過去との邂逅
あと1〜2話本筋とは関係のないほのぼの回を続けようと思ったのですが、全く話が思い浮かびませんでした。
なので物語を進めることにします。
だんだん救いのない世界観が明らかになっていきます…………
暗い室内に明かりが灯る。
何機もの駆動騎兵が鎮座するそこは格納庫のようだった。
明かりはその中の一機を照らしている。
まさに作り途中といった風貌のその駆動騎兵には装甲がなく、内部の機構が丸見えになっていた。
「これが例の機体か」
照らされた一機の駆動騎兵を囲むように三人の人間が立っていた。
無塗装の、銀の機体は無骨に佇んでいる。
まるで乗り手を待っているかのように。
「こうも勝手に作られては困るのだがね」
三人の中で一番年配の男性が不満そうに呟く。
彼は目の前の機体に対して否定的なようだ、銀色の鉄塊を憎々しげに睨んでいる。
「だって、乗り手ならこれからいっぱいできるって聞いたんだもん」
「早計なことを」
三人の中で一番若い少年の言い訳を男は一蹴する。
そうして白衣を着たもう1人の男を睨んだ。
「研究員たちは何をやっておるのかね?」
「申し訳ありません、全力を尽くしているのですが…………」
白衣の男の返答に男は舌打ちをした。
「言い訳など聞きたくない。結果を出せ」
「はい…………」
苛立つ男、気まずそうに縮こまる男、笑う少年。
この三人の中で白衣の男の地位が一番低いのは誰の目にも明らかだった。
「乗り手が間に合わないならさ、もう彼女を乗せてしまえばいいじゃん」
男を見つめて微笑みながら少年が言う。
少年にはこの機体にふさわしいパイロットの心当たりがあるようだった。
「あれは人間だ、この機体は荷が重いだろう」
「君の方の黒いのと一緒にしないで欲しいな。これはあんな乱暴な機体じゃないよ。それに…………」
「それに?」
「彼女、十分人の枠を超えてると思うけど」
少年らしき人影はニヤリと笑った。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「…………ぅん?」
誰かが扉を叩いている。
何だろう。
私は眠い目を擦りながら起き上がる。
時計を見る、午前6時か…………
屍械の襲撃かな……いや、違うか警報が鳴っていない。
眠気にフラつく足を引きずって扉の前までどうにかたどり着く。
「……ふぁい…………」
扉を開けるといつも私に命令してくる大佐が立っていた。
「起きたか、10分後に緊急会議だ。くれぐれも遅刻するなよ」
……緊急会議だと?
私は会議なんて参加したことがない。
基本的には命令されて出撃するだけだ。
それがいきなり会議に参加しろだなんてどういう風の吹き回しだ?
よっぽど緊急の用なのかな。
「…………りょ……かい…………」
疑問はあったが、一応返事はちゃんとする。
ちゃんと、とは言っても寝起きなのでいつも以上に口が動いてくれないけど。
そんな様子の私を大佐は呆れた目で睨みつけた。
「顔でも洗ったらどうだ?くれぐれもそんなみっともない格好を晒すんじゃないぞ」
私の鼻先で勢いよく扉が閉められる。
……あー……?
みっともない……格好…………?
自分の身体を見下ろす。
軍から支給された飾り気のない下着に包まれた身体が目に飛び込んできた。
……………
うん…………まぁ……私パジャマ持ってないから、寝巻きというとこうなるんだけど…………
「だああああああああぁぁ!!」
過去一番大きな声が出た。
私、なにやっっってんだ!?
寝ぼけてた!寝ぼけてたの!!
大体なんだあの男!?
私の下着姿を見ておいて顔色一つ変えなかったぞ!
ちょっとは反応したらどうなんですか!
枯れてるんですかぁ!?
「はあぁぁぁ…………」
長いため息を吐く。
目は覚めた、それはもうバッチリ。
でも……緊急会議、出たくないなぁ…………
……………………………
…………………
……
「揃ったか」
結局私は身嗜みを急いで整えると会議室へと足を運んだ。
上官たちと同僚の数名が会議室に集っている。
いったい何の話をするんだろうか?
そう考えていると扉が閉められ、鍵が掛けられる。
「……?」
なんで鍵掛けたの。
「緊急会議を開始する。これより話す内容は機密事項であり、許可なく外部に漏らした場合厳罰に処される」
……う…………ん?
帰っていい?
猛烈に嫌な予感がする。
私が戦々恐々していると、部屋の明かりが落とされた。
暗闇の中、微かに機械音が聞こえる。
そして、スクリーンに映像が表示された。
私がこの前戦った新型の屍械だ。
「これは君らが抗戦した鯨型の屍械だ。先日研究班によりこの個体の解剖が行われた」
新型の屍械の内部構造がスクリーンに表示される。
やはり、装甲がかなり厚い。
でも、そんなことは戦えばすぐに分かることだ。
こんな情報は機密にはなりえない、恐らくもっと別の何かが判明したのだろう。
「解剖した結果奴の消化器官を摘出できた。そこには様々なものが入っていた、鉄片、コンクリート、プラスチック片…………そして人骨」
にわかに、会議室が騒がしくなる。
人骨、それが意味していることは一つだ。
新型とは人の脳を喰らい学習した末に変異した個体だったということだ。
やつらは生物の脳を喰らい、その中の情報を学習することができる。
人を喰らった個体が先日撃破された一体だけだったならばまだ問題なはい。
だが、複数の人食個体がいるならば危険だ、人を学習した屍械は行動に予測がつかない。
最悪なのは駆動騎兵について学習されてしまうことだろう。
人類は既存の兵器を学習されてしまった末に敗北した。
そんな敗者が屍械に対抗すべく作り出した奴らにとって未知の兵器、それが駆動騎兵なのだ。
未知だからこそ屍械へと対抗できる。
人間が屍械に捕食される、それはとんでもない危険をはらんだ事象だった。
「問題は件の人間がどこで捕食されたかということだ。碧斗では人間が捕食されたと言う報告は上がっていない」
当然だろう鯨型は碧斗に上陸しようとしていた。
それを私たちが阻止したのだ、鯨型に碧斗の人間を捕食する機会はなかっただろう。
でも、碧斗ではないとすると…………
「鯨型の移動経路から、奴がどこから来たのかおおよその予測を立てた」
スクリーが切り替わり地図が表示される。
鯨型の移動経路の線が碧斗から伸びる、その向かう先は…………
「ルナト同盟国だ。我々は鯨型はここから碧斗まで流れてきた個体だと予測している」
ルナト同盟国、四大国家の中で最も碧斗に近い国。
碧斗との貿易も盛んであり、碧斗の食品の数十%をルナト同盟国の食品が占めている。
食糧の対価として碧斗は駆動騎兵の技術をかの国へ提供していた。
「ルナト同盟国からは、声明は出されていない。だが、もし同盟国が屍械に襲撃され侵略を許してしまったのだとしたら、これは国際問題に発展しかねない。もちろん、貿易にも支障が出るだろう」
本当に侵略を許してしまえばただ事ではない。
最悪ルナト同盟国は滅びるだろう。
「被害状況を知る必要がある。ルナト同盟国が情報を開示しないのであれば、我々で調査するしかない」
ゴクリと喉が鳴る。
そういうことか、ここに集められたのは…………
「これから、諸君はルナト同盟国へ向かう貿易船に乗船しこの件を調査し、人食個体を討滅してもらいたい」
人食個体調査隊、というわけか。
「当然ルナト同盟国の領域内での戦闘も考えられる。領域侵犯とも取られかねない行為だ、諸君らには慎重な行動を心がけて欲しい」
会議室が静まり返った。
皆が真剣な表情をしている、私以外。
私はいつもの無表情だ。
正直、嫌な予感しかしない。
なんでこんなことになった?
本当に、本当に、私みたいな年の少女のやることじゃないって。
強化人間、国際問題に首を突っ込まなくちゃいけないみたいです。
嫌じゃ!やりとうないー!!
―――――――――――――――――――――――――――――――
「大丈夫、父さんたちが僕らを守ってくれる」
お兄ちゃんは、そう言っていた。
嘘つき。
私の目の前で、高層ビルが、音を立てて崩れていく。
私は半壊した自分の部屋の窓から、崩壊していく街を眺めていた。
嘘つき。
中央センターの電波塔があんなに遠くに見える。
いつもはすぐ近くに見えていたのに。
もう見えなくなりそうなほど遠い。
見捨てられた、切り離されてしまった、私たちは。
嘘つき。
窓のすぐ近くで、大きな銀色の生物が蠢いている。
嫌悪感を催すそれは駆動騎兵の上に跨がりその腹部に噛みつき、中のものを咀嚼していた。
本当は分かっている、嘘なんてついてない。
お父さんは私たちを助けようとしてくれた。
ただ、結果として守れなかっただけで。
嘘つき、そう思わないとやってられなかった。
お兄ちゃん……お母さん…………お父さん…………全部、あの銀色の生物に食べられちゃった。
嘘つき。
全部、全部嘘だ。
こんなことが、現実であるはずがない。
これは夢、全部嘘なの。
銀色の巨体が、こちらを向き私を視界に入れる。
ああ、次は私の番だ…………
触手が私に絡みつき、私を家から引きずり出す。
これから、私は食べられるのだ。
お兄ちゃんたちみたいに。
でも大丈夫これは夢だから…………
きっと目を覚ませばいつもの日常が待っている。
だから、だから…………怖くなんてない。
捕食者が口を開ける。
鋭い牙がびっしりと並んだその口は赤い液体で汚れていた。
「…………助けて……」
涙が、私の頬を伝った。
閃光が瞬く。
銀の化物の頭部に、風穴が開いた。
グロテスクな断面図が私の視界一杯に広がる。
遅れて、大きな衝撃が私を吹き飛ばした。
私は崩壊した街を転がり、壁に叩きつけられた。
全身を殴打し、血が流れる。
何が起きたのか分からない。
また眩しい閃光が瞬いた。
私の視界の先で、銀色の化物の身体が弾け飛び細切れにされていく。
「天……使?」
空から、白い巨人が大地へと降り立つ。
純白の駆動騎兵が、そこにいた…………
―――――――――――――――――――――――――――――――
「………………」
懐かしい……夢を見た。
私が、私になる前の記憶、悪夢の記憶。
頬が濡れている。
どうやらうなされていたらしい。
気分が悪い……
気分が悪いのは何も悪夢を見たからというだけではない。
地面が揺れている。
ここは海上なのだから当たり前なのだが、どうにも慣れない。
ここは貿易船、その船内の一室だ。
私は今この船の客室で寝泊まりしている。
客室とは言ってもこの船は貿易船、客船でもないのでその内装はかなり質素だ。
碧斗を発ってから今日で3日目だがこの硬いベットも、揺れる床も一向に慣れない。
私は強化人間なので三半規管は強いはずなのだが、どうにも感覚が鋭敏すぎるのか軽く船酔い気味だ。
頭を振って時計を見る。
深夜の2時、まだ起きるのは早すぎるな。
…………夜風にでも当たろう。
服を着て客室を出ると船橋へと向かう。
外に出ると潮の匂いが鼻腔をくすぐる。
暗い海が、どこまでも続いていた。
もう、船はルナト同盟国の領土に入っているはずだ。
海は、碧斗と変わらないな。
展望デッキまで上がると、人影が見えた。
「よぉ、眠れないのか」
最近私によく絡んでくる軍人さんだ。
えーと………なんて名前だっけ。
会議の時に聞いたんだけどな。
「…………揺れてて、落ち着かない……」
私の言葉を聞くと、彼は愉快そうに笑った。
ああ、そうだ阿佐部さんだ。
「貨物を傷つけないように、これでも揺れが少ない設計になってるんだけどな」
それもそうか。
私は展望デッキからうず高く積み上げられた貨物コンテナを見渡した。
上部にある黒いコンテナには私たちの駆動騎兵が積載されている。
再三になるがこの船は貿易船だ。
客船でも空母でもない。
もちろん、屍械に対抗するための最低限の武装は積んでいるが、流石に駆動騎兵を搭載できる格納庫などはない。
そこで、今作戦ではコンテナを改造した移動式の格納庫を使用している。
「碧斗の外に出るのは初めてだろ。どうだルナト同盟国の景色は」
と言っても海しか見えないが、そう言って阿佐部さんは笑った。
「…………碧斗の外……行ったことある……」
別に私は碧斗から出たことないわけじゃない。
それどころか私は…………
「そうなのか?家族旅行でもしたのか」
「家族なんて…………いない!」
思いの外、大きな声が口から出た。
大声を出すつもりも、こんなことを言うつもりもなかった。
でも私の口は勝手に動いた。
私の中の少女の記憶の逆鱗に触れてしまったようだ。
「あ、ごめん」
阿佐部さんは面食らったように慌てて謝った。
軍の人体実験の被験者、そんなものにまともな経歴があるわけがないと思い当たったのだろう。
家族なんてものがいれば、守ってくれた、こんな現状にはなっていなかっただろう。
「…………嘘つき……」
小さな声でそう言ったきり、私の口はうんともすんとも言わなくなってしまった。
阿佐部さんは気まずそうに顔を伏せている。
そんなに気にしなくていい、そう伝えたいけど私の口は動かない。
前世を思い出してから、昔のことで辛くなることはなくなった。
それは私の人格の占める割合が前世の意識の方が圧倒的に大きいからだろう。
それは少女の意識が弱いとか、小さいからと言うわけじゃない。
強化人間の被験者となった時点で少女は壊れていた。
だから、前世の私が主人格として前に出たのだ。
でも、少女意識はいなくなったわけじゃない。
時々、こうやって前に出てくることがあった。
特に、今日みたいに昔の夢を見た後にはそれが顕著だった。
「………………」
うう……気まずいなぁ。
どうにか、場を繕いたいけど、口が動いてくれないし…………
「月宮、俺は……」
阿佐部さんが何か決意したように顔を上げる。
どうした?
これ以上重い雰囲気にはしないでくれよ。
でも、彼がその先を言う前に、電子音があたりに響き渡った。
私と阿佐部さんのポケットからだ。
今回の任務に赴く際渡された端末だった。
『各員ブリッジまで集合せよ』
端末から指令が下される。
「…………行かなきゃ…………」
私はすぐ下のブリッチへと足を向けた。
背中に同僚からの視線を感じたが、それは無視した。
私がブリッジへと着いた後続々と同僚たちが集まる。
さすがは軍人、こんな真夜中の召集だと言うのに誰1人として欠けていない。
「屍械の襲撃ですか?」
そのうちの1人が緊迫した面持ちで上官へと尋ねる。
「いや……違う。本船が救難信号を捉えた」
救難信号、こんな海のど真ん中で?
私たちの乗るものと同じような貿易船からだろうか、それとも民間船?
「船からではではない。都市からの救援要請だ」
「都市?お言葉ですが上官、こんなところに都市はありません」
上官の言葉を同僚が否定する。
それはそうだ。
まだ、ルナト同盟国の本土へはだいぶ距離がある。
同盟国の付近なら小さな独立都市などもあるかもしれないが、ここまで離れていればそれはあり得ない。
「そうだ、こんなところに都市はない。だからこそ不測の事態を想定し君たちを招集した」
なるほど、確かに未知の進化を遂げたかもしれない人食個体、それが潜んでいるかもしれない海域だ。
用心するに越したことはないだろう。
「偵察ドローンが救難信号の位置まで到達、映像繋ぎます」
上官の後ろに控えていた船員がそう言うと、リアルタイムの映像が空中に投影される。
そこに映っていたのは、火の海だった。
都市が、燃えている。
海上に浮かぶ炎上した都市。
その火に照らされるようにいくつもの銀色の光が瞬く。
死体に群がる蠅のように屍械が都市に群がっていた。
「なんで、こんな所に都市はないはず!?」
阿佐部さんが混乱したような声を上げる。
「…………切り離されたんだ……」
口が、また勝手に動いた。
人前で滅多に発言しない私の一言に、同僚たちの視線が集まる。
「…………見捨てられたんだ…………本国から…………」
少女の、故郷のように。
私の中の少女が悲鳴を上げた…………
―――――――――――――――――――――――――――――――
月宮來羽
家族を失い、路頭に迷い人体実験の被験者となってしまった少女。
実は碧斗出身ではない。
どの海上国家の出身なのかはまだ内緒。
人格は前世80%少女20%ぐらいの割合で構成されている。