としてはありえない規模の駆動騎兵が格納されていた、という点は目を瞑ってもらった。

 特に生存者の親子は月宮にかなり感謝していたし、この一件は碧斗とルナト同盟国の交易にはプラスに働きそうだった。

 だがその功労者の姿がない。

 変な話だ。

 月宮は確かに部屋に篭って滅多に姿を見せないことが多い。

 でも最近は許可をとって街に外食に出たり、本屋にいく姿が目撃されていた。

 全く姿が見えないというのはおかしい。

 彼女はどこに行ってしまったのだろうか…………





―――――――――――――――――――――――――――――――





 白い部屋。

 なんの飾りもない打ちっぱなしの壁。

 部屋に置かれた家具は白い机と二つの椅子だけ。

 まるで刑務所か精神科の面会室のような寒々しい部屋だった。

 私はその椅子の一つに腰掛けていた。

 いや、腰掛けさせられていたと言う方が正しいか。

 私の身体は椅子に拘束され、頭には妙な機材が取り付けられていた。


「さて」


 私の目の前に座る男が咳払いした。

 白衣を着た、見知らぬ男だ。


「OZ04聴取を始めようか」


 いや、私をこう呼ぶ人たちには覚えがある。

 私を改造した施設の研究者達だ。


「君はこの質問に素直に答えてくれ。別に嘘をついても構わない。君の脳波は観測されている、ただ嘘をついたと記録させてもらおう」


 あー、何か隠そうとしても無駄ってわけね。

 嫌な感じだ。

 なんでこんなことになったんだろう。

 目を覚ましたらこの部屋に拘束されていたし、なんだか囚人になった気分だ。

 まぁ、大方予想はついているけれど。

 きっとこの前の作戦での暴走が原因だろう。

 今まで従順に命令を聞いていたのに、ここにきてまさかの暴走。

 軍上層部は私の有用性を疑問視しているという訳か。


「好きな人はいるかね?」


 …………うん?

 なんだその質問は、セクハラオヤジか。

 そこはなぜ命令を破ったとかじゃないの?


「……いません」


 いないよ。

 たたでさえ前世の男の精神と少女の精神が同居して自分の性自認さえあやふやなのに恋愛なんてするわけないだろ。


「ふむ、では人間は憎いか?」


 今度は何?人間?

 憎い人はいるか、じゃなくて?

 先ほどと逆の質問と見せかけて規模が大きくなっている。

 この質問もよくわからない、なぜ私が人間を憎んでいると思うんだろう。


「……人は……好きです……」


 確かに、私は今兵器として利用されているかもしれない。

 でもそれで憎むほど人間に失望はしていないぞ。

 私を哀れみ、助けようとしてくれている大人がいることも私は気付いている。


「そうか、それは結構。ところで君は誰だい?」


 うーん?

 ますます質問の意図が読めない。


「…………月宮來羽……です」


 お前らがつけた名前だろうが。

 それともOZ04とでも名乗って欲しいのか?


「……………………」


 白衣の男はじっとこちらを見つめてくる。

 なんだか気まずいな。

 なんだ、この回答では不正解なのか?

 私は月宮來羽以外の何者でもないだろう。

 そうでなければ…………


「…………陽向……宮東陽向」


 私の中の少女が答えた。

 途端、頭の機材が異音を発した。

 男が手に持った端末を操作する。

 嫌な感じが強まる。

 頭部に取り付けられたこの機材、何に反応した?

 まさか、私の中に二つの人格が混在していることがバレた?

 実験によって目覚めた私の前世の記憶、私はそれを誰にも明かしたことはない。

 話したところでとても信じてもらえないだろうし、この不自由な口ではうまく伝えられる気がしなかった。

 何よりも、伝えたところで私の味方になってくれると思える人物がいなかった。

 結局のところ私に優しい人とはこの幼い少女に同情しているだけにすぎない。

 その中身が外見と違うと知った時、彼らが味方してくれるとは思えなかった。

 ましてや、私をこんな風にした奴らに知られたらロクなことにならないと思っていた。

 それが、知られた…………?

 緊張と嫌悪で汗が滲んでくる。

 この緊張も機材によって読み取られているかもしれない。

 平常心を保たなければいけないのに、悪寒が治らない。

 白衣の男は無言のまま機械を操作し続けている。


 やがて音が止んだ。

 どう……? 何を読み取られた?

 不安になりながら男の顔を見る。


「精神の解離性が見られる、日常で強いストレスを感じているようだね」


 心臓が跳ね上がる。

 精神の解離、つまり私の頭に二人の人格が同居していることが見破られた。

 でも、私の心音を激しくさせたのはそんなことではなかった。

 許せないことがあった。

 ストレスを感じているようだね、だと!?

 私を改造して、戦場に送り出し、命の危険に晒しておいて。

 少女の心を踏み躙って、人の尊厳を奪っておいて、ストレスを感じていないとでも思っていたのか。

 人の頭をスキャンする、こんな大仰な機材を使わないと人の苦しみが分からないのか?

 お前らはどれだけ退化しているんだ?

 同じ、人間なのか?

 私が兵器だと言うなら使うのは人間だ。

 こんな非人間に使われたくない、利用されたくない。


「安心するといい。次の施術で君を苦しめるものは何もなくなる」


「……何を……」


 言っている?

 そう言おうとした。

 でもその言葉を発する前に私の意識はスイッチを突然切ったみたいに暗転した。

 頭の機材で何かされた?

 私が把握できたのは、せいぜいそれくらいのものだった。





―――――――――――――――――――――――――――――――





 レポート65

 実験体OZ04の脳波を測定結果をここに記載する。

 OZ04は人食個体調査の作戦において命令を破り、暴走。

 兵器としての安定性を著しく欠く行動であり、彼女の利用の安全性を再度検討する必要がある。

 測定の結果、危惧したような精神汚染、暴力性増長の傾向は見られなかった。

 OZ04の脳波は安定しており、波形は一般的な人からは逸脱するものの乱れは終始観測されなかった。

 今回の暴走は、幼少期の心的外傷が刺激されたためと考えられる。

 精神を安定させ、今後の暴走を防ぐための施術を提案。

 また、ストレスによる解離性同一症の兆候を確認。

 これが、実験以前のものか実験後の戦闘によるものか調査の必要がある。

 事件以前のものである場合、実験に大きな進展が見込める可能性がある。

 解離性同一症の実験体の調達を提案。


 -- 追記

 暴走を防ぐための施術 - 承認

 解離性同一症の実験体の調達 - 条件にあった実験体の捜索が困難なため否認





―――――――――――――――――――――――――――――――





 気づくと私は薄暗い廊下に一人立っていた。

 …………?

 ここはどこだ。

 さっきまで白い部屋にいたと思ったのに、どうしてこんなところにいるんだ?

 あたりを見渡す。

 薄暗い廊下、壁の至る所に配線が不規則に伸びている。

 どこかからか電子音のようなものが断続的に聞こえる。

 それが耳障りで頭が痛くなる。

 ここには覚えがあった。

 前世の人格が目覚めた場所。

 強化人間の実験施設、その廊下だった。

 私という存在が誕生し、二度と戻ってくることはないだろうと思っていた場所。


「…………順……ね…………」


 廊下の先から話し声が聞こえてくる。

 どこか聞き覚えのある声だ。

 誰だか知らないがここから出してもらおう。

 私は声の主の元へ向かうべく一歩を踏み出した。


「……行っちゃダメだよ」


 不意に背後から声をかけられる。

 先ほど見回した時には廊下には人影などなかったのに。

 振り向くとそこには包帯だらけの少女が立っていた。


「だ……」


 誰?そう尋ねようとして私は言葉を詰まらせた。

 その少女にあまりにも見覚えがありすぎたから。

 毎日のように顔を突き合わせてきた顔。

 その無表情な顔が私を見つめていた。


「…………私……?」


 私と瓜二つの少女が目の前に立っていた。


「その先には……行っちゃダメ」


 少女は私の問いを無視すると私に再度警告した。


「その先に行ったら……あなたも…………私みたいに壊れちゃう……よ」


 少女が両手を広げる。

 その手には包帯が巻かれ、至る所に血が滲んでいた。

 無表情、でも少女の瞳からは涙が止めどなく流れていた。

 その涙もあまりに覚えがありすぎた。

 その涙で私は少女の正体に思い当たった。

 何故すぐ気がつかなかったのだろう、私の中の存在が欠けていたことに。


 少女の私、宮東陽向が私の目の前に立っていた。


 夢……なのか?

 なんで私と少女が分離しているのだろう?

 私たちは人格としては分かれているが、それでも同一の存在だ。

 こんな風に二つの個としてお互いにコミュニケーションをとることはできない。

 できない、はずなのに…………確かに少女は私の目の前にいた。

 少女は私の腕を取ると私の腕を引っ張った。

 声が聞こえてくる方とは反対の方向、暗い廊下の先へと。


「ねぇ、そっちは出口じゃないよ」


 私は足を止めて、少女の誘導に逆らう。

 陽向は何故私を暗い方へ連れて行こうとしているのだろう。

 少女は声の聞こえる明るい方を指差した。


「この先は……意識の表層。絶対……行っちゃダメ……」


「なんで?」


 この先が意識の表層だと言うのなら、覚醒のためにはそちらに向かった方がいいだろう。

 疑問符を浮かべる私に陽向が答える。


「私……たちは、今壊されているから……」


 なるほどね……

 その言葉で、私は大体の状況を察した。

 “施術”が行われているのだ。


「……私は…………いい。もう壊れて…いるから。……あなたは違う」


 少女がぐいぐいと私を引っ張る。

 ……………………ため息をつきたくなる。

 実は大体の見当はついていたんだ。

 なぜ、私が実験の成功体になったのか。

 なぜ他の実験体たちのように精神が崩壊しなかったのか。

 精神は崩壊していた。

 私ではなく少女の精神が。

 私は彼女に守られ、意識の奥底で安全に、のうのうと目を覚ましただけだった。


「違うじゃん」


 私の口から言葉が漏れる。

 低い声、私は……多分怒っているのだと思う。


「私はもう、一度人生を終えているんだよ」


 確かに、満足できる人生だったかと問われれば頷けはしない。

 それでも、精一杯生きて死んだのだ。

 こんな優しい少女を犠牲にして生き存える価値のある命じゃない。

 私は怒っていた、不甲斐ない自分自身に。


「壊れるなら、私の方だろうが!」


 陽向を突き飛ばし、声の方へと駆け出す。

 廊下の突き当たり、実験室へと続く扉を蹴り開ける。

 懐かしい実験室。

 拘束具が取り付けられた沢山の椅子、コード、実験器具、培養器、床に点々とつく赤いシミ。

 椅子の中の一つに少女が座っていた。

 少女の頭にはいくつものコードが繋がれている。

 少女の目は開かれているが、その瞳は何も映していなかった。

 少女の口は開いていたが、その口は意味のある言葉を発せずただ涎を垂れ流すだけだった。


「強くやりすぎて壊したら元も子もないじゃん」


 少女の前に立つ三人の男。

 その中の一人が呟く。


「安心しろ、今回は軽い施術だ。それに、本命はこちらだからな」


 男がそう答え、懐から何か取り出す。

 それは、カチューシャのように見えた。

 だがその内側には夥しい数のセンサーと針が2本突き出ていた。

 男は、そのカチューシャを少女に装着する。

 針が少女の頭に突き刺さる。

 それと同時に、私の頭部にも鋭い痛みが走った。

 頭に、何かえたいのしれないものが入ってくる。

 白いカチューシャの液晶が瞬き、数式が表示される。

 私はあまりの不快感に膝をついた。

 男が、少女の顎に手を添え、顔を持ち上げる。


「起きろ、來羽」


 その言葉に私は目を開けた…………





―――――――――――――――――――――――――――――――





「あれ?」


 いつものように食堂に食事をとりにきた俺はそこで珍しいものを目撃した。

 月宮だ、月宮が食堂で食事をとっていた。

 彼女が食堂で食事をするのは初日以来のことだ。

 驚くと同時に俺はどこかホッとしていた。

 もう何日も彼女の姿を見ていなかったので心配していたのだ。


「よぉ、ここにいるなんて珍しいじゃねぇか」


 彼女に声をかける。


「食堂の食事はバランスが取れていますから」


 月宮はそう言うとにこりと微笑んだ。


「…………?」


 な…………んだ?

 強烈な違和感。

 いつも彼女が話すような、たどたどしく感情の篭っていない声ではない、極めて自然な声音。

 彼女が笑うところを…………俺は初めて見た。

 それに頭につけた白い液晶のカチューシャ、月宮がお洒落をしている?

何か変だ。


「なんだそのカチューシャ?街で買ったのか?」


 違和感を感じつつも会話を続ける。


「それは作戦業務と関係のある話ですか?」


「え?」


 カチューシャの液晶が瞬き、色が踊る。


「作戦業務以外の私的な会話は禁止されています」


 誰……だ?こいつ。

 知っている顔の、知らない人間が俺の前に座っていた…………





―――――――――――――――――――――――――――――――





月宮來羽

海上国家■■■■■出身。

かつては宮東陽向という名の女の子だった。

孤児となり、実験体として碧斗に引き取られる。

実験体ナンバーはOZ04、後に月宮來羽というコードネームが付けられる人の形をした兵器。

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