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混濁・涙・知らない女

 燃え盛る都市、そこに群がる数多の屍械。

 屍械の姿は明らかに記録のものと異なっている。

 人を喰らって変異したのだろう。

 人食個体だ。

 この状況を前にした俺たちには選択肢が3つあった。


 1つ目、見なかったことにして迂回しルナト同盟国を目指す。

 2つ目、ルナト同盟国へと事態を報告した後迂回しルナト同盟国を目指す。

 3つ目、人食個体と抗戦し生存者を救出する。


 この3つの選択肢はそれぞれメリットとデメリットがある。

 まず、1つ目は最も安全かつ消極的な選択肢だ。

 しかし、この方法はこの見捨てられた都市が流れ着く方角によっては碧斗に被害が出る可能性もある。

 そして2つ目、最も確実性の高い選択肢だろう。

 ルナト同盟国へ人食個体の対処を任せるため、こちらの被害は皆無だ。

 ただ、ルナト同盟国はこの都市を一度見捨てている。

 人食個体が野に放たれると分かっていて都市を切り離しているのだ。

 俺達が報告すればルナト同盟国も無視できないだろうが、心象はよろしくないだろう。

 最後に3つ目、最もこちらの被害が大きいであろう選択肢だ。

 だが、そもそも俺たちの任務は人食個体の討滅、この選択肢は間違っていない。

 ただ、人食個体と戦うのもルナト同盟国で兵器を使用するのもリスクが高すぎるというのが問題だった。


「……助ける…………」


 月宮が呟く。

 彼女の顔はいつも通り無表情だが、心なしか悲壮感が漂っているように見えた。

 人前でこんなに自分の意見を主張するのも彼女にしては珍しい。

 だが分かっているのだろうか?

 都市の様子を見る限り、救難信号が出されたのはだいぶ前だ。

 都市の人々の生存は絶望的だろう。

 それにあそこにいるのはルナト同盟国の人間だ。

 非情なことを言うようだが、碧斗の軍人である俺たちが守る義務はない。

 とはいえ俺たちに指令を下すのは成田大尉だ。

 俺がどんなに思い悩もうと、それで決定が変わるわけじゃない。

 大尉はどのような決定を下すのだろう?

 俺は成田大尉の顔を伺う。

 大尉は地図をじっと見て思案していた。


「海流から考えて、あの都市は碧斗に流れ着く可能性は低くない。総員配置につけ、屍械討滅作戦を開始する…………だが今作戦は危険を多く孕む、人食個体が増えるだけと私が判断した場合作戦は直ちに中止する」


 大尉の決定に俺たちは敬礼で応える。

 俺は、その決定にどこかほっとしていた。

 生存者は絶望的な状況、それでも見捨てるのは気分のいい者じゃない。

 出撃するために同僚達がそれぞれの持ち場へと散っていく。

 俺も自分の駆動騎兵の下へと向かおうとして、足を止める。

 月宮が燃える都市を見つめたまま止まっていた。


「おい、月宮出撃だぞ」


「…………白い……天使…………」


「え?」


 それだけ言うと月宮は俺を無視して歩き出してしまった。

 白い天使?

 いったい何の話だろうか。

 そういえば、先ほどの展望デッキの会話でもそうだった。

 月宮の様子が、いつもと違う。

 なんと言うか、感情的になっている。

 なんだ…………?


 思えば、この時俺はもっと月宮の変化に気をかけておくべきだった。



……………………………



…………………



……



「おい!何してんだ!?」


 出撃してすぐさま月宮は隊列を崩し、1人で突貫した。

 彼女が突貫するのはいつものこと、でもいつものそれは作戦の範疇のことだった。

 今回の作戦は敵の屍械の情報が少なすぎる。

 だから隊列の維持は絶対であり、そう命令が下されている。

 それなのに月宮は隊列を離れ単独で行動している。

 明らかな命令違反、命令に従順な彼女らしくない行動だった。

 彼女と回線を繋ぎ止めにかかるが、無視。

 やはり何か変だ。

 俺たちは仕方がなく彼女抜きの隊列を形成し、月宮の後に続いた。

 都市を囲むようにして飛ぶ屍械、その一体に黒鉄は発砲しながら接近した。

 超至近距離からの攻撃に屍械の身体が爆ぜる。

 その死骸を踏みつけるようにして黒鉄は都市へと着地した。

 突如現れた外敵に対し、屍械たちが警戒するように身体を揺らしている。

 屍械たちが動く前に黒鉄の鋭い脚部が足元の屍械の頭部を踏み砕く。

 明らかな死体蹴り。

 これも彼女らしくない行為だった。

 月宮のらしくない行動は気になるが、俺たちは俺たちで目の前の屍械を対処しなければならない。

 隊列を外れた彼女を助けることは難しい。

 それに、そもそも彼女は助けなんて必要としていないだろう。

 彼女は俺たちの中で最も強いパイロットなのだから。

 俺は黒い駆動騎兵を視界から外し、目の前の屍械に意識を集中させる。

 以前戦った鯨型のような流線型の身体に角のような突起が突き出ている。

 鯨型と同じならば、囲んでの一斉射撃が有効なはずだ。

 作戦通りに囲むように体列を展開する。


「攻撃来ます!」


 一斉射撃に移ろうとした時仲間からの警告が入った。

 瞬間、屍械の角が回転し射出された。

 屍械お得意の捕食触手ではない、もっと鋭利で素早く、捕食ではなく純粋な破壊のみを目的とした攻撃。

 それが、全方位に放たれた。

 避けきれなかった友軍の装甲が弾け飛ぶのが視界の端に映る。

 俺は、躱すので精一杯だった。

 だが、友軍の何名かは躱した上で攻撃に移っていた。

 鯨型のような装甲はないのか、人食個体はそれで撃墜されてくれた。


「躱せなかった奴は下がって援護に回れ!足手まといだ」


 大尉の怒号が響き、即応的に隊列を組み直す。

 俺は躱せたので一応前に出たが、正直あの攻撃をなんども躱せる自信はない。

 今のところ撃墜された友軍はいないが、当たりどころが悪ければ一撃でやられてしまってもおかしくない攻撃だ。

 冷や汗が、首筋を伝う。


「大変です!」


 その時通信が入った。

 友軍じゃない、これは……オペレーターからか。


「援護に回れる方、黒鉄の援護をお願いします」


 は?

 黒鉄を援護?

 想定外の言葉に混乱する。

 交戦中の黒鉄を見る、囲まれていると言うわけでもなく、ピンチには見えないが。

 見えないが…………何か挙動がおかしい。

 いつもの機械のような正確無比な動きが見る影もない。


「月宮さんの脳波が異常です!バイタルにも変調の兆しが!」


 どういうことだ……

 脳波に異常?

 思い当たるのは今日の彼女らしくない行動の数々。

 不調の兆しは確かにあった。

 でも、俺はどこか楽観視していたんだ。

 彼女が屍械に後れをとるところなど想像できなかった。

 だって月宮は誰よりうまく駆動騎兵を操り、屍械を屠ってきたから。

 彼女のような少女が戦場に出るのは間違っている、そう思いつつも彼女の兵器としての実力を信頼していた。

 過信していたんだ。


 金属が砕ける硬質な音が戦場に響いた。

 俺も仲間たちも自分の目が信じられなかった。

 だって戦場で彼女が被弾したことなどなかったから。

 人食個体の鋭い角触手が漆黒の駆動騎兵を貫いていた。

 黒鉄の右腕が燃え盛る都市の地面に転がった…………





―――――――――――――――――――――――――――――――





 警告音が、響いている。

 頭が…………痛い。

 ひどい気分だ。


「……嘘つき…………嘘つき……」


 汗が止まらない。

 少女が泣いている。

 涙が頬を伝った。

 警告音が、うるさい。

 油断……していた。

 私はなんとも思わなかったから大丈夫だと思っていた。

 いつも通り戦えると思ってしまった。

 でも、全く大丈夫なんかじゃなかった。

 少女はあの日の恐怖を怒りを……トラウマを克服できてなんていなかった。

 出撃した途端、少女の人格がいきなり前に出てきた。

 炎上する都市を自分の故郷に見立てて、屍械へ復讐しようと。

 都市へ取り残された人々を救って、かつて自分の下へと現れた白い駆動騎兵のようになろうとした。

 でもそんなこと、うまくいく訳がなかった。

 いつも黒鉄を操っていたのは前世の私であって少女の私ではない。

 前世の私を押さえ込んだ状態でうまく駆動騎兵を操縦できるわけがない。

 結果私は被弾してしまい、絶賛ピンチというわけだ。

 少女は被弾したショックで泣き出して引っ込んでしまった。

 迷惑な話だが責める気にはなれない。

 少女の人格も、前世の人格も、等しく私なのだから。

 反省はすれど自分を責める気にはなれない。

 とにかく今は心の奥に引っ込んで傷を癒して欲しい。

 少女が泣くと、私までつられて悲しくなる。

 涙で濡れる瞳を乱暴に拭う。

 意識を戻し、現状を確認する。

 敵の攻撃が右脇に被弾。

 右上半身が破損し、右腕が切り離されてしまった。

 さらに、不味いことに燃料タンクに穴が空いたのか、燃料が漏れている。

 さっきからうるさく警告音を発しているのはこれ状況を知らせるアラートだろう。

 稼働可能時間がどんどん減っている。

 このままでは何もしなくても燃料切れで機能停止してしまうだろう。

 おまけに、破損の元凶である屍械はまだ健在だ。

 右腕を奪った攻撃がまたくる。

 とっさに後方に飛び、その攻撃を回避する。

 右腕を失ったからか、重心がいつもと違う。

 燃料残量を考えるといつもみたいな空中戦は厳しいし、メインウェポンである銃を保持していたのは右腕だ。

 腰部に携帯している近接用の対屍械ナイフを取り出して構える。

 この状況下での戦闘、私の出した結論は近接攻撃による各個撃破だ。

 ブースターではなく直に大地を踏みしめ屍械へと接近する。

 もちろん屍械の迎撃がくるのは分かっている。

 射出される角触手、数が多いので脅威に感じるかもしれないが、実際に当たるのは1〜3本だ。

 自分に直撃する触手だけを的確にナイフで切り裂く。

 そうして屍械の懐に潜りこむ。

 射出した触手は伸びっぱなし、隙だらけだ。

 ナイフをその身体に突き立てる。

 そのまま地面へと叩きつけるとその身を縦に切り裂いた。

 まずは……一匹。

 あたりを見渡す。

 都市にはまだ多くの屍械が群がっていた。

 やれるか?この傷ついた機体で…………?

 いつにも増して緊迫した状況、死の気配をひしひしと感じる。

 いや、やるしかない。

 やらなきゃ、死ぬだけだ。

 ナイフを構え直す。


「なかなかピンチそーじゃなーい」


「……ん?」


 いきなり、通信が繋がった。

 聞いたことのない、女性の声だ。

 一機の駆動騎兵が私の隣に着地した。


「…………誰?」


 見たことのない駆動騎兵だった。

 というより、それは駆動騎兵と言って良いかどうか微妙な代物だった。

 装甲がない。

 守るべき内部の機構が丸見えだ。

 どう見ても未完成品、間違っても戦場に出るような機体じゃない。


「誰だって?聞かれたからには答えよう。我の名は桐島霧子!義によって助太刀いたす」


 いや…………本当に誰???





―――――――――――――――――――――――――――――――





 暗い室内に明かりが灯る。

 何機もの駆動騎兵が格納されたそこは格納庫のようだった。

 明かりは何もない空間を虚しく照らしている。

 そこには開発中の専用機が格納されているはずだったが、今はなぜか空っぽだ。


「おい、新型はどこに行った?この前はここにあったのに」


 照らされた空っぽの空間を囲むように三人の人間が立っていた。

 その中の年配の男性が不満そう尋ねる。


「それなら彼女が持っていったよ。と言うより持ち出しの許可を出したのって君じゃないの?」


 三人の中で一番若い少年が不審そうに言う。


「いや、専用機のことは伝えたが……持ち出し許可など出してはいない」


「え……………」


「………………」


 気まずい沈黙が場を支配する。


「コンテナ型の格納庫も要求してきたから、てっきり彼女も例の作戦に参加すると思ったんだけど…………」


「…………あの、阿呆女があぁああああああ!!!!!」


 暗い格納庫に怒号が響き渡った。

 白衣の男が、悲鳴をあげて縮こまった。





―――――――――――――――――――――――――――――――





桐島霧子

戦場に突如として現れた謎の軍人。

その機体はどう見ても違法に持ち出したことが丸分りの未完成の代物だった。

苗字がとある大佐と一緒だが……?

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