第7話 参上! 虎熊童子
小説とは関係ないけどシン・ウルトラマンを見てきました。文字通りの意味で開始コンマ1秒くらいから面白かった……。
翼や小町が泊まっている白波神社の宿泊所には、食事をするためのやや広い部屋がある。そこには、誰が置いたのかテレビゲームも備え付けられていた。畳の上に座り込んでコントローラーを握りしめているのは、小町と、剣の妹である瑞穂だ。小町は現代風の、薄紫色のゆったりとしたワンピースを身にまとっている。
「そうそう、小町姉ちゃん、敵を倒すの段々上手くなってきたじゃん!!」
ややボーイッシュ気味の中学1年生、沢城瑞穂は言う。
「そ、そうですか? 少しはコツが分かってきた気はしますが……」
完全に現代に馴染んでいるぞ、この平安貴族。部屋にはふたりの姿しかない。
「な、何やってるの……?」
私はふたりにそっと尋ねた。
ふたりは振り返る。
「瑞穂様にげえむという遊戯を教わっていたのです。アスハ様の時代では、これが教養なんですよね?」
う、うーん、ツッコミを入れるべきなのか……? というか、剣はどこに行ったのだろう。そんなことを考えていると、部屋に新たな人物が入ってきた。
「お待たせしました。瑞穂殿に教わったけえきという代物に御座います。初めてなので上手く出来たかどうかは分かりませんが……」
翼だ。まぁそれはいいとする。いいとするが……問題は、その服装だ。……何故、メイド服を着ているのだ……? 微妙に似合っているし。
「そ、それと瑞穂殿、この服装……本当に料理を作る時の正装なのですか……? 何やらアスハ殿の視線がイタいような……」
「あぁ、気にしない気にしない! そんなことより小町姉ちゃんも未来羽あすは姉ちゃんも、一緒にケーキ食べようか!」
軽く流したが犯人は貴方でしたか……。小町と瑞穂は一旦ゲームを離れて卓に着いた。皆の前にケーキが並べていく。
「あぁ、そうだ。現代の常識として、配膳した者が唱える台詞があるんだけど……美味しくなー……」
「さっ、食べようか!」
瑞穂が言い終わる前に私は言ってフォークを手に取った。
「美味しくな……なんですか?」
「ほら、気にしない気にしない! 翼くんも食べよう?」
「で、では、お言葉に甘えて……」
その時、剣が帰ってきた。空手の道着を身につけている所から見て、道場帰りなのだろう。
「あっ、沢城くん。お疲れ様」
私は声をかけた。
「やぁ、未来羽。みんなで集まって……パーティか何かかい?」
剣は翼のメイド服を横目に言う。
気になるよね、やっぱり気になるよね。私も気になるもん。
「お兄ちゃん、私が色々とお客さん達に現代の作法を教えていて……」
「そうだったんだね……。で、僕の分のケーキは?」
「未来羽姉ちゃん用に代用しちゃったからないよ」
瑞穂は冷たく言う。
「えっ……」
あぁ、私はなんという罪深き女なのだ。神よ、どうかこの罪を洗い清め給え……。
「そっか、残念だったけど……でも、僕もお腹がすいていた訳じゃあないし、別にいいよ。……それよりも未来羽、ここに来たということは何か用事でも? ふたりの顔を見に来た……ってだけじゃあなさそうな顔をしているけど……」
あぁ、剣、貴方はなんとお優しいお方なのでしょう。おまけに私の全てをお見通しだなんて……。
「そう、そう、そうなの! 白鷹の奴……勝手にさくらの病院を抜け出して、挙句の果てにヤンキー達を従えて……それで面倒事を色々と……」
私は、さっきまでの事情を話した。
「でも、白鷹は……別に悪気があってした事じゃあないと思うな」
「それは私も思うけど……でも……」
と、私は小町と翼を見る。このふたりはちょっとズレたことをしているけど一応大人しくはしている。でも白鷹は……。
「未来羽、確かにその人がどんな行動をするかは大事だと思うよ。だけど……本当に、もっとずっと大事なのは、その中身だと思うんだ。その人が、どんな心を持って行動を起こしているか……というね」
「どんな……心……?」
「そう、その事は……君自身がいちばん分かってるんじゃあないかな」
「ありがとう、沢城くん……」
それから私たちは、剣も加えた五人でゲームやら何やらをしながら過ごした。余談だが、小町の現代知識の吸収力、特に娯楽関係の吸収力は恐るべきものだった。みるみるうちにテレビゲームの腕はその場にいる誰よりも上達し、格闘ゲーム等では、誰ひとりとして小町に勝てなくなってしまった。
「こうして箱の中でのわたくしの分身が好き放題に、それも本当の私よりも軽やかに動き回れるのは……楽しいものですね」
小町は言う。
日は既に落ちていた。そろそろ帰る時間かな……。家に誰もいない私は、基本的にいつ帰ってもいいのだが、あまりここに長居する訳にはいかないだろう。あんまりずっといると、剣だって迷惑だろうし。
「じゃあ、私、そろそろ帰るね……」
私は立ち上がると、挨拶を済ませて部屋を出ていった。
だが、そんな私を剣が呼び止める。
「ひとりで……帰るつもりかい?」
「うん。だって、他のみんなはここに泊まるでしょ?」
「それはそうなんだけど……でも、もう外は暗い。ひとりじゃあ危ないよ」
それから剣は続ける。
「ほ、ほら、タイガーベアーズとかいうヤンキーが……白鷹の事を狙っているんだろう? そして君自身もそのメンバーに姿を見られている。何をされるか分かったもんじゃあないからね」
「そう、ありがとう……」
そ、それって……。剣と一緒に帰るってこと……!? ふたりっきりで!? 嬉しさで卒倒しそうだ。
「だ、大丈夫かい? なんか……急に顔色が……」
「な、な、なんでもないよ! さぁ帰ろー!」
私は手を振り上げると玄関に向けて歩き始めた。多分、動きはかなりぎこちなかったと思う。
外は成程、だいぶ暗くなっていた。神社の境内から見ると、いくつかの星が輝いているのが見えたが、所詮は都会の夜空、大したことは無い。夜空の綺麗さに関しては、平安時代の方が上のようだ。
私たちは、神社の石段を降りていく。平安時代よりはだいぶ明るい夜だとはいえ、流石に足元は暗かった。
「足元……気をつけてね」
剣は声をかけてくる。
「うん……」
私はそう答えたが、内心上の空だった。なにか、このまま天にでも昇っていけそうな心地がした。なにせ私は今、あの剣とふたりっきりなのである。大事なことなので何回だって言ってやる。
だが、別の事を考えていたので、案の定私は足を踏み外しかけた。しかしすぐさま、私の腕を何かが掴んだ。剣だった。
「ほら、言ったじゃあないか。気をつけてって」
「ありがとう……」
もう私の頭の中は真っ白だった。だって、剣に……剣に……。
どうやら気がついたら階段を降りきっていたようだ。剣の手が私から離れる。
「夜の闇は……平安時代の方が上だっただろうね」
剣は話題を切り出した。
「う、うん。そうだった……それに……星も綺麗だった」
「ずっと考えていたんだ」
と、剣は言う。
「何を……?」
「どうして……君が行った平安時代では……鬼や妖が当たり前に存在していたのに、僕たちの時代では、それらは都市伝説という曖昧模糊な存在に押し込められているのだろうって……。でも、その理由が今分かったよ」
それから剣は夜空を見上げた。そこに輝いているのは、金星だろうか、それとも、火星? 私は、星にはあまり詳しくない。
「彼らは……闇を人間から奪われたんだ。自分達の住処とも言うべき、闇と……そしてこの星が本来持っていたその中の光を……ね」
「でも、人間が進歩して、自分達の危険から遠ざかるのは……いい事でしょ? 誰も、危ない、いつ死ぬとも分からない環境には居たくはない」
「本当にそうだろうか……と、僕は思うよ」
「え?」
「未来羽だって、そうだったように……。闇が……もっとずっと身近にあって、時の流れが自然のままに流れている方が……僕たちが忘れていた本当に大切な何かを思い出させてくれると思うんだ」
「それは……?」
「それ以上は僕にも分からないよ。でも、もしかしたら最近話題の予言者さんは、こう言いたかったのかな……と思ってね。本当に人間を滅ぼすのは、空から降ってくる何かでも何でもない。人の心が……僕たち自身を滅ぼすのだ。って……。そしてそれは、文明が発達しすぎたこの世紀末に……もう、手遅れになるのかもしれない」
「そうだとしても……」
と、私は答えた。
「もしそうなのだとしても、私は信じたいよ。みんながいつか、大切なものに気がつく日が来るって……。そしてそれに、遅すぎるなんてことは決してないって……」
「未来羽……君は……優しいな」
剣はそう答えたが、突然立ち止まった。
「どうしたの……?」
「やっぱり……お出ましのようだね」
前方の電柱や塀の陰から数名のヤンキー達が出てきた。私はすぐに察する。タイガーベアーズのメンバーだ……と。
「お前が……白鷹とかいう奴が侍らせている女だな……」
「は……」
「侍らせているなんて人聞きが悪いね。未来羽は……自分の意思でしっかりと立てる人だよ」
言い返しかけた私よりも先に、剣が先に出た。
「沢城くん……?」
「大丈夫、万事僕に任せて」
剣は私に小声で言ってウインクをした。
「な、なんだテメェは……」
「なんだって……僕はただの未来羽の友人だよ。でも、未来羽をこんな夜に呼び出して、何をしようとしているのか、友人としては尋ねておかなくちゃあならない」
「問答無用! やっちまえ!!」
ヤンキー達が飛びかかってくる。しかし、剣はその攻撃を次々とかわすと、彼らの急所に突きを喰らわせて気を失わせていった。
「く、くそぅ……白鷹の周りにいる奴は全員化け物かよ……」
最後に残ったヤンキーのひとりが言った。
「聞かせて貰えないかい? 未来羽を狙って何をするつもりだった?」
剣は問う。
「何をするって大したことはねぇ……ただ単に人質にして……」
うーん、デジャブ。向こうの時代でも似たような展開を見たぞ。
「やれやれ、そんな所だろうと思ったよ。ところで……白鷹が未来羽の為に護衛を人知れず着けたとの話だったけど、彼らはどうしたんだい?」
そうだ。そういえばそのはずだった。もしそんな奴らいなかったとかいう話ならば、後で白鷹をとっちめてやる。
「あぁ、あいつらか……あんな雑魚ども、俺たちの手にかかりゃあちょちょいのちょいよ!」
意外と弱いのかな、あのヤンキーさん達は。それに今日一日ずっと踏んだり蹴ったり過ぎて流石に可哀想にも感じられてくる。
「そうか……それなら僕からも言わせてもらうけど、未来羽にはもう二度と手を出すな。そう、君達のリーダーには伝えておいて欲しい」
「はっ、いいだろう。だがな……俺たちの番長をそこいらにいる普通の輩と同じと思わない方がいい。後で恐ろしい報復が待っていやがるぜ」
そう言ってヤンキーは私たちに背を向ける。だがその時、彼の後頭部に、どこからともなく飛んできた刀の鞘のような物体が直撃する。
「ぐぼぁっ!」
「待たせたな! この白波が今宵も唸る! 悪を滅せと月光散らす!! 白鷹丸、護衛衆の報告に応じて参上したぜ!!」
見ると、近くの家の屋根の上に、月光を背に受けて白鷹が立っていた。肩には白波の太刀を担いでいる。
うん、ちゃんとあんたの配下のヤンキー達が仕事をしてくれたのは嬉しいよ。でもね……。
「遅い! もう大半の相手は沢城くんが倒しちゃったんだけど!?」
「じゃあ最後のトリは俺がやるってこったな!!」
白鷹はそう言って私たちのそばに着地をする。
「そういう問題じゃあないと思うんだけど……」
「お前ら、名前は何ていうんだ?」
白鷹は白波の太刀の切っ先をヤンキー達に向けて問うた。
気絶から覚めてきていた者達を含めた3人は答える。
「山田です」
「坂本です」
「田中です……」
うん、普通の名前。多分これが小説かなんかだったらモブキャラなんだろうな。
「じゃあお前らに言伝を頼みたい。首領と決闘がしたいってな」
「け、決闘!?」
山田が聞き返す。
「そう、決闘だぜ。もしお前らの首領が負ければ、金輪際アスハには手を出すな。もしこの俺が負ければ……なんでもてめぇの好きな物を要求するがいいってな」
すると、山田、坂本、田中の三人はニヤリと笑った。どうやらだいぶ自信があるようだ。
「いいだろう。ただし後悔するなよ? 何度も言うが、俺たちの番長は普通の奴じゃあねぇ」
三人は捨て台詞を吐き、去っていく。白鷹はそれを見届けると鞘を拾い上げて白波の太刀を収める。
「白鷹、正気? また面倒事を起こすつもり?」
「いや、白鷹の行動は、実に合理的なことかもしれないよ」
と、剣が白鷹に助け舟を出した。
「どういう事?」
「あぁやって決着をつける約束を取り決めてしまえば、これから先うだうだと争い事を長続きさせられなくなるからね。それに、もし向こうが約束を破ってきても、こっちには大義名分という物が出来る。まぁ勝てればの話なんだけど……」
「あいつらは妙に自信満々みてぇだが、こっちには白波の太刀があるし、何しろ多分おそらく、向こうの首領は人間だ。負けるはずがねぇ」
白鷹は言った。
「ところで白鷹は……今、何処に泊まっているんだい?」
と、剣が尋ねた。
「え? いや……それが……」
白鷹は口ごもる。
「確かに、怪我が治っちゃったんだもん、さくらの家にいる必要も無いもんね」
私は言う。
「白鷹、良かったら、他のみんなと一緒に、僕の家に泊まっていかないか……と思ってね。だってほら……宿無しは困るだろう?」
「いいのか? 俺は見ての通り暴れ物だぜ」
白鷹はやや自虐気味に言った。
「問題ないよ。だって君は……悪い人じゃあない」
「え?」
「君の……未来羽の為の行動を見てれば……誰だって分かるさ。まぁ尤も、本人達がいちばん気づいていないだろうけど」
「沢城くん、それってどういう……?」
「そのうち、未来羽自身にも分かるようになるさ」
私は訊くが、それに対して剣は首を横に振った。
「……という訳で、まずは未来羽を家にまで送り届けないとね。あんな約束をしたとはいえ、まだまだ危険は完全に取り拭われた訳じゃあ無いだろうからさ」
こうして、私は、白鷹と剣のふたりと共に自分の家への帰路に着くことになった。剣とふたりの時間が終わってしまったのは寂しいけど……でも、ひとりぼっちで帰るよりは……遥かに良かった。と思う。
次の日は、土曜日、学校は休みの日だった。しかしその日が全くの暇であるかというと、そんなことは無かった。ゴールデンウィークに行われる白波神社の祭りに向けての準備に参加しなくてはならないのだ。待ち合わせ時間は午前10時、場所はいつもの……白波神社の境内だ。
私が集合場所へと向かうと、そこには既に、剣、瑞穂、小町、翼、そして白鷹の5人が集まっていた。平安時代勢の三人は、今日はきちんと着物を着ている。
「見てください! この装束を!! わたくしと翼様の為に、さくら様がわざわざ作ってくださったのですよ!!」
小町は薄桃色の着物を見せびらかしながら報告した。
「そうだったんだ。ところで……当のご本人は?」
「さくら殿なら、今は……何かまた新しい衣装を作るとかなんとかと言って……」
翼が答える。
新しい衣装……なんだろうか。そして、誰のものだろうか。
「それじゃあみんな、今日はテント設営を……」
剣が指示を出そうとして言葉を切った。
「……と、言いたいところだけど、どうやら来客が来たみたいだね」
見ると、四人ほどのヤンキーの1団が神社に入ってきたところだった。彼らはキョロキョロと辺りを見回して、こちらを見つけると、真っ直ぐに向かってきた。
「お前が……白鷹だな!」
ヤンキーの中のひとりが言う。
「あぁ、そうだが、お前は?」
「佐藤だ!」
なんでこうみんながみんなその辺に居そうな苗字をしているの? こいつら全員で苗字ランキングの上位は独占出来そうだ。
「たいがなんちゃらの一派か?」
「察しがいいな。その通りだ。今回は俺たちの番長から決闘の時と場所を知らせに来た。時間は今日の午後五時、場所は……細田橋ほそだばしの下の河川敷に来てもらう」
「受けて立つぜ……」
「はっ、逃げないようにな。もし逃げたら……問答無用でお前の負けだ」
佐藤はそうとだけ伝えてその場を去っていった。
「ところで……ゴゴゴ時っていつの事だ?」
「うーん、酉の刻になったくらいの時間かな……」
白鷹の問いに剣が答えた。
その日の準備は、割とスムーズに進んだ。白波神社の近所に住んでいる人達の活躍もあり、昼過ぎには当初予定されていた分が完了したのだ。
「いやぁ、助かるねぇ、貴方たちのような若いもんが手伝ってくれて……」
と、恐らくは近隣住民であろうお婆さんが声をかけてきた。
「いえいえ、こちらこそ色々と学ばせてもらっております」
小町が優雅に頭を下げる。
「そちらのお嬢さんは随分と育ちがいいようで」
「いえいえ、そんなことは御座いませんよ……」
私は、小町とお婆さんの話を横で聞いていたが、やがて、さくらの姿を見つけた。さくらは、何かの包みを抱えてキョロキョロしていたが、やがて、翼を見つけると、半ば強引に宿泊所の建物に連行していった。何が始まるのだろうか……。しかし、仕事の進みが早く、本来ならば後日に予定されていたことも前倒しになったため、忙しさに追われて私は暫くその事を忘れてしまっていた。
やがて、時間は四時半を過ぎる。
「白鷹、そろそろ行った方がいいんじゃあない?」
私はヤグラの組み立てに参加していた白鷹に声をかける。
「んあ? もうそんな時間か……。分かった、直ぐに終わらせてくるぜ」
白鷹は言う。
「ちょっと待って、ひとりで行くつもり?」
私は尋ねた。
「当たり前だろ? 決闘なんだから……」
「私も行く」
「はぁ!?」
「……別にいいでしょ? 応援くらいさせて貰っても。その方が力になるよ?」
「分かった。だが余計な事はするんじゃあねぇぞ」
「分かってる」
なんでこんなにいつも上からなんだろうか、と私は内心文句を言いながらも頷いた。
だが、そんな私たちを呼び止める者がいた。
「ちょっと待って!」
それはさくらだった。そしてさくらの隣には……って、んん!?
さくらの隣には翼がいた。それはいいのだが……今度は黒いゴスロリ風ファッションを着て……訂正、着せられている。
「あ、あの……俺……どうしてこんな格好を……」
「外出する時の礼儀だよ。特に決闘の応援に行く時のね」
さくらは虚偽の説明をした。
さっきからコソコソと行動していたのはこのためだったのか……。他人を着せ替え人形扱いするな。
「……という訳で、翼くんも連れてってあげて?」
「あ、あぁ……分かった。……アスハ、礼儀って事は……お前もあの格好を……」
「しません!」
ボケでもなんでもなく素で言いかけたなこの人。私は即座に拒否をした。
「白鷹殿……アスハ殿……それではよろしくお願い致しま……する」
翼はまだ自分のしている格好が本当にその場に相応しいのかどうか疑問に思っている風だったが、一応頭を下げた。ワインレッドのリボンで纏められたポニーテールが揺れる。失礼かもしれないけど、本当に似合っていた。
呼び出された河川敷には、既にヤンキー達が屯していた。彼らは、白鷹の姿を見かけると金属バットや鉄パイプなんかを持って立ち上がった。
「女ふたり連れとはいい度胸をしているじゃあねぇか……」
ヤンキーは言った。
「あの……俺は男です」
翼がすぐさま訂正する。
「どっちでもいい! 三人まとめて地獄に送ってやるぜ!!」
ヤンキー達はそれぞれに自分の武器を構えた。
「待って! 話が違うんだけど、白鷹は一対一で決闘をするために……」
するとヤンキー達は一斉に笑い始めた。
「ぎゃはははは、誰がそんな話信じるかよ!! これで心置き無くお前を潰せるってこった!! しかも俺たち全員でな!!」
「卑怯者!!」
私は白鷹よりも前に進み出る。そしてヤンキー達を見据えて言った。
「大体恥ずかしくないの……? 大勢でひとり相手に本気出して……。それで……満足出来るの……? それとも……正々堂々勝負しても勝てないからこんな事を……」
「黙ってな嬢ちゃん、お前は後でたっぷり可愛がってやるぜ」
「最低……!」
私はついついヤンキー達に向かっていきそうになるが、そんな私の肩を白鷹が掴んだ。それから白鷹は前に出る。
「お前らの根性がその程度だという事はこれでよぅく分かった。だったら何人でもかかって来やがれ! 俺が相手をするぜ」
白鷹は白波の太刀を抜く。そして、刃と峰の向きを逆にした。
「やっちまえ!!」
ヤンキー達が飛びかかってきた。だが、白鷹は彼らの攻撃をくぐり抜けて、次々と太刀の峰を打ち付けていく。ヤンキー達は時代劇の雑魚敵よろしく次々と河川敷に伸びていった。
「く……くそ……やっぱりこいつ……強いですぜ!!」
まだ攻撃を喰らっていないヤンキー達はひと所に纏まった。数は……残り3人といった所だ。
だがそこで、その場にいる全員に対して橋の上から呼び掛ける者があった。
「お前ら!! 何をやっている!!」
見上げると、太陽の光を背にして、また別のヤンキーと思しき人影がこちらを見下ろしていた。ちょうどシルエットになっており、顔はよく見えない。
「ば、番長!!」
ヤンキー達はその姿を感激と畏れが入り交じった口調で呼ぶ。
「俺様に無断で決闘相手を潰しにかかったそうじゃあないか。……お前らはそれでも我がタイガーベアーズの一員か!!」
「も、申し訳ありません!!」
ヤンキー達は完全に萎縮している。あれがタイガーベアーズの番長の威厳なのか……。
「そして、白鷹とか言うそうだな……。ならば改めての自己紹介は不要だろう。俺様とお前は……一度、対峙したことがあるのだからな!!」
番長は橋の上から飛び降りて白鷹の前に着地する。それは、明らかに人間の姿ではなかった。背格好、そして顔形こそは人間そのものだったが、頭部からは2本の角が、瞳の色は水色をし、髪は銀と黒の縞模様をしている。
「成程……。アスハ……こいつは俺たちがずっと探してきた野郎だぜ」
「え……?」
「彼が虎熊童子……ですか」
翼が納得したように言う。
私は改めて虎熊童子の姿を観察した。服装は着物ではなく黒い革ジャン姿。自分の不良グループに片仮名の名前を付ける点から見ても、かなり現代に馴染んでいるようだ。
「そう……。尤もこの時代じゃあその名前では通用しないが故、熊谷虎太郎くまがいこたろうという名で通っているがな……」
「どっちでもいい! 兎に角お前……俺はお前と話をつける為にこの時代に来たが……その前に一発ぶん殴ってやる必要があるみてぇだな」
「ふん、それはこちらの台詞だ白鷹丸!! 売られた喧嘩は必ず買わねばなるまい!!」
虎熊童子の両手の甲から長さ五十センチ程の爪がそれぞれ3本ずつ飛び出す。虎熊童子はその爪の先を白鷹に向け、構えを取った。
「やる気満々のようだな……。ならば俺からも行かせてもらうぜ!!」
白鷹は白波の太刀を点に突き上げ、詠唱を始めた。白波の太刀は青白い光を放ち始める。
「我が太刀、白波よ。六道がひとつ、修羅の力を我に与え給え!!」
白鷹の身体に炎と共に鎧が装着される。ヤンキー達はその様子を信じられないという顔で見つめた。
「ば、番長も人間離れしてるが……あの白鷹という奴もなかなかだぞ……!!」
「我が名はアシュラ。この白波が、貴様を喰らう!!」
アシュラは台詞を決めると、虎熊童子に斬り掛かった。だが、虎熊童子は両手の爪を交差させて白波の剣撃を防御する。
「エクセレント!! だが俺様はもっとエクセレントだ!!」
いや、エクセレントて……。この人、現代に馴染みすぎでしょ。
虎熊童子は両手の爪で次々とアシュラに突きを入れた。アシュラは連続攻撃に段々と後退を始める。
「どうしたどうした!! お前のパワーはそれ程の物か!!」
だからさっきから外来語を使いすぎだ。余っ程現代という時代が気質に合ってたんだろうなぁ。
「さっきから言葉が意味不明なんだよ!!」
アシュラが反撃の突きを入れる。虎熊童子は後方に飛び退いて攻撃をかわした。
「アスハ殿……加勢すべきでしょうか……」
翼が笛を取り出しかけるが、私はそれを止める。いや、これは飽くまでも決闘だ。私たちが手出しする訳にはいかない。
「サンダァァァァァァァァァァ!!!」
虎熊童子の両爪が電撃を帯び始めた。彼はそのままアシュラに突撃していく。
「くっ……」
アシュラはその電撃攻撃を防御するのが精一杯のようだ。勢いに押されて、少しづつ後退を始めた。
「白鷹!!」
私は叫ぶ。
「アスハ!!」
アシュラと私の目が合った。アシュラはニヤリと笑うと、叫ぶ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! お前に、負ける、訳には、いかないッ!!!」
白波の太刀が段々と虎熊童子の爪を押し返し始めた。否、それだけでは無い。白波の太刀の光が強まり始める。
「決闘の条件、覚えていやがるか? 虎熊とらくま!!」
「もちろん!! 貴様が勝てば俺様はアスハとかいう女子に手を出さない!!」
「そうだ! そして絶対に、手を出させる訳にはいかない!!」
アシュラは白波の太刀を左に払った。そこから青い光の波が発生する。
「修羅道青海破!!」
「ぐあァァァァァァァァァァァ!!!」
虎熊童子はその攻撃を電撃の壁で防御するが、防ぎきれずに、光の波に流された。虎熊童子は後方4メートル程の距離に吹き飛ばされた。
アシュラはその様子を見て変身を解除する。それから白波の太刀を鞘に収めた。
「ね、ねぇ、白鷹……」
私は白鷹に声をかけた。
「どうした?」
「い、いや……虎熊童子と話をつけるんじゃあなかったの……?」
「安心しな……峰打ちだ」
白鷹は当然の如く言ってのけた。
ねぇ、峰打ちってなんだっけ……? 斬撃、出てましたけど……。
虎熊くん、だいぶ気に入りました。次回の更新日は5月27日です。