第16話 蒼炎の鬼神
アシュラの強化形態が登場します。そして白鷹のお父さんも……。
翼は、白波の太刀を振りかぶり、青葉に斬りかかった。青葉はすぐさま慣れた手つきで鉄の糸を展開し、剣撃を封じる。
「戦い慣れもしていない人間のくせに、出しゃばるのではありませんわ……」
青葉はニヤリと笑って言った。
「それとも貴方も、大好きなお兄様と一緒に地獄に落ちたくて?」
鉄の糸は更に展開し、翼の周囲に縦横無尽に張り巡らされた。翼は完全に動きを封じられた形になっている。
「翼くん……!」
私は翼に声をかけた。
だがそこで小町がポンと私の肩に手を置いた。
「小町ちゃん……?」
「わたくしに任せてください」
小町が小声で言うと、木霊と閃光が弓と矢に変身した。小町はそれをそっと構え、放つ。青葉は目の前の翼をどう攻めるか夢中で気づいていない。閃光の矢は、青葉の心臓に命中した。
「うっ……!」
青葉がよろめき、一瞬、鉄の糸に緩みが生じる。翼はその瞬間を見逃さなかった。
「やあぁぁぁっ!!」
白波の太刀を右側に振り払い、青葉の身体を切り裂いた。青葉の上半身と下半身が切断される。
「あぁいう相手は、目の前のことしか見えていないのです。少し卑怯かもしれませんが、そこをつかせて頂きました」
小町が説明した。
「なっ……。で、でも……この神器は貰っていきますわ!!」
青葉は式神なので身体を切断されても生きていた。上半身は巨大な猛禽に変身すると、五弦の琵琶を両の鉤爪で掴み、空中を飛び出していく。
「お、追いましょう!!」
翼は白波の太刀を白鷹に返し、青葉を追って駆け出した。白鷹は立ちを受け取り、頷いた。
「分かった。どの道早房の奴は問い詰めなきゃあならないしな!」
私たちも翼に続いて駆け出す。閃光の矢は猛禽に変身した青葉を何度も撃ち落とそうとしたが、その度に攻撃をかわされた。
やがて私たちは、村の中心部、早房の屋敷のすぐ側までやって来る。そこへ、閃光の矢が戻ってきた。彼女はすぐに童女の姿に戻り報告をする。
「小町様、敵は屋敷に展開された結界の中に逃げ込みました。恐らく早房様が展開した結界でしょう。少しのことでは破れそうにもなく……」
「結界……か」
白鷹が呟いた。そこで、地面が大きく揺れた。
「地震!?」
私は言う。
「いいえ、これは……!」
翼はそう言ってから屋敷を見上げた。
信じられないことが起こった。屋敷は、その下の地面諸共上昇を始めていたのだ。屋敷の周囲の地が割れ、早房の屋敷は地上から切り離されていく。
間もなく、屋敷は空中に完全に浮かび上がった。さっきまで屋敷があった場所には大きなクレーターが出来ている。
「こ、こんな事が出来るのか……!?」
白鷹の目は今目の前で起きている事が信じられないという風に見開かれていた。そんな前でも屋敷はどんどん空へと昇っていく。
「恐らく……屋敷を改築する際に事前に術式を組み込んでおいたのでしょう。いざという時に地上から脱出できるように……」
いざという時……とは自らの暗躍がバレた時ということだろう……と、私は翼の言葉を聞いて思う。
既に私たちの周りにも人が集まり始めていた。目の前で村の中心人物として君臨していた陰陽師の屋敷が空に浮かび上がり始めたのだ。無理もないだろう。
屋敷はある程度上空、おおよそ二百メートル程まで上昇すると、東の空の方角へと飛行を始めた。初めはゆっくりとした移動だったが、やがて、スピードは上がり、五分もしないうちに見えなくなった。
「行ってしまいました……ね」
屋敷の姿が消えて暫くしてから小町が呟いた。
「そうですね。畜生道の神器も奪われてしまいましたし……それに……」
と、翼は拳を握りしめる。彼の瞳には悔しさの色が浮かんでいた。
「翼くん……」
と、私は翼の名を呟いた。
「輝翔夜鬼様のお墓を建てましょう……」
小町が言った。
「小町殿……?」
「わたくしが言えることではありませんが、でも、そうでもしないと心の踏ん切りがつきませんでしょ? ですから、やっぱり、輝翔夜鬼様のためにも、それに自分のためにも彼のお墓はしっかりと作ってあげる必要があると思うのです」
「ありがとうございます……小町殿……」
翼は感謝するという様子で頭を下げた。それに、都に戻ったら、そこにいる加茂女にも輝翔夜鬼が亡くなったことを言わなくてはならないだろう。翼も同じことを考えたようで、言った。
「それに……加茂女殿にも兄上のことは伝えなくてはなりませんし……」
と、翼はさっき自分たちが青葉を追ってきた道筋に目を向けて続けた。
「お墓はこの村に作るとしても、形見のひとつくらいは持ち帰ろうと……思います」
私たちは、輪完さんの手伝いで、彼のお寺に輝翔夜鬼を埋葬することにした。バラバラになっていた輝翔夜鬼の体は、村の陰陽師達の術により綺麗に繋ぎ合わされ、そのまま棺に入り、土葬された。その過程で、翼は、輝翔夜鬼が命を落とした場所に残されていた琵琶の撥を拾い上げた。
「それは……五弦の琵琶の……?」
「そうですね。ですが、これ自体に妖力は感じられません。形見として持ち帰っても……問題は無いでしょう」
翼はそう言って撥を懐にしまった。
私たちは輝翔夜鬼のお墓に手を合わせた。村の人々も私たちと共に彼のお墓に手を合わせていた。いちいち事情が問われる事は無かった。彼らも、色々思う所はあったのだろうが、兄弟の死別には同情せざるを得なかったのだろう。それに、村の陰陽師たちをまとめあげていた芦屋早房が屋敷ごと失踪してしまった事もあり、彼がこの件に関わっている事は殆どの村人には既に何となく察しがついているようだ。
翌日、私たちはまだ昨日のことが頭から抜けきれないまま、備前国瑜伽山に向けて出発した。道中、誰もが沈んだ気持ちであまり言葉を発することは無かった。
瑜伽山は、備前国の海の近くに位置する山だった。今で言う所の倉敷……の辺りになるのだろうか。
私たちは白鷹に従い、山道を登り始める。しばらく行くと、山の中にお寺があるのが見えてきた。
「瑜伽山蓮台寺……瑜伽山大権現を祀ったお寺ですね」
翼が解説した。
私たちは間もなく寺の境内に入る。建物はそれぞれがかなり大きく、また、寺と名がついているにも関わらず鳥居まで聳えていた。前に剣から聞いたのだが、こういうのを神仏習合と言うんだっけ?
境内に人の姿はあまりなかった。私たちは妙な気がして周囲を見回す。
「誰も……いないのか?」
白鷹が自らに問いかけるように言った。
だがその時だった。白鷹の目の前を光が走ったかと思うと、彼の目の前にひとりの鬼が現れた。白鷹は咄嗟に白波の太刀を抜き、鬼が振りかざした太刀と交わえた。
銀色の髪をした男の鬼だった。額からは2本の角が飛び出しており、顔には白鷹のものに似た赤いラインが入っている。身体は緑色の鎧に覆われていた。鎧には、白狐をあしらった模様が描かれている。
「阿久良王……親父か!」
白鷹は直ぐに状況を察して言った。
阿久良王はその言葉に答えず、白鷹と間合いをとった。白鷹は白波の太刀を天に突き上げる。
だが、その動きを見た阿久良王は、自らの太刀から斬撃を飛ばし、白鷹の動きを封じた。どうやらアシュラには変身させないつもりらしい。
「どうして……白鷹のお父さんと白鷹が戦って……!?」
私は疑問を口にする。
「知るか! だがこれで分かった……。お前は俺の敵だ!!」
白鷹は地を蹴って空中に飛び上がると阿久良王目掛けて太刀を振り下ろした。だが阿久良王はその攻撃を自らの太刀で封じる。両者の太刀がぶつかり合い、スパークした。
「お前は私には勝てない……」
阿久良王が初めて言葉を発した。
「なんだと……!?」
「お前の戦いは……自らの武器に頼りすぎている……」
「余計なお世話だッ!!」
白鷹は更なる攻撃を阿久良王にくらわせようとするが、阿久良王は太刀をひと振りしてその攻撃を弾いた。
白鷹は後方五メートルほどに吹き飛ばされ、着地する。彼は白波の太刀を構えたまま阿久良王を睨みつけるが、阿久良王はその様子を見ると文字通り、霞が消えるが如くその場から消え去った。
「私に勝ちたくば……己が心で戦うといい……」
「き、消えた……?」
白鷹は白波の太刀を下ろしながら言う。
「消えたといえば……こちらのお寺の方たちもですが……」
と、小町は寺の境内を見回して言った。
「阿久良王の奴が何か関係しているのか……? それとも……」
白鷹は阿久良王を悪者だと決めつけているようである。私にはどうもそうは思えなかったが……。しかし確証もないため、私は何も言わなかった。
私たちは寺の境内を人を探して廻ったが、結局、誰ひとりとして人間に遭遇する事は出来なかった。しかも、何かに襲われたとか荒らされたとか……そういう形跡すら確認出来なかった。まるで、ここの者達が自らの進んで蓮台寺を退去したように見える。結局、この段階で結論を出すことは出来なかった。
そうこうしているうちに日も傾いてきた。私たちは本堂の建物の前にある広場に集まり、話し合った。
「やはり……このままこの寺に泊まるのが最も手っ取り早い方法だとは思いますが……」
と、翼が今晩の宿について提案をした。
「ですが、原因不明の失踪事件が起きている以上わたくしたちがここに泊まるのは危険なのでは?」
小町が珍しく慎重な意見を言う。
「そうかもしれない……。しかし……俺たちはここに住んでいた奴らが恐らく持っていなかったであろう物をふたつも持っているんだ」
白鷹はそう言ってから私の方をちらりと見た。
「神器……のこと?」
白鷹は頷く。確かに、こっちには神器もあるし、それにみんないざとなれば戦うことだって出来る。
「分かりました。ですが……念の為に交代で見張りをする事にしましょう」
翼は提案した。
私たちは翼の提案通り、交代で見張りを置くことにした。私の見張りの順番は、小町の次に決まった。日は暮れ、夜になった。食料品は幸いな事に寺に残されていたため、それを拝借して夕餉を食べ、皆、いざ床につく。
私は、暫く眠っていたが、やがて見張りの交代の時間が来て起こされた。私は眠い目をこすりながら本堂の前に立つ。細く弱々しい月の光が地面や寺の屋根を青白く照らしていた。
ふと、風が吹いてきた。砂埃が舞い上がった。私は、咄嗟に目をつぶる。そしてふたたび目を開くと、そこには昼間の鬼が立っていた。
「貴方は……」
と、私は彼に声をかける。
「阿久良王……お前もよく知っている通り、白鷹の父だ」
「やっぱり……でも、どうして昼間は白鷹を? わざわざあんな事をする必要は……」
「今のままでは大嶽丸には勝てない……。あいつは、戦いを武器や妖術といった身体の面だけの事だと考えている節がある……だが……それは違う」
「で、でもそれなら……わざわざいきなり攻撃をしなくても……」
「私はあいつを一度捨てた。あいつ自身……私の話を聞く耳など持っては居ないだろう……」
「そんな事は……!!」
「お前は……アスハというのか……?」
私は頷いた。でも、どうして私の名前を……?
「鈴鹿御前から聞いた……。白鷹の一行に後の世からやって来た女子がいると……。ひと目見ておきたいと思ってな」
「阿久良王さん……」
と、私は言った。
「阿久良王さんは……悪い人じゃあない。それに、白鷹だって悪い人なんかじゃあない。……だったら、人は……分かり合えると思うんです。だから……」
「そうかもしれんな……しかし……」
「どうして……白鷹を手放したんですか?」
私は訊いた。
「それは……」
と、阿久良王は一瞬迷いながらも続けた。
「……私は、白鷹に人間として生きて欲しかった……。彼の母、私の愛した人間は……彼を産むと直ぐに亡くなってしまった……。我ら鬼とお前達人間では流れている時間が違う……。だから半人半鬼である白鷹、鬼ではなく人の時を生きる者である白鷹には……人として生きてもらいたかった……」
「阿久良王さん、やっぱり私は……阿久良王さんは白鷹と話し合うべきだと思います。その上でどのような結論をお互いが下すかは別ですが……話し合いもせずに啀み合うのは……とても……良く……ない……と」
「鈴鹿御前の奴も同じ事を言っていたな。だが私は……」
「ふたり共……似た者同士なんだと思います」
「似た者同士……か」
と、ここで私は本堂の傍に置いていた目覚まし時計を見た。私が現代から持ち込んだ物で、こういう時には時間がハッキリと分かって便利だと皆で使い回していた物だ。そろそろ、交代の時間である。次は……白鷹の順番だった。
私はふたたび阿久良王の方に目を向けた。よく見ると、彼の顔つきはやや白鷹に似ているようにも見えた。
私は本堂に戻り、白鷹を起こす。そして、彼を案内して阿久良王が待つ広場へと出た。
「阿久良王……!?」
白鷹は身構えた。私が直ぐにふたりの間に立つ。
「待って、白鷹……。阿久良王さんは別に……悪い事をしている訳じゃ……」
「だがこいつは俺を……。いや、そればかりじゃあない、昼間だって俺を襲撃して……」
「あれは……」
「いい、私が言おう」
阿久良王は私の言葉を遮って言った。
「白鷹、お前の力ではまだ大嶽丸には勝てない……」
「余計なお世話だってんだ! 大体お前と大嶽丸になんの関係が……!」
「鈴鹿御前も……そして坂上近衛少将も……かつて私と共に各地の悪鬼を討伐した仲間だった。もっとも私は、最初は彼らふたりにとっての討伐対象だったのだがな……。しかしそんな我らに最後に立ちはだかったのが大嶽丸だった……。奴は……並の鬼とは比較にならないほどに強い」
「それは話に聞いて知って……」
「いや、奴の強さは話に聞くだけでは分からない。実際にその姿を見、刃を交えた者でなくてはな」
「それで……俺を鍛えようってか」
阿久良王は無言で頷いた。白鷹は右手に持っていた白波の太刀を鞘から抜く。
「良いだろう。受けて立つぜ」
「そうか……来い、白鷹」
ふたりの刃は月明かりの下でぶつかり合った。私はそっとその場を後にする。
翌日、私たちは寺に残されていたた食料品をふたたび使い、朝餉をとった。その途中で小町が言う。
「でも、皆さん何処へ消えてしまったのでしょうね」
「あぁ、それなら……」
と、白鷹が答えた。
「阿久良王の奴が事前に山の下へと逃がしたそうだ。あいつ……この寺の者とはある程度交流があったらしくてな」
「そうだったのですね……。って、白鷹様はどうしてそれを……!?」
私と白鷹は顔を見合せた。今さっきの言い方はややぶっきらぼう気味だったが、それでも以前の白鷹ならばこのような事は言わなかっただろう。
その日、白鷹は朝餉を終えると何処かへと出掛けて行った。私は、昨日の事情を翼と小町、それにふたりの式神に説明した。
「そうですか……。それで白鷹殿は自らに向き合い、また、自らの技を鍛えるために父君の所へ修行に……」
「多分、そうだと思う」
「あら、技……ではなく心では? わたくしの記憶が正しければ、昨日は……そんな事を阿久良王様が……」
「追ってみますか……?」
翼が尋ねる。だが、私は首を横に振った。
「ううん、多分、今ふたりは自分たちの力だけでお互いに向き合おうとしている……。もう私たちの出る幕は終わったよ……」
その次の日も、そしてまた次の日も、白鷹は出掛けて行った。彼の表情は段々と疲れているようだったが、逆にそれを吹き飛ばすかのような清々しさも同時に感じられた。
そんなある日の事だった。私たちが例によってお寺の本堂で白鷹の帰りを待っていると、そこにひとりの僧侶が飛び込んできた。
「あ、あの……阿久良王様は!?」
私は首を横に振る。小町は答えた。
「どうされたのですか? そんなに慌てて……」
「や、山獅子が……里に現れて……!!」
「山獅子?」
また、妖の類だろうか。翼が立ち上がった。
「もし、我々で良ければ……力になりますが……」
「し、しかし……」
僧侶は私たちを見回す。年端もいかない少年少女たち、それに式神のふたりに至ってはまだ童子童女姿である。本当に力になれるのだろうかと大いに疑っているのだろう。
「こほん」
と、小町が咳払いをした。
「わたくしたちは都のさる陰陽師の方に縁のある者です。妖や鬼、それに呪い関連の事ならば大いに力になれると思いますが……」
「お、陰陽師の方ですか……?」
「はい」
小町はニコリと笑うと右手を伸ばした。木霊と閃光はそれを合図に弓と矢に変身し、小町の手に収まった。
「お、おぉ……」
と、僧侶は感嘆の声を上げる。
「それでは、俺たちの案内をお願いします。山獅子が現れたという里は……どの辺ですか?」
「はっ、陰陽師様、ついてきてくださりませ」
僧侶は意気揚々と私たちの先導を始めた。私たちは彼に従って山を下り、間もなく田畑が広がる開けた里へと出た。一見すると平和そうに見える村だが、村人の何人かが武器になりそうな農具を持って何処かへ一直線に駈けていった。
「あっちに……その……山獅子……? が居るって事?」
私は誰ともなしに訊く。
「あの様子から見るにそうなりますね」
翼が答える。私たちは村人たちを追って走り出した。
暫く行くと、村人に囲まれて巨大な獣が暴れていた。鬣を生やした雄ライオンのようにも見えるが、尾の先にはサソリのような棘が生えている。あれ、これって……ファンタジー系のRPGとかでよく見る、マンティコラってやつじゃない?
山獅子は前脚をひと振りして村人数人を田の中に叩き落とした。と、そこに私たちを案内した僧侶が割って入る。
「都から旅の陰陽師様が参られたぞ!! 道を開けろ!!」
村人達は僧侶が指し示したこちら側を見て、一斉に道を開けた。彼らの視線は、まるで好奇心と不安が入り交じっているようだった。
「木霊さん、閃光さん、参りますよ」
小町は弓矢を構えると引き絞った。そして一気に矢を放つ。矢は山獅子の周囲をぐるぐると旋回した。山獅子はその矢を振り落とそうとするが、スピードが追いつかない。
翼が笛を取り出し、吹いた。笛から光の経文が現れ、山獅子を拘束する。
「グオォォォォォォォォ……」
山獅子は身動きが取れなくなり、唸り声を上げた。
「小町殿、今です!」
「あいあいさー!」
いや、そんな言葉何処で覚えた……? 私がツッコミを入れる間もなく閃光の矢は山獅子の額に突き刺さる。
「グオォォォォォォォ!」
山獅子は呻き、暴れた。だが、それによって翼の術による拘束が解かれてしまった。さらに折角額に刺さった矢も抜け落ちる。
「しまっ……!」
山獅子は私たちの方へ飛びかかってきた。私は咄嗟に指鉄砲を形作る。だが山獅子の動きはそこで止まった。額に蹴りを食らって後方に押し戻されたのだ。
山獅子に蹴りを入れたのは白鷹、いや、紅の鬼武者、アシュラだった。アシュラは私たちの前に着地すると青白く光る白波の太刀を構えた。
「白鷹……!?」
「あぁ、今日の俺は、ひと味違うぜ……」
アシュラは山獅子に突撃していく。だが山獅子も負けてはいない。彼の剣撃を尾の棘で防御した。
「グオォア!!」
更に鋭い爪の生えた前脚をアシュラ目掛けて振り下ろす。アシュラはその攻撃を白波の太刀で防いだ。
「俺は阿久良王と共にこの数日間山に篭もった。俺は俺の親父の元である戦いの極意を習得した……」
アシュラは誰ともなしにそう言いながら山獅子の元から飛び退き、距離を取った。
「阿久良王は言った。己が心で戦えと……。そう、戦いは力ではない。己の心を解放したその時こそ真の強さを手に入れられる……」
アシュラは白波の太刀の切っ先を前方に突き出した。太刀から青い炎が発生し、やがてそれはアシュラの全身を覆う。
炎が消えると、アシュラの姿が変化していた。頭部の2本の角はそれぞれふたまたに分かれ、まるで4本の角が生えているように見える。また、全身の赤い装甲には所々金色のラインが追加されていた。白波の太刀は青い炎に覆われたままだった。鎧の所々からスパイクが伸び、体つきは全体的にトゲトゲしたシルエットになっている。
「アシュラ・蒼炎。それが俺の新たなる姿だ……!!」
アシュラ・蒼炎は地から飛び上がると空中で大きく体をひねり、山獅子に斬りつけた。山獅子の尾が切断され、地面に転がる。
「グオアァァァァァァァァァァ!!!」
山獅子が苦しみの叫びを上げた。
激昂した山獅子はアシュラ・蒼炎に飛びかかる。だが、アシュラ・蒼炎はその攻撃をかわして白波の太刀を構え直した。
「我が刃、我が炎をくらうがいい!! 九頭龍の顎!!」
白波の太刀の炎が大きく広がり、九つの頭を持つ龍の姿になった。九つの龍の頭は一斉に山獅子に襲いかかる。
「グオォアァァァァァ!!!」
山獅子は九つの顎に噛み砕かれ、そして消滅した。アシュラは着地をすると変身を解除する。
「白鷹……!?」
私は白鷹の傍へと駆け寄った。白鷹は白波の太刀を鞘へと戻した。
「今のは……?」
「アシュラ・蒼炎……俺の……新しい力だ」
白鷹は言った。
「じゃあ……阿久良王さんとの特訓で……」
私は尋ねた。白鷹は頷く。
「そうだな。だが……実際にあの力を解放したのは今回が初めてだった……」
私たちは村人たちからのひと通り感謝の言葉を受け取ると蓮台寺に戻っていった。道中、白鷹が私に言った。
「アスハ、今夜は……新月だ」
そうだった。色々あって忘れかけていたが今夜は私が現代に一度戻る日である。私は私の時代で、神器について調べなくてはならないことがある。
「そうだね。……じゃあ……一旦別行動になるのか」
白鷹は頷いてから言った。
「なぁに、問題はないさ。お前が幽世の岩戸の欠片を使い向こうの時代に飛んだ後は、その欠片は俺たちが持っている。どこに居ようと戻ってくりゃあ俺たちの所って算段だ」
それはそうだけど……と、私は言いかけてやめた。なにをちょっと寂しがっているのだろうか私は……。
夜になった。私は首元にかけていた小さな袋を開けようとする。私の周りには白鷹と翼、そして小町にふたりの式神もいた。
だが、その前に風が吹いてきたかと思うと、阿久良王がいつの間にか現れた。私は思わず、袋を開ける動作を止めた。
「アスハ……白鷹から話は聞いている。向こうの時代に行くのだな」
「はい、あっちの時代にいる人に、神器について訊かなくちゃあいけませんし……」
「そうか……実は……鈴鹿御前からさる情報が入った」
鈴鹿山から来た使いの妖だろうか、小さなコウモリが阿久良王の懐から飛び出すと彼の周りをヒラヒラと舞った。大きさは普通のコウモリよりも数センチほど小さく見える。
「さる……情報……?」
白鷹が聞き返した。
「あぁ、現在東国で起きている反乱については……都人たるお前たちの方が私よりも詳しいだろう」
「確か……昨年より平上総介殿により引き起こされている反乱ですね……」
翼が思い出すように答えた。
「そうですね……追討使として同じ平氏一門の平左衛門少尉様が派遣されたと聞いておりますが……」
「その通りだ。だが……その乱に妙な者が参陣しているらしい……との情報が鈴鹿御前の所に入ったようだ」
「妙な者……?」
白鷹の言葉に阿久良王は頷いた。まだ微妙な距離感は感じるが、それなりに親子関係の仲は修復しつつあるようだ。
「その者は……年端もいかぬ女子の姿をし……自らを平将門公の娘と名乗っているらしい……」
「将門公……。ですが、彼はもう八十年以上も前に亡くなっているはず。もし、娘が生きていたとしてもかなりの高齢なのでは……?」
木霊が問う。
「いかにも……しかし……もしその娘がもう人ではない存在に変生してしまっていたとしたら……」
「人が生きているうちに人じゃなくなるって……そんな事あるの?」
私は白鷹に訊いた。
「それは俺にもまだ分からない。だが……もしそれが他人の名を騙った別人では無い限り、何かしらの変事が東国で起こっている事は事実だろう。アスハ、俺たちは……これから東国へ向かおうと思う」
「分かった。じゃあ……次に私がこの時代に戻ってくる時は……」
「旅の途上か……或いは東国に着いた頃、ということになりますね」
小町が言った。
私はみんなを見て頷くと、そっと幽世の岩戸の欠片を取り出した。欠片は既に金色に輝いていた。そして私がそれを手に乗せると、目の前が黄金色の光に包まれた。
東国編、まもなくスタートです。次回の更新日は7月29日です。