逃げ道を塞ぐもの
長い、前話の3倍ぐらいの文量になってしまった。
区切った方がよかったでしょうか?
エアコンが冷気を吐き出す音が静かな私室の中に響く。
私は頬杖をつきながら自室で本を読んでいた。
いつもの、待機時間だ。
私は日々屍械と戦っている奴隷のような身分ではあるが、非戦闘時にはこうして自由時間が与えられることが多い。
私はその隙間時間を使って、読書をしたり、駆動騎兵のシミュレーション訓練を行なったりしている。
と言ってもシミュレーションは全ての項目で最高記録を叩き出してしまったので、自己記録の更新ぐらいしかやることがない。
大体人前に出るのは怖がられるので苦手だ。
というわけで最近はもっぱら読書をしている。
近頃のマイブームは観光ガイドの本の熟読だ。
観光地を訪れる自分を妄想したりしてニマニマしたりしている。
やっていることは、暇人のそれだが、私も考えもなしに観光ガイドを読み漁っているわけではない。
私は目的を忘れたわけじゃない。
私の目的は軍の脱退だ。
このどうしようもない戦いの日々から抜け出したいのだ、私は。
それでわざと撃墜されようとしたり、色々試しているのだがどれもうまくいかない。
そんな私が思いついた脱退方法の1つ、それは亡命だ。
現在私が所属しているのは海上国家 碧斗の軍隊だ。
海上国家というものはなにも碧斗だけではない。
海上には人間の暮らす街がたくさんある。
その中で国家と言えるものは碧斗の他にあと3つ、『ルナト同盟国』『帝都カテル』『バナハ島』だ。
碧斗を含めたこの四大国家こそ、地上を追われた人類に残された最後の楽園なのだ。
亡命先の候補として私が選んだのは2つ、『帝都カテル』と『バナハ島』だ。
『帝都カテル』は軍事国家であり、碧斗とは過去衝突したこともあり仲はよろしくない。
ここに亡命すれば碧斗は私に手が出しにくくなるだろう。
亡命国としては最適の海上国家だ。
『バナハ島』は………………単純に行きたいだけ。
『バナハ島』は他の3国家とは異なり、観光地としての側面が強い。
島を囲うように作られた『バナハ島』は海上国家の中で唯一陸地を保有する国家なのだ。
島に植えられた多種多様なフルーツを使ったスイーツ、南国らしい青い海に綺麗なサンゴ礁、観光には最適の国である。
是非行ってみたい。
というわけで私はその2国(主にバナハ島)の観光ガイドを読み漁っているのだ。
決して遊んでいるわけではない、そんなわけないだろう!
食べたいスイーツのページに付箋を貼っているからといって、これは娯楽ではないのだ!!
亡命国の内情を知るためのお勉強だ。
…………………
…………というか亡命云々は抜きにして私が観光旅行に出ることって可能なのだろうか?
今こうして私が自由時間を与えられているように、私は働き詰めというわけじゃない。
でも、休日が与えられているわけでもはない。
何曜日だろうと何時だろうと、24時間いつでも屍械が襲撃してくれば叩き起こされ、出撃する。
うん、普通に考えておかしくないか。
本来だったら学校へ通っているような年齢だぞ私。
このままだと学校ではなく屍械撃退の皆勤賞もらえてしまう。
おまけに、今気づいたのだが…………私……給料も貰っていない。
軍人と同じように戦場に立たされているのに、無償だ。
なんと言うことだ……唾棄すべき事態だぞこれは。
断固たる意志を持って抗議すべきだ!!
私は奴隷じゃない!
……………
と思って久しぶりに自室を出たのはよかったんだけど。
「……………」
そう、出るところまでは計画通りだったんだけどなぁ。
「…………………………………………」
「なんだ、用があるなら何か言え」
「……………………………………………………………………………………」
このポンコツボディーがな〜んにも喋ってくれない。
せっかく基地内を歩き回って上官を探したのはいいんだけど、喋れないんじゃどうしようもないじゃん。
は〜〜〜これだからこの体は嫌なんだよ、まったく。
「………まったく……」
あ、喋れた。
よし、このままきちんと喋ってくれ、休みが欲しい、休みが欲しいです。
「…………休む……」
うん、断定形だね。
これで伝わるといいけど。
「うん?ああ、今日は襲撃がきていない。今のうちに休むといい」
やっぱり伝わってない。
いや違うんですよ、そう言う意味じゃなくて、休日が欲しいという意味で言ったんですよ。
休日を使って外出したいんですよ〜。
帝都カテルとかバナハ島とか戦地とは関係ない遠くへ行きたいんですよ、遠くへ。
「………………遠くへ……行きたい…………遠くへ…………」
「お前……」
上官はその言葉を聞くと、少し驚いた表情をして私の肩を掴んだ。
あれ?なんかまずかったかな、今のセリフ。
上官が私の目を覗き込む。
その表情には、憐憫の色が含まれていた。
あ、これまた勘違いされてるやつだ。
最近全く笑顔を見せない私を見て何か勘違いする人が少数ではあるが、いる。
私に自殺願望があるという根も葉もない噂まであるくらいだ。
絶対その口だこの顔。
私の想像通り、彼は私の頭を撫でると優しい声音で話しかけてきた。
「そうか、嫌にもなるよな…………よし、もう今日は出撃しなくていいぞ」
「…………え」
いいの?
話は通じていなかったぽいが望むものが提示されて驚く。
本当に休んでもいいの?
「ほら」
手の上に何かを乗せられる。
金属製の丸い物体が数枚、なんだろう?
なんだかわからず、上官を見つめ返す。
「街に降りて、これで美味いもんでも食いな」
お・こ・ず・か・い・!
お小遣いじゃないかこれ。
お金は初めて見た。
この身体の少女の記憶にもないのでなにげに今世初めてだな。
こんな形状をしているんだな、えーとうん、昼食を食べるには少し多いくらいかな。
おまけに、街に降りる許可まで出た。
至れり尽くせりではないか。
よーし、街に出て贅の限りを尽くすのじゃ。
「ありがとう!」
初めて、すんなり言葉が出た。
……………………………
…………………
……
「…………おー…………」
私は前世の記憶を思い出してから初めて、街に降りていた。
上官が指示してくれたのか、基地からはすんなり出ることができた。
こうして見ると、前世の日本とあまり変わらないように見える。
ただ、ロボットが跋扈する世界なだけあって記憶にある前世の風景より文明が進んでいる。
それに、古い建物が全く見当たらない。
それは当たり前で、この海上国家は海へ逃げ延びた人々が海上に1から建設して行った海上都市なのだ。
歴史は、それほど古くはない。
前世の記憶にあるような古風な木造建設はもうどこにも残っていないだろう。
田舎から初めて都会に出た田舎娘のように、キョロキョロしながら歩く。
結構人がいて安心する。
少女の記憶にある知識から結構世紀末な世界なのかと思っていたのだが、思っていたほどじゃないみたいだ。
人々の営みはしっかりまだ息づいていた。
「あ〜軍人さんだ〜」
「こら!指さしちゃダメよ!」
うん?
小さな女の子が、私を指さしてはしゃいでいた。
母親だろう女性がこちらに頭を下げる。
こうゆう時って敬礼とかしたほうがいいのだろうか?
よく分からないのでとりあえず会釈をしておく。
母親はペコペコ頭を下げつつ女の子の手を引いて人混みの中へと消えていった。
女の子が見て分かるように、私は今軍服を着ていた。
他の服を着てこようかと思ったのだが、よく考えたら持っていなかった。
記憶を思い出す前は、少女らしくスカートを履いていたみたいだけど、男としての前世を思い出した今そんな防御力の低いものは着る気にはなれなかった。
軍服がパンツスタイルなのも相まってそれしか着てこなかったのだ。
パイロットスーツか、軍服かその2択しかなかったので軍服を着てきたというわけだ。
しかし、指差されるとは…………着替え買ったほうがいいのかな?
私の年齢が低いのでコスプレかと思われるかと思ったが、基地が近いからだろうか?普通に軍人ってバレたな。
まぁ…………いいか。
それより食事ですよ食事!
いつもエネルギーバーばっかり齧っていたから今日は何かジャンクなものを食べたい。
というわけで私は目に入ったラーメン店に突撃した。
ラーメン!こんなSF世界で君と再開できるとは思わなかったぞ!
「へい、いら……しゃい」
ラーメン店の店主は軍服を着た少女の来店に少し面食らったみたいだけど、私は気にせず席につく。
頼むのはもちろん豚骨ラーメン。
今日は休日なんだし匂いを気にせずガッツリ食べるぞ。
トッピングのガーリックフライもどばどば入れてやる。
そうしてできた特製ラーメンを周りの目を気にせずすする。
店はそれなりに賑わっていて、サラリーマン風の男性や学生っぽい集団がチラホラ見える。
店内は壁に設置されたテレビの音声と、麺をすする音、談笑する声で満たされている。
なんか落ち着くな。
やっぱり食事とはこうでなくては。
モノを食べる時はね誰にも邪魔されず自由でなんというか…………(以下自主規制)
ふと、ラーメンをすすっていると、私の耳が異音を捕らえた。
警報アラームのような音が店中に響く。
なんだなんだ?
見ると店にいる人々が長方形の端末を取り出している。
携帯のようなものだろうか。
テレビの画面が切り替わり、ニュース速報が流れる。
『ただ今、屍械警報が発令されました。海岸沿いにいる方は直ちに避難してください』
テレビを見ていた客から不満の声が上がる。
屍械警報、そんな物もあるのか。
確かに、屍械の侵略は私たち軍が食い止めてはいるが、もし突破された時に備えて避難も必要か。
今回の侵略はここから遠い海岸方面なのでここら一帯の避難の必要はなさそうだが。
「なぁ、おいあんた」
考えていると、隣の席の客に肩を叩かれた。
うん?なんだろう。
「あんた軍人だろ、こんなところでラーメンすすっていて大丈夫か?」
「…………休日……」
私の返答に隣の客はなんとも言えない表情をした。
なんだよ。
軍人が休日に外食して何が悪い。
まぁ…………私服で来いと言われればそれまでだが。
私は気にせずラーメンをすする。
屍械が襲撃してきているのに出撃しなくていいなんて、休日って最高だね。
この後はどうしようか…………
色々と面倒ごとが多いし、まず私服を手に入れないとなぁ。
と言っても流石にラーメン代を払った残りだと服を買うには心許ないんだよね。
どうしたものか。
私がラーメンをすすりながこの後のスケジュールを吟味していると……
再度警報アラームが店内に鳴り響いた。
『危険レベルが上昇しました』
テレビに赤い警告文字が表示される。
『危険レベルが3引き上げられました。屍械が都市内に進入する恐れがあります。海岸沿い全域の人々は避難準備を開始してください』
屍械が都市内に進入する恐れがある?
どういうことだ?
私がおろおろしていると、テレビの画面が切り替わる。
映し出される海と空、そこに見たことないものが浮かんでいた。
まるで鯨のような、流線型の体。
私が戦ってきた鳥型、ましてや巨人型でも獣型でもない。
新型…………?
見たことのない屍械が空に浮かんでいた。
周りに飛んでいる小さな点が駆動騎兵だとするならかなり大きい。
なんで私が休んでいる時に限って、こんなのが出てくるんだよ。
休日気分だった気分が一気に冷める。
戻らないとだめかな……………
「軍は何をしてんだよ!」
…………え?
私の座っている席からは見えない位置、そこに座る男が立ち上がって怒鳴り声を上げた。
昼間から酒を飲んでいるのだろうか、顔が赤い。
「いつもの黒いのはどうした!?なんで今日は出ていないんだ!」
いつもの黒いの…………私のことだ。
男の言葉に私は固まる。
「なんために高い税金払ってやってると思ってんだ!特攻でもなんでもいいから止めろよ!毎日毎日ウルセェ警報鳴らしやがって」
……………
うるさい警報?
それはお前たちを守るために鳴っているんだぞ。
特攻?
お前は駆動騎兵に人が乗っているってわかっているのか?
「おい!」
店主が男を止める。
店主からは私も見えているんだから当たり前だろう。
でも、そんな気遣いいらない。
私は勢いよく立ち上がった。
椅子が床に倒れ、大きな音を立てた。
男は立ち上がった私を見て驚いたように目を見開く。
自分の貶した軍人その人が店内にいるとは思わなかったのだろう。
「……私が…………黒いの……パイロットだけど…………」
何か文句ある?
そういう主張を込めて男を睨む。
といっても私の顔はいつものように無表情だろうけど。
賑やかだった店内が静まり返る。
緊急事態を知らせるテレビの速報だけが虚しく店内に響き渡っていた。
男は私を凝視したまま動かない。
周りの客も、店の主人も何も言わない。
「ねぇ…………いつも死と隣り合わせで戦ってるの…………」
私も、同僚の軍人たちも。
勝手に改造されて、人々を、海上国家を守るために戦っている。
最近いつも、逃げたいって思っている。
逃げれる方法を探してる。
「……守る価値ある…………?…………あなたは私の何?…………」
たのむから、失望させないで欲しい。
私の守っているものは価値のあるものだと思わせて欲しい。
そうじゃないと、私は…………本当に逃げちゃうよ?
戦わなくていい場所に、戦わなくていい地位に。
海上国家の安全なんてどうでもいいと思ってしまうよ?
男をじっと見つめる。
男は何も言えないのか、口をパクパクさせている。
スパンッッ!
その時男の顔が店主によってはたかれた。
「すまんね、コイツ酔っぱらっちゃって」
「…………??」
今度が私が目を見開いた。
「みんな感謝してるよ、俺たちは戦えないからな……ただ守られていることしかできない」
だから、気にしないでくれと店主は言った。
「守られていることは当たり前のことじゃない。時々みんなそのことを忘れちまうんだ」
そうかもしれない。
私も、前世では平和な世界が当たり前だと思っていた。
その平和を維持している人々の苦しみなんて、考えもしなかった。
私が戦っていることは、当たり前のことなんかじゃない。
こんなこと、当たり前であってたまるか。
「戦うあんたらに返せるものなんてそんなにない。俺にできる恩返しにしたって…………せいぜい煮卵のトッピングをサービスするぐらいか」
なんだそれ?
命がけの戦闘の報酬が煮卵のサービス?
ふざけているな。
ああ、ふざけている。
「だけど、見捨てないでやってくれるか」
…………止めて欲しい。
そんな風に言われると、逃げ出したくなくなるから。
…………せっかくの休日だったのになぁ。
「……………行かなくちゃ…………」
「お代はいらねぇよ」
忘れるなよ、煮卵。
食べにくるからな、絶対に。
絶対に。
―――――――――――――――――――――――――――――――
鳴り響く警報、俺たちは襲撃してきた屍械に立ち向かうべく出撃準備を進めていた。
整備士たちが忙しなく動き駆動騎兵の点検をする。
俺も手早くパイロットスーツに着替えて機体の下へと急ぐ。
「おいどうした、なぜ黒鉄の整備をしない!!」
そんな中、怒鳴り声が聞こえてきた。
見ると短い髪を白く染めた男が怒鳴り散らしている。
綺麗に着こなした軍服に幾多の勲章、その厳つい顔立ちには見覚えがあった。
桐島大佐だ。
最近その顔をよく見る。
この基地に、月宮を連れてきたのはこの人だったはず。
俺は嫌なものを見たと目をそらして通り過ぎようとした。
「月宮は本日休暇を取らせておりますので、ここにはいません」
しかし、その言葉を聞いて俺は足を止めた。
あいつが休暇?
にわかには信じられない話だった。
月宮はこの基地に来て以降、襲撃の際にはいつだって出撃していた。
軍の作った殺戮兵器、その名をほしいままにし誰よりも多くの屍械を倒していた。
そんな彼女が休む。
それは良い兆しなのか悪い前兆なのか判断が難しい話だ。
問題の言葉を発したのは普段俺たちに指令を出す成田大尉だった。
「休暇?誰がそんなことを許可した」
普段から厳つい桐島大佐の表情が鬼のように歪む。
対する成田大尉はいつものように淡々と答えた。
「近頃彼女の精神面に不調が見られるため、休息が必要と判断し、自分が許可しました」
精神面に不調、確かにそれはその通りだ。
その意見には俺も大いに賛成だ。
先日聞いた彼女の言葉…………彼女は死にたがっていた。
どう考えてもまともな精神状態じゃない。
そもそも、あんな子が戦場に出ること自体間違っているのだ。
「情でも沸いたか?」
「は?」
桐島大佐の言葉に、俺も成田大尉も固まる。
「そう言えば、お前には娘がいるのだったか。あれと娘を重ねたか?そのような扱いは、あれには正しくない」
「そのようなことは…………」
あまりにもあんまりな物言いだった。
月宮を物のように扱う発言、それは俺には到底許せる物ではない。
「別にあれを休ませたいと言うなら構わんが、代わりが必要ではないかね?どうだ、お前の娘など、あれと背格好も近いなら適性もあるかもしれないぞ?」
「そ……れは…………」
適性があるかもしれない。
何に?
思い浮かぶのは月宮をあんな風にした人体実験。
上層部が行っている人体実験を肯定する発言だった。
そして成田大尉の娘を人質に取るような発言。
もう、黙って見ていることはできなかった。
「代わりなら、俺たちがいる。俺たちが戦えばいい、これまでだってそうしてきた」
俺は桐島大佐と成田大尉の間に割り込んだ。
「誰だ貴様」
「自分は阿佐部亮、軍人です」
桐島大佐に睨まれたが、胸を張って答えた。
そうだ俺たちは軍人だ。
戦いたくない奴を無理矢理戦わせなくていい、俺たちが戦う、それが俺たちの仕事だ。
「上官の会話に勝手に入ってくるなと言いたいのだがね」
そんなことは百も承知だ。
それでも、引けない時はある。
彼女を戦場から解放するとあの時決意したんだ。
俺も負けじと睨み返す。
警報が鳴り響く中、俺たちは睨み合った。
先に根負けしたのは桐島大佐の方だった。
大佐はため息を吐くと、踵を返した。
「くれぐれも、あれの扱いを間違えぬことだな」
「月宮は、人間だ」
俺は鼻息荒く言い返した。
でも、桐島大佐は聞いてもいなかっただろう。
上層部の人間は、やはりいけ好かない。
屍械を撃退できれば何をしてもいいと思っている。
自分たちは戦場に出ないくせに。
「阿佐部、庇ってくれるのは有り難いが、こんなことを続ければお前の首が飛ぶぞ」
「そん時はあのむかつく顔面をぶん殴ってから出て行ってやりますよ!」
「はぁ…………さっさと出撃しろ」
言われなくても!
……………………………
…………………
……
意気揚々と出撃するまではよかった。
黒い機体のいない久しぶりの戦場。
それでも俺たちはうまく動けていた。
屍械を各個撃破し、その進行を食い止められていた。
「なんだあれは!?あんな形の個体、記録にないぞ」
雲行きが怪しくなったのは記録にない新型の屍械が現れてからだった。
鳥形の屍械より遥かに大きな体躯、速度は鳥形より愚鈍だが、その装甲は今まで戦ってきたどんな屍械より頑丈だった。
銃弾を打ち込むが、全く効いている気配がない。
おまけに産卵管を備えた鳥とは違い、攻撃型の個体なのか捕食触手の数が桁外れに多い。
何十という捕食触手が俺たちを喰らわんと蠢く。
幸い速度が遅いので、捕食触手の射程外まで離脱するのは簡単だ。
でも逆に言うと俺たちは新型に近づくことはできない。
射程内に入れば即時に捕食触手に蜂の巣にされてしまうだろう。
射程外から、ちまちまと狙撃するしかない。
その攻撃は…………効いてる様子がなかった。
硬直した戦局、有利なのは屍械の方だ。
なぜなら、向こうの目的は海上国家に上陸することだからだ。
俺たちの撃墜が目的じゃない。
だからこうやってじわじわと進むだけでよいのだ。
このままでは、いずれ上陸されてしまう。
遠距離攻撃ではだめだ、もっと威力の高い弾丸を至近距離で喰らわせないとヤツの装甲を貫けない。
でも、誰も動かない。
誰も、あの量の捕食触手の攻撃を掻い潜れる自信などなかった。
俺も、自信なんてない。
でも俺は、俺が月宮の代わりになると言った。
彼女がいなくても俺たちは戦えるってことを証明しなければならない。
俺が行く!
そう宣言しようと思った。
「……どいて……私がやる……」
でもその前に、黒い閃光が戦場に飛来した。
「月宮!!?」
なんで?
お前は、休んでいたはずなのに…………
なんで、戦場にきた?
月宮の操る黒鉄が、襲いくる捕食触手を掻い潜り新型に接近する。
うまい、自分を攻撃する触手を利用して死角を作り出している。
俺じゃ…………あんな曲芸はできない。
「クソォッッ!!」
俺は思わず悪態をついた。
自分に腹が立った。
何が、戦場から解放するだ。
結局彼女はこの地獄に戻って来てしまった。
俺たちが頼りないから。
悔しかった。
ただただ無力な自分が情けなくて仕方がなかった。
このままじゃ負けると思ってしまった。
黒い機影を見た時…………………安堵してしまっていた。
それが、許せなかった。
「俺だって!!」
俺も、新型に突貫する。
…………?
捕食触手の攻勢が薄い。
そうか月宮を攻撃しているためか、ヤツは同時に複数の対象を攻撃するのは苦手なんだ。
こんな簡単な弱点にも気付けなかったなんて。
これなら、行ける。
俺は友軍全機に回線を繋いだ。
「テメェら、何ボサッと見てる!?今がチャンスだ!!あんなガキに手柄を取られていいのか、見せてやれよ軍人の底力を!!!」
俺の言葉に、友軍が動いた。
駆動騎兵たちが空を駆け、新型の屍械に殺到する。
火器が火を吹き戦場にいくつもの閃光が瞬いた…………
―――――――――――――――――――――――――――――――
「……ふー…………」
私は、基地に帰投すると息を吐き機体から降りた。
私が出撃しなくても…………別に大丈夫だったな。
結局あの新型は私以外の友軍の総攻撃によって撃破された。
私のしたことといえばドヤ顔で登場してちょっと敵を引きつけただけ。
なんか恥ずかしくなってきた。
馬鹿にされる前にさっさと自室に戻ろう。
「月宮!」
自室に戻ろうとする私を誰かが呼び止める。
振り返ると、そこには今朝私に休日をくれた上官が立っていた。
「戦いたくないのに、なぜ戻った?」
なぜ?
こっちにも、色々とあったんですよ。
ラーメン屋であんたたちが馬鹿にされているのも腹が立ったし、新型の屍械を見て心配にもなった。
ラーメン屋の店主にもお願いされた。
そしてなにより…………
「…………煮卵……」
「は?」
戦う、理由が何か欲しかった。
どんな小さなことでもいいから。
なんのために戦っているか、いつも疑問に思っていた。
私には戦う大義も守りたいものもなかった。
だから、逃げ出したかった。
戦いたくなかった。
今日、小さな、馬鹿みたいな戦う理由ができた。
だから私は戻ってきた。
この先、どんどん戦わなくちゃいけない理由が増えていくのだろうか?
逃げちゃいけない理由、守りたいもの、そんなものが積み重なって私を縛るのだろうか?
それを、悪くないと思っている私が、どこかにいた。
「これ以上……………優しくしないで…………」
これ以上絆されたくはなかった。
少なくとも、今は………………
―――――――――――――――――――――――――――――――
月宮來羽
煮卵のサービスにつられて戦場に戻った現金な女。
ラーメンの料金を払わなかったのでお小遣いはまるまる残った。
そのお小遣いを上官に返す気はないらしい。
なお、監視が厳しくなってしばらく外出はできなくなった模様。
阿佐部亮
ついに名前が判明した不憫な軍人君。
熱い正義感を胸に秘めているが、実力が伴っていない。
まだ月宮から名前も覚えられていない、月宮視点モブな可哀想なヤツ。