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平安妖甲伝アシュラ  作者: 龍咲ラムネ
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第5話 我が名は鬼童丸

 酒呑童子の息子、鬼童丸が出てきます。原典だと彼も頼光によって退治されていますが、本作では傷を負いながらも生き延びたという設定です。

 鬼童丸きどうまるは、金童子かねどうじよりも大きな赤鬼だった。毛皮のような衣服を身にまとい、左目には何かに斬られたであろう傷が走っている。

 私は、その鬼の大将がいる部屋に通されていた。部屋は、この時代に珍しく完全に壁に囲まれた部屋で薄暗い。奥の一段高くなった場所に、鬼童丸は座していた。その両脇には、金童子と、もうひとり、細身の青鬼が控えている。


「お前が……白鷹丸はくたかまるの連れていたという女か……」


 と、鬼童丸は盃に入った酒を飲み干してから言った。


「つ、連れていたというか保護してもらってるというか……」


 私は首を捻る。こういう場合、なんて答えるのが正解なのだろうか。


「まぁいい。こうして貴様が持っている神器も手に入れたのだからな」


 普通の人間の二倍くらいの大きさはある鬼童丸がつるぎの携帯を持つと、それは小型サイズの玩具のように見える。鬼童丸はそれを自身の顔の前に掲げた。


「人間道の神器か……。これさえ手に入れば本来お前には用無しだ。浅魔あさま辺りにくれてやってもいいが……生憎今回の場合はそうはいかない。なにしろ白鷹丸も神器持ちなのだからな。あいつが並の心を持っているのならばお前を助けに来るだろう。だから俺はそんな白鷹丸を倒してあいつの神器も奪う……。確か……アスハと言ったな。お前は人質という訳だ……」

「人質なんて、卑怯な……!」


 私は言い返した。


「卑怯? 卑怯なのは貴様ら人間の方だ。我が父、酒呑童子しゅてんどうじ源頼光みなもとのよりみつによってほぼ毒殺に近い形で騙し討ちをされた。そんな奴が貴様らの間では英雄扱い。俺はその時、必ずや奴に復讐すると誓った。奴がやったように、どんな手を使ってでもな……。だが、俺が考えた渾身の一手は奴に見破られ、俺はこうして傷を負った」


 そして鬼童丸は左目の傷跡を指さす。携帯は既に床の上に投げ出されていた。


「それって……自分達が卑怯なことをされたから、他人には何をやってもいいってこと? そんなの……」

「間違っていると言いたいか。あぁその通りだとも。俺は声を大にして言おう。我らは間違っていると。……だがそもそもの話、この世自体が間違っているのだ。政は腐敗する一方、要職は一部の者達が独占し、私欲のために世を動かしている。それは都だろうと遠国であろうと大して変わりはない。そしてそれに耐えられなくなった者たちは中央に反乱を起こすも、所詮は金持ちと貧乏人の戦い。初めは優位だろうと勝敗は目に見えている。そんな奴らを討伐した連中は、凱旋し、英雄として讃えられる……。敗者はそれから、永久に、いつまで経っても敗者のままだ……。斯様に乱れた世の中において、正しき者など何処にあろうか……。否、ありはしない。だから俺は……そんな世を否定するのだ」

「貴方は……神器を六つ手に入れて……何をするつもりなの? そもそも……神器を六つ集めると……何が……」

「具体的なことは何も分からぬ。だが……強大な力が手に入るということは伝わっている。さすれば俺は、その力を持って人間どもの政を根本より破壊し、我ら虐げられてきた者達の世を作るつもりだ。そこには、帝も、摂関家一門も、それに守護や領主だって存在しない。自らのことは自らで決し、皆の総意こそが日ノ本の行く末を決める……。我らはそのような世界を新たに作るのだ」


 それって……近代国家的な理想を持った国を作るってこと? 彼ら鬼達は、自らが最下層、いや、忌むべき存在として虐げられてきたことを背景にして、そんな思想にまで達していたというのか……。


「確かに……」


 と、私は言った。


「確かに……貴方の言うように、みんなが平等に、それに誰の思いも政に反映させられる国は素晴らしいと思う。でも……私は……貴方がどのような方法でそれを成し遂げようとするのかを知りたい。もし、そのせいで、沢山の血が流れるのならば……やっぱり、私は貴方の考えには賛同できない」

「血? それは必要な犠牲だ。支配者共はこれまでも、我らに多くの血を流させてきた。それならば次は、奴らが血を流す番ではないか。我らの手段は皆殺し、支配者共の殲滅だ」

「それは……」


 私は、あまり得意ではなかった歴史の授業を思い出しながら続けた。


「今からだいたい八百年後の西の国で、同じような理想を掲げて立ち上がった人達がいた。でも、彼らは……自分たちの代では理想を成し遂げることが出来なかった……。それは、あまりにも血を流しすぎたから……」

「八百年後?」


 鬼童丸は引っかかったように言い、細身の青鬼と顔を見合せた。

 あ、まずい、しまった。ついつい未来の知識を……。


「貴様……あの幽世かくりよ岩戸いわとからやって来た者か……?」


 あの岩を、鬼達はそう呼んでいるのか。でも、どうしてそんなにすぐ結論が……?


「そう……ですけど、なんでそんなに直ぐにわかったんですか?」

「やはりそうなのか……。ともすればこちらの世にやって来たのは神器の力のため……ということか」


 鬼童丸は図星の結論を次々と出してくる。


「貴方の疑問も最もです。なぜ私たちがそのようなことの真相に辿り着いたのか……。それが分からないのは、当然のことです」


 と、青鬼が説明を始める。


「貴方は不思議に思いませんでしたか? 生き残っている酒呑童子四天王は三人、ですが、ここにいるのは金童子と私、熊童子くまどうじのふたりしかいない。残りのひとり、虎熊童子とらくまどうじはどうしたのか……と」


 確かに、この場には鬼童丸と、私の後ろに控えている浅魔童子あさまどうじを除けばふたりの鬼しかいない。あとひとりは何処かで別のことでもしているのかと気にも止めてもいなかったが……。

熊童子と言うらしい青鬼は続けた。


「我々とて、あの岩には時折、触れたものをどこかへ消してしまう力があることは存じておりました。ですが、ある時、岩の向こう側からやって来た者がいたのです。それは……黒い甲冑を身につけた鎧武者でした」


 え、それって……私たちの街で都市伝説になっているあの黒い鎧武者の事……? まさか彼もこの時代に関わっている人だったなんて……。


「鎧武者は私達に告げました。この幽世の岩戸は我々の時代から凡そ千年ほど先の世に繋がっているということ。そして神器のうちのいくつかは、そちらの世界にあるということ……」

「それが、この人間道の神器だったという訳だ」


 と、鬼童丸が言った。


「ですが、当時の我々はそんなことは露とも知りませんでした。ですので、ある新月の夜に虎熊童子を……岩戸の向こう側、すなわち先の世へと送り込んだのでございます」

「じゃ、じゃあ……虎熊童子は私たちの時代に……」

「そしてアスハ、貴様には残念な事だが……虎熊童子はあまり自重するような性質を持ってはおらん。お前達の世で……何をするか、知ったことではないぞ」


 金童子が忠告をしてきた。


「鬼童丸さん……」


 と、私は言った。


「こんなことを言うのは愚かだと分かっていますが……神器を返してください。私の、元の時代の人達を危険に晒すことは出来ません。それに……虎熊童子だって、多分もう現代にいる必要性は……」

「だから俺に仲間を倒させるのを黙認しろと言うのか」

「それは……」


 私は口ごもる。そうだ、確かにこいつらにとって虎熊童子は仲間のひとりだ。倒されることを黙認する訳にはいかないだろう。


「だが……お前のその気持ちも分からないでは無い。ならばこうしよう。もし、ここに来る白鷹丸がお前を救出することが出来たのならば、神器も同時に返還する。しかし……もしそれが出来なかったら、その時はその時だ」

「分かり……ました」


 私は鬼童丸のその提案を受けた。多分、この鬼は、人質や騙し討ちはしても、嘘はつかないだろう。そう思ったからだ。


「そうと決まれば……だな」


 鬼童丸はやおら立ち上がり、部下の三人に命じた。


「我らはこれより白鷹丸と対峙すべくその到来を待つこととする。アスハよ、ついてくるがいい」


 私は、熊童子によって縄をかけられて、屋敷の表へと連行されていった。日は、だいぶ落ちかかっていた。

 屋敷の表へと辿り着くと、屋敷の全貌がようやく分かった。山の中に造られた、館のようである。外見は、中身同様だいぶ荒れ果てていた。


「ここは大江山にある、かつて酒呑童子の住んでいた館だぜ?」


 浅魔童子あさまどうじが私に耳打ちをする。


「僕たちの愛の巣にはピッタリの建物だろう?」


 そう言って浅魔童子は縄で縛られて身動きの取れない私を抱き寄せてきた。


浅魔あさま、これから戦の場となるに、何をしている」


 鬼童丸が注意をする。


「何をって父さん、将来についての話し合いだよ。そうだよな? アスハ」


 私は無視を決め込んで浅魔童子から顔を背けた。こういうのは話しかけると調子に乗るんだ。


「ったく、つれないなぁ。ま、いつか振り向かせてやるよ」


 訂正、無視しても調子に乗る。どうすればいいんだ?

 しばらくして、静寂の森の中から誰かの足音が聞こえてきた。やがて、足音の主は館の開いた門の前に姿を現す。人数は三人、白鷹はくたか小町こまち、それにつばさだ。ついでに言えば、小町は既に弓と矢に変化をした閃光ひかり木霊こだまを携えているので、正確には五人である。まぁ式神を人と数えるのかは微妙なところだけど。


「やって来たぜ鬼童丸、てめぇが何を要求しているのかは知らねぇが、アスハは返してもらう」


 そう言って白鷹は白波の太刀を抜いた。


「そうだな……初めは我々の要求はその白波の太刀、即ち修羅道の神器だった。だが、このアスハのたっての願いで今宵は少しばかり方針を変えようと思う。貴様が勝てば神器も……そしてアスハも返還しよう。だが……貴様が負ければ、その時はその時だ」


 鬼童丸が説明する。


「なるほど、アスハを賭けの道具にしようって訳か。気に入らねぇなぁ」

「そして相手は三人か……ならば浅魔、くまかね、行くがいい!!」


 鬼童丸はそう言いながら浅魔童子から私を受け取る。


「えぇー、僕はアスハちゃんとここで愛を語り合う予定だったのに」

「いいから行け!」

「ちぇっ、ま、いいや、アスハちゃん、続きは後でな!」


 浅魔童子は腰元の太刀を抜いて、その柄の部分を展開し、薙刀にする。黒天の薙刀だ。


「アスハはお前なんかには渡さねぇぜ!」


 白鷹は白波の太刀を点に突き上げて詠唱する。


「我が太刀、白波よ、六道がひとつ、修羅の力を我に与えたまえ!!」


 白波が青白い光に包まれ、同時に白鷹は炎に包まれる。そして炎が消えると、赤い鬼の鎧武者、アシュラの姿に変化した白鷹の姿があった。


「変化、完了! 我が名はアシュラ、この白波が、貴様を喰らう!!」


 一方、小町と対峙したのは金童子だった。小町は弓と矢を構える。


「い、いや、ちょっと待て、何故俺が女子の相手などを……」

「そ、そうですね……わたくしもどうしてこんなどう見ても肉体派の鬼を相手に……」

「まぁよいわ。戦うというのならば全力で行かせてもらおう。例え見た目がひ弱そうな女子だとしても、戦士として葬ってやるのが俺の役目!!」

「ひ、ひ弱そうは余計ですが……受けて立ちます!!」


 とすれば翼と対峙しているのは残る熊童子だ。


「貴方は……どのようなやり方で戦うのですか?」


 と、熊童子は問うた。


「俺は……そうですね、これを使わせていただきます」


 そう言って翼は笛を取り出して構える。


「笛……それで……どのように……」

「本来ならば俺は……戦いには向かない人間でしょう。それは自分でも分かっています。ですがこの笛は……那須乃なすの殿に特別に術を埋め込んでもらいました。ですので……そこら辺の笛者と俺は……ひと味違いますよ」


 私は、一歩引いたところから鬼童丸と共にそれぞれの戦いが開始されるのを見ていた。アシュラと白鷹は丁々発止、正統派の戦いを繰り広げているし、小町も、見た目の体格差に似合わず、閃光の矢のおかげもあって金童子相手に善戦をしている。そして、翼と熊童子はお互いに腹を探りあっている様子だ。


「修羅道青海破!!」

「餓鬼道黒雲斬!!」


 私の視界の右の方で、光の波と、黒い斬撃がぶつかり合う。アシュラも浅魔童子も、両者共に譲らないようだ。


「白鷹丸……お前……くははっ、そういうことかよ!」


 浅魔童子はなにかに気づいたかのように言った。


「そういうことってどういうこったよ!!」


 アシュラは浅魔童子と刃を交わらせる。だいぶイライラしている様子だ。


「お前……本気になっているな……。この前もそうだった。僕がアスハに手を出そうとすると……お前は怒り心頭になりこの僕を殴り飛ばした……」

「ったり前だろ。仲間なんだから」

「本当にそれだけかと言いたいんだ僕は!!」

「あぁ!? それはどういう意味だ……!!」

「さぁね! 自分の心に聞いてみな! まぁどの道僕は、そんな君の首を刈り獲るだけさ! 君は僕とアスハの実りある未来には邪魔なんだよ……!」


 浅魔童子は再び斬撃を飛ばす。アシュラはそれを背後に飛び退いて避けた。だが、丁度そこには小町の姿が……。


「しまっ……!」


 小町は気づいていない。だが、次の瞬間、驚くべきことが起こった。金童子の星狼金剛仗が小町のすぐ横の地面に深々と突き刺さり、斬撃を防いだのだ。


「え……」

「金童子……!」


 小町とアシュラは同時に目を丸くする。


「もう少し周りをよく見ろ、浅魔、それに白鷹丸……」


 金童子は言う。


「俺は獲物を横取りされるのがいちばん嫌いなんだ」


 それから星狼金剛仗は地面を抜け、ふたたび金童子の手に戻った。金童子は小町を見据える。


「さぁ再開と行くぞ弓の姫君、お前のその奇っ怪な弓矢、俺は気に入った!!」

「望む所です!!」


 小町は閃光の矢に合図を出し、金童子目掛けて突撃させる。金童子は金剛仗でそれを防御した。

 その時、戦場に笛の音が鳴り響いた。私がそちらの方に目を向けると、笛の音の主は、翼だった。そして、笛からは何か経文の形をしている文字が流れ出していた。


「こ……これは……動……けん!」


 文字は、熊童子にまとわりつき、その身体を拘束する。あれが、翼の言った那須乃(なすの)の術により笛が獲得した新たなる力というものか……。


「だ、だが……これくらいのことでこの私が……!!」


 熊童子は全身に力を漲らせた。経文の拘束は破られる。


「トドメだ! 少年!! お前ごときにこの私が縛れるものか!!」


 熊童子は腰に刺していた剣を抜いて翼に斬りかかる。だが、翼は笛を前に突き出した。緑色の半透明のシールドが出現し、熊童子の攻撃を防御する。


「け、結界……だと!?」

「そうです。自分の身くらい、自分で守れないといけません故」


 周囲では両軍共にほぼ互角の戦いが繰り広げられていた。私は、戦場からゆっくりと鬼童丸の方へと顔を向けた。


「この分では……どちらも譲らぬままひと晩が過ぎる……か」


 鬼童丸は考え込むように言った。

 それは私としてもとても困る。たとえ白鷹側が勝ったとしても、ひと晩が過ぎてしまえば、私は元の時代に戻ることは出来ない。そうすれば、現代にいるという虎熊童子と戦うことだって……。


「ふ……まぁ結局はそうなるわな。時間を稼げさえすれば我らの勝利となる。我ながら……つくづく卑怯なことを考えたものだ」

「それは……貴方の……本心なの……?」


 私は慎重に隣に立つ大鬼に尋ねた。


「本心? いかにも、言ったはずだ。俺はお前達人間のことが憎い、さすればかつて頼光が我が父にしたように、どんな卑怯な手でも使うと」

「貴方は……本当は、そんな狡い手を使う人じゃあない」


 私は言った。


「なんだと?」

「その傷……だって、本当は貴方が望んでいたものじゃあないの?」

「望んでいた……だと?」

「貴方は、確かに父への復讐に駆られたし、その気持ちに間違いはなかったと思う。でも、その一方で、それを誰かに止めて貰いたいと思う気持ちもあった」

「な……ふざけるな! 俺がそのような甘っちょろい考えを……!」

「決して甘っちょろくなんかはない。貴方は……虐げられてきた者として、当然のことを……考えたまでのこと。でも、それでも、やっぱり貴方に人としての心はあった……」


 鬼童丸は、私の言葉を聞いていた。


「だからこそ、頼光よりみつさんの暗殺に失敗してから何年もの間、姿をくらましていた。だからこそ、私を助けるために、白鷹くんがやって来ることを信じて疑わなかった。もし本当に、人の心を持っていないのなら、貴方は白鷹くんが来ないものだと思っていたはず……だから」

「ふっ、ふはははははははははは!!」


 鬼童丸は高らかに笑い始めた。


「この俺に、鬼であるこの俺に人の心なるものを説くのか! 傑作だ!! 予想外の言葉に拍子抜けしてしまったわ!!」


 それから鬼童丸は幾分か平静に戻って続けた。


「だがしかし……そうだな。お前の言葉を聞き、俺も踏ん切りがついた」


 そして鬼童丸は、配下の鬼3人に合図をした。


「お前達、戦いをやめろ!!」


 浅魔童子、熊童子、金童子は戦いをやめて鬼童丸の方をじっと見る。アシュラ、小町、翼の三人もそれに倣った。


「鬼の子、白鷹丸……。そして、鬼の鎧をまといし者、アシュラよ。俺はようやく決心をつけた。これより俺は、貴様と一騎打ちを行う」

「一騎打ち……?」


 アシュラは鬼童丸の言葉を聞いて前に進みでる。そしてゆっくりと白波の太刀を構え直した。


「この決闘にて、貴様が勝てばアスハと、人間道の神器は返すこととしよう。だが、俺が勝てば……その修羅道の神器は貰い受ける。それから両者に言う。これからの戦いにおいて……どちらが倒れようともそれはこれきりだ。この戦いの後、仇だ何だなどと付け狙い合うのは一切を禁ずる。……特に金童子、星熊童子の仇は……今この俺がお前の代わりに取ってやる。だから……これ以後引きずることは無しだ」

「思い切りがいいな……鬼童丸。気に入った! 本気で行かせてもらうぜッ!」

「そうだ、白鷹丸、それでこそ我が誇り高き鬼の一族の血を引く者だ……」

「いざ……尋常に……」


 と、アシュラが言う。


「勝負!!」


 鬼童丸は、長大な、そして細身の太刀を背中から抜いた。鬼童丸が太刀をひと振りすると、そこからカッター状になった風がアシュラに襲いかかる。


「ぐあっ!」


 アシュラは白波の太刀でその攻撃を防御するが、風に足元をすくわれて、地面に背中から打ち付けられた。そこに鬼童丸が迫る。


「どうした……それがお前の本気なのか……?」

「く、くそっ……こいつ……ひとつひとつの攻撃が他の鬼とは桁違いだぜ……」


 アシュラは立ち上がりながら呟いた。


「やっぱり、妖力の消費を考えずに、青海破を使っていくしかねぇな」


 そして白波の太刀を振り下げながら叫ぶ。


「修羅道青海破!!」


 だが、鬼童丸は太刀をひと振りするだけでその攻撃を弾き返した。そして、鬼童丸の太刀は、シュウシュウと煙を上げ始める。


「貴様たちは神器に頼っているからそういうことになるのだ……。だが、見るがいい。俺は、俺の攻撃こそ、己を極限まで高めた末に習得した真の剣技。貴様の攻撃など、我が前には塵芥も同然よ!!」


 鬼童丸の太刀から炎の渦が発生し、それがアシュラに襲いかかった。アシュラは空中に飛び上がってその攻撃を避けようとするが、炎の渦は途中で曲がり、そのアシュラに襲いかかった。


「ぐあァァァァァァァァァッ!!!」


 アシュラは炎に飲み込まれる。私は思わず叫んだ。


「白鷹くん!!」


 炎が消えると、アシュラの変身を解除させられた白鷹が、地面に落下する。着物や顔は、所々が焦げており、火傷を負っていた。


「あの鎧……多少は身体を守るのに役立ったようだな。だが、二度目はあるまい……」

「ちょっと待って! 白鷹くんは変身を解除させられて……もう……!」


 と、私は叫ぶ。

 だが、鬼童丸は首を横に振った。


「いや、今の攻撃は表面の鎧を穿いだに過ぎない。こいつはまだ……戦える……」

「そ、そうだぜ……アスハ、俺はまだまだ行ける。なんたってお前を助け出して元の時代に返さなくちゃあならねぇんだからな!!」


 そして白鷹はふらつきながらも立ち上がった。それから白波の太刀の切っ先を鬼童丸に向ける。


「ふん、それではトドメと行こうか……」


 鬼童丸の太刀がふたたび煙を発生し始めた。だが、それを見た白鷹はあろうことか白波の剣を地面に突き立て、手を離したのだ。


「そうか……そういうことかよ……。だったら俺は、今度こそ全力の剣技、いや、妖術と体術を見せてやるぜ!!」

「来るか……。だが、神器を捨てて、何をするというのだ……!!」


 鬼童丸の太刀が炎をまとう、そしてぐるぐると渦を巻き始めた。だが、それを見た白鷹はあろうことかその渦の中に飛び込んで行ったのである。


「喰らえェェェェェェェェェェェェェッ!」


 白鷹の姿が炎に包まれて見えなくなった。しかし次の瞬間、太刀を包んでいた炎も消えたのだ。そして太刀の刃も無くなっている。よく見ると、太刀は根元からポッキリと折られて、刃の部分は地面に転がっていた。そして白鷹は、ちょうど太刀に手刀を振り下ろした形でその姿を現した。さっきよりもまた火傷が増えた気がするが、まだ辛うじて自分の足で立てている。


「鬼童丸、お前に言われて分かったぜ……。神器に頼るなってな……。まさしくその通りだった。お前の太刀は……あの大技を放つ直前に一瞬、脆くなる……」

「ひとつ訊こう。何故、それが分かった?」

「お前の太刀……攻撃する前に煙を出していただろう? 硬い鉄も熱せればいくらでも好きなように打ち直せる。そういうことだと直感しただけだ」

「そうか……。見切られたか……」


 そして鬼童丸その場に座った。それから剣の携帯を取り出して地面に置く。


「いいだろう、白鷹丸。お前の勝ちだ。神器とアスハ、そして……我が首を持っていくがいい」


 白鷹は自身の白波の太刀を地面から引き抜いて背中の鞘に戻し、携帯を拾い上げてから言った。


「確かにアスハと神器の件については……約束通りだが、お前の首に関しては約束外だ。貰っていくことは出来ねぇぜ」

「しかし……決闘に勝った証として……」

「いらねぇな。結果は俺と……ここにいる奴らだけが知っていればいい」


 金童子が私の縄を解き、白鷹の方へ寄越した。私は白鷹から携帯を受け取る。


「アスハ……怪我は……ないか?」


 白鷹は訊いた。


「大丈夫。鬼童丸さん……意外といい人だったし……」

「左様か……首は……要らぬか……」


 鬼童丸はそっと目を開けた。それから言う。


「ならば行け……我らは……ぐっ!」


 次に起きたことに、私たち全員は目を見張った。鬼童丸の首が胴を離れ、宙に舞ったのだ。


「なっ……!」

「熊童子! 貴様!!」


 金童子の言葉で私は我に返る。鬼童丸の首をはねたのは熊童子だったのだ。熊童子はそのままいとも自然な動きで、金童子の体を剣で貫く。


「ど……どういう事……なんだ……!」


 浅魔童子の赤い瞳が恐怖で見開かれた。だが、熊童子は浅魔童子のことは攻撃せずに彼の前に跪いた。


「お迎えにあがりました。この私の新たなる主君にして三明剣さんみょうのつるぎが主、浅魔童子様。貴方様の本当の父の名は……」

「まさか……」


 と、白鷹は呟いた。


「まさかって……何?」

「アスハ殿、三明剣といえばその使い手はひとりしかいません」


 翼が説明する。


「貴方様の本当の父の名は、大嶽丸おおたけまる……。真にこの国を治るべき鬼族が総大将にございます……」

「そんな……僕が……」


 浅魔童子は自分でも信じられないという表情をしていた。彼自身、初耳のことなのだろう。


「鬼童丸は昔から酒呑童子に仕えていたこの私の言葉を信じ、貴方を人間の子供に産ませた半人半鬼の子だと思っておられた。でも、それは有り得ません。何故って? 本当の鬼童丸の子は……この私めが殺して差しあげたのですから」

「ぼ……僕は……」

「そして浅魔童子様、こちらが三明の剣のうちのひとつ、顕明連けんみょうれんにござります……」


 熊童子はさっきまで自分が振るっていた剣を浅魔童子に捧げた。浅魔童子はそれを、震える手で受け取る。


「白鷹くん……」


 私は、白鷹の方を見た。白鷹自身、複雑な心境になっているようだった。

 やがて、熊童子は立ち上がり、こちらを見て言った。


「それでは皆様方、ごきげんよう。貴方様方が鬼童丸を倒してくれたお陰で……私は新しき主に本当のことを伝えることが出来ました。それではまた……」


 そう言って熊童子は指を弾く。闇が発生し、熊童子と浅魔童子はその中に消えていった。


「白鷹くん、私は……」


 白鷹はしばらくその様子を呆然として見ていたが、私の言葉に答えて言う。


「アスハ……奴らが何を考えているかは……分からねぇが取り敢えずあの岩に向かおう。何をするにしてもお前が元の時代に戻らないと始まらねぇ」

「で、でも……」

「白鷹様からお聞きしましたよ。向こうの時代には、アスハ様の想い人がいらっしゃるんですってね?」


 なんてことを教えてやがるんじゃこのバカ白鷹。特に小町みたいな性格の子にはいちばん教えちゃあだめな気がする。


「そうです。貴方自身……自らの気持ちに決着をつける必要があると……俺は思います」


 と、翼も言う。


「そういうことだ。こっちのことはまた後で考えればいい。アスハ、急がねぇと夜が明けちまうぜ」

「みんな……ありがとう……」


 そうだ。物事には順番がある。今は……私の時代の方の……問題を考えよう。

 次回は現代編です。次回の更新日は5月13日です。

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