152 リディアのカイルへ対する軽蔑と怒り。
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帰宅したカイルから、道具屋通りの酒場の新しいオーナーと神殿契約をしてきたと聞いたときには驚きましたわ!
確かに倒すべき初代……かしら? のオーナーは牢屋の中ですし、裏との繋がりも無い真っ新な酒場ならば、業務提携しても、問題はありませんけれども。
「それで、酒場じゃなくても良いから料理屋をしたいんだそうだ。何か案はあるか? 明日の朝一番にもう一度娘を連れてくるそうなんだが」
「そうですわね……別に、夜は酒場でも宜しくてよ?」
「へ?」
あら? わたくし変な事を言ったかしら?
驚くカイルを他所に、わたくしは考えている案をカイルに告げましたの。
既に、焼肉店、牛丼屋、それに加えて朝と夜の屋台と言う布陣ですもの。ならば、夜は酒に拘った店にすれば宜しいだけなのよね。
「実は、お米を沢山頂いてから、わたくしなりに作ったお酒がありますの。清酒なんですけれど味は三種類ありますわ。甘口、中辛、辛口の清酒が選べますのよ。それに芋も大量にありますから芋焼酎なんてものも作ってみましたの。お酒に関してはかなりの幅が広がったと思いますわ。これにビールにウォッカ、ウイスキーとあれば酒場としては問題ありませんわよね?」
「そ、そうだな、確かにそれだけあればだが」
「それでも、一日を通して開けることはしませんわ。ダンノージュ侯爵領の治安問題になりますもの。そこで、昼11時から15時限定の、三種の定食だけを昼は出そうと思いますわ」
「三つだけなのか?」
「ええ、三つだけ。夜の酒場の為にも料理は作らねばなりませんし、三つだけですの。その代わり、常にある料理の一つとして――ゲン担ぎの料理を提供しますわ」
「ゲン担ぎって言うと」
「カツ定食ですわ」
カツ丼は限定50杯のレアな物ですけれど、カツ定食にはどんぶりご飯に味噌汁、ちょっとしたお野菜に大ぶりのカツに野菜を添えてといった具合ですわね。
そして、その他の二つの定食は、日替わり定食とすることで、A定食、B定食と分けておけば問題はありませんわよね。
「なるほど、日替わり定食」
「夜の酒場の為には、ある程度の料理は沢山いりますわ。酒の肴なら、ポテトフライに軟骨上げ、唐揚げも必要ですわよね? そこに、ドーンと大量に作れる肉じゃがや筑前煮と言った和食を作る事で夜の部は大盛り上がりでしてよ? だってお酒を飲む為の場所ですもの、おつまみの種類はそこそこ少なめに、でも量は沢山出しておきますの。人数を捌けるようにね」
「な、なるほど」
「それこそ、A定食は肉、B定食は魚としておけば、やり易いでしょう?」
「悩みが少なくて済むな」
「その代わり、29日だけは肉の日として、AもBも肉の定食にしますの。どうかしら?」
「それなら、商売に勝ちたい奴や、就職に勝ちたい奴、戦いに勝ちたい奴や試験に勝ちたい奴らが、挙ってカツ定食を食べに行くし」
「他のお客様は、カツはいつでも食べれるから日替わりを。と求める事も。そして夜18時から酒場はオープンして、深夜2時に店を閉める事をすれば問題ありませんわ。食器洗いなどはわたくしのロストテクノロジーで何とでもなりますし、兎に角作って出してと言う作業が求められますけれど、どうかしら? 名前も変えるならば、ただの酒場より【ゲン担ぎの酒場、〇〇】みたいな感じかしら?」
「冒険者はゲン担ぎが好きだからな、それで行くなら【ゲン担ぎの酒場・ゴーン】とかになりそうだな」
「ゴーンさんと仰いますのね」
そして、娘さんを託児所のように預かって欲しいと言う案について、わたくしは暫く考えたのち、一つの疑問が浮かびましたの。
「……託児所。ねぇカイル、保護したお年寄りや女性達は兎も角、孤児はどうなってますの?」
「孤児は孤児院が引き受けているが、そろそろ場所の限界が来ていると言う話は王太子から聞いている。それがどうかしたのか?」
「いえ、此れも一つの案なのですけれど、わたくし、箱庭師を雇いたいんですの」
「は?」
「託児所よ。仕事をしている間、子供を預かる託児所を作りたいんですの。子供だけでは危険な事もあるでしょうし、勉強だって大変ですわ。それで幼い子供も見れる先生を雇って……。ねぇカイル、文字の読み書きが出来ない子供はどうなりますの?」
わたくしの言葉にカイルは顔を歪め、一呼吸置いたのち「……スラムへ」と呟きましたわ。
スラムに行けば物乞いや、命の危険にだって晒されますし、冒険者になる一定の基準が文字を読み書きできる事。
冒険者にも成れない子供達が多くいることを知りましたわ。
「だが、俺達だって託児所までしていたら流石に手が回らないし、スラムの子供達だって」
「貴方、何を言ってますの!?」
「え?」
「手が回らないから放置したとでも言いたいんですの!? 何故早くわたくしに相談しなかったのです!! 見損ないましたわ!」
「なっ!」
「王太子も王太子よ! 全く王太子領を纏め上げられていない!! なんて情けないのかしら!!」
「リ……リディア、」
「カイルの事も見損ないましたわ」
「!」
「貴方、今から言う事を生涯胸に刻みなさいませ。力のない子供や、お年寄り、暴力を受けて保護されるべき女性は弱い立場ですわ。それなのに、貴方はその中で最も力の弱い子供を放置したのですよ! 許される事ではありませんわ!!」
「――!!」
「スラムにいる子供たちもそうよ……。どれだけ恐ろしい目にあっているか……。孤児院で手に負えない程に膨れ上がった子供を、何処で、誰が見ますの? 王太子にそれだけの力がありますの?」
「それは……」
「どうですの?」
怒りのままにカイルにぶつけると、カイルは唇を噛みしめ深々と頭を下げましたわ。
それで怒りが収まる事はありませんけれど、わたくしはカイルを見下した目でジッとみつめましたの。
「……俺に出来ることがあれば、直ぐに動く。だからリディアも力を貸して欲しい」
「最初からそう仰い為さいな。先ほどの酒場の案ですけれど、一つだけ約束して欲しい事がありますわ」
「はい、出来るだけ願いは叶えたいとは……思います」
「そう、でしたらスラムにいる子供達を保護した後、調理スキル持ちならば酒場で雇わせなさい。一人に付き一つの料理をまずは覚えて貰います。良いですわね」
「分かった」
「次に、箱庭師を雇ってきてくださいませ。そこを託児所にします。箱庭一つを借りるのですから給料は多めに金貨2枚お出ししますわ。もしそこで子供が捨てられた場合、こちらの箱庭で育てます。皆さんで何とか子供を育てることは可能でしょう」
「リディア」
「次に。今すぐ王太子領に行ってスラム問題を話してきなさい。スラム孤児やその子らを纏めている子供がいる筈です。その子らを纏めて、この箱庭に住まわせますわ!」
思わぬ言葉だったのかしら。
カイルは目を見開いて呆然としていますわ。
「スラムの子らに必要なのは、安心できる衣食住のある場所ですわ。それに必要最低限の文字の読み書きに計算、栄養のある毎日三食の食事はとても大事な事でしてよ? 何より、親に捨てられると言う一番の苦痛を味わっているんです。心の治療も必要でしょう」
「それはそうだが」
「王太子にそこまで考える力があれば、問題のないことですのよ? 王太子にそれだけの器があれば」
「……」
「無いのでしょう? でしたら、問題ありませんわよね?」
「……今から行ってくる。それと、酒場は既に限界なんだ、スラムの子を入れるのは少し先になっても良いだろうか」
「構いませんわ」
「リディア」
「何かしら」
「……俺は自分で出来ることは何でもやってきたと思っていた。だが、一番の弱者を見捨てた愚か者だと言う事を理解させてくれたことに礼を言う。それでも、俺に付いて来て欲しい」
「それは、貴方の働き次第ですわ」
そう言うとカイルは駆け出し王太子領にある城へと向かったのでしょう。
大きく溜息を吐くと、様子を見ていた美女三人組とお年寄りや若いお母さん方まで集まってきましたわ。
「リディアちゃん……」
「ごめんなさいね? 大声を出してしまって」
「ううん、気にしないわ」
「男ってね、子供の事になると無頓着な人って多いのよ」
「自分の中で終わったと思ったら、そこで終わりなの」
「だからこそ、女性って必要なのよ?」
「……ええ、解かっていますわ。わたくしもカイルから何も聞かなかったから、同類ですわね」
「リディアちゃん」
「でも、悔やむのは此処までですわ。皆さんにはコレから苦労をお掛けするかと思いますけれど、力を貸してくださいませ!」
箱庭師が見つからない場合は、託児所はコチラで用意するしかありませんけれど、何とかギリギリでもやっていけるようにしたいですわ!
それに、スラムの子らの保護も最優先事項ですもの。
「大丈夫よリディアちゃん」
「スラムの子たちなら何度か見てきたことあるけれど、皆が皆悪い子じゃないわ」
「そりゃ問題児もいるけれどね」
「ジャックさん、マリウスさん、ガストさん……」
「さ、この箱庭の底力、見せてやりましょうよ!!」
「建築師が足りないならアタシたちだって家くらい建てるわ! 今から孤児を受け入れる建物を作らせましょうよ!」
「リディア様、私たち主婦も子供の世話には慣れています。手を貸すことはできますよ」
「アタシたちなんて、子供6人育ててきたんだ」
「婆様達だって頑張るよぉ」
「――有難うございます!!」
後は今から王太子と話すカイル次第。
貴方なら出来ると信じていますわよ、カイル――!!
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「きっと何とかなっている」は、なっていない証拠で。
「きっと〇〇がしてくれる」は、ただの驕りでそうではなく。
リディアちゃんの怒りが爆発しました。
本当はもっと辛辣な言葉だったんですが、書き換えました。
小説の山場と言えば一つの山場。
皆さんも見守って頂けると幸いです。




