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平安妖甲伝アシュラ  作者: 龍咲ラムネ
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第9話 毒気の森

飲み会に行っていたので遅れました。今日中に投稿できて良かった。

私たちの鈴鹿山への旅路が始まった。鈴鹿山は、伊勢国と近江国の国境にあるという山で、京の都からは真っ直ぐ進んでも2日くらいはかかるようだ。私は、大江山の1件を除いては殆どこの時代にて都から出た事は無かったので、やや新鮮な心持ちだった。それは、小町こまちつばさも同じようだった。だが、白鷹はくたかは違うようだった。


「白鷹は……都から外に出たことがあるの?」


私は道中、そう尋ねた。

街道の左手には大きな湖が見える。近江海、即ち今で言う所の琵琶びわ湖だ。


「あぁ、俺は……都の外で生まれたからな」


白鷹は答えた。


「そうだったんだ……」


そういえば白鷹の過去の事について、今まで殆ど知らなかった。父親が鬼である事と母親が人間である事、そしてどうやら親に捨てられて那須乃の実家で育てられたという事……。後は、幽世の岩戸の所で星熊童子ほしくまどうじと戦い白波の太刀を手に入れたという事くらいしか知らない。白鷹の親がどんな鬼と人間なのか……とか。


「なぁ、アスハ……」


と、白鷹が言う。


「何?」

「お前……そろそろ休憩が必要なんじゃあないか?」


良くぞ言ってくれた! その通り。一日中歩き通しで足が棒になりそうなのだ。後方を振り返ると、小町と翼も疲れきった表情をしていた。


「そ、そうだね……」

「お前が持ってきた荷物の中に……なにか……疲れた身体を回復させるような物……入ってなかったか?」

「エナジードリンクのこと?」

「あぁ、多分、それだ。こっちにゃ都の貴族さんも居るんだし、無理に身体に鞭打つこたぁねぇ。そのえなじなんちゃらでも飲んで、一刻程休憩する事にするぜ」

「きゅ、休憩ですか!?」


追いついてきた小町が言う。


「あぁ、道のりはまだまだ長い。鈴鹿山に着いた時に肝心の体力が失われて何も出来ないんじゃあ困るからな」

「それもそうですが……。熊童子くまどうじ一派も鈴鹿山に向かっているのならば……」

「安心しろ翼。もしそうだとしたら、俺たちが向こうの世界に行っている間にとっくに着いているさ。それに、急ぎすぎるのも良くない。しっかりと休むべき時に休むのが……旅の基本だ」

「旅慣れしてるんだね」


私は言った。


「いいや、俺も唐橋からはしより東にゃ殆ど行ったことはないが?」

「あっ、そういえばわたくし、先程その瀬田唐橋せたのさらはしを渡っている時に歌を思いついたのですよ? その推敲も休憩がてらいたした方が良さそうですし……」


どうやら休憩は全会一致で決まったようだ。白鷹は周囲を見回す。


「よし、じゃあ……ひとまず街道を外れることにするぜ。こんな道のど真ん中で休憩されたんじゃあ他の旅人が迷惑するだろうしな」


それから私たちは、街道を外れて適当な空き地を見つけると、そこに陣取った。木霊こだま閃光ひかりが両手を前に突き出すと、煙が弾け、私が持ってきたお菓子が数袋出現した。


「へぇ、そうやって物を出せるんだ……」


私が感心していると、閃光が自慢げに胸を張る。


「はい。アスハ様の荷物から、食べ物と思しき物を出してみましたが……」

「あぁ、わたくし、これ、向こうの世界で食べて好物になったんですよ?」


小町が裂きイカの袋を取った。結構渋い趣味をしていらっしゃる。


「俺は……これが気になりますね」


と言って翼が取ったのはチョコレート菓子だった。


「あぁ、ゴミは私が回収するから……」


そこら辺に捨てられて後の時代にオーパーツとして発掘でもされようものならとても困る。というか、もしかしたらオーパーツって、私のような境遇の人達が他にもいて、そんな人達がうっかり過去の時代に遺してきてしまった物かもしれない……って流石にそれは無いか。

私は他の人から離れて岩の上に座ってぼんやりと宙を見つめている白鷹の方に近づいた。どうしたのだろうか、いつもの白鷹らしくない。


「白鷹は……食べないの?」


私はスナック菓子の袋を差し出す。白鷹はそれを受け取った。


「お前に言われて……少し親父の事を考えていてな……」

「白鷹の……お父さん?」

「あぁ、尤も殆ど覚えてねぇがな。俺が本当に物覚えがつかない頃に……捨てられちまった」

「そうなんだ。それじゃあお母さんは……?」

「俺が五つの時に亡くなったよ。その後だ、今は那須乃様が当主を務めているあの家に引き取られたのは……」

「ごめん、なんか辛いことを思い出させちゃったかも……」

「いいや、いいんだ。俺が勝手に思い出したことだからな。ところでアスハ……」

「ん?」

「これ、どうやって開けるんだ?」


白鷹はスナック菓子の袋を返してきた。私は開けてやる。なんだかなぁ、たまーに不器用なんだよね、この人。


休憩を終えて再び出発した私たちは、その後、道中で私が持ってきた食べ物を食べたりしながらも進んでいたが、やがて空が赤く染まり始めた。どうやら今日の旅路はここまでのようである。


「暗くなったら流石にもう先へは進めない。今日はここら辺で宿を見つけるとするかな……」


白鷹は独り言のように言う。


「宿って……そんな都合よく泊めてくれる所、あるの?」


私は周囲を見回した。周りは田畑ばかり、宿っぽい建物は見えない。


「アスハ殿、ご存知ないのですか? 前に寺に旅の者がやって来た時は……こう言っておりました。宿は当たって砕けろ勝負だと……」

「当たって砕けろ勝負……」

「多分、翼の言う通りだな……」


白鷹は納得したように頷いた。


「ど、どういう事……?」

「何処の家も宿を貸してくれるかどうかは……五分五分だ。旅の者に見せかけた盗賊だという可能性もあるしな。だが……少ない確率も数打ちゃ当たる。なるべく多くの家を廻って宿を借りれるかどうか尋ねるんだ」

「もし、どの家も駄目ならば……最悪野宿という可能性も有り得ますね」


木霊が言う。


「野宿って……。まぁテントと寝袋なら一応持ってきてるけど……」

「よし、それじゃあ宿探しと行くぜ。日が完全に落ちきる前に集合だ。場所は……その祠の前でいいだろう」


白鷹が示した田んぼの畦道には小さな祠が立っていた。小町と翼はそれぞれに散開し、小町には閃光が、そして翼には木霊がついて行った。

私は未だ若干戸惑っていたため、出遅れる。ちょうど白鷹と目が合った。


「アスハ、じゃあ行くとするか」


白鷹は呼びかける。


「うん……」


私たちが真っ先に向かったのは、村にあるお寺だった。山の斜面に石段があったのでもしやと思い上がっていくと、そこには大当たり、お寺があったのだった。


「普通の家なんかよりはこういうお寺の方が泊めてくれる率は高い」


白鷹は寺の本堂に向かって歩きながら私に説明した。

寺の本堂に目をやると、ちょうど縁側をひとりの僧侶が歩いていく所だった。歳の頃は3、40代といったところか。


「す、すみません!」


私は声をかける。


「私たちは旅の者なのですが、どうか一夜の宿を貸しては貰えないでしょうか……」

「旅の者……お前たちのようにまだ若い者がか……?」

「え、えぇっと……これには事情が……」

「伊勢国にいるさる高貴なお方に言伝があり、旅をしている者です」


白鷹が私の言葉を引き継ぐ。うん、まぁ嘘は言っていない。

僧侶は少し思案するが、答えた。


「そうか……まぁお前達程の年端も行かないものならば、盗人という心配もいらんだろう。それにこの寺には盗まれるほど高価な物等何ひとつないからな」

「ありがとうございます……。ですが、泊まるのは我々だけではなく、同じくらいの年齢の者があとふたり程……」


白鷹が言った。


「うーむ、まぁいいだろう。お前達のような歳の者が夜道をうろついていては、それこそ盗賊の餌食となろう。直ぐに仲間も連れてくると良い」


私たちは祠の方に戻り、暫く待っていると、小町と翼が式神たちを連れて戻ってきた。式神たちは直ぐに人型の紙に戻る。


「こ、この村……何かおかしいです……。どの家も留守みたいで……」

「留守?」


小町の言葉を白鷹が聞き返す。


「やはり小町殿が廻った所もそうでしたか。俺も三軒程見て回りましたが、同じぐ何処にも人の姿は……」

「俺たちが行った所にはちゃんと人の姿があったぜ」


白鷹は私の方をちらりと見ながら言った。


「それは良かったです! では、その方に村の他の家の事も聞けるかもしれませんね!!」


小町が言う。


「あぁ、兎にも角にも宿は見つかったんだ。早く行かないと日が暮れちまうぜ」


私たちはあのお寺に戻った。寺の住職は、私たちを歓迎してくれ、夕餉の支度までしてくれた。


「そういえばわたくしたち、村の他の家々も廻ったのですが、人の姿が見当たりませんでした……。他の方達はどうされたのですか?」


小町は夕餉の席で住職に尋ねた。


「あぁ、他の家も廻りましたか……。それではさぞ驚かれた事でしょう。実は村の者達の殆どは、皆山狩りに出掛けているので御座います」

「山狩り……では、山の中に何か……?」


翼の質問に住職は頷く。


「もうかれこれ四年ほどになりましょうか。山に住み着いた狒々が人里に降りてきて、娘を攫って食べてしまうという事件が相次ぎました。そこで村人は一計を案じ、山の麓へと、7日ごとに家畜を殺してその新鮮な肉を捧げることにより狒々の被害を防ぐことにしたのです。ですがそのような事をした所で所詮は時間稼ぎにしかなりません。次第に村にも狒々に捧げる家畜を養う程の余裕も無くなってきました。そこで、数日間、村の有力者達が話し合った結果。自分達の手で狒々を狩ることにしたのです」

「それで……村の者達は皆山の中に……」


白鷹が言う。


「はい、家に残っているのは子供や老人ばかり、戸を叩くものがあっても開けてはならないと、きつく言いつけられているのでしょう」

「住職さんは……行かないのですか?」


私は尋ねた。


「まさか、私は仏法に生きる身。たとえ鬼妖の類であろうと、殺生は禁じられておりますゆえ」


それから住職は思い出したように話題を変えた。


「確か……皆様は伊勢国へ行くとか仰っておられましたな」

「はい、そのつもりですが……?」


翼が答える。


「噂だと良いのですが……。この村からそう遠く離れていない隣村もやはり伊勢国へ抜ける通り道になっております。ですが、その村の上空をある日、都の方角から伊勢国へと、黒雲のようなものが飛んで行ったと……」

「黒雲……?」


白鷹が聞き返した。


「はい、飽くまでも噂話ですがね」


と、その時、寺の入口の方でドタドタと音が聞こえる。どうやら何者かがやって来たようだ。


「ちょっと失礼」


住職が立ち上がった。


「あぁ、俺も行きます」


白鷹も続く。それを見て私も続いた。

寺に新たに入ってきたのは数人ばかしの男の一団だった。皆、息を切らして汗をかいている。


「どうしたのかね?」


住職は訊いた。


「お、和尚さん……! やめとけばいいのに、村長の息子が狒々に当たりもしない弓を引いて……それで、狒々はこちらに気がついて村の方に……!!」

「なんだと……!?」


住職は身を乗り出した。顔つきも険しくなっている。


「白鷹……?」


私は白鷹に声をかけた。


「あぁ、任せなアスハ。狒々なんて雑魚妖、俺の手にかかりゃあ瞬きする暇もなく仕留めてやるぜ」


白鷹は村人の前に進み出た。村人達は顔を見合わせる。


「失礼ですが……貴方は……?」

「白鷹丸、都からの旅人です。その狒々とやらは……今何処に?」

「わ、分かりません! 俺たちは命からがら逃げてきたもので……。で、でも! 貴方のような子供に敵う相手じゃあ……」

「アスハ、行くぜ!」


白鷹は村人の言葉を聞かずに私を連れて外に出ていった。私は白鷹について行くが、外は暗いので途中で見失いそうになる。だが、直ぐに白鷹の手が私の腕を掴んだ。


「悪いな……つい自分だけだと思っちまう。アスハ、跳ぶぜ!」

「えっ、はっ、ちょっ!?」


白鷹は地面を大きく蹴ると、寺に続く石段を全て飛び越した。私は、今まで自分が体験したことの無いような大ジャンプに目を白黒させる。


「ちょっと!? びっくりしたじゃん!」

「わ、悪い……」


白鷹は私の手を握ったまま畦道の向こうに目を凝らした。と、そこで何処からか悲鳴が聞こえる。女の子供のものだ。


「悲鳴……!?」

「あっちだ、アスハ!!」


私は白鷹に手を握られたままこれまた今までに体験したことの無いようなスピードで疾走した。やがて私たちは1軒の家の敷地内に入る。

その家の板戸は倒され、家の奥に、何やら黒い物が蠢いていた。悲鳴の主は……助からなかったのだろうか。


「たぁっ!!」


白鷹が私の手を離し、空中に飛び上がった。そして白波の太刀を抜き黒い物に斬り付ける。血飛沫が上がり、何かが私の足下に転がってきた。それは、巨大な猿の首だった。口の部分は犬のように突き出している。


「ひえっ」


私は、その首の焦点の合わない目が合い、一瞬悲鳴を上げた。私がそっと自分の頬に手を当てると、狒々の返り血が滴った。


「アスハ、子供達は無事だ。その狒々の首は……寺に持ち帰るぞ」

「は……?」


私の脳内をクエスチョンマークが飛び交う。こいつ、まさか……。


「ねぇ、白鷹? 私を連れて外に出たのって……こいつの首を運ばせるため?」

「あぁ、大江山の時とは違い、こっちにゃそれなりに時間があるからな。狒々一匹じゃあ大した値にもならんだろうが……それでも旅費の足しにはなる。それに俺の方は……この体をどうにか処理しなくちゃあならないしな」


白鷹は切っ先で床の上に倒れた狒々の胴体を示して言った。部屋の奥ではふたりの子供が身を寄せあって震えている。


「最っ低!! 白鷹の馬鹿!!」


私は狒々の首を置いてその家の敷地を後にした。外は暗かったが、目が慣れてくると月明かりである程度は見通せる。あんな首なんか置いて寺に戻ってやろう。


「あっ、おい、アスハ! 何処に行くんだ!! 狒々が倒されたからといって……」


私は白鷹の言葉を最後まで聞いていなかった。

白鷹の足の速さのせいであまり実感が湧かなかったが、いざ自分で歩いて見ると、今の家から寺まではかなりの距離があった。私は何処か近道はないかと周囲を見る。すると、森の方へと続く細い道が見えた。多分方角的には寺はこっちだ。もしかしたらこれが近道なのかもしれない。


しかし、森の中を進んでいくと、やがて道を見失ってしまった。それに、何故か周囲には靄がかかっているような気がする。どれ程歩いたのか自分でも分からなくなってきた。やがて、足が疲れてきたのか、前に進むのが精一杯になってくる。否、これは疲れではない。さっき寺で英気は養ったはずだ。だとすれば……。私は、段々と身体に力が入らなくなり、近くの木に掴まって立ち上がっているのが精一杯の状態になった。

この段階で私は気づいた。これは、何か外的要因による物のようである。

その時、私の隣に何かが着地した。私はやや霞んできた目でそちらに目を向けるが、それが誰かは直ぐに分かった。


「白……鷹……?」

「アスハ、俺が……悪かった。お前はあっちの世界で生まれ育って、こういうのに慣れてなかったんだったな。それをつい、忘れて……」

「白鷹……私は……」


私は言葉を発しようとするが、言いきれなかった。口を開くと、何か喉がヒリヒリと痛む。


「無理をするな。毒気にやられている」


毒気……? やっぱり……私の身体に力が入らなくなったのも……そのせい……?


「やれやれ、村人の奴ら、狒々の野郎に生贄を捧げたのは愚策中の愚策だったようだ。新鮮な肉に誘われて他の余計に厄介な妖まで呼び込んじまったらしい……。んでもって今回の山狩りに刺激されて、そいつまでもが人里近くに……」

「白鷹は……大丈夫……なの……?」


私は力を振り絞って訊く。


「鬼の血が半分流れてるから多少は大丈夫だ……。だが……長居するのは流石にキツイぜ……」


白鷹は白波の太刀を抜いた。そして注意深く目を凝らす。


「アスハ……。多分この毒気は原因となっている野郎を倒さない限り消えない……。幸いな事に……奴にとって俺たちは獲物だ。すぐに姿を現すだろうがな……」


白鷹の言葉は的中した。そう言った途端に木の上から毒気の元凶となった妖怪が姿を現したのだ。

それは、巨大な蜘蛛だった。胴体は虎の毛皮のような黄色と黒の毛に覆われ、目は八つもある。口からは恐ろしげな牙が2本ほど突き出していた。


「出たか……土蜘蛛!!」


白鷹は白波の太刀を天に突き上げる。だがそこでハッとした表情になった。


「しまっ……!!」


土蜘蛛の口から糸が発射され、白鷹を突き飛ばし、地面に拘束した。私は咄嗟によろよろと白鷹の方に歩み寄ろうとする。だが、土蜘蛛は私に対しても糸を発射してくる。糸は、私の足首を捕らえ、私は落ち葉の上に倒れる。私はそのまま、土蜘蛛に引き摺られた。


「やめろォォォォォォォォォォ!!!」


白鷹が辛うじて動く右腕で白波の太刀を投げた。太刀は土蜘蛛の口元に命中し、私を引き摺っていた糸が切れた。土蜘蛛はそのまま森の奥へと退散していく。私は、傍に落ちていた白波を拾い上げ、ふらつきながらも白鷹の方へ行った。


「まさか……アシュラに変化できないとはな……」


白鷹は自嘲気味に言った。


「こいつは……かなりの強敵だぜ」


私は、白鷹を拘束している糸を白波の太刀で必死に斬り裂いた。やがて白鷹は地面の上に起き上がれるようになる。私は白波の太刀を白鷹に返した。


「アスハ、悪かったな……。こうなっちまったのも全部……俺の配慮が足りなかったせいだ……」

「そんなことは……。私だって……勝手に……飛び出して……」

「言うな。かなりキツイだろ……? 奴の毒気はこの辺り一帯に充満している」


私は土蜘蛛が逃げ去っていった方に目を向けた。相手は、こちらがまだ元気なのを見て、毒気によってじわじわと殺す方法を選んだのかもしれない。もしかしたら、この近くに潜んでいて茂みの中かどこかでこちらをじっと見ているかも……。


「アスハ……立てるか……?」


立ち上がった白鷹が私に手を差し伸べてきた。私は、そっとその手を握る。強がるのは、今は賢い選択じゃあないだろう。

私は、白鷹に支えられながら森の中を歩いた。途中で私は気がつく。白鷹は右足を引き摺っているのだ。


「白鷹、その足……」

「はっ、さっきあいつに弾き飛ばされた時にやっちまったみてぇだ。本来ならこうはならないんだがな……。どうやらこの森じゃあ俺の体力も能力も、普通の人間並みになっちまうらしい」


暫く森の中を歩いた私たちは、やがて窪地状になったところに腰を落ち着けた。そこの岩陰に、白鷹は私をもたせ掛ける。


「アスハ、体力の消耗が激しい……。ここで……寝ろ」

「で、でも……」

「大丈夫だ。見張りは俺がやる。これでも……見張りくらいは出来るからな」

「分かった……」


私が目を閉じると、案の定意識はそのまま、深い思考の海の底へと落ちていった。やはり、余程体力が毒気に喰われていたらしい。


気がつくと、森の中には朝の光が差し込んでいた。一瞬寝たつもりだったがどうやら朝まで眠ってしまっていたらしい。


「起きたか……」


白鷹が声をかけてきた。


「う、うん……」


私は起き上がろうとするが、やはり、まだ頭がクラクラする。土蜘蛛をなんとしてでも倒さない限り、回復することは無いのだろう。しかし、肝心の白鷹はアシュラに変身できず、さらに人間並みの体力になってしまっているし、どうすればいいのだろうか……。


「土蜘蛛……現れなかったんだね……」


私は立ち上がろうとしながら言った。


「あぁ、恐らくは俺たちを、いや、特にまだ人間並みの体力が残っている俺をじわじわと弱らせてから喰らうつもりらしい……」


白鷹は私の手を取りながら答える。


「な、なんか……土蜘蛛を……おびき寄せられる手は……ない……の……?」

「さぁな、奴が何に引き寄せられ……。ん? いや、待てよ……」


そう言って白鷹は私から離れると白波の太刀を抜いた。


「アスハ、これからやる事に対し……お前は大いに怒ることになるだろう……白鷹の奴はまだ反省していないのかってな……。だが、敢えて言う、済まない……と」

「な……何を……」


私が問う間も無く、白鷹は白波の太刀の先を自身の左手の甲に突き刺した。掌から太刀の切っ先が顔を出す。血が、地面に何滴も滴り落ちた。


「白鷹……!?」

「肉食獣は……血の匂いに敏感なんだぜ……」


白鷹は痛みに顔を顰めながら言った。

途端、土蜘蛛が木の上から白鷹の目の前に着地する。しかし、私にはその土蜘蛛が前に見た時よりも小さくなっている感じがする。白鷹は白波の太刀を右手だけで構えた。


「さぁ来い! 今度こそ決着をつけるぜ!!」


土蜘蛛が口から糸を発射する。だが白鷹は、地面をかけ、その攻撃をかわしていった。いや、それだけではない。ついでに私から土蜘蛛を引き離そうとしているのだ。確かに土蜘蛛は、白鷹の動きに対応して段々と私から離れている。


「こっちだ!!」


白鷹は土蜘蛛を完全に誘導していた。避けきれない糸は、白波の太刀で払っている。

しかし、土蜘蛛は、自分の攻撃が白鷹に当たらないことに対して、頭にきたようだ。糸による攻撃をやめて白鷹に飛びかかる。


「はっ、お前がそうすることは予測済みだ!!」


白鷹は飛びかかってくる土蜘蛛に対して白波を突き上げた。白波は土蜘蛛の喉元に深々と突き刺さる。白鷹は太刀をゆっくりと引き抜いた。土蜘蛛はそのまま地面に崩れ落ち、動かなくなる。

白鷹は白波の太刀を戻すと私の方に帰ってくる。私は、白鷹に駆け寄ろうとして、違和感を感じた。土蜘蛛を倒したのに、まだ……。まだ、体力は回復していなかったのだ。私は地面にがっくりと崩れ落ちる。


「な……!」


白鷹がそれを見て驚くのとほぼ同時だった。倒したはずの土蜘蛛の上に、別の土蜘蛛が降ってきて覆いかぶさったのだ。


「土蜘蛛は2体居やがったのか!!」


白鷹は振り返った。その土蜘蛛こそ、私たちが最初に対峙した土蜘蛛だった。口元には白波の太刀でつけられた傷跡がある。

土蜘蛛はそのまま白鷹に飛びかかってきた。白波の太刀を鞘に戻して油断していた白鷹は、土蜘蛛に左肩を噛みつかれる。


「ぐっ……!!」

「白鷹……!?」


土蜘蛛は地面に仰向けに倒れた白鷹に覆いかぶさった。そのままトドメを刺すつもりだ。

私は咄嗟にブレスレットをはめている左手で指鉄砲を形作る。しかし、やはり体力を奪われているため、撃つことは出来ない。

その時だった。私たちの耳に、聞き慣れた音色が聞こえてくる。


「こ、この音は……」


そして、その笛の音を聞いた私には、みるみるうちに体力が戻ってきた。私はその場にゆっくりと立ち上がる。

体力が戻ったのは、白鷹も同様のようだった。彼もまた、土蜘蛛の腹に蹴りを入れて危機を脱する。

私は笛の音の主に顔を向けた。そこには、翼と小町とが並び立っていた。


那須乃なすの殿が笛に術式を埋め込んでくれたお陰で助かりました。……妖の簡単な幻術ならこれで祓うことが出来ます」


翼が説明する。


「ふたりとも、どうしてここへ!?」


私はふたりに駆け寄りながら訊いた。


「村の人達が……狒々は倒されたのに肝心のそれを倒したふたりが居ないって……。それで昨日は一晩中皆様でおふたりを探していたのですよ。……この状況、最初に見つけたのがわたくしたちで、本当に良かったですね」


小町は木霊と閃光が変身した弓を構える。だが私はそれに待ったをかけた。


「待って、小町ちゃん。多分、トドメは、白鷹が刺したいと思う」

「アスハ……ありがとうな……」


そして白鷹は白波の太刀を空中に突き上げた。


「我が太刀、白波よ。六道がひとつ、修羅道の力を我に与え給え!!」


白鷹の身体にアシュラの鎧が装着される。そしてアシュラは、白波の太刀を土蜘蛛に向けた。


「変化、完了! 我が名はアシュラ、この白波が、貴様を喰らう!!」


土蜘蛛は咆哮するとアシュラに突撃してきた。だが、アシュラは相手の脚を次々と切断していく。


「体力が元に戻ったんだ! 存分に暴れさせてもらうぜ!!」


土蜘蛛は糸を吐くが、アシュラには一向に当らない。アシュラは土蜘蛛から距離をとると、トドメの一撃を叫んだ。


「さぁ行くぜ! 修羅道青海破!!」


白波の太刀より光の波が発生し、土蜘蛛に襲いかかる。土蜘蛛は波に包まれて、バラバラになっていった。


「やった!」


私は思わずガッツポーズをした。しかし、直ぐに、喜んでいるだけでは居られないという事に気がつく。

土蜘蛛にトドメを刺した途端、アシュラの変身が強制解除され、白鷹が地面に崩れ落ちたのだ。先程、土蜘蛛に噛まれた傷跡が痛々しい。


「白鷹……!!」


私は白鷹を助け起こした。額に手を当てると、熱い。


「翼くん、これって……」

「お、恐らくですが……噛まれた時に土蜘蛛の毒が……!」


危機はまだ去ってはいなかった。何としてでも、死地の縁から白鷹を救い出さなくてはならない。でも、土蜘蛛の毒なんて、どう解毒すればいいのだろうか。

土蜘蛛、好きな妖のひとつです。次回の更新日は6月10日です。

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