第8話 漆黒の鬼武者
いよいよ白鷹と黒い鬼武者が対峙します。そして平安時代での冒険も新たなる局面に。
日は落ちて、夜の幕が開けた。私は、白鷹や翼、そして虎熊童子と共に河川敷に座り、対岸の家々の灯りを眺めながら、彼らの話を聞いていた。
「そうか……熊童子の奴……裏切ったか……」
白鷹の話を聞いた虎熊童子は特に驚いた様子もなしに言った。
「驚か……ねぇのか?」
白鷹は尋ねる。
「驚かないな……。元より俺様はあいつらには興味はない。ただ……成り行きで四天王をやっていただけの存在だ。今更奴らが裏切ろうが分裂しようが知ったことじゃあない」
結構ドライな性格をしているのか……? そう思う私を他所に虎熊童子は続けた。
「だがな、俺様にとっては他人事だが……こういう話は聞いていて気分がいいものじゃあない。だから白鷹丸、これだけはお前に頼みたい。……熊童子をなんとしてでも止めろ」
「ちょっと待って、虎熊童子は……どうするの? 私の持っている人間道の神器の力で平安時代に戻れるはずだけど……」
「残念だが俺様はソロでやらせてもらう。このファンタスティックな世界の方が、俺様の気質には合っているようだからな」
「ふぁんた……何だ?」
白鷹は私を通訳を頼むという風な目で見る。私は説明した。
「虎熊童子は……この時代に残るってこと。今の時代が……気に入ったんだよね?」
「あぁ、そういう事だ。この時代は生まれや慣習に囚われる事は殆ど無い。ある者が見ればそれはドライに感じられるかもしれないが……俺様のような人間共の世界から爪弾きにされた輩にはその方が住みやすいからな……」
「そんなもんかよ……」
白鷹は呆れたように言う。
「ところでだが……虎熊、お前……さっき本気を出していなかっただろ?」
白鷹は唐突に言った。
「そ、そうだったの……?」
私は目を丸くする。虎熊童子の電撃はなかなか強力そうに見えたけど……。
「そうだ。酒呑童子四天王ともあろう者があれくらいでへたるはずは無い……。俺の方も峰打ちだったからな。それにこれは戦ってて感じたことだが……お前は妖気を出すことを躊躇っているように見えた。本当はお前の雷はあの程度のものじゃあないだろ?」
「やれやれ、全てお見通し……か」
虎熊童子は答える。
「白鷹丸、その通りだ。……だが、この時代、特にこの街じゃあ思いっきり妖気を解放できないという制約があってな。なぁに、それは能力が限定されているとかそういう問題じゃあない。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「妖力を使えば、使った分だけ、何故かそこには奴が現れるのでな」
「奴、それは……?」
それまで黙って話を聞いていた翼が尋ねる。
「アスハ、お前もこの時代の人間ならば聞いた事はあるだろう? 黒い鎧の武者の話……だ」
「あっ、あの都市伝説の?」
私の問いに虎熊童子は頷く。
「あいつはどうも、妖気の発生源を直ぐに見つけて……問答無用で斬り捨てて回っているようだ。尤もそのお陰で街では妖怪を退治してくれるヒーローとして持て囃されているようだがな。俺様に言わせりゃ……あれは……ただの殺戮マシーンだ」
「で、でも……その黒い鎧武者が貴方たちに神器の存在を教えてくれたんだよね? こっちの時代にも神器があるって……」
「その通りだ。だから俺様にも分からない。奴が何を考えているのかは……」
と、ここで翼が会話に待ったをかけた。
「ちょっと待ってください。その黒い……鎧武者は妖気が発生した場所に現れるのでしたよね? それならば、先程白鷹殿が青海破を使ったのは……かなりマズかったのでは……?」
私と白鷹、そして虎熊童子は互いに顔を見合せた。でも、白鷹は半分は鬼とはいえ、半分は人間だ。多分……大丈夫だよね?
「確かに……そりゃあマズイな。だいいち修羅道の神器は俺の鬼の力を最大限に解放する……つまり、アシュラの姿の時の俺は、完全な鬼となったも同然だ」
「え……」
大丈夫じゃあなかった。私の隣で白鷹が立ち上がる。
「アスハ、翼、ここはマズイ。早々に退散するぜ」
「た、退散するって……?」
私は戸惑いながらも立ち上がる。だが、翼は河川敷に座ったままそっと告げた。
「いいえ、もう遅いようです。彼、やって来ました……」
私が振り返ると、橋の向こう側からガシャリガシャリと金属同士が規則正しく触れ合う音が聞こえてきた。そのうちに、橋の上に黒い鎧を身にまとった武者の姿が現れる。月光に照らされて鎧は艶やかな光を発していた。武者は単体ではなく馬に股がっていた。馬も……武者と同じように黒い鎧を身につけているようだ。武者の頭部は、アシュラと同じように鬼の角に似た突起が生えていたが、顔は暗くて判別が出来ない。
武者の馬が嘶いた。そして橋のアスファルトの地面を蹴ると飛び上がり、河川敷に着地する。武者は腰に刺した太刀を引き抜いた。太刀には刃の部分がなかったが、直ぐにそこから黒い炎が発生し、刃を形作る。
武者が太刀をひと振りした。黒い炎が伸び、こちらに向かってくる。
「アスハ!!」
白鷹が私を庇い、地面に倒れる。その直ぐ傍を炎が通り過ぎ、地面が深く抉られる。
「アスハ、大丈夫か……?」
「う、うん……」
白鷹はゆっくりと立ち上がると、白波の太刀に手をかけた。武者に立ち向かうつもりだ。
「やめておけ、白鷹丸。あいつは……並の者に敵う相手じゃあない」
虎熊童子が忠告する。
「だが、黙って突っ立ってたって、殺されるだけだろう?」
「貴様ならそう言うだろうと思っていた。遠慮は要らん、もう見つかっちまったんだから、妖力は全開放で行くぞ!」
虎熊童子が両手の爪を伸ばす。爪は電流を帯び始めた。
「あぁ、当たり前だ……虎熊、連戦だが致し方ねぇぜ!!」
白鷹は白波の太刀を抜くと、武者に斬り掛かった。だが、武者は黒炎の太刀をひと払いし、白鷹を押し返す。
「翼! お前はアスハを連れて逃げろ!!」
白鷹は叫んだ。
「し、しかし……!」
「そうだよ白鷹! 私は逃げない!!」
「いや、逃げろ!! 奴は……お前には多分興味は無いはずだ!!」
私は翼の方を見る。翼は頷くと笛を取り出した。
「白鷹殿、これは決闘ではありません。俺たちが手出ししようと、もう構わないはずです」
翼は笛を吹き始める。笛から、光の経文が発生して武者に襲いかかった。
だが武者は、それも太刀のひと振りで払い除ける。武者がゆっくりとこちらに顔を向けたように見えた。
「く……くそ……。全く攻撃が通用しやがらないぜ!!」
白鷹は次々と剣撃を弾かれながら言った。
「白鷹丸……お前……まさか……」
その様子を見ながら虎熊童子が気がついたように言う。
「なんだ!?」
「連続変身は……出来ないのか……?」
「悪かったな! 次ふたたびアシュラになるには、せめてあと三刻ほど必要なんだよ!!」
えぇ、何それ……先に言ってよ……。てか、それなら素直に逃げようよ……。
虎熊童子も同じ事を思ったようである。爪に電撃を帯びさせながら前に進み出た。
「ならばいよいよ俺様が本気を出さなくてはならなくなったようだな!! 白鷹丸、お前はふたりを連れて逃げろ!!」
「し、しかし!」
「安心しな。俺様はもう何度もこの黒武者とは立ち会っている。倒すことは出来ずとも、ある程度の立ち回り方は心得ているつもりだ!!」
「わ、分かった! 行くぞ、アスハ、翼!!」
白鷹は私たちの方に来ると、逃げるように促した。
「よし、喰らえ!! グレートサンダーハリケェェェェェェェェェェェェェェェン!!!」
虎熊童子は自身の前に雷の壁を発生させた。雷の壁は黒い武者の方に迫る。
あれ程の攻撃なら、それなりには武者を弱体化出来そうだ。私は白鷹に従うとその場を後にした。
目指すはひとまず白波神社だ。私たちは神社から河川敷に向かった時に辿ったルートを戻ったが、途中の公園の前で、私ははたと気がついて立ち止まった。
「どうした?」
「いや、この公園を抜けてった方が、近道かな……と思って」
ただ、公園には電灯が殆ど無い。夜歩くのはちょっと怖かった。
「他の所より暗いので、危険はありましょうが……武者に出くわすよりはマシでしょう……。アスハ殿、白鷹殿」
翼は公園に足を踏み入れる。私と白鷹も彼に従った。
だが、暫くして私たちの背後からあの、鎧がぶつかり合う音が聞こえてきた。武者が、確実に追ってきているのだ。
「振り向くな! 走れ!!」
白鷹はそう叫んで、私の手を取った。
「白鷹、ちょ、手……」
「なんだ! 悪いか?」
「いや、そういう訳じゃあないけど……」
「ふたり共、前をよく見てください!!」
「んえ?」
「え?」
翼の忠告は一歩遅かった。私たちの目の前、ちょうど公園の森を抜けた先にはベンチがトラップの如く待ち構えていたのだ。私たちはベンチの上を転げ落ちる。ベンチの近くには電灯が灯っており、周囲より明るくなっている。
森の中から武者が姿を現した。だが、武者はその場で立ち止まり、攻撃をしてこない。
「どうしたので……しょうか……?」
翼が呟く。
武者は私たちの周囲を馬に乗ったまま見下ろすように歩く。やはり、その顔は陰になっていてよく見えなかった。
「攻撃してこないんなら、こっちから行くぜ!」
白鷹は白波の太刀に手をかけようとするが、私はそれを止めた。武者が攻撃してこない理由が……何かあるはずだ。
「なんで攻撃してこないのか……多分何か理由があるはず……。それに、彼がここに居るという事は、虎熊童子は、もう……」
私の心に最悪の想像が過ぎる。虎熊童子のあの電撃をもっても倒せなかったということは、アシュラに変身できない白鷹にも、かなり難しい相手だ。
「いや、待て、だが虎熊童子がこの時代にずっと居たのならば、こいつに対抗出来る策が何かしらあった事は事実だ。そうでなきゃあ、今の今まで生き延びられていた説明がつかない」
「それって……」
その時、翼がハッとしたように言った。
「そうだ! ふたり共、どうして黒武者が攻撃してこないのかが解りました!!」
「どうしてだっていうんだ!?」
白鷹の問いに、翼は笛で電灯を指し示す。
「黒武者の攻撃を防ぐのは、この世界には割とどこにでもある単純な事ではなくてはいけません。そうでなく何かもっと複雑な事であれば、そう何度も彼の攻撃をしのげる事は出来ないでしょう。そして、彼が俺たちを攻撃してこないという疑問への答えも、これならば説明がつく……」
「そっか! 鎧武者は電灯の灯りが苦手なんだ!!」
私は納得した。だから、電灯の灯りによって照らされているベンチの周りには足を踏み入れる事が出来ないのだ。さらに言えば、今の今まで顔がはっきりと見ることが出来ないのも、武者が明るい場所を避けて移動しているからなのであろう。
「だ、だがどうする……。まさか朝になる迄ここで待つって訳にも行かないだろう? 夜が明けるまで、あとどれ程あると思ってるんだ?」
「そ、それはそうだけど……ほら、そのうちに白鷹も変身できるようになるんじゃあない?」
「やれやれ、人任せかよ。まぁアシュラに変身出来れば、一時的にでもこいつを足止めする事くらいは出来るかもしれねぇが……」
だがそこで、鎧武者は何か思い立ったように自身の太刀を振るった。太刀の黒炎は電灯を飲み込み、そして破壊する。
「な……ッ!」
「嘘……!?」
「しまっ……!」
三人は、咄嗟的にその場に寄り集まった。鎧武者はこちらをしっかりと見据えると太刀を振りかぶった。
「なんてこった。頭を使いやがって……」
その時、私たちに救世主が現れる。私たちの背後から、轟くような音が聞こえたかと思うと、光が刺してきた。
「あれは……!」
私たちは振り返った。それは、黒い大きなバイクだった。
「鉄の馬……!?」
「いいえ、あれは……!!」
バイクに跨っていたのは、虎熊童子だった。虎熊童子はエンジンをふかしながらこちらに突進してくる。
「待たせたなマイフレンド!! そしてその場所に居たという事は、見破ったな! そいつの弱点を!!」
バイクのライトが、一瞬、鎧武者に刺した。途端、鎧武者は踵を返して夜の公園の闇の中に去っていった。
虎熊童子はバイクを私たちの隣に停車させる。バイクの方も、黒武者に負けないくらいの艶やかな黒と重厚感だ。
「助かったぜ虎熊童子。ありがとな」
白鷹は感謝の意を伝えた。
「なぁに、俺様とて遅くなって悪かった。家までは……ついてってやるぜ。奴も学習能力があるみたいでな、俺様がこの雷龍號らいりゅうごうといる時は襲ってこない」
しかしそこで、近くの茂みがガサガサと動いた。私たちはハッとして、白鷹は白波の柄に手をかける。
「誰だッ!?」
だが、茂みから出てきたのは見知った顔だった。
「だ、誰だって……どうしたんですか? 皆さんそんな怖い顔をしてしまわれて……わたくしですよ、わたくし」
それは、小町だった。昼間の着物姿ではなく、ゆったりとした白いブラウスに黒の吊りスカートという現代的なスタイルだ。
「なんだ……小町ちゃんか……。どうしたの?」
私はホッと胸をなでおろしながら尋ねる。
「どうしたの? ではありません! わたくしは……もしかしたら罠かもしれないと言い出した剣様に従ってここまでやって来たのですよ……。そしたら、剣様ともはぐれてしまうし、日は落ちてだんだん暗くなって来ますし……おまけに道は分かりませんし……」
小町は段々と涙声になってくる。
「そ、それは……心配をかけたな」
白鷹は済まなそうに言った。
「で、でも今度は剣様が心配です。あの方はそんな何処かへふらりと居なくなってしまうような方ではないと思いますし……」
その時、今度は私たちを挟んで小町とは逆方向から声が聞こえた。
「何を言っているんだい。僕はここにいるよ」
剣だった。剣は小町の方に歩み寄る。
「だいたい、ずっと一緒に来ただろう?」
「そ、そんなはずは無いです……! た、確か一刻程前にはぐれて……」
「一刻……そういえばいつの間に日が暮れたんだろうか。……まぁ、僕の勘違いってこともあるだろうし、謝るよ。……それよりも、こっちの方は?」
剣は虎熊童子の方を見て尋ねた。
「俺様は虎熊童子……。まぁ見ての通りの元酒呑童子四天王だ」
「そうか……。つまり未来羽達は、目的の人物に会えたって事だね」
流石剣だ。理解が早い。
「あぁ、そうだ。僕は沢城剣、それからこっちの女の子は藤原小町。よろしくね」
剣と虎熊童子は握手を交し、小町は虎熊童子の方を見て軽く会釈をした。どちらとも育ちの良さが伺える。
「やれやれ、こんだけ大人数がいれば流石の黒武者さんも襲ってこないだろうな。俺様は帰るとするか」
虎熊童子はバイクを反転させると、そのままエンジンを吹かして帰っていった。私は、その場にいるみんなの顔を見回してから、別れの挨拶をする。
「じゃ、私も帰るね。みんなは……白波神社に泊まるみたいだし……」
「あぁ、ちょっと待って、未来羽」
「沢城くん?」
「途中まで……僕も一緒に行っていいかな。今回は、心配とかじゃあなくて、話したい事が……あってね」
はっ、話したい事!? それはもしや……!!
「いっ、いいよ!?」
声が裏返りかけた気がしたが、気にしないでおこう。
白鷹達と別れた私と剣は、昨日のようにふたりきりで夜道を歩いていた。多分、今夜は邪魔が入る心配もないだろう。タイガーベアーズとの戦いも一応は決着がついたしね。
「ねぇ、沢城くん、話って……」
「あぁいや、別にどうということは無い話なんだ。それに、もしかしたら信じて貰えないかもしれない」
「大丈夫、私だって……自分自身がもう何回も信じられないような事に遭遇してるし、多少の事じゃあ驚かないよ」
「ありがとう。実は僕……時々、記憶がプッツリと途切れることがあるんだ」
「記憶が……途切れる?」
「そう、今日だってそうだった。小町には、本当に申し訳ないと思うけど……多分、僕はまた記憶が途切れた。確かに彼女と出掛けた所までは記憶にあるんだけど、その後、気がついたらあの時間にあの公園に立っていたんだ。それだけじゃあなくて……」
と、剣は自分のポケットを漁ってひとつのペンダントを取り出す。小さな刀……いや、両刃式なので剣の形をしたペンダントだった。
「記憶が無くなって、覚めてみると必ずこのペンダントを持っている。こんなもの、持ち歩きたくないから……なるべく家に置いておくようにしているはずなのにね」
「じゃあそのペンダント……捨ててみたら?」
私は慎重に提案した。
「残念だけどそれはもう実践済みだよ。でもペンダントは気がついたら僕の元に戻ってきていた。それにこれは……亡くなった母の形見なんだ。僕の母親は瑞穂を産んで暫くしてから亡くなってね。その遺品の中からこのペンダントが見つかった。失われた白波神社の御神体にそっくりだということで、息子で……跡取りになるはずの僕にこれが受け継がれてね」
「待って、白波神社の御神体って?」
私は新しく出てきたワードについて訊く。
「白波神社の御神体は剣なんだ。だから……僕の名前もそれに由来している。でも、今から50年以上も前、この街が戦争で空襲に遭った時に、失われてしまってね。で、母が持っていたこのペンダントが、記録に残っているその御神体にそっくりだと……」
「そう……だったんだ……」
「こんな話、してもどうにもならないのにね。でも、未来羽はふたつの時代に縁を結ばれた、特別な人だし、それに……もしかしたら、将来的には未来羽の運命に関わってくるかもしれないからね。……ほら、こういう出来事って早々起こるもんじゃあないだろ? だから、何かしらの繋がりがないとも言いきれない」
「その、ペンダントって、私が預かる事は出来ないかな……?」
私は訊いた。もし、このペンダントのせいで、剣の身に何か起こるのならば、それは……。
だが、剣は首を横に振る。
「いいや、そんな事で……未来羽の身を危険に晒すことは出来ないよ」
「でも……」
「大丈夫、別に時々記憶が消えるだけで、特に目立った異常は今の所無いからさ」
この事は……白鷹達にも伝えるべきだろうか……。いや、でも……。と、私は思う。もし、伝えた事により事態が大事に発展したら……それに、平安時代や、大嶽丸や、それに神器等とこの事は、関係が無いかもしれない。もう少し、様子を見ておく事にしよう。
翌日、私はなるべく動きやすい服装に着替えると、荷物をリュックサックに詰め込んだ。必要なのは……現代の食料と、それに、着替えと、それから、それから……。出掛ける時には、リュックはパンパンに膨れ上がっていた。私はそれをやっとの事で背負うと、白波神社に向かう。
今日は、私たちが再び平安時代へと旅立つ日だ。前回の旅は偶発的なものだった為、準備は不充分だったが、今回はしっかりと準備をして向かいたい。
だが、いざ神社に着いてみると、白鷹が真っ先に言ってきた。
「アスハ、お前……そんな大量の荷物、どうするつもりだ?」
「ど、どうするって……必要になるかもしれないでしょ?」
私は言い返す。
「だーが邪魔になるだろ? 大体剣の話じゃあこれから俺たちは鈴鹿山に向かうのがいいって……」
「むぅ……」
私は頬を膨らます。だが、そこで久々に人間態の姿を見せていた式神の木霊こだまが言う。
「いえ、問題ありませんよ。我々の手にかかれば」
そして木霊が私のリュックに手を当てると、煙が弾け、リュックは消えた。何、マジックか何か!?
「必要な時は私どもに言ってください。いつでもお出しします」
閃光が言う。
「だってよ。良かったな」
白鷹がやっぱり上からな口調で言った。
私は改めて周囲を見る。白波神社の岩の周囲には、私と白鷹、式神たち、そして小町と翼の姿があった。小町と翼も、元の時代に帰るというので馴染みの着物姿になっている。さらに、私たちを見送りに来ているのは、剣、さくら、そして何故か虎熊童子も居た。
「お前……本当にこの時代に残るんだな」
白鷹が言う。
「言っただろ? 俺様はあっちよりもこっちの時代の方が性に合ってるってな。まぁだが、協力が欲しい時はいつでも言いな。力にはなってやる」
「皆様、お世話になりました。またお会いになる時は、もっとこの時代の事について教えてくださいね?」
小町がここでも丁寧に頭を下げる。
「もちろん! 着せ替え人……じゃなかった。翼が居なくなるのは寂しいけど」
んん? さくらよ、今、着せ替え人形と言いかけなかったか?
「剣殿、さくら殿、それに虎熊殿……。この時代の風習には未だ慣れませんが、またお会いした時はまたよろしくお願いします」
そんな事を言っているとまた変な物を着せられてしまうぞ。ほら、さくらは目を輝かせている。
「未来羽……」
剣に声をかけられたので、私は姿勢を正した。
「行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます!」
私は答えると、岩にブレスレットを当てた。岩は金色に光り輝く。白鷹、翼、小町、そして式神のふたりは岩に触れた。私たちは金色の光に包まれ。気がつくとそこはもう平安時代だった。白波神社は無くなっている。前回訪れた時と違って、時間帯は昼間だ。
「向こうの時代に行った時も思いましたが……一瞬なんですね」
と、翼が言う。
「ですが、わたくしたちが旅立ってから、どれ程の月日が経ったのでしょうか……。確か、アスハ様の話によれば、向こうとこちらでは時間の流れが違っているのですよね?」
「うん、私だってまだ二回くらいしかこの岩戸を使った事がないからなんとも言えないけど……少なくとも前の時はそうだった。こっちで数日だと思ったら向こうでは一時間くらいしか過ぎてなかったし……」
「とりもあえずもそういう事は那須乃様の屋敷に行けば分かる事だぜ」
白鷹の言葉に一同は頷いた。そう、それに今後の作戦を立てるにあたっても、那須乃の意見を聞いた方がいいだろう。
私たちが那須乃の屋敷に戻ると、直ぐにどれ程の時間が経っていたのか判明した。どうやら14日程は過ぎていたようだ。現代では三日くらいしか過ごしていないのに……。
「成程……鈴鹿山ですか……」
私たちの報告を聞いた那須乃は考え込むように言う。その姿はやはり、御簾の向こうにいて見ることは出来ない。
「向こうの時代にいる剣という者は、なかなかのこちらの事情にも深いようですね」
「と、言いますと?」
白鷹は聞き返す。
「確かに、大嶽丸が復活するというのであれば、鈴鹿山の存在は無視出来ないでしょう。何故ならかの山には、大嶽丸を知る者が居るからです」
「大嶽丸を知る者……。でも、大嶽丸って確か、この時代からでも二百年くらいは昔の鬼ですよね?」
私は尋ねた。
「その通りです。ですが、その者は人間ではありません」
「鬼……妖の類ですか……」
翼が訊く。
「はい、大嶽丸は……これ迄にここ日ノ本で誕生した鬼としては間違いなく最も強大な妖力を有した鬼と言えるでしょう。ですが、そんなにも強大な妖力は己の身体だけで支えきることは不可能だった……。そこで、自身の妖力を三明の剣に分散させたのです。その事が、彼の唯一の弱点ともなった……」
那須乃は、自分が産まれる遥か前の出来事を、まるで思い出すかのように語った。否、もしかしたら当時の様子を何かの術で覗き見ているのかもしれない。彼女の術は未知数だ。
「大嶽丸の討伐に向かった坂上田村麻呂公は、真っ向勝負ではとても敵わない事を悟りました。そこで……大嶽丸の住んでいた地、鈴鹿山に同じく住んでいたさる鬼女に頼みました。その鬼女に思いを寄せていた大嶽丸は……まんまと騙され、三明の剣のうちの二本を彼女に奪われたのです。そして弱体化した大嶽丸を……田村麻呂公は漸く倒すことが出来ました」
「その鬼女が……まだ鈴鹿山に住んでいるというのですね?」
白鷹が訊く。
「はい。ですが……白鷹丸……貴方には……」
「なんでしょうか」
「いいえ、なんでもありません。善は急げです。鈴鹿山に向かうといいでしょう。もし、熊童子が本気で大嶽丸の復活を狙っているのならば……恐らくは三明の剣のうちの残り2本を狙って彼もまた鈴鹿山に現れることでしょう」
「で、では直ぐに出発しなくてはいけませんね!」
「小町さん、ですが支度も必要ですよ?」
あぁ、それは……。と、私は式神ふたりの方に目をやった。
「那須乃様、それならば向こうの時代で済ませて参りました。我々は直ぐにでも出発出来ます」
木霊が言う。
「そうですか……。では、貴方たちに改めて任を命じます。所は鈴鹿山……そして会うべき相手は……」
と、ここで那須乃は一旦言葉を切った。
「鈴鹿山の鬼女。その名は、鈴鹿御前です!」
鈴鹿御前、楽しみですねぇ。次回の更新日は6月3日です。