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平安妖甲伝アシュラ  作者: 龍咲ラムネ
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第3話 第三の神器

 レギュラーの味方キャラが揃います。そして三番目の神器も……。

 白鷹はくたか浅魔童子あさまどうじは、太刀を切り結びながら大納言の屋敷の庭へと出た。そして、砂埃を舞わせながら戦いを続ける。


「アスハ! 小町こまちのことは頼んだぜ!」


 戦いながら、白鷹はそう指示を飛ばした。

 いや、頼んだって言われてもどうすれば……。そう思いながらも私は小町の方に向かう。小町は、意識を取り戻しかけていた。おそらく、呪いをかけていた浅魔童子が戦いに集中し始めたため、その呪いが断ち切れたのだろう。


「あの……わたくしは……」


 小町はゆっくりと目を開けて、状態を起こすと訊いた。


「もう大丈夫です。貴方に呪いをかけていた悪鬼は、白鷹くんが退治してくれます」


 私は小町を助け起こすとそう言って宥める。


「ありがとうございます……」

「ほーう? 戦いの最中に他人の心配かい? まずは自分の事を心配するんだな!」

「くっ……!」


 浅魔童子の一撃が白鷹を襲った。白鷹はそれを白波の太刀で受け止めて距離を取る。


「さすがに僕の剣撃でもお前のその神器をどうこうするのは至難の業ってわけか」

「お前……神器の事を知っていやがるのか?」


 白鷹は尋ねる。


「あぁ、もちろんだ。なんてったってこの僕も神器持ちなんだからなぁ!!」


 そう言って浅魔童子が太刀の切っ先を右下に向けると、黒天の太刀の柄の部分が伸びた。


「薙刀……!?」

「そうさ。僕の神器は黒天の薙刀。司るは餓鬼の道! 喰らえ!!」

 浅魔童子が薙刀をひと振りするとそこから黒い斬撃が発生し、白鷹に襲いかかった。

「そっちがそうなら、俺も本気で行かせてもらうぜ!! 我が太刀、白波よ、六道が力のひとつ、修羅の力を我に与えたまえ!!」


 白鷹は白波の太刀の切っ先を天に向け、叫ぶ。太刀の刃が青い光に包まれ、炎と共に出現した鎧を、白鷹は装着する。


「変化、完了! 我が名はアシュラ。この白波が、貴様を喰らう!!」

「なるほど、持つ者の力を最大限に引き出すのが修羅道の神器の力。お前の鬼の血を呼び覚まさせた姿がそれか……!!」

「流石、察しがいいようだな酒呑童子しゅてんどうじの孫。だが知ったところでどうだってんだよ!!」


 アシュラは地面を大きく蹴ると、白波を振りかぶり浅魔童子に斬り掛かった。


「くく……くはははははは!! そうさ、確かに知ったところでどうってことはないさ!! どうせ貴様は僕に討たれる運命なんだからな!!」


 浅魔童子は黒天の薙刀でその攻撃を受け止める。


「貴様……酒呑童子四天王の一派か……!」

「くはは! そうだよ! まぁ僕自身、ついこの間まで父親が鬼童丸だなんてことは露ほども知らなかったんだけどね!! でも父さんは、僕にこの黒天の薙刀と……そしてその出自を教えてくれた!! だから僕は誓ったんだ! 鬼の子として僕の事を迫害したこの憎き都人を、今度は僕が蹂躙する番だってな!!」

「ふざけるな! だからと言って……小町は無関係だろうが!!」

「くっ、くはははははは!! これだから鬼の子でありながら陰陽師に育てられたお坊ちゃんは困る!! お前ごときに、僕の心の苦しみが分かるものか!!」

「やかましい! 喰らえ! 修羅道青海破!!」


 白波から青色の光の波が発生し、浅魔童子に襲いかかる。


「ふん、切り裂け、餓鬼道黒雲斬がきどうこくうんざん!!」


 さっきの斬撃よりも一際大きな黒い斬撃が、黒天より発生する。斬撃は、青海破を切り裂き、アシュラに襲いかかる。

 危ない……! その光景を見ていた私は心の中で叫んだ。そして咄嗟的に考えを巡らせる。そうだ……修羅道の神器を持つ白鷹も、それに餓鬼道の神器を持つ浅魔童子だって、必殺技っぽいのを使えるんだ。だったら人間道の神器がここにある、私だって……!!

 私は、つるぎの携帯電話を取り出すと、それを持ったまま指鉄砲の形を作り出した。そして精神を集中する。出た。私の指先から、緑色の光弾が一発発射され、浅魔童子の額に命中した。浅魔童子はバランスを崩し、斬撃の狙いがアシュラを逸れて屋敷の塀の土壁に命中した。壁が崩れ落ちたのは……まぁ見なかったことにしておこう。


「で、出来た……意外としょぼかったけど……でも……」


 牽制攻撃程度なら私にだって出来るようだ。だが、直ぐに私は、危険が自分の方に迫っているのに気がついた。


「女……お前は白鷹丸はくたかまるのおまけくらいだと思っていたが……お前も何か神器を持っているようだな……」


 浅魔童子がこっちに近づいてくる。


「や、やっぱそうなりますよね〜……」


 私は小町を庇ったまま後ずさる。


「く、くく……気に入った……」

「は……?」

「僕は女は嫌いだが……そんな僕に攻撃を当ててくるとはなかなか度胸があるじゃあないか。君は特別だよ……」

「は、はい……?」

「名前はなんて言う?」

「た、谷川未来羽たにがわあすは……です」

「アスハ……か。いい名前だ、悪いことは言わない。この僕の元に来い……そうすれば何でも手に入れさせてやる……!」

 えと、これって……告白ってやつ? 生まれて初めてなんですけど、こんなこと。……うん、顔は悪くないけど……。でもやっぱり駄目だ。さっきから見てるけど、こいつは性格が……というか私には剣が……!

「ごめんなさい。私にはもう既に将来を誓っ……てはないけど誓う予定の人が……」

「許嫁かなにかか? そんな奴僕がこの刃で屠ってやるよ。なぁ、僕の餓鬼道の力が何か……分かるか? 餓鬼とは、食物に関する罪を犯した者が落ちる餓えの世界。だからなぁ、アスハ、この黒天の薙刀は、斬り殺した奴の姿を喰らい、それを僕自身に投影することが出来るんだよ」


 そうか、だから……こいつはお坊さんとか女官さんに……。……って、今の流れから言って……。


「お前が僕を気に入らないなら……僕はその許嫁とやらを屠り、その姿を僕自身の物にしてやるよ。そうすりゃあお前だって、この僕と……」


 だが次の瞬間、浅魔童子は右方に飛ばされた。アシュラが彼を殴り飛ばした。


「ふざけるなよ……。アスハに……手を出すんじゃあねぇ……!!」

「おぉ怖い怖い」


 浅魔童子は、少しも怖がっている様子を見せずに殴られた頬を抑えながらそう言った。


「ま、だが……今日はアスハちゃんに免じてここまでにしといてやる」


 浅魔童子はそう言うと薙刀を元の太刀の姿に戻し、鞘にしまった。


「だが僕は諦めちゃあいないからな。また会おう、アスハ!」


 浅魔童子は地面を蹴り、塀を飛び越えてどこかへ去っていった。


「アスハ……怪我はないか……」


 アシュラは変身を解除しながら言った。


「う、うん……白鷹くんが助けてくれたから……」

「ったく、無茶するんじゃあないぜ。確かに六道神器のお陰で俺たちは青海破だとか黒雲斬こくうんざんみてぇなけったいな技が使えるようになるみてぇだが、それは鬼の血が流れている俺たちだから使えるんだ。お前にゃさっきみたいな牽制技が精一杯ってところだ。それでお前自身に危険が及んだら元も子もねぇだろ」


 うん、そうすることにします。多分あの浅魔童子とかいう奴、今で言うストーカー気質っぽいし。

 そんなことを考えていると、背後にいる小町が言った。


「あの……おふたりとも、ありがとうございます……。おふたりのお陰で、わたくし……。なんとお礼を言ったらいいか……」

「いいんだぜ。これが俺の仕事なんだ。しかも屋敷の塀とか……ちょっと壊しちまったみてぇだしな」


 ごめんなさい。その節は本当に……。


「いえ、おふたりがいて下さらなかったら……わたくしは、あの鬼に取り殺されておりました……」

「小町の言う通りでござります」


 と、戦いの様子を部屋の隅でずっと見ていた大納言も声をかけてくる。


「塀の損害なぞ、我々があの鬼から受けた精神的苦痛およびケガレに比べれば大したことなどござりませぬ。お礼に……何でも欲しいものを仰ってくだされば……」

「いえ、お礼は……元の約束の通りで構いませぬ故……」

「そ、そんなことは仰らずに……」

「アスハ、逃げるぜ」


 白鷹は私に小声で耳打ちをした。


「え、う、うん!」


 こうして私たちは、大納言の屋敷から逃げ出してきてしまった。

「でもどうして? 大納言さん、きっと私たちに、お礼で何でもくれたのに……」


 私は、屋敷の敷地を出て、汚らしい都の通りに出ると言った。


「お前、意外と欲深なんだな……」

「で、でもちょっと勿体ないような……」


 私は若干カチンときながらも言う。


「俺は……別に褒美が欲しくてあんなことをしている訳じゃあない。生きるため、それに自分自身を高めるために……悪鬼退治に身を投じているんだ。だから……初めに言われた分の報酬しか貰わねぇ。そういうことにしている」

「へぇ、前々からちょっと思ってたけど、白鷹くんって意外と純朴キャラ?」

「うるせぇ、あんまり言うと川に捨てていくぞ」

 口調と態度と行動は乱暴だけど。

「しかし……まさか鬼童丸きどうまるの名前が出るとはな……」


 白鷹は話題を変える。


「誰? それ」

「酒呑童子の息子だ。父親が倒された後……頼光よりみつ公の暗殺を計画したが、失敗した。んでその後は行方をくらましていたため、死亡説も囁かれてたんだがな……」

「でも、それが、生きていた……」


 浅魔童子の話を聞くに、そんなふうな感じだった。


「あぁ、それに推測するところによると、どうも酒呑童子四天王や浅魔(あさま)の野郎を従えて神器を狙っているらしい。これは……一波乱あるぜ」


 その日の仕事は、それにて終了した。午後は、那須乃(なすの)さんの屋敷にて、白鷹や式神たちに、平安式双六のやり方を教えてもらったのだが、これがなかなかに面白かった。それと、途中から思ったのが、この人たち、お昼ご飯は食べないようだった。昼間、あんな大仕事をしたのに……お腹空いた……。

 そんなことを思っていると、白鷹が握り飯を持ってやって来た。私は式神のひとりと双六をしていたのだが、顔を上げてそちらを見る。


「おい、アスハ、お前……どうにも空腹そうな顔をしているんでな」

「あ、ありがとう……」


 私はその握り飯を受け取る。


「白鷹くんたちは、お昼ご飯は……食べないの?」

「お昼ご飯……なんだそれは。まぁ間食はしなくもないが……」


 と言って白鷹も握り飯をひとつ取って食べる。


「アスハ……元の時代が恋しいか?」


 白鷹は唐突に尋ねてきた。


「うん……」


 私は頷く。


「そうか……あの浅魔童子との話で言ってた……許嫁……か? あれは……」

「許嫁とはちょっと違うかもだけど……でも……私には……」

「好いた男でもいるのか」


 私は妙に恥ずかしい気持ちになってぎこちなく頷いた。


「そうか……そいつは……心配しているだろうな」


 そう、そうだ……もう私がいなくなってから半日くらい経っているだろう。もしかしたらカナダにいる両親のところにも連絡が行っているかもしれない。


「でも……私……こういうの、忘れていたかも」

「忘れていた?」

「うん、向こうの時代では、忙しくて、こうやってのんびりご飯を食べたり、遊んだり……そんな暇はなかったから……」

「お前も……大変なんだな」


 白鷹は言った。


「そんなことは無いよ。白鷹くんの方が……いつも、命懸けで……」

「いいや、命懸けなのはみんな一緒だ。例えお前の時代には鬼や妖がいなくて戦乱もなく、平和だったとしても……それでも、何もしなかったら多分お前は死ぬ。俺は生きるために戦うし、戦えない者は生きるために働く、みんな……自分の命を削って、生きているんだ。はっ、笑っちまうだろう? 生きるために戦うのに、その生きるためには、自分の命をすり減らさなきゃあならないなんてな」

「白鷹くんは……両親に……会えなくて寂しい?」

「ん? いや、俺は……両親どちらの顔も端っから知らねぇからな。それに俺には、那須乃様がいて、式神たちがいて、それに都の人達だっている。それで寂しいなんて言っちまっては贅沢が過ぎるってもんだぜ」

「そう……なんだ。私は、寂しいかも」


 なんでこんなことを言っているのだろうかと思いながら、私は続けた。


「でも、両親にゃ、元の世界に戻れば会えるんだろう?」


 私は首を横に振る。


「ううん、遠い国に行っちゃってて、会えない。でも、そんなことを言ったら贅沢だよね。私には沢城さわしろくんや、さくらや、友達だって多くはないけど、それなりにいるのに」

「いや、顔を知ってるからこそ辛いということもあるだろう。でもな、多分俺が思うに……お前の両親はお前を……たとえ遠く離れていても愛してくれている」

「分かるの?」

「あぁ、分かるさ。お前の目を見ればな。俺や、それに浅魔の野郎にもなかった目だ。お前の目は」


 私は、幻想的な光を放つ庭の草木に目をやった。そう、私は帰らなくてはならない。でも、こういう時間も大切にしておきたい……。

 夜、寝所に就くまでの時間は、昨日とだいたい同じだった。しかし、今日は那須乃なすのには一度も会わなかった。屋敷の主なのにどうしたのだろうと心配はしたが、白鷹の話によると、ちゃんと屋敷には戻っているそうだ。だが、特に私には話すことは無かったらしい。なんかハブられた気分だ。まぁ別にいいけど。

 今日は、式神たちがやはり寝巻きに着替えさせてくれ、私は床に就いた。2回目となれば、多少寝心地が悪くても慣れたものである。

 翌朝、私は前の日の朝と同じように起きて、着替えさせてもらうと、朝食の席に向かった。今日の着物は若葉色をしている。作りは昨日のものとだいたい同じだ。

 白鷹は、もう既に席に着き、食べ始めていた。


「おぉ、起きたか」


 彼はそうとだけ言うと食べ続ける。


「今日は……何かあるの?」


 と、私は尋ねた。


「いいや、特に何もねぇな。悪鬼妖の類だってそう毎日のように現れるわけじゃあない。こういう日だってあるさ」


 だが、しばらくしてふたりの式神がやって来て白鷹に報告をした。


「白鷹丸様、お客様がお見えです……」

那須乃なすの様関連の客か? それなら那須乃様は今お留守だと伝えておけ」

「それが、確かに那須乃様へのお客様なのですが、少々様相が違うようでして……」

「どういうことだ?」


 白鷹は朝食の最後に残っていた分を無理矢理口の中に口の中に掻き込むと、席を立った。私も慌てて朝食を終わらせて白鷹に続く。式神ふたりの案内で、私たちは屋敷の入口へとたどり着いた。

 門の前には牛に引かれた車……確か牛車って言うんだっけ? とにかくそれが停まっていた。かなり立派な牛車で、周囲には従者と思しき男たちが険しい表情をして立っている。


「牛車……それもかなりの身分の者……か」


 白鷹はその様相を見るなり呟いた。

 やがて牛車の簾が開き、そこからこれまた高貴そうな衣装を身にまとった少女が降りてくる。蝶の文様が入った艶やかな水色の着物だ。そしてその顔は……って、あれ? この人、つい昨日見たことがある……。


「小町……?」


 白鷹は驚いて目を丸くした。

 そう、牛車から降りてきたのは小町だったのだ。


「昨日はお世話になりました。改めて御礼申し上げます。藤原(ふじわらの)小町(こまち)と申します」


 小町は優雅な仕草でそう会釈をする。


「どういう風の吹き回しだ? 確か……追加の報酬は受け取れないと言ったはずだが……」

「いいえ、今回は一旦、昨日のことは忘れていただいて、別件で参りました」

「別件?」

「はい。実はわたくし、那須乃様の御屋敷でご奉公に与るようにと……父上から言われ……」

「奉公? だがお前のような高貴な身分の者が……」

「わたくし、生まれつき体が弱く、このままではどこの家にも嫁に参ることが出来ないと……。ですから、此度のことを何かの縁と思い、わたくし自身の心身を鍛える場として那須乃様の御屋敷が選ばれたということでございます……」


 私と白鷹は顔を見合せた。


「そういうことは、那須乃様に……」

安倍那須乃あべのなすの様からはもう既に許可は頂いております」


 なんと早い根回し。


「なるほど、俺たちに拒否権はないみてぇだな。だが……」


 と言って白鷹は小町の従者たちを見回した。

 こんなに沢山、しかも厳しそうな顔をした人が居ればやりにくいだろうなぁ。私も白鷹の心中を察する。


「彼らなら問題はありません。わたくしは鍛錬のためにここに参りましたので……挨拶が済み次第、下がらせます」


 小町が合図をすると、従者たちは本当に牛車を従えて去っていった。私たちは来客……いや、新たなる住人を加えて屋敷へ戻っていった。小町は、見るもの全てが珍しいようで、あらゆるものに対し目を輝かせていた。


「凄いです。下々の貴族の屋敷はこうもみな良い香りがし、そして草花は光り輝いているものなのですね!」

「あー、いや、それはうちだけだと思うぞ?」


 世間知らず気味の箱入りお嬢様キャラなのかな。


「ところで、今日はどのようなお仕事をされるのですか?」

「今日は……特にねぇな」

「え……」

「そんな顔をするな。さっきアスハにも言ったがな、悪鬼妖の類と言えどそう毎日現れるもんじゃあない」

「ですが、何かお仕事をお受けしませんと、わたくしがここに来た意味が無くなってしまいます」

「そう気張るな。何も無い日々こそ風雅ってもんだぜ」

「勉強になります……」


 小町は真剣な顔をして白鷹の言葉全てを脳内にインプットしているようだった。

 と、ここで白鷹が思い立ったように言う。


「いや、だが……まぁ……本当にごく簡単な仕事なんだが……今思い出した。どうしてもって言うんなら……」

「そ、それはなんでございましょうか!!」


 小町は身を乗り出して訊く。


「ちょ、ちょっと待ってろ」


 白鷹は押され気味に言ってからどこかの部屋へと消えていった。


「確か……アスハさんと申しましたね」


 小町は今度は私に声をかけてきた。


「そう、だけど……」

「アスハさんはどうしてこのお屋敷に奉公なさっているのですか? やはりわたくしのように鍛錬のために……」

「そんな高尚な理由なんてないんだけど……。そもそも居候みたいなもんだし……」

「居候……ですか?」

「そう。私……詳しいことはあんまり言えないけど……今日を入れてあと2日したら、自分の国に帰れるんだ。だから、それまでの居候。この家に保護されてるって感じかな?」

「自分の国……もしかしてアスハさん、異国の方ですか?」

「違うけど、そうかも……」


 未来の日本なんて、同じ国でも異国みたいなもんだよね。

 すると、小町は目を輝かせる。


「凄いです! 異国なんて書物でしか読んだことがありませんでした!! 唐土の宋の国ですか!? それとも、高麗!? はたまた天竺かそれより西の地という線も……」


 うんうん、世界史の勉強にはなるね。今の時代、中国は宋で、朝鮮は高麗で……って、今はそんなこと言ってる場合じゃあない。自分から言っときながらこういう質問にはどうやって答えればいいんだ?

 だが、小町はコホンと可愛らしい咳払いをして言った。


「失礼致しました。昨日今日の仲でそのようなことを訊くのは失礼に当たりますね。わたくし、病がちだった故に友も出来ず、書物巻物が友の代わりのようでしたので、つい……」

「そう、なんだ……」

「はい。あ、自分でも言うのも難なんですけど、こう見えて絵は上手いのですよ。それから、拙い筆ながら、仮名文字で日記なども……」


 将来は古典の教科書にでも載るおつもりですかな。テストに出る時は是非とも作者御本人に教えてもらいたい。


「それと……恥ずかしながら、そして不得手でしたので直ぐに辞めてしまいましたが、父上から鍛錬のためと、弓術を習ったこともありました……」

「弓術!? すごい、憧れる……!」


 今度は私が目を輝かせる番だった。目の前のお淑やかそうな少女とのギャップも相まって凄く興味が湧く。


「ふ、不得手でしたよ!? 矢なども一発も的には当たらず、すぐに辞めてしまいました」


 その時、風呂敷のような布に包まれた何かを持って白鷹が戻ってきた。


「これは那須乃様があるお寺から借りていた経文だ。小町には……いや、ひとりで行かせるのは心配だから、小町とアスハにはこれをそのお寺に返してもらって欲しい。本来なら式神にやらせるところだが、息抜き程度にはいいだろう」

「で、でも私も小町ちゃんも、そのお寺には行ったこともな……」

「安心しな。そこの式神ふたりに案内させる」


 白鷹は部屋の隅に控えていた男の子と女の子のふたりの式神を見て言った。

 ふたりの式神は立ち上がって会釈をする。


木霊こだまと申します」


 青い着物を着た男の子の式神が言った。


閃光ひかりと申します」


 桃色の着物を着た女の子の式神が言った。

 式神にもちゃんと名前があったんだ。


「そうですか、それではよろしくお願い致しますね」


 小町は、白鷹から包みを受け取りながら言った。

 木霊と閃光の案内で、私たちは経文の持ち主であるというお寺に向かった。小町は途中途中で出会う人々に興味津々の様子だったが、彼女の育ちがバレると色々とまずいことになる気がしたので、私はその度に小町を誘導した。

 そのお寺は、都を出てしばらく行ったところにあった。朝に屋敷を出たのに、その頃にはもうお昼近くになっていた。広い敷地を持つ、閑静なお寺だった。住職に理由を話すと、直ぐにより偉いお坊さんを呼んでくるのでその場で待つようにと言われ、私たちは外で待たされることになった。

 春うららかな陽気の日であった。鳥はさえずり、新緑が芽吹いている。


「何か……歌でも詠みたくなるような気分ですね……」


 小町は独り言のように呟いた。

 え、何!? 平安貴族の生和歌!? ちょっと待って、絶対一定層には需要がある。現代からボイスレコーダーでも持ってくればよかった……。

 そんなことを考えていると、どこからか笛の音が聞こえてきた。心の落ち着くような、不思議な気分にさせてくれる笛の音だ。


「笛……?」

「どうしたのですか? アスハ様?」


 小町が私の様子に気がついて尋ねる。


「う、ううん、なんでもない。ただ、この笛、誰が奏でているのかなと……思って……」

「確かめに行かれてはいかがですか?」


 小町は言う。


「で、でも……私たちには仕事が……」

「それなら問題ありません。経文を持っているのはわたくしですし……それに、わたくしには木霊さんと閃光さんもいらっしゃいますから」


 ふたりの式神はうんうんと頷く。


「そ、そう……?」

「それに……わたくしもその笛の音、少々気になっております。きっとさも素敵なお方が奏でていらっしゃるのでしょう。人の世は無常なればこそ、今やりたいと思ったことが重要なのではなくて?」

「そ、そう……ありがとう……」


 この場は小町に任せても良さそうだ。そう思った私は、笛の音を頼りに歩き始めた。

 やがて、寺の敷地内にある大きな池のほとりへと出る。その池に浮かぶ岩の上に、ひとりの少年が立ち、横笛を奏でていた。

 綺麗な子だ……。と、私は思う。長い髪を後ろで束ねており、水色の水干……というのだろうか、とにかくそんなような感じの着物を身にまとっている。

 少年はこちらに気づいたように笛をやめた。そしてふわりと重力に逆らうかのように岩の上から飛び上がると池のほとりに着地する。


「あの……もしかして邪魔しちゃった……?」

「いいえ、そのような事はありません」


 少年は落ち着いた声で言う。


「むしろこの俺の笛の音が貴方の仕事を邪魔してしまったのでしょう?」

「そんなことは……」

「いいのです。俺は笛を奏で、草花や鳥や虫、獣を愛でることしか能のない人間なのですから」

「貴方は……」

「俺は芦屋あしや……いいえ、つばさと、翼と呼んでください。家名など俺には最早関係ありません」

「そ、そう……。あっ、私は谷川未来羽。今は訳あって、陰陽師の那須乃さんの所でお世話になっている……」

「陰陽師……ですか」


 翼は何か考え込むように言った。


「何か……思うことでもあるの?」

「そんな大層なことではありませんが、そうですね。俺は陰陽師の家系に生まれたんです。ですが、術の才などは全くなく、こうして寺に預けられた。将来への希望なども持てずに、こうして人目を忍んで笛を奏でているということです」

「でも……翼くんの笛、とっても綺麗だった……。何かこう、悩みが取り払われるような……」

「それは、貴方の心が綺麗だから。そして……悩みを抱えているからですよ。アスハ殿」

「どういうこと……?」

「笛の音は言わば聞く人の心を映す鏡のようなものです。心優しき者には、優しく聞こえるし、醜き者には醜く聞こえる。そして貴方のように何か悩みがある者にはその悩みを取り除いたように感じられる」

「それって……とてもすごいことだと思う」


 私は正直に言った。

 だが、翼は首を横に振る。


「いいえ、そんなことはありません。笛の音とは所詮、幻想に過ぎない。悩みを取り除いたように感じられても実際にその悩みが消える訳では無い。俺と同じで……無力なものです」


 何か達観したような感じを抱かせる少年だ。それに、どこか哀しみを抱えているようにも見える。


「それでも……人を救うことはあると思うよ」


 私は思わず言っていた。


「たとえ幻想だったとしても、それが夢幻だったとしても。でも、そんなものに救われる人だって沢山……」

「ありがとう。アスハ殿、貴方は変わったお方だ。まるで同じ現世に生きる人間とは思えない……」


 そうです。そうかもしれないです……。やや図星気味の言葉が私の胸に刺さる。

 でも、私の悩みって、なんだろうか……。そう自分の胸に問いかけ、私ははたと気がついた。


「ねぇ、翼くん。ただの雑談だと思って聞き流してくれていいけど……でも、私の話、聞いてくれる?」


 何故だろうか。初対面の相手なのに、私は彼に自分の胸の内を明かす気分になった。

 またまた有名な人と関係がありそうな名前が出てきましたね。次回の更新日は4月22日です。

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