第2話 六道神器と浅魔童子
今回は戦闘シーン多めかも。御伽草子、いいですよねぇ。
青白い光を放つアシュラの白波と、金童子の星狼金剛仗は何度もぶつかり合って火花を散らした。普通、刀が金棒のような重量型の武器とぶつかればポキリと折れてしまいそうなものだが、白波に限ってはそんなことはなかった。普段なら我が目を疑っていた所なのだろうが、さっきからありえない事が目の前で連発している私には、そんなツッコミは今更野暮に感じられる。
「悪いな、金童子」
と、アシュラは言った。
「さっきも言ったが俺は急いでるんだ。ここらで終わらせることにするぜ」
アシュラは白波を大きく振りかぶると叫んだ。
「我が太刀をもって貴様の邪気を喰らう! 修羅道青海破!!」
アシュラが白波を振り下ろすと、そこから青い光の波が発生した。
「フン、貴様の攻撃なんぞ、この俺の敵ではない!!」
金童子はその光の波を星狼金剛仗で受け止める。だが、抑えきれずに、やがてジリジリと後退を始めた。
「く……これしきの攻撃で……この俺が……!」
そして金童子は光の波に飲み込まれる。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
光の波は、金童子を飲み込んだまま、背後の屋敷の壁に突撃し、消滅した。金童子は、そのまま屋敷の奥へと吹き飛ばされたのか、姿が見えなくなる。
「へっ、あんまり強がり言うんじゃあねえぜ。まぁ防御力の高さは褒めてやるがな」
「倒したの……?」
と、私は訊く。
「いんや、手応えがなかった。普通の雑魚鬼なら一発で仕留められる修羅道青海破だが、奴にはあれで精一杯ってところだな」
そう言ってアシュラは、鎧を炎に包み、変身を解除する。白波も光が消えて元の普通の太刀に戻った。
「行くぜアスハ、多分奴は気を失っている。正気を取り戻さないうちに那須乃様の屋敷へ行こう」
「そう、でもちょっと待って、今ので色々訊きたいことがまた出てきたんだけど……」
「あぁ? お前はどんだけ質問すれば気が済むんだよ」
白鷹は機嫌を悪くしたような口調で言う。
「仕方ないでしょ? 私、今日は色々あって混乱しかかってるんだから」
「んで、なんだ。質問ってのは。答えられるやつなら答えてやってもいいぜ」
「ありがとう。えっと、まずは……今、金童子を吹き飛ばした先って誰かのお屋敷じゃないの?」
「あぁ、その事か、心配すんな。どうせ廃墟だろうよ」
「そう……なんだ。それからもうひとつ、こっちが本題なんだけど、そもそも金童子って何者なの? というか……あいつの言ってた星熊童子って……あんたが倒したの?」
「アスハ、酒呑童子の名前に心当たりはあるか?」
と、白鷹が逆に質問をしてきた。
「うん、名前くらいは聞いたことがある……」
「何十年か前に、大江山に巣食って都を荒らしていた鬼の首魁だ。だがそいつは、今は亡き源頼光公によって討伐された。星熊童子も金童子も、その酒呑童子に使えた鬼の四大幹部、まぁ四天王ってところの存在だったんだ」
「そうなんだ……。あれ、でも四天王ってことは……」
「あとのふたりは熊童子に虎熊童子、俺が七日ほど前にぶっ倒してやった星熊童子以外は全員ピンピンしていやがるぜ?」
そう言って白鷹は立ち止まった。見ると、そこは川べりだった。川のほとりには木製の台が置かれ、その上には……。
「うっ……」
私は思わず目を背けた。そこには、ひとりの男の首が晒し首にされて乗っていたのだ。否、人間の男ではない、金童子よりも人間的な顔をしているため一瞬人間の首かと思ってしまったが、額から一本の角が生えているし、髪の色は灰色、おそらくこの男も鬼なのだろう。
「あれが……俺の討伐した星熊童子の首だ」
「あんた……あんなものを花の女子高生に見せるつもり!?」
私は信じられないというふうに言う。いや、本当に普通常識的に考えて見せちゃダメでしょ。人によっては気を失ってるかもしれない。
だが白鷹の野郎はそんなことには全く持って気づいていないようだ。手柄自慢までしてくる。
「まぁなんだ。半分はこの俺の鬼の鎧の力なんだがな……。我ながら初めての変化にしてはよくやったと思うぜ」
「あっ、そう、それそれ」
と、私は思い出して言う。
「そういえばその事も訊こうと思ってたんだけど……。その……鬼の鎧っていうの? アシュラっていうの? それは……」
「さっき……俺が白波の太刀を手に入れたって話をしただろ?」
あぁ、確かあの岩から引き抜いたっていう……。
「それからなんだ……俺があの力を手に入れたのは……。那須乃様によれば、俺の中に眠っている鬼の血を完全に呼び覚ます物だって言ってたが、難しいところは分からねぇ。だがあの酒呑童子四天王たちがこの太刀を狙って現れていることは確かだ」
「へぇ、じゃあこれまでのことを総合するに……白鷹くんは、あの岩で白波の太刀を手に入れた。そしてそれを狙って現れた星熊童子をアシュラに変身した初めての戦いで撃破した……ってこと?」
「大体そんな感じだ。多分、星熊の野郎もアシュラの力は想定外で油断があったから討伐できたんだろうがな。だから俺もあんまりでかい顔はできねーよ」
ふぅん、意外と謙虚なんだ。見た目と口調に似合わず。と、私は白鷹の新しい一面を発見した。
「んじゃ、そろそろ行こうぜ。さすがにあまりにも帰りが遅くなると那須乃様もおかんむりだ」
白鷹は晒し首のある川べりを後にして、歩き始めた。私も、その場からは直ぐに退散したかったので大人しく彼に従う。
五分程歩いただろうか、やがて、星型の紋章が門に彫られた大きな屋敷が目の前に現れた。私たちがその門の前に立つと扉が自動的に開く。私は不思議に思って敷地内に入りながら門扉の後ろ側を確認したが、そこには誰もいなかった。ほんとのほんとに自動扉のようだ。
扉の向こうは、不思議な空間だった。香とはまた違った感じのいい香りに溢れ、周囲には緑色の木々や草花が生い茂っている。夜だというのにそれらは不思議な光を放っていた。
やがて私たちは、どこからともなく現れた着物姿の童子たちに案内されて建物の中に上がる。廊下を奥へ奥へと進んでいくと、そのうちにある広い部屋に出た。部屋の前面からは庭の池がよく見える。
「ようこそ、よくぞいらっしゃいました。白鷹丸、その女子はお客様ですか?」
部屋の奥の御簾の後ろから女の声が聞こえる。
「はい、那須乃様、彼女は……例の岩の所にて、先の世からやって来たというのを俺が……保護致しました」
「そうだったのですね。しかし先の世……ですか……」
姿の見えない女の声は何か思案するように言う。
「あの……那須乃様って……女の人だったんだ……」
私は小声で白鷹に尋ねた。
「そうだ。安倍那須乃。安倍晴明公の曾孫にあたるお方だ」
白鷹は私の質問に小声で答えた。
「して、先の世のお方、名はなんと申すのですか?」
「谷川……未来羽です」
私はやや緊張しながら答えた。
御簾の向こう側にいる人物は、姿こそ見えないがどこか高貴さを感じさせる。それに、不思議な安心感も……だ。
「ではアスハさんにお訊きします。貴方は……貴方が本来貴方がいるべき世界に……戻りたいですか?」
私は頷いた。
「はい、是非とも」
そう、確かにこの世界は妖やら鬼やら、それに陰陽師やらと不可思議なものが集まっていて、毎日は退屈しないだろう。だが、私はそんなものは求めていない。私には……自分自身の生活があって、それに、あっちの世界には大切な人達だっている。
「そう言うと思っていました。私には親兄弟や友人と離れ離れになる気持ちは分かりませんが、おそらくそれはとても寂しく、辛いものでしょう。もし、貴方が元の世界に戻りたいと言うのならば、保証は出来ませんが、手はあります」
「手……ですか?」
「はい、あの岩は、こちら側の世界では新月に力を発現させます。私たちが管理をしているため、未だ人間があちらの世界に飛ばされたことはありませんが、それでも妖が数体、あちらの世界に飛ばされたことはあります。ですので、おそらく貴方も……」
やっぱり、新月の日か……。あと四日……。でも、心配するだろうな。向こうの世界のみんなは。それに私、剣の携帯電話を持ったままこっちに来ちゃった。そんなんで四日も失踪すれば完全に私ってヤバい人じゃん。
「しかし、気になることもひとつあります」
と、那須乃は言った。
「気になること……?」
「はい、それは、こちらの世界からは定期的に妖の類があちら側に消えていきますが、向こうの世界からこちらに現れたのは……貴方が初めてだということです。何か……貴方がこちらの世界に来る前、あちらで変わったことはありませんでしたか?」
「変わったこと……ですか?」
特にはなかったような気がする。でも……。
「向こうの……白波神社の石が……光っていたような気がします。こう……なんか……金色に……」
すると、白鷹が何かに気がついたように呟いた。
「白波……金色……まさかな……」
「どうしたの?」
「いいや、俺がこの白波の太刀を見つけた時も、岩は金色に輝いていた。そして、太刀を抜いた瞬間にその光は消えたんだ」
「白波の太刀は……六道神器のひとつです」
と、那須乃はまた聞き慣れない言葉を発した。
「六道……なんですか?」
「六道神器です。我が曾祖父、安倍晴明公が生み出したと言われている六つの特別な力を有した物品。六つの力は、それぞれ仏典における六道の力に対応していて、白波の太刀はそのうちの修羅道の力を有しているのです」
「じゃ、じゃあ他の5つは……どこにあるんですか?」
と、私は尋ねた。みんな、白波の太刀みたいに持っている者を鎧武者に変身させる力を有しているのだろうか。
「それは私にも分かりません。曽祖父は……六道神器がどこにあり、どんな姿形をしているのか、何も言わないまま亡くなってしまいましたから……。白鷹丸が、その白波の太刀を手に入れるまで、私ですら、神器のひとつが太刀の形をしており、白鷹丸の鬼の血を呼び覚まして一時的に完全なる鬼に変化させるものだとは知りませんでした」
そうなんだ。でも、どうして今その話をするのだろうか。確かに気になってはいたけども。
「アスハさん、貴方に尋ねます。貴方は……こちらの世界に転移する時、なにか神器の類を持っていたのではないですか?」
「そうか! 普通は向こうからこちら側に行くことは不可能でも、神器の特殊な力を借りれば、それも……可能になる……」
「そうです。そして私の経験からの見立てによりますと、おそらくその神器の属性は……人間道です。私たちが今生きる道も人間道、私たちにとっては最も身近な六道ですが、それ故にあらゆる可能性を秘めている。無常を苦しみとする人の道が、時代を超える力を持つのはある意味では必然と言えるでしょう」
そんなことを言われても……。多分、私が普段持っていなくてあの時特別に持っていたものなんて……剣の携帯電話くらいしかない。そして、平安時代の人である安倍晴明が携帯電話を知っていたなんてことは、大きな声で有り得ないと言い切れるだろう。でも、私は、念の為携帯電話を取り出して床の上に置いた。
「あの……これなんですけど……」
「あぁ? なんだそれは、妙ちきりんな色と形をした硯箱だな」
硯箱……まぁ見えなくもないけど……。いや、やっぱ無理があるかも。
「それは……なんなのですか?」
那須乃も興味津々な口調で訊いてきた。
「あ、あぁこれは……携帯電話って言って、私たちの時代の最新アイテム……」
「いいえ、本体ではなく、その下についているものです」
「え……?」
私は視線をそのまま携帯電話の下に持っていく、今まで気が付かなかったが、そこにはストラップがついていた。緑色の……輝石の類だろうか。
「これは……分かりません。ストラップだとは思いますが……」
「分かりました。おそらくその石が人間道の神器でしょう」
えぇ……。でもどうして剣はそんなものを持っていたのだろう。元の時代に戻ったら訊かなくてはならないことが出来た。
「貴方がこの時代へと来た所以はまだハッキリとではありませんが、それでもある程度までは分かりました。ですが……」
と、那須乃はここで話題を切り替える。
「いずれにせよ、貴方が元の時代に戻るには、数日の時が必要とされます。その間の貴方の暮らしですが……貴方は一体何を望まれますか?」
そうだ。確かにそれは重要な事だ。立て続けに起こるファンタジー的事象に気を取られてすっかり忘れていたけど、人間、生きていく上でそれがいちばん大事なことだろう。だがしかし……こちら側から泊めて欲しいとかも言い難いし、宿を取るにしてもお金とか……こっちの時代の経済がどうなっているのかも分からないし。
「迷っているのですね」
と、那須乃はこちらの心を見透かすように言った。
「え、えぇ、まぁ、はい……」
「それでは……提案なのですが、私のこの屋敷に、泊まっていくというのは如何ですか? 幸いにして寝所は……そうですね、いくらでも作りだすことが可能ですし」
「いくらでも……作りだすことが可能……?」
ってどういう意味なんだ。
「文字通りの意味だぜ。那須乃様の屋敷は……必要に応じていくらでも形を変化させることが可能なんだ」
那須乃の代わりに、白鷹が答えてくれた。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
「お前、少しは遠慮というものをだな……」
遠慮したもん、ちゃんと心の中で。それに貰えるものはきっちり貰っておかないとね。
「そうですか、では式神たちに貴方の寝所へ案内させますね」
那須乃がそう言うと、いつの間にか廊下にさっきの童子たちが立っていた。式神……というのだからこのふたりは人間ではないのだろう。どう見ても人間の子供にしか見えないけど。
式神たちの案内に従って廊下を歩いていくと、そのうちに私の寝所であろう部屋にとたどり着いた。蚊帳の向こうに、布団が敷かれている。布団の上にはやや大きめの着物が……ははぁ、この着物を掛け布団替わりに寝るんでしたね、昔の人は。おそらく剣経由で聞きかじった知識を私は思い出した。
その日は夜も遅かったので、私は布団に入ると、直ぐに眠った。慣れない環境で多少寝心地が悪く感じられたが、どんな場所でも眠れるのは私の特技だ。その特技は、小学校の頃に連れていかれたキャンプで、指導員のお墨付きである。
翌日、私は朝の光で目が覚めた。起き上がると、枕元には薄桃色の着物が畳んで置いてあった。どうやって着たものかと悩んでいると、女の子の式神がどこからともなくやって来て、それらを着付けてくれた。色は女の子ものっぽいが、形状は男の人が着る着物に近かった。おそらくは私がよく動き回りそうだという那須乃の配慮だろう。
式神たちは、私が着替え終わると、どこかに案内をしてくれるようだった。私がそれについて行くと、朝食の席が用意されていた。那須乃はおらず、白鷹とふたりっきり、なにか気まずい。
「よう、起きたか」
白鷹は手を上げて挨拶をしてきた。
「なんつーか、その……着物、似合っているな」
「あ、ありがとう……」
私はそう言いながらお膳の前に座った。
「やっぱ俺が選んだ甲斐があったな。お前ってなんか男っぽいし」
あんたのセンスだったのかい。それに男っぽいってなんだ。私は朝からテンションが駄々落ちになる。
「そういえば、那須乃さんは……?」
と、私は訊いた。
「あの人は……普段からそうそう俺たちの前には姿を現さねぇ。現れるのは必要な時だけだ。忙しいんだろうよ」
「忙しいって……妖怪退治とか……?」
「お前、陰陽師をなんだと思ってるんだ?」
え、妖怪とかを退治する人たちじゃあないの……?
「陰陽師の本業は天の動きを観察し、暦を作ること。天の動きは地上の動き、とりわけ妖などを動かしている見えない力に影響を及ぼしやすいから、その延長線上で呪術や……それにお祓いなんて仕事を請け負うようになったってだけだ」
「そうなんだ……」
それから私は話題を白鷹に振った。
「白鷹くんは、今日は? というか……白鷹くんは普段はなんの仕事を?」
「俺は……いや、俺こそが前に言った通り、都に溢れる悪鬼退治といった仕事をしている。これも前にちらりと言ったが……頼光公や晴明公が亡くなってからというもの、都を守っていた守護者がいなくなったのをいいことに、奴らがまた元気いっぱいに活動を開始したからな」
「亡くなったって……。ずっと気になってたんだけど、それってもしかして呪いとかそういうのじゃ……」
「いいや、彼らに関しては問題ない、寿命だろうよ。というか頼光公や晴明公に呪いをかけられるほどの人物を俺は知らないし、多分いないだろう。あのふたりは……その存在自体が都を守る結界みたいなもんだった」
結界……ね。またファンタジーなワードが飛び出してきた。
「結界といえばそうだ。この屋敷も結界が張られてるんだぜ?」
白鷹は自分の事のように自慢げに言う。
「そうなの?」
「あぁそうだとも。ほら、あの金童子、奴は気を失っただけだって言っただろう? あいつの性格からして正気を取り戻せば直ぐに俺を追ってきただろう。だが俺たちは昨日の夜会ったきりずっと奴には遭遇していない。それはこの屋敷の結界があったからだ。ここは……そうだな、悪しき考え、例えば誰かを殺してやるとか何かを壊してやるとか、そういう考えを持った者がやってくれば自動で弾き出される仕組みになっている。ひと晩も屋敷に入れずにいれば、そのうちにあいつだって諦めて山に帰ってっただろうさ。ま、俺たちが外に出ればいつかはまた襲ってくるだろうから用心は必要なのだろうけど」
さらに白鷹は話を続けた。結構よく喋る質の人間、いや、鬼、いや……何? とにかくそういう質の人なのだろう。
「それからアスハ、今日は何をするかと訊いていたな。今日は……こんな依頼が届いている」
そう言って白鷹は一枚の紙を床の上に投げた。私はそれを拾って、読み……読み……読めない!! くずし字、無理! それに絶対古文調の文体じゃんこれ!!
「お前、もしかして字、読めねぇのか?」
「うるさい。何も言わなくていいから私のためにそれを読んで」
私は白鷹の態度に若干イラッとしながら紙を渡した。
「内容を要約すると……こうだな、さる大貴族の娘が病にかかった。薬を飲ませ、祈祷師を呼んだが回復する兆しは見えない。その挙句、屋敷では怪奇現象が多発するようになった。具体的に言うと……以前暇を出した女官が……恐ろしい鬼女の様相になって現れたのが目撃された。というところだな。んでもってその調査および解決をこの俺に依頼してきたってわけだ」
「ねぇ白鷹くん」
と、私は改めて白鷹に声をかけた。
「その調査……私も行っても良いかな?」
「ん? あ? まぁ良いが……どうしたんだまた急に、お前がそんなことを言うなんてちょっと意外だったな」
「だって……この家に、那須乃さんと白鷹くん、それに式神たち以外の人、いる?」
白鷹は首を横に振った。
「じゃあ私絶対暇じゃん! 今まで忙しい毎日を送ってきたのに急に何も無いところに放り出されるなんて絶対無理だもん! 第一趣味なんてそんなにないし……。というわけで、白鷹くん、よろしく」
「道楽かよ。まぁいいぜ、今回はさほど危険な仕事でもなさそうだしな。だが暇なら別に式神相手に双六でもやってればいいだろ?」
「やだ、絶対この時代のゲーム、ルール分かんないもん」
「そうかい、じゃあさっさと食べて支度しな。まぁ支度するってもそんな持ってくものもないだろうけど」
なんだその私が物無しみたいな言い方は。でも事実今はそうなのが悔しい。
白鷹の言う大貴族の家は、那須乃さんの屋敷からさほど離れてはいなかった。しかし、その敷地は那須乃さんの家の何倍もあるように見える。まぁもっとも、那須乃さんの家みたいな不思議な幻想さはないのだけれど。私は平安貴族の家、寝殿造ってこんな風になっているんだなと半ば感心しながら案内人の指示に従って屋敷の奥へと通されていった。
奥の部屋には、蚊帳の向こう側にひとりの少女が寝かされており、外側には彼女の両親と思しき男女ふたりと、祈祷師だろうか、僧形の男がひとり、座っていた。那須乃さんの姿は御簾の後ろにいて始終見えなかったため、生平安貴族は初体験だ。うん、予想通りの見た目をしていた。少女の方は、蚊帳の向こう側にいるため、よく見えない。
「よくいらっしゃいました。白鷹丸殿……娘を、小町を助けて下さりませ……」
父親が烏帽子を揺らし揺らし言った。
「任せてください。この白鷹丸、必ずや娘様を助けてみせまする」
白鷹は、私に対する態度とは別人のようにそう言って頭を下げた。
「そちらの……お方は……?」
母親が私の方を示して言ってきた。
「訳あって那須乃様の屋敷で預かっているものです。害はありません、ご安心を」
他人の事を動物みたいに言うな。
「では、大納言殿、早速ですが娘様を拝見できますでしょうか」
「いいでしょう。おい、蚊帳を上げて差し上げろ」
大納言が命ずるとお付きの者が現れ、蚊帳をスルスルと上げる。
白鷹がその中に入っていったので、私もそれに続いた。小町は、ちょうど私たちと同年代くらいだった。ちゃんと現代基準で言う美少女の部類に入る少女だったが、額には玉の汗が浮かび、何かうわ言を呟いて魘されていた。
「なんて……言ってるの?」
私が問うと、白鷹はその耳を小町の口元に近づけた。
「『ごんなさい、ごめんなさい』と……何かに謝っていやがるぜ」
「謝ってる……?」
「あぁ、もういい。アスハ、この部屋にはもう知りたいことは無いだろう」
白鷹はそう言うと蚊帳から出た。仕方が無いので私も続く。
それから白鷹は調査のためと断って、私を伴い庭に下りた。大納言夫妻はついては来なかった。
「アスハ、違和感には気が付かなかったか?」
「違和感……? 私には呪いとか言う時点で違和感バリバリなんだけど」
「確か……話によるとこの屋敷には暇を出した女官の生霊が現れるという話だった。それなら何故小町の奴が謝る必要がある?」
「あぁ、確かに……」
「少なくとも、その女官とやらに話を聞いてみる必要がありそうだな」
白鷹はそう言うと踵を返して大納言たちの方に向かった。そして尋ねる。
「あの……つかぬ事をお聞きしますが、貴方たちが暇を出したという女官は……一体どこの誰なのですか?」
「それが……」
と、ふたりは顔を見合せた。
「覚えていないのです。確かに彼女には暇を出した。そんな記憶は残っているのですが、後は全く……名前も、それにどんな人だったのかも記憶からすっぽり抜け落ちてしまっていて……」
「そいつは……多分人間じゃあねぇな……」
白鷹はそう呟いた。
「アスハ、ちょっとこっちに来い」
私は白鷹に言われるがままに彼の所に移動する。
「今から……小町とその謎の女官とに結ばれた呪いの縁を断ち切る。普通なら難しい術を使わねば……出来ない事だったが……多分、この白波の太刀があれば出来るはずだ」
「何その自信?」
「何って、この太刀は……俺に眠っていた鬼の血を最大限まで引き出すことが出来る。そしてこの呪いをかけた者が人ならざる者である以上、その縁を断ち切る、見えぬものを斬るには……同じく人ならざる者の力で出来るはずだ。謎の女官の正体を探るのは……その後でも間に合うだろう。縁が無理矢理断ち切られれば、向こう側にだって多少なりとも影響があるだろうからな。少し荒療治になるが……やるしかない」
そう言って白鷹は誰が止める間もなく白波を引き抜いた。
夫婦はさっと目を瞑り、祈祷師の僧侶は手を合わせて念仏を唱え始める。そうだよね、家の中で刀なんて抜かれたら怖いもんね……。私は彼らに同情した。
だが次の瞬間、白鷹はニヤリと笑って言った。
「なんてな! そんなこと出来るわけねぇだろう?」
「はぁ!? なにそれ、私たちを騙し……」
「だがおかげで分かったぜ。お坊さんよ」
そして白鷹は白波の太刀の先を僧侶に向けた。
「え……」
私は驚き、大納言夫婦はキョロキョロと辺りを見回す。そして刀の切っ先を向けられた僧侶はニタリと不敵な笑みを浮かべた。
「そうだ……だがよく分かったな……。何故私の正体に気がついた?」
「なぁに、簡単な事だぜ。お前、俺が縁を断ち切るとか言い出した途端にお経を唱え始めただろ。普通あんな状況ならそこの大納言殿達みたいな反応を見せるだろうからな。だからお前のお経には何か呪詛の文句が混ぜこまれているんだろうなと思った。俺の言葉を聞いて、縁を断ち切られんがために呪いを強めたって算段だ」
「い、いつから……いつから私を疑っていた?」
「いつから? ただの当てずっぽうさ、だがもし違っていても、俺はただ単に思い違いをした人で済まされるだろう? にしても僧に化けるとはよく考えたな。道理で祈祷師を呼んでも意味無いわけだ。お前自身が呪いをかけた本人、なんなら例の女官とも同一人物なのだからな。ったく、感心した変化術だぜ。茨木童子いばらきどうじも真っ青ってな」
「く……くく……ふはははははははははは」
僧侶は何がおかしいのか笑い声を上げ始めた。
「この私を……いや、この僕に一杯食わせるとはな!! 感心した! 実に感心したよ白鷹丸!! いかにも、僕は人ならざる者さ!! くはははははははは!!!」
そう言って僧侶は着ていた着物を脱ぎ捨てた。するとそこには、さっきまでの僧侶とは似ても似つかない美少年が立っていた。黒色の髪に赤色の瞳をした少年だ。着物は、胸と腰周りを隠す程度のボロ布を身にまとっていた。腰元には黒色の鞘に入った太刀が刺してある。
「誰だお前……そして何故、小町を狙った?」
白鷹は相手を睨みつけながら問うた。
「そうだなぁ、その質問にはひとつづつ答えてやる。まず僕の名前だが……僕の名は浅魔童子、聞いたことがないのは当たり前だろう。何しろ僕自身ついこの間まで父親の名も、そして祖父の名も知らなかったのだからなぁ!」
「父親? 祖父?」
「そうさ。僕の父親は鬼童丸、そして祖父は酒呑童子……くくく、くはははははははは!!」
「な……お前……」
白鷹は信じられないという顔をした。
「くはは! いいぞその顔は!! さらにお前には衝撃の事実というやつを教えてやろう。僕はお前と同じ半人半鬼さ!!」
「貴様……それならどうして……」
「どうして? どうしてこんなことをしたのかって? さぁな、それは僕にも分からない。……でも僕は女が嫌いなんだ。女が苦しむ顔を見ると何かこう胸の奥がうずうずしてくる……だから……かなぁ、こんなことをしたのは……!」
「お前……たたき斬る!!」
白鷹は白波を構え直した。
「いいぞ。他人の家で斬り合いをするのは無礼なのだろうがお前から言ったんなら仕方が無い。僕の黒天とお前のその白波とかいう太刀と……どっちが強いか勝負しようじゃあないか」
浅魔童子も太刀を抜く。
「望むところだ……!!」
ふたりの半鬼は、太刀を手に睨み合った。
浅魔くんは結構好きです。次回の更新日は4月15日です。