第19話 玉姫様は戦うにゃん♪
前回に引き続き玉姫様の回。戦うにゃん♪
玉姫の地下宮殿には、たくさんの猫の姿があった。地下とはいえ、恐らくは妖力で作られた光が所々に灯っており、まるで夜の繁華街のように明るい印象を私たちに与えてくれる。地下通路の壁には、朱塗りの柱が並んでおり、それが天井を支えていた。猫たちの中には、普通の猫よりも数倍は大きな猫またの姿もある。
「宮殿……というよりも地下の街みたいだな」
黒猫の姿になった浅魔童子が感想を述べた。
「で、玉姫様がどこにいるか、分かってるの?」
と、三毛猫姿の加茂女が問う。
「さぁな。だがそういう場所は大体奥まったところにあるもんだぜ」
「なにそれ、適当?」
だが、私はその時、通路を行き交う猫またたちの中に、ひとりの猫またを見つけた。大きい灰色の体、あれは、梅星だ。
「ねぇ、ふたりとも!」
私は浅魔童子と加茂女に声をかける。
「あの……猫またって……」
「梅星……か、あいつは玉姫様の側近、ついて行けば自ずと姫様の居場所にもたどり着けるかもしれない……というわけか」
浅魔童子は納得したように言った。
「さっすが、アスハちゃんだね」
私はそんな浅魔童子の言葉を無視して進んでいく。
やがて、梅星は、地下通路の突き当たりにある大きな扉の前に立ち止まった。扉には肉球の形をした紋章が描かれている。
「玉姫様、入ります……」
扉がゆっくりと開いた。梅星が扉の中に消えていったので、私たちも彼に気付かれないように扉の中へと滑り込んだ。
扉の向こう側は、大きな広間になっていた。奥には金や真珠で装飾された玉座があり、そこに、玉姫が腰をかけている。
「梅星……か……」
玉姫はいささか沈んだ様子で言う。
「やはり……一五様のことが……?」
と、梅星は問うた。
「うむ……妾はやはり兄上に、酷いことをしてしまったかもしれにゃいのじゃ……」
玉姫は言った。
「しかし……玉姫様……」
「梅星、妾のはにゃしを聞いてくれるか?」
「はっ……」
「妾と兄上は、この猫またの郷でそれはそれは仲良く育ったのじゃ……。兄上は誰よりも優しい猫またじゃった……。じゃがあの日、兄上の優しさは裏目に出てしまったのじゃ……」
と、ここで玉姫は一旦言葉を切って綺麗な緑色の瞳で遠く、記憶の彼方を見据えた。それから、意を決したように続ける。
「兄上は、親を亡くした牛鬼の子を拾ってきてしまったのじゃ……。それが今回現れた牛鬼、茂尾火にゃのじゃろう……」
「しかし……牛鬼は我ら猫またを襲うこともある危険な妖、そんな牛鬼を拾い育てることなぞ、それこそ我々にとって、重罪なのでは……?」
「そう、その通りじゃ。じゃから妾たちの父上は兄上を許さにゃかった……。兄上は、この郷から追放されたのじゃ……。そして妾は、そんにゃ事ににゃるのをただ指をくわえて見ている事しか出来にゃかった……。妾は……酷い妹じゃ……」
「そんな事は……ないと思います」
「アスハ……!?」
私は、思わず前に進み出てそう発言していた。
「お、お前……いつの間にそこに……!? というか何者だ!?」
梅星は身構える。彼からすれば私たちはただの侵入者だ。攻撃されても文句は言えない。
「よい、梅星。続けよ、見知らぬ白猫よ」
玉姫はそんな梅星を制して私たちに言った。
「玉姫様は……兄上様の事を今でも心配していらっしゃいます……。決して、彼を見捨てたくて見捨てた訳じゃあない……と。だから、もう一度御兄妹おふたりで話し合われてはどうでしょうか?」
「はにゃし合い……じゃと……? じゃが兄上は怒ってはいないじゃろうか? 妾の事をまだ妹と思ってくれておるじゃろうか?」
玉姫は心配そうに尋ねた。
「例え思われてなくても……」
と、浅魔童子も前に進み出る。
「でも、そんな事はやってみなくちゃあ分からない。それに、相手にどう思われようと自分はこうしたい、そんな事を伝えるのが大事だと僕は思う」
「そうか……お主たちが誰だかは分からぬが……感謝いたそう。ただし……」
と、玉姫は言う。
「それには条件がある」
「じょ、条件!?」
加茂女が目を丸くした。
「うむ、妾はお主たちを知らん。じゃからどこまでを信じていいのか分からぬ。そこでじゃ、お主たちの力量をこの妾の目の前で示してもらいたいのじゃ……」
なにそれ、ここで戦いでも始めるつもり? なんでこう、血気盛んな人が多いのだろうか、この時代の人って。
「では……玉姫様……」
と、梅星は前に進み出ようとする。だが、玉姫はそんな梅星を制した。
「待て、お主ではこの猫たちとの力の差があり過ぎるであろう。体格差からしても殺してしまうやもしれぬ」
「では、誰が相手を……」
「うむ、それはにゃ……」
玉姫はそう言って自らの玉座の後ろをゴソゴソと探る。そして一匹の虎猫を取り出して、私たちの目の前に投げた。猫は綺麗に着地を決める。大きな猫だった。私たちの二倍近くはあるだろうか。
「山猫じゃ」
玉姫は紹介した。
山猫……って……。でも、日本の本州に山猫って存在していたっけ!? いや、今はそんなことにツッコんでいる場合ではない。山猫は、私たちの姿を確認すると、威嚇するような表情をしてから飛びかかってきた。
「くそっ、既に臨戦態勢か……!」
浅魔童子がそれをかわす。彼はそのまま山猫に爪を突き立てようとしたが、山猫の分厚い筋肉はその攻撃を防いでしまった。
「あぁもう! なんでこうなるの! 私帰りたい!」
加茂女がもう嫌だという叫びを上げる。
山猫はそんな加茂女の声を聞いたのか、攻撃目標を今度は加茂女に変更した。
「えっ、う、嘘……!」
「させるか!」
飛びかかる山猫と加茂女の間に浅魔童子が立ち、彼女を庇う。山猫の爪が浅魔童子の肩に深々と突き刺さった。
「浅魔くん!?」
大丈夫だ。これくらいの怪我は……」
思わず駆け寄ろうとした私に浅魔童子は言う。
「それに、どうやら僕も本気を出さないといけないみたいだね」
浅魔童子は山猫の前脚を脱すると、空中に飛び上がり、彼が普段空を飛ぶ時に使っているコウモリのような翼を展開した。その様子を見て梅星が目を見開く。
「彼奴……ただの猫じゃあ……ない!?」
「喰らえ! 餓鬼道黒雲斬!!」
浅魔童子は前脚の爪を振るい、そこから黒い斬撃を飛ばした。どうやら今は、黒天の薙刀の代わりを彼の爪が果たしてくれているらしい。
「ぎにゃあぁぁぁぁぁっ!!」
山猫は攻撃を喰らって後方に吹っ飛ばされた。それを見た玉姫が満足そうに声を上げる。
「うむ、見事じゃ! お主ら……」
と、その時、私たちの身体が光に包まれ、みるみるうちに数倍の大きさ、いや、本来の姿に戻った。津刃女にかけてもらった術の効果が切れたのだ。
「なるほど……そういう事だったか……」
梅星は漸く納得がいったという風に頷いた。
「その……騙すような事をしてしまい申し訳ありません。ですが、こうでもしないとお目にかかる事は出来ないと思いまして……」
私は玉姫に頭を下げる。
「いや、気にしてはおらぬよ。妾とてお主たちが普通の猫とは違う事くらい最初から気付いておったわ」
なんと、気付かれておりましたか。だが、だからこそ彼女は多くの猫またたちから尊敬を集めてここに君臨をしているのだろう。
「お主たち、妾を兄上の所に案にゃいしてくれるのじゃろう?」
「はい、そのつもりです……」
「にゃらば善は急げじゃ。すぐにでも参ろう」
「し、しかし玉姫様……玉姫様が御自ら前線へ出向くなど前代未聞……」
梅星は必死に玉姫を止めようとする。
「梅星よ」
玉姫は言った。
「良い、妾はとうに覚悟は出来ておるわ。それにこの猫またの郷を支配する者としてお主たちだけに全てを任せる訳にはいかんのじゃ」
玉姫は玉座を飛び降りると私たちのそばに着地した。
「それでは行こうではにゃいか。アスにゃん、それからアサにゃん、あとは……カモにゃん」
妙な名前までつけられてしまった。どうやら割かしフレンドリーな性格をしたお姫様のようだ。
私たちは玉姫と共に地下宮殿を出て森の中の道を歩いていた。玉姫は私たちの話を興味深く聞いていた。
「にゃるほど……つまりお主たちはその六道神器というやつを求めて東国へと旅をしているのじゃな」
「そういう事になります……」
私は答える。
「何か……知っていることはないのかい?」
浅魔童子が質問した。
「うむぅ、残念にゃがら妾はこの郷から滅多に出にゃい故にゃあ……」
それから玉姫は浅魔童子の方を向き直り、その肩の傷口をまじまじと見つめた。彼が猫の姿の時に負った傷は、元の姿に戻ってもまだ治らなかったのだ。
「アサにゃん、その傷は……」
「なぁに、大した傷じゃあないよ。前に鈴鹿御前と戦って負った傷に比べればね」
と、その時、加茂女が立ち止まり浅魔童子に歩み寄ると、何か呪文のような言葉を口の中で呟き、その傷口に手を当てた。するとみるみるうちに傷は塞がっていく。
「加茂女、君は……」
「別に、借りを返しただけだから。治癒の術は簡単なものを輝翔夜鬼きゅんから習ってただけだし……」
加茂女は顔を背ける。
「感謝するよ」
浅魔童子は言った。
「お、お主たちの関係性はにゃんにゃのじゃ……?」
玉姫は首を傾げる。
その時だった。森の向こうの道に四人の人影が現れる。真ん中には黒く長い髪と猫耳の男、一五が立ち、その脇を固めるように白鷹、翼、そして小町の姿があった。
「あ、兄上……!」
玉姫は一五に声をかける。
「玉姫……」
一五は呟いた。
「お主には……謝らにゃきゃいけないことがある……。いや……謝ってももう遅いのかもしれにゃい……だが……それでも……」
「儂は別に怒っている訳では無い」
一五は言った。
「え……?」
「儂は別にお前を怒っているのではない」
一五は繰り返す。
「それに悪いのは儂なのだ。そこな女子よ、人質に取るような真似をして悪かったな」
と、一五は加茂女の方を見て言う。
「儂は……ただ……茂尾火を傷つけたくなかったのだ……」
「ま、待ってくれぬか兄上、それにゃらどうして兄上は今更茂尾火を妾の郷へと連れてきたのじゃ……?」
「あれは……」
と、一五はやや答えるのに迷っている様子だったが、やがて意を決して答えた。
「茂尾火であって茂尾火ではない……」
「どういうことじゃ?」
玉姫は訳が分からないという様子で問う。
「お主たちに追放されたすぐ後、茂尾火は死んでしまった……。まぁ今冷静に考えてみればそれは当然の事だったのだろう。妖である牛鬼の子を、儂ひとりが育てるなど、無理に等しい行為だったのだ……。だが、当時の儂にはそれが分からなかった……」
「じゃあ、今いるあの牛鬼は……」
と、私が口を挟む。
「儂はこの郷を追放されてからというもの……日ノ本各地を旅してきた……。そして東国に立ち寄った時、反魂の法により死者を蘇らせているさる貴人と出会ったのだ……」
「東国……?」
白鷹がその言葉に反応した。
「左様、その貴人は目的なぞもなくただかつて命を落とした者たちを己の術を持ってして蘇らせているように見えた……。そして、その中に、儂の茂尾火がいたのだ……」
「それで……兄上はその貴人から蘇った茂尾火を受け取った訳じゃな」
「そうだ……。しかし茂尾火は以前の茂尾火とは違っていた。彼からはもはや生きとし生けるものが皆持っている心というものが失われていた。肉体こそ蘇っていても、心を甦らせることは……いかなる術を持ってしても、不可能なようだ……。それでも儂は、彼の生まれ故郷であるここに戻ってくればあるいは……と思った。だがそれは間違いだった……」
「茂尾火は心を取り戻さず、ただ、餌のみを食べる殺戮者とにゃってしまったのじゃにゃ」
「そうだ……」
「にゃらば茂尾火を倒そう。兄上」
玉姫はなんの迷いもなくそんな提案をした。
「倒す……だと? しかし、儂には出来ない……たとえ心を失っていようと、あれは茂尾火に違いない……儂の可愛がっていた茂尾火に……」
「兄上、妾は思うのじゃ。それで茂尾火は本当に幸せにゃのか……と」
「なんだと……?」
「多分、生前の茂尾火はこんにゃ事、望んでいるはずがにゃいのじゃ。きっと、彼は今苦しんでいる……。じゃから、せめて楽にしてやるのが、妾たちの仕事というものであろう」
「玉姫……」
「兄上、妾は猫またの郷の長の座をお主に譲りたいと思う」
玉姫は唐突に言った。
「どういう事だ……?」
「本来、この郷の長は妾の家系の長子が継ぐものじゃ。お主が戻ってきたのにゃら、お主にその座を譲るのが世の道理というものじゃろう? じゃから、これは妾からお主への、最初で最後の命令だと思って聞いてはくれぬか?」
「……分かった。玉姫……そうしよう……」
私たちは例の、茂尾火のいる沼地へと向かった。玉姫と一五は沼の前に進み出ると私たちに言った。
「お主たちよ、手出し無用じゃ。ここからは妾たちの戦いにゃのじゃからにゃ」
「行こう、玉姫……」
ふたりは格闘技の構えのようなポーズをとった。水面が揺らめき、巨大な牛鬼が姿を現す。
「出たにゃ、茂尾火!」
玉姫は地面を蹴ると空中に飛び上がった。そして手の指の爪を振るう。そこから光のカッターが飛び出し、茂尾火を襲った。だが、茂尾火の厚い皮膚はその攻撃を通さない。
「く……やはり通常攻撃ではキツイところがあるか……。ならば……!」
今度は一五が茂尾火に飛びかかった。彼は両腕を前に突き出すとそこから炎を発射した。
「儂が長年の旅路で習得した炎妖術、喰らうがいい!!」
「あ、兄上! 猫またにもそんな妖術が出来るのか!?」
「なぁに、儂とてただ何も考えずに旅をしていただけではない故な!!」
茂尾火の姿は炎に包まれた。だが、炎が晴れると、そこには一切攻撃に動じていない茂尾火の姿が現れる。
「だ、駄目か……!?」
一五は玉姫の隣に着地をした。茂尾火は激昂したように雄叫びを上げるとふたりに突撃していく。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「くっ……結界!!」
一五は両手で印を結び、結界を展開する。茂尾火は前方を見えない壁に阻まれたように進めなくなった。
「玉姫! 今だ!!」
「っしゃあっ!!」
玉姫は再び跳ぶと茂尾火の背中に着地をした。そしてその首筋に自らの牙を突き立ててかぶりつく。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
血飛沫が上がり、茂尾火はその痛みによって暴れた。一五がまた別の印を結び、指先を茂尾火に向ける。
「茂尾火……済まぬ……」
彼の指先から光線が発射され、茂尾火の喉元を貫いた。玉姫はその背中から振り落とされ、沼に落ちる。
「や、やったのか!?」
沼の中から浮かび上がりながら玉姫が問うた。
「あ、あぁ……恐らく……」
と、一五が言う。だがそこで、茂尾火の鋭い脚の一本が一五の身体を貫いた。
「兄上!?」
「一五!?」
その場にいた誰もが目を見開いた。本来、あの程度の攻撃を喰らえば致命傷のはずである。だが、茂尾火は倒れるばかりか、更に攻撃までしてきたのである。
「か、かはっ……何故……」
一五は力を失って地面に落下した。玉姫はバシャバシャと岸に上がり、一五に駆け寄る。だがそこに、茂尾火の脚が振り下ろされた。
「危ない!!」
白鷹が動いた。彼は白波の太刀を抜くと茂尾火の攻撃を防いだ。
「そうか……奴は……既に死んでいる身……これ以上殺す事は出来ないと……」
翼がその場で推論した。
「殺すことは出来ないって……じゃあどうやって倒せばいいの!?」
私は尋ねる。
「確かに……殺すことは出来ませんが、機能を停止させることなら出来ます。幸いにもあの牛鬼は、再生能力は有していないように見えますし……」
翼は茂尾火の喉元から流れ出る血を見ながら言った。
「つまり……何らかの形でバラバラにでもする事が出来ればあの牛鬼を倒せるという事ですね!?」
小町が確認する。
「白鷹!」
「言わずとも分かってるぜ、アスハ、今、俺が……」
「早まるにゃハクにゃん!」
そんな白鷹の肩を玉姫が掴んだ。その瞳は決意に満ちている。
「は、ハクにゃん……? い、いや、それはいいとして……玉姫様?」
「兄上の仇を取るのは妾じゃ。手出しは無用じゃと言ったであろう」
「し、しかし……」
「問題にゃい。続行じゃ」
そう言いながら玉姫は浅魔童子の方に手を伸ばした。
「アサにゃん!」
「了解っ!」
浅魔童子は腰から黒天の薙刀を抜き、玉姫に投げ渡す。玉姫が受け取ると、黒天は薙刀形態に展開した。
「にゃぎにゃたってとても言い難いにゃ」
玉姫はそう言いながら薙刀の切っ先を茂尾火に向ける。
「まぁいい、茂尾火よ! お主はこの妾が裁く!!」
玉姫は薙刀を持ったまま飛び上がり、黒い斬撃を飛ばす。神器である薙刀の威力は絶大で、茂尾火の8本ある脚を次々と切断していった。茂尾火の胴体は沼の中に落ちる。
「ふん! どうじゃ、参ったか! 妾を怒らせた報いじゃ! じゃが安心するといい! 直ぐに楽にしてやるからにゃ!」
玉姫は薙刀を振り下ろしながら叫んだ。
「餓鬼道黒雲斬!! これは猫騙しじゃあにゃいぞ!」
斬撃は茂尾火の身体を縦に切り裂いた。茂尾火はそのまま沼の奥底へと沈んでいく。
玉姫は一五のすぐ側に着地した。そして一五を抱き起こした。
「玉……姫……」
一五は呟く。
「兄上……」
「玉姫……やはり儂は……お主の後継者には……なれな……」
「兄上! 死ぬにゃ!」
一五の口元がフッと緩んだ。彼の目元を一筋の涙が流れる。
「兄上……妾を……置いていくにゃ……。そうじゃ、妾を置いていくにゃんて許さんぞ……。だから……」
と、玉姫は言った。
「妾はこれから兄上を助ける!!」
え……。私は一瞬、玉姫が何を言ったのか分からなかった。この状況で助けられる法など……。
だが、玉姫は加茂女の方を向き直ると言う。
「お主、治癒の術を習得したと言ったにゃ? 妾の知識が正しければ、治癒の術は、死んだ者以外にゃらばあらゆる怪我をにゃおせるのではにゃいか?」
「え、ま、まぁ……こんな大怪我はやった事ないけど……」
と、加茂女は一五のそばにかがみ込んだ。加茂女は何やら呪文のような言葉を唱え、一五の傷口に手をかざす。傷口は見ていても分かるくらいの速さで治っていった。
「す……凄い……」
私は思わず呟いた。
「感謝なら……私じゃあなくて輝翔夜鬼きゅんに言ってよね?」
「うむ、分かったのじゃ! じゃがカモにゃんよ! 妾はお主も気に入ったぞ!」
玉姫は加茂女を無理やり抱きしめるとその黒く艶やかな髪を撫で回した。加茂女は突然の事に驚いて目を白黒させる。
「な、なんなの!? この妖は!?」
「妖じゃあにゃい! 半妖にゃのじゃ!」
「玉姫……儂は……」
一五は起き上がろうとする。だが加茂女が玉姫に弄ばれながらもそれを制した。
「あんまり……治ったからって起き上がらない方が……。あんな傷、治したのは初めてだし……」
「そうじゃにゃ。兄上、宮殿までは妾が運んでやろう」
玉姫は漸く加茂女から離れると一五を抱き上げた。それから私たちひとりひとりを見て言う。
「お主たちには感謝する。色々失礼もあったかもしれぬが、そこは素にゃおに妾が詫びよう。してにゃにか望む物はにゃいか?」
「望む物……それなら……」
と、浅魔童子は言った。
「加茂女を……都まで返してやって欲しい。彼女だってひとりで帰るよりも猫またとはいえ護衛付きの方が何よりも心強いだろうからね」
「承知した。じゃがお主はそれでいいのか?」
「それでいい……って?」
「いいや、にゃんでもにゃいのじゃ」
翌日、私と白鷹、翼、小町、それに式神のふたりと浅魔童子は玉姫に呼び出され、例の玉座のある広間に通された。だが、玉座には誰の姿もなかった。不思議に思っていると、広間の柱の陰から玉姫が現れた。
「驚いているようじゃにゃ。妾はもうあそこには座らんのじゃ」
玉姫は、昨日までの豪華な格好とは打って変わって、比較的動きやすそうな着物姿になっている。旅装束とでもいった格好だ。
「猫またの掟に従い、兄上に家督を譲ったのじゃがにゃあ」
それからニカッと笑って続けた。
「故に妾は今暇人ににゃってしまったのじゃ」
「暇……人……に……?」
私は何か変な予感がして呟いた。
「つまり……じゃにゃ……妾は……その……」
「わたくしたちの仲間に加わりたいと言うのですね!?」
小町が玉姫の言葉を引き継いだ。
「そ、そうじゃ、そういうことじゃ。……じゃが……妾は……」
と、玉姫は続ける。
「厳密にはハクにゃんの方ではなく……その……」
玉姫は浅魔童子の方を見る。浅魔童子はやや驚いた顔をした。
「そう……アサにゃんの方に加わりたいのじゃ」
「え……?」
「妾は……気に入ったのじゃ。アサにゃんも……それにカモにゃんも……」
玉姫は何故か浅魔童子から顔を背ける。浅魔童子は言う。
「でも、僕と加茂女は行き先も違うし……」
「あー、その件にゃのじゃがにゃ……」
玉姫が言いかけると、玉座の陰からやや遠慮がちな表情をして加茂女が出てきた。今日の加茂女は、髪を二つ結びに結んでいる。この時代としてはだいぶ先進的なヘアースタイルなのではなかろうか。
「私……輝翔夜鬼きゅんの仇を打ちたい。だから……」
「と、いう事らしいのじゃ」
「はいはい……でも、どうして僕なんだい? 白鷹の方でも……」
「うるさい! 別に私が何を選択しようが関係ないでしょ!?」
「いや、この場合は大いに関係あるような……」
「そういう訳じゃ。よろしく頼むぞ!」
玉姫は言った。
私たちは、猫またの郷を後にして出発した。浅魔童子たちの一行は、やはり私たちとは別のルートを通って東国に向かうらしい。
しばらく行くと、翼が呟いた。
「確か……一五殿の話によると、東国では何者かが反魂の法を用い……死者を蘇らせているとか……。神器となにか関係があるのでしょうか……?」
「滝夜叉姫……」
と、私はほぼ無意識的に言った。
「滝夜叉姫? 誰なのですか? それは……」
「いや、向こうの時代で沢城くんから聞いたんだけど……平将門の娘の名前がそういう名前らしくて……妖術師としてその名前は伝わってるみたい」
つまり……アスハは死者を蘇らせている貴人というのが例の平将門の娘って奴で、そいつの名前が滝夜叉姫、それでもってそいつは妖術か何かを使うって言うのか?」
白鷹の言葉に私は頷く。
「多分、そうだと思う……」
「ですが、その方は将門公の娘である以上人間のはず。なのにどうして今なお活躍できるほどの若さを保ち、なおかつ反魂の法などという妖術を使うことが出来るのでしょうか……」
小町が尋ねる。
「まず、目的が分かりません……。朝廷に反逆し、父の仇を打つと言うのならばまだ分かりますが……死者を手当たり次第に蘇らせている……と聞く以上何かそれ以外の目的もありそうに見えてきます。しかし……それが何なのか……も」
と、翼が言った。
「いいや、それならば何故今なのかという謎も出てくるぜ。大体普通仇討ちという物はこうも時間が経ってからするもんじゃあないと相場は決まっている。だが実際にはその滝夜叉姫とかいう奴は今になって活動を開始した……」
突き詰めれば突き詰めるほど分からない事ばかりである。それに、今回の反乱に神器がどう関わってきているのかも不明だ。
「それもこれも……答えは東国にある事は分かってるけど……」
と、私は言った。今、東国では何が起きているのだろうか。
玉姫様は旅に出るにゃん♪次回の更新日は8月20日です。