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平安妖甲伝アシュラ  作者: 龍咲ラムネ
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第15話 陰陽師の郷

今回はちょっとショッキングな回かもしれないです。主に描写的な意味で。

宇和海姫うわかいひめの事件を終えて播磨国へと旅立った私たちは、つばさの故郷、岸村へとたどり着いた。岸村は、播磨国に入ってから割とすぐのところを流れるやや大きな川の向こう側に存在していた。活気溢れる……とは言い難いがかと言って寂れている訳でもない、そんな感じの村だ。

だが、村の中心部には巨大な御殿のような建物が聳えていた。しかもこの時代では寺などでしかほとんど見ないような二階建ての建物である。使われている木材がまだ白っぽい色をしている所からして、かなり最近建てられた、或いは改築されたものだろう。


「あれが……俺たちの一族のご当主様が暮らしている建物です……と言っても正直俺もかなり驚いていますが……」

「翼くんが前に見た時は、こんなに豪華な建物じゃなかった?」


私が訊く。


「はい、道摩法師どうまほうし様は質素倹約を重んじられる方でしたから……」


私たちは屋敷の大きな門扉の前に立った。やはりそこには、那須乃なすのの屋敷と同じように、五芒星の形をした紋様が刻まれている。


芦屋翼丸あしやつばさまる。ただいま参りました!」


翼が叫ぶと、門はゆっくりとひとりでに開いた。


「では、入りましょう……」


私たちは翼の案内で屋敷内に入っていく。屋敷内は、柱や梁などの所々に、金や真珠のような宝飾が取り付けられているこれまた豪華なものだった。

やがて私たちは広間のような場所に出る。広間の奥には赤漆が塗られた大きな椅子に、ひとりの男が座っていた。長く艶やかな黒髪と切れ長の目をした背の高い男だ。来ている着物は白地に、所々金色の刺繍がなされている。


早房はやぶさ殿……!」


翼が跪いたので、私たちもそれに倣った。早房と呼ばれた男は、私たち全員に視線を走らせると口を開いた。


「翼……か。お前が来るだろうということは分かっていた」


早房の背後に控えていた黒髪ショートボブのような髪型をした少女が進み出て、水の張られた器を私たちの前に置く。そこには、私たちの姿が丁度上から見た形で映っていた。


「遠見の器だ……。これもまた吾輩の発明品でな。まだ音は聞くことは出来ないが……お前たちがどこを歩き、どんな行動をしているかは……大体分かる」


早房は説明した。


「下鴨神社では輝翔夜鬼かがやきが世話になったそうじゃあないか。彼は……己の神器の治療のため……この村に来ているぞ」

「早房殿……」


と、翼が切り出した。


「兄上に神器の琵琶を渡したのは……早房殿なのですか……? 早房殿は……神器の何を知って……」

「道摩法師様から神器を授かったのはこの吾輩だ」


早房は答える。

「そしてその道摩法師様に神器を渡したのはかの有名な安倍晴明公……。吾輩はそれを受け継いだに過ぎんよ……」

「しかし……」


と、今度は白鷹が切り出す。


「神器のうちのひとつは、酒呑童子しゅてんどうじが子の鬼童丸きどうまるが持っていたり、更には時空を超えた別の時代や……京の都外れにある幽世の岩戸に……」

「何者かの襲撃を受けてな……神器は全て散逸してしまった……」


早房は言う。


「何者か……? それは……」


と、白鷹が訊いた。


「さてな、そこまでの話は吾輩は知らんよ。なにしろ吾輩が居れば恐らくその襲撃は避けられていた……。襲撃をした者も恐らく吾輩がいない時を狙ったのだろう……吾輩がある仕事を終えて帰ってきてみると……物の見事に宝物庫は破られ、神器は全て盗み出されていた……」

「あの……」


と、ここで私が口を開く。


「神器について、もっと教えてください。神器には……どのようなものがあるのですか?」

「いいだろう。……まず、修羅道の神器、これは白鷹はくたか、お前が持っている白波の太刀だ。……それから、人間道の神器は……遥か時空の彼方から来たその娘が持っている幽世の宝玉。そして餓鬼道の神器は浅魔童子が持つ黒天の薙刀……。さらに畜生道の神器は襲撃を逃れ、私の元に唯一残り、そして輝翔夜鬼に与えた五弦の琵琶だ……」


と、ここで早房は少し間を空けてから、私たちが未だ知らない残りのふたつについての話を続けた。


「さて、お前たちがまだ見つけていない神器はふたつ……即ち天道の神器と地獄道の神器という事になる……」

「それは……どのような……」


翼が訊いた。


「まず、天道の神器だが……これは鏡だ。ただしただの鏡ではない……少し先の事……即ち運命を予測する鏡なのだ。……それから……地獄道の神器……これは剣の形をしている。そしてこの神器は唯一の意志を持った神器だった。吾輩の管理がなければいつ暴れだしていたかも分からない……そんな代物だった……」

「残りのふたつは……どこにあるのですか?」


小町こまちが尋ねる。だが、早房は首を横に振った。


「それは吾輩にもまだ分からない……。この遠見の器で見られるのは吾輩の見たいと思った場所だけだ……。何処にあるのか手掛かりの全く無いものを探すのには……些かも適さない」

「そうだったのですね……早房殿、お話を聞かせてくださり、ありがとうございました……」


翼が頭を下げ、私たちは早房の屋敷から退散した。私は考えた。この屋敷を襲撃し、そして神器を奪った者は何を考えているのだろう……と。普通、神器を奪うとなれば自らの物にするとか……そういうことをしそうな所である。だが、今回の敵が行っているのはバラマキ行為である。強大な力を持った神器を色々な人にばら蒔いて、何をしようとしているのだろうか。全く読めない。

私たちは、岸村を散策しながら歩いていたが、時たま、一部の村の住人と思しき人が翼に冷ややかな視線を向けているのに気がついた。小町も同じ事に気がついたようで、翼に尋ねた。


「あの……翼様、気のせいだと良いのですが……」

「あぁ、彼らは皆、芦屋あしや一門の陰陽師達です。俺が術の才が無いことを知って……あの都の寺に預けた者達ですのでお気になさらず」

「そうは言っても、わたくしは納得がいきません。あの者達には関係の無い話ではありませんか? 他人にあのような目を向けている暇があれば、己が術の鍛錬を……」

「小町殿……ここはそういう村です。ここの陰陽師達は都の陰陽寮に所属している訳ではありません。食べていくには自分達の実力に頼るしかない……。ですから、俺のように術の使えない、一族の評判を落とす者は……邪魔者なのです」

「でも……評判を落としているのは……輝翔夜鬼の方じゃない? だってあんなに好き勝手放題に……」


私が言う。


「兄上は……行動には難が有りますが……術の腕は確かなものです。それに、自らの意思でこの村を出ていった者、わざわざ嫌う理由もないのでしょう」

「そういうものなんだ……」

「んで、今日の宿はどうするんだ?」


白鷹が話題を変えた。


「地元だから……ツテでもあったり……」

「俺が以前から世話になっていた寺があります。恐らくはそこに話をつければ泊めてもらえることでしょう」


翼が話してくれたお寺は、村の表通りからはやや離れたところにあった。寺の住職さんは、ふたつ返事で承諾してくれ、そのお寺は今宵の私たちの宿となった。

ただ、夕食に食べる食料がないということになり、私と翼は、ふたたび村の中心部にお使いに出された。私たちは、食料品と交換するようにと、数枚の布を持たされていた。


「アスハ殿、買い物にまで付き合わせてしまい……申し訳ないです……。輪完殿はいい方なのですが、人使いが荒い所があり……」


輪完りんかんというのが、私たちを泊めてくれる寺の住職の名前だ。私はそんな翼の言葉に首を横に振った。


「ううん、大丈夫。私は……なかなかじっとしてられない人だからさ」


だが、翼はその言葉を聞いていなかった。突然、私の隣で立ち止まる。


「どしたの?」


私は振り返って尋ねた。


「い、いえ……まさかここで……その……」


翼の視線の先に目をやると、そこには輝翔夜鬼がいた。彼は、私たちに気づいていないようである。しかもあろうことか、年端のいかない娘を三人ばかし従えてとても楽しそうに歩いていやがるのだ。あいつ……やっぱり加茂女ちゃんを裏切って……。


私は数歩前に進みでると、輝翔夜鬼に声をかけた。


「輝翔夜鬼くん? ……だよね?」


輝翔夜鬼はこちらに気がついて顔を向ける。そして暫く考えていたが、やがて思い出したように言った。


「お前は……確かあの時の神器持ちか……。どうした……? まさか俺に殺されに来たわけじゃあないだろう? 生憎だが俺は今忙しい。往来だろうと関係ない。ちゃっちゃと終わらせるぜ……」


輝翔夜鬼は背負っていた琵琶に手をかける。その様子からすると、恐らくもう琵琶は治してもらったようだ。


「そうじゃあなくて……あんた……」


私は輝翔夜鬼を睨みつけた。輝翔夜鬼はそんな私を探るような目で見返す。


「ちょ、ちょっと、アスハ殿……! 面倒事は……」


私は追いついてきた翼を無視して続けた。


加茂女かもめちゃんの事はどうしたの? あんたに捨てられて……泣いて……」

「言っただろ? 俺は今忙しい。彼女には悪いとは思っているが……それでも……」

「忙しい? それって……今ここにいる娘達と遊ぶのにってこと? もし、この姿を加茂女ちゃんが見たら……」

「ねぇ、加茂女って誰よ!?」

「私たちとは遊びだったってこと!?」

「輝翔夜鬼様!?」


私が言い終わる前に、輝翔夜鬼の取り巻きの娘たちが言い始めた。


「い、いや……それは……だな……」

「この浮気者ッ!!」


輝翔夜鬼は地面に引き倒され、娘たちに何度も蹴られ、踏まれ、そして引っぱたかれていた。うむ、いいザマだ。やがて娘たちは怒った表情でその場を去っていった。


「これで少しは反省した?」


私は言ってやった。


「兄上、怪我は……ありませんか?」


翼が輝翔夜鬼を助け起こそうとする。だが、輝翔夜鬼はその手を振り払った。


「えぇい、お前に心配されるほど俺は落ちぶれちゃあいないさ」


全く反省をしていなかった。この人……。


「それよりもお前……確かアスハとか言ったな。折角俺がいい気分になっていたところを邪魔しやがって……。この場でお前からその神器とやらを……」


と、そこまで言ったところで輝翔夜鬼の言葉は終わった。翼が輝翔夜鬼を殴り、気絶させたのだ。


「兄上、申し訳ありません。……ですが、俺とてアスハ殿と同じ心持ちです」


翼は拳を前に突き出したまま言った。

やっぱり、誰が何と言おうと輝翔夜鬼なんかよりも翼の方が数百倍は立派な陰陽師だ。ここの人達は見る目が無いのだろうか。


私たちは、必要な食料品を揃えると、寺に戻った。輪完は私たちの手に入れたものを見ると、喜んでくれ、その日暫くは平穏なまま過ぎ去った。

だが、日も暮れかけた頃だった。寺にドカドカと誰かが上がり込んでくる。


「こ、困ります……! 輝翔夜鬼様……!! 今日はお客様が……!」

「うるさい! 俺はその客に用があるんだ……!」


間違いない。輪完の制止を完全に振り払って寺に上がってきたのは輝翔夜鬼だ。


「白鷹殿……!」

「分かってる。峰打ちで行くぜ」


白鷹は白波の太刀に手をかけながら立ち上がった。直後、私たちのいる部屋に輝翔夜鬼が飛び込んでくる。輝翔夜鬼は、目の周りに大きな青アザを作っていた。先程、翼に殴られた所である。


「お前たち、さっきはよくも……あぁいう負け方がいちばん嫌いだ……。俺の納得のいく勝負が出来るまで何度だって戦ってやる。……それに神器だって欲しいしな……」

「そうか……じゃあお前が二度と神器なんて考えられないような完全敗北をさせてやるぜ……」


白鷹は白波の太刀を抜くと、峰を返す。輝翔夜鬼は五弦の琵琶を手に持った。


「……って、おふたりとも、室内でやり合うつもりですか!?」


と、ここで小町が割って入る。白鷹は私と翼、そして式神たちの方を見た。


「そ、それもそうだな……。よし、輝翔夜鬼、来い」


白鷹は身を翻すと、寺の前庭に着地する。輝翔夜鬼もそれに従って前庭に出た。いや、ただ出た訳ではなかった。なんと、近くにいた小町の手を取り、そのまま彼女を羽交い締めにして白鷹の前に立ち塞がったのだ。


「なっ……!」


突然の事に私たちのほぼ全員が目を回した。輝翔夜鬼は琵琶の頭、丁度糸口の部分を小町の喉元に突き当てる。


「人質だと……!?」

「当たり前だ……。俺は勝っても負けても俺にとって優位な戦いがしたい……。お前たちには神器持ちがふたりもいる……これくらいしないと公平にならないだろう?」

「公平だと……!? 卑怯千万って奴だろ……!!」

「せいぜいひとりでほざきな。お前たちの誰かひとりでもが妙な動きをすればこの都女は一瞬にしてオダブツさ……」

「は、白鷹様……!」

「分かってる。今助ける……!」

「違います! こんな男に屈してはいけません! わたくしの都女としての誇りが許しません! ですから、こいつの言葉なんて無視して……」

「うるせぇな。人質なんだからもう少し大人しくしろよ」


輝翔夜鬼は琵琶の頭を更にグイグイと押し当てる。私はそれを見て指鉄砲を形作ろうとするが翼がそれを止めた。


「アスハ殿、奴の言葉を忘れたのですか……? 今、我々が妙な動きをしては……」

「分かってる。でも……!」

「俺に……任せてください」


翼は縁側を飛び降りると、白鷹と輝翔夜鬼の前に着地した。そして輝翔夜鬼を見据える。


「兄上、先程の御無礼はお許しください。ですから、小町殿をどうか……」

「はっはははははは、そうか……謝るか……実に気分がいいな。……だが俺の虫はそれくらいじゃあ収まらない。なんたって大事な仕事を途中で邪魔されたしな……」


仕事って……こいつ……ただ遊んでたようにしか……。私は思わずに言い返した。


「仕事って、ただ単に遊んでただけじゃない! 加茂女ちゃんの心を踏みにじって……それで挙句の果てには私たちに対して逆ギレ!? 私に言わせればあんたよりも翼くんの方が数百倍は陰陽師に向いてるよ! そんなんだから……実力はありながら道摩法師様の後継者になれなかったんじゃあないの!?」

「アスハ殿、それは……」

「貴様……!」


輝翔夜鬼の瞳に炎が燃え上がるのが見えたような気がした。え、もしかして私って……地雷でも踏んじゃった……!?


「いいだろう。この娘は貰っていく。返して欲しけりゃあ俺を追ってくるんだな!」


輝翔夜鬼は小町を抱えて身を翻すと、その場を去った。白鷹は追おうとするが、その前に輝翔夜鬼の式神である幽谷響やまびこが出現し、立ちはだかった。


「お前、どこから……!」

「ごおぉぉぉぉぉぉぉ」


幽谷響は薙刀を振るってくる。白鷹は白波の太刀でその攻撃を受け止めたが、幽谷響はただの一撃だけを喰らわして、そのまま人型の紙の姿になり、どこかに飛び去っていった。


「時間稼ぎですか……逃げ足だけは早いのですね……」


木霊こだまが感心したように言った。


「ねぇ、翼くん……私のさっきの言葉って……」


私は、翼に尋ねる。


「えぇ、兄上にとっては……かなり心の傷を抉るようなひと言でしたね……。兄は元々……生まれながらにあのような性格という訳ではなく……初めは優秀なごく普通の陰陽師でした。それ故に高齢の道摩法師様にも、後継者として目されていました。ですがある日、より歳上の早房殿が道摩法師様の所にやって来ました……。早房殿は道摩法師様に気に入られ……そして……兄上は後継者の約束を反故にされてしまいました……。それからです、兄上があのような方になったのは……。そして俺はそんな兄上の代わりに道摩法師様に弟子入りしたのですが……術の才は無く……都の寺に預けられたという次第です」

「それは……ごめん、私が余計なことを言ったから小町ちゃんは危険な目に……」

「いいえ、同じ立場に置かれていたら……俺も同じ事を言っていたでしょう。それよりも、今は兄上を追うことを……」

「でも、輝翔夜鬼くんは見失っちゃったし……」

「いいや、問題は無いぜ」


白鷹が言った。


「問題ないって……?」

「早房さんが持ってただろ? 遠見の器。あれを使えば輝翔夜鬼の奴が何処にいるか分かるはずだ」


白鷹は答える。


私たちは直ぐに早房の屋敷へと向かった。早房は事情を知っていたようで、先程も傍に控えていた少女に命じて遠見の器を取ってこさせる。そこには、何処かの古びた神社が映っていた。


「これは……村の外れ、輪完殿のお寺とは真反対にある神社ですね……。確か今は使う者もおらず、荒れ果てていたはず……直ぐに行きましょう」

「待って、でもその前に……早房さんに訊きたい事が……」


私はふと思い立った質問を早房に投げかける。


「早房さんは……どうして神器を……輝翔夜鬼くんに……?」


早房は少し間を開けてから答えた。


「輝翔夜鬼は……あれでもかなりの実力を持っている。吾輩の後継者としては不足はない……と思ったのだがな……。しかし……もし、今回のような事が続くのならば……その時は考えねばなるまい」


そして早房は遠見の器を運んできた少女に言った。


青葉あおば……もし、輝翔夜鬼が神器を持つ者に相応しくないのならば……お前がその神器を回収しろ……」

「かしこまりました。この青葉、確かに承知致しましたわ」

青葉と呼ばれた少女はニコリと笑って答えた。

「彼女も……式神ですね」


閃光がその様子を見て言う。式神って……色んな人がいるんだね。木霊や閃光のような子供の姿をした者から、幽谷響のような人間の姿はしているものの意思の疎通は難しそうな者……。そして今度は上品そうな女の子ときた。


「アスハ殿、白鷹殿、参りましょう……。小町殿を助けに」


私たちは互いに頷き合った。そうだ、早く輝翔夜鬼を止めなくちゃあいけない。


私たちは翼の案内で遠見の器に映っていた神社へと向かった。神社は、まさしくあの器に映ったままの姿をしている。


「突入致しますか?」


青葉が訊いてきた。


「いいや……」


と、白鷹が言う。


「暫く様子を見よう。中の様子を確認して、小町の状況を見てから作戦を考える」

「分かった。じゃあ……私、行ってくるね」


私は白鷹にそう言うとひとり神社の方に向かった。

神社に近づき、薄い板壁に耳を寄せると、中の声が聞こえてきた。


「貴方は……それで……いいと思っているのですか!? ……確かに、貴方が後継者の座を下ろされた……いえ、奪われたという事には多少の同情は感じ得ます。ですが……それを僻み、自らの力を自らのためだけに使うなど……」


珍しく、小町が怒っているようだった。まぁ、それもそうか、相手が相手だもんね。

だが、その言葉に対して輝翔夜鬼は意外な発言をした。


「自らのためだけに自分の力を使う……。まぁ確かに俺はお前たちのように誰かのために戦っている奴らにとっちゃあノミ以下の存在さ。……だが、それは早房の野郎とて同じ事だぜ」

「どういう……意味ですか?」

「俺は知ってるんだ。早房の野郎が道摩法師様に……最晩年の老いた道摩法師様に気に入られたのは……術の才能だけじゃあ無い。奴は……自らが気に入られるような術をあろう事か師である道摩法師様にかけたんだ。全盛期の道摩法師様ならばそのような術、直ぐに破っていたに違いない……。だが……もうその頃の道摩法師様には術に抵抗する力は……いや、自らが術にかけられている事に気付く事すら出来なかった……」

「貴方は……どうしてそれに気付いたのですか?」

「俺は……見たんだ。あれは道摩法師様もそして安倍晴明公も……名だたる陰陽師達が皆使う事を禁じた他人の心を操る妖術の儀式だった……。早房の野郎は丁度この神社でそれを執り行っていた……。お前が俺の言うことを信じてくれなくたって構わない。だが……俺は確かにこの目で見た……」

「それで……ようやく答えが見えてきた気がしました……」


小町が言う。


「答え?」

「はい、わたくしには今日、早房様のお話を聞いてからずっと疑問だったことがありました。……何故、早房様のお屋敷が襲撃された時……貴方の琵琶だけが残ったのか……それが腑に落ちませんでした。……でも、もし貴方のお話が本当なら、こういう説明ができると思います。……六道神器が盗まれたというのは全て、早房様の自作自演だった……。彼は、何らかの企みを持って神器を日ノ本中にばら蒔いている……と」

「え……」


私は思わず息を飲んだ。


「誰だ? そこに居るのは……」


輝翔夜鬼の声がそう言った。バレたようだ。

私は意を決して神社の板戸を開ける。輝翔夜鬼と小町が、私の方を見た。


「アスハ様……!」


小町が嬉しそうに言う。彼女は全くの無傷、おまけに人質らしく縛られているということも無く、ただ板敷の床に座っていた。


「話は……聞かせてもらったよ。輝翔夜鬼くん、あんた……」

「どうした? お前も……この俺に同情をしに来たのか? 悪いが俺はそんなものを買う必要は無い。さぁ、神器持ちの女、お前の神器を……」

「やめてください!」


琵琶を構えかけた輝翔夜鬼に小町は言った。


「今更そんな事をして何になるというのですか!? 大体神器なんて……貴方は自分があんなに嫌っている早房様に利用されているかもしれないのですよ!?」

「そんな事は分かっている! だが俺は……俺は所詮は遊び人だ。陰陽師の名門のご当主様になんて……」

「でも、何らかの対抗策は講じようとされていた。そうでしょう!?」


輝翔夜鬼はハッとしたような表情をした。そしてため息をつく。


「やれやれ、そこまでお見通しかよ……。そうだな、俺は確かに対抗策……いや、早房の野郎が何をしようとしているのかを探ろうとした……。都で神器持ちの奴にふたりも出会っちまったのも何かの縁と思ってな。だが……」


と、言って輝翔夜鬼は私の方を見る。


「俺が聞き込みのために口説いて囲ってやった女はみんな逃げちまった」


あ、あれって……。じゃああの時の忙しいって言葉は……。


「まったく、輝翔夜鬼様は全てが言葉足らずなのですよ。初めからそう言っていただければわたくしたちだって……」

「いいえ、言葉足らずでこちらとしてはとても助かりましたわ」


私たちがその声に振り返ると、私が入ってきた板戸口の所に、早房の式神である青葉が立っていた。


「お前は……!」


輝翔夜鬼が身構える。青葉はその姿を見てニコリと笑った。


「私は貴方達にこれっぽっちの恨みもありませんわ。……でも、命令ですもの、もし輝翔夜鬼様が神器を持つ者としての相応しくないならば……その神器を回収しろ……って」


私には全てが分かっていた。あれはただの事務連絡的なものではなく、恐ろしい殺害命令だったのだ。


「回収って……そう易々とされるものかよ」


輝翔夜鬼は琵琶の弦を弾いた。すると、建物の天井の梁から、数体の骸骨が待ってましたとばかりに飛び降りる。


「うふふ、随分可愛らしい術ですわね。でも駄目じゃないの。死人の魂を簡単に弄んじゃあ……」


一瞬にして骸骨が粉々に砕け散った。私は、何が起きたのか分からなかった。だが、小町がそれを見て気がつく。


「い、糸です! 糸のように細い鉄線が何本も……!」


その言葉に目をこらすとなるほど、確かに太陽の光に照らされてキラキラと輝くものがあった。それは、青葉の指先から伸びた細い針金のような糸だ。糸は伸縮自在のようで、骸骨を砕くと直ぐに青葉の指の中に収納された。


「私ね、早房様に従って色々な妖をやっつけているのですけど、大好物がありますのよ」

「何の話だ?」


輝翔夜鬼は身構える。青葉は前に進み出ながら話し続けた。


「それは……妖が最後に見せる恐怖の表情、彼らとて生き物なのですよねぇ。自分の命が終わりだと悟った瞬間、一瞬、その目には恐怖の色が宿りますの。私、そんな目を見るのが好きで好きで……! ……だから、見せてくださらない? だって人間が死ぬ直前に見せる恐怖の表情は……まだ未体験ですもの」


青葉のすみれ色の瞳がキラリと光った。その光は、私が今まで見たこともない光だった。現代でも、それに平安時代でも、私は今までそんな目をした人に出会ったことがなかった。だが、私にはそれがなんの光であるか直ぐに確信した。……あれは、殺人者の目だ。生命を終わらせることに快感を抱く、殺人者の光なのだ。

青葉は決して他人に威圧感を抱かせるような見た目の式神ではない。見た目の年齢は私より下……というくらいだし、顔つきも整っている中にややあどけなさを残している。だが、それでもその瞳は、充分に私たちに威圧感、いや、生命が感じ取る本能的な恐怖を感じさせるものだった。


「さぁ、見せてくださらない? 貴方の血の色を……」


青葉の指先からふたたび鉄の糸が伸びようとする。だが、その時、青葉はふっと空中に飛び退いた。直ぐに、彼女がさっきまでたっていたところに、斬撃が命中する。


「危ない危ない。後ろから攻撃するのは卑怯ではなくて?」


青葉は後方に着地してから言う。


「やれやれ、気がついたら一緒に来ていたはずの青葉がいない……んでもって探しに来て見りゃあこれだ。何がどうなってる?」


斬撃を飛ばしたのは白鷹だった。彼は、白波の太刀を構えながら言う。


「まったく、鬼の血は見飽きましたわ……」


青葉は不満げに言った。


「兄上、アスハ殿、小町殿!」


白鷹に続いて翼もやって来た。翼は笛を取り出して右手に握る。


「はぁ……うるさいのがまた増えましたわね……」


だが、直ぐに青葉は思い立ったように発言を改めた。


「いいえ、いい事を思いつきましたわっ!」


そして右手を突き出し、鉄の糸を放つ。その先には、翼の姿があった。


「翼!」

「翼くん!?」

「翼様!!」


しかし、誰よりも早く動いたのは輝翔夜鬼だった。彼は、翼の方に移動すると、彼を突き飛ばした。鉄の糸は、翼では無く輝翔夜鬼の身体を貫いた。


「兄上!?」


翼は兄の返り血を浴びながら叫んだ。


「翼……俺は……ふっ……守っ……たんだな……」


無数の鉄の糸に全身を貫かれながらも輝翔夜鬼は言った。


「ふふっ、うふふふふふふふふ、あっははははははははは!! 兄弟愛! これが人間の兄弟愛というものなのですわね!! どんなに仲違いをしていても最後は……!! 美談! 絵に描いたような美談! 在り来りすぎて少々……拍子抜けですわ……。……では、さようなら、わたくしに最後の表情を見せてくださいまし」


青葉は鉄の糸を大きく引く。輝翔夜鬼の手が、脚が、頭が、そして体が……その全てが肉片となり床に散った。五弦の琵琶は宙を舞い、青葉の腕にすっぽりと収まる。


「そして任務完了っ! でもつまらないですわね、人間って。もっと泣き叫べば良かったのに……」


青葉はそう言うと、私が入ってきたのとは、別の板戸を開け、出ていこうとする。だが、そんな青葉を翼が呼び止めた。


「お待ちください……」


彼は、自らの兄の血飛沫を浴びながらもゆっくりと前を見すえて立ち上がった。そんな翼に、白鷹は白波の太刀を渡す。


「使うか……?」

「えぇ……貴方を、これより先に行かせる訳には行きません。ここからはこの俺、芦屋翼丸が相手です!」


翼は青葉の方を睨みつける。そこには、闘志だとか怒りだとか……そのような簡単な言葉では片付けられないような何かが宿っていた。

毎度更新遅くなり申し訳ない。次回の更新日は7月22日です。

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