第13話 新たなる旅路
今回からは白鷹たちが西国に向かいます。ここら辺から都を離れることが多くなります。
骸骨達の、一体一体の戦力はさほど強くなかった。だが、彼らの真の強さは、力ではなかった。彼らは、何度破壊しても直ぐに寄り集まって復活をするのだ。
「くそ……こいつら、キリがないぜ!」
白鷹は、白波の太刀で骸骨を打ち砕きながら言った。だが、いくら打ち砕いた所で骸骨は直ぐに復活して襲いかかってくる。
「当たり前だ。そいつらは既に死んでいるんだからな。一度死んだ奴を二度殺すことは出来ない」
「輝翔夜鬼きゅんかっこいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
「そう言う姫は可愛いよ」
「うぅぅ……」
戦ってる最中にイチャつくな。だがそこで翼が前に進み出て、笛を口元に当てる。流れるような音色が、聞こえ始めた。
「どういうつもりだ翼……?」
輝翔夜鬼が訊く。
「音には音です。兄上、貴方が音で骸骨達を操っているのなら、俺は音でそれを妨害するのみ」
骸骨達の動きが鈍くなった。効いているのだろうか。
「ちっ、気付かれたか……。だがお前ごときに俺の技は破れまい」
輝翔夜鬼は琵琶をかき鳴らし始める。翼は、それに対抗するように笛を吹いた。
やはり、骸骨の動きは鈍っているようだった。その様子を見て白鷹は白波の太刀を大きく振り下ろし、斬撃を飛ばす。骸骨達は斬撃を喰らいバラバラに飛び散った。
「どうだ? 破ってやったぜ?」
白鷹は白波の太刀を輝翔夜鬼に向ける。だが、輝翔夜鬼は怯むことなく琵琶をかき鳴らし続けた。
「それで破ったつもりか? だとしたら笑わせてくれる。俺が以前、東国の地で見た反魂の法は、こんなもんじゃあなかったぜ」
骸骨達は再びより集まり始めた。だが、今回は再生するのではない。骸骨達は一箇所に集まり、さらに大きな骸骨へと成長していった。月夜に現れたのは、身長四十メートルはあろうかという巨大な骸骨だった。
「がしゃどくろ……それがこいつの名だぜ。もっとも骨の数が足りずに不完全態と言ったところだがな」
よく見ると、顔面や肋骨部分などは潰れて大きな穴が空いている。だが、それでも充分な迫力だった」
がしゃどくろは四つん這いの姿勢のまま、右手を振り下ろしてきた。白鷹はその攻撃を飛び退いてかわすが、さっきまで白鷹が立っていた地面に大きな穴があく。
「ま、まるでアスハ様の時代で見た箱の中の怪獣みたいですね! 名前は確かゴジ……ゴジ……なんでしたっけ?」
いつの間にそんなものを見ていたのだ小町よ。だが、そんなツッコミを入れている場合ではなかった。今度はがしゃどくろの柱のような腕が私たちの方に迫ってきたのだ。
「しまっ……!」
「結界!!」
私たちを庇うように、翼が前に立ち、笛を突き出して結界を展開した。がしゃどくろの手はバチバチと弾かれる。
「やはり……俺の術でも神器には敵いませんか……」
「だがいい時間稼ぎにはなったぜ」
白鷹が白波の太刀を点に突き上げながら進み出た。
「我が太刀白波よ。六道がひとつ、修羅の力を我に与え給え!!」
白鷹の身体に炎と共に鬼の鎧が装着される。白鷹はアシュラに変身した。
「変化、完了! 我が名はアシュラ。この白波が貴様を喰らう!!」
「ほーう? 神器……その太刀は神器か……。それなら話は早い。お前の太刀は俺が貰う!!」
輝翔夜鬼が琵琶を大きく弾いた。がしゃどくろの腕がアシュラに襲いかかる。だが、アシュラは空中で身を翻しその攻撃を避けた。それからがしゃどくろの額に突きを入れる。しかしがしゃどくろは予想以上に硬く、弾かれてしまった。アシュラは楼門の屋根の上に着地する。すぐさまがしゃどくろは両腕を振るい楼門に振り下ろした。木造の楼門はいとも容易くガラガラと崩れ落ちた。瓦礫が、私たちの方にも降ってくる。私と小町は思わず目をつぶるが、翼が、頭上に結界を展開して私たちを守った。
アシュラは、瓦礫と共に地面に降り立つ。がしゃどくろはまたしても右腕を振り上げた。
「どうした? そんなものか? 修羅道の神器というものは随分と弱っちいじゃないか」
「うるせぇ、喰らいやがれ!! 青海破!!」
白波の太刀から光の波が発生し、がしゃどくろ目掛けて放たれる。がしゃどくろの頭部はその攻撃により消し飛んだ。
「はっ、どんなもんだい! あと3発も喰らえば終わらせられそうじゃあないか」
「馬鹿だなぁ。見てみろよ」
輝翔夜鬼が弦を弾く。がしゃどくろの方を見ると、破壊された頭部は直ぐにまた破片が集まって復活した。
「やっぱり……あの神器をどうにかしないといけないみたいですね……」
小町が輝翔夜鬼の方を見て言った。
「でもどうにかするったって相手は神器だよ?」
翼の術で、一時的に無効化は出来てもやっぱり無駄だった相手だ。他の神器でもない限り……ん? 他の神器?
私は自分のブレスレットを見る。そうか、私の神器は攻撃向きじゃあないけど、これくらいなら出来るかもしれない。
私は指鉄砲を形作り、狙いを定めた。そして意識を集中させ、指先から光弾を発射した。
光弾は、輝翔夜鬼が持つ畜生道の琵琶の真ん中に命中する。五本の弦はそれぞれに弾き飛んだ。
「な……!?」
輝翔夜鬼は信じられないという顔をして私と、そして自身の琵琶を交互に見た。琵琶の真ん中には黒い焼けたような穴があき、そこから白い煙が上がっている。
がしゃどくろは、今まさにアシュラに襲いかかろうとしていた所だったが、琵琶の弦が弾かれたのを合図に、一瞬にして砂のように消滅した。アシュラは白波の太刀を下ろす。
「成程……はっ、そういう事か……。お前も……神器持ちだったとはな……」
輝翔夜鬼は笑い始めた。
「ははははははは! つまらない! 実につまらない! 折角俺をここまで楽しませてくれた神器はここに壊された。その上戦力的にはこっちのが圧倒的に不利と来た。これ程つまらない事は無いさ! ははははははは!!」
そう言いながらも輝翔夜鬼は人型の紙を取り出して空中に放り投げた。
「だが俺もただで引き下がる訳には行かない。しばらくはこいつの相手でもしてな!」
紙は、みるみるうちに人の姿をとった。薙刀を構えた無表情な青年だ。
「あれは……式神です! 我々と同じ……!」
木霊が言う。
「ごおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
式神は、端正な顔立ちとは裏腹に獣のような唸り声を上げて突撃してきた。
「小町様! 音には音、神器には神器と来たら次は式神には式神をです!」
閃光が言い、ふたりの式神は弓と矢に変身した。小町は直ぐにそれを構えて発射する。
「ごおっ! ごごおっ!」
縦横無尽に動き回る矢を相手に輝翔夜鬼の式神は薙刀を振るった。だが、閃光の矢の方が動きは速い。やがて、薙刀使いの式神の喉元を矢が貫いた。
「ごおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
式神は断末魔の叫びを上げて元の人型の紙へと戻る。
私たちは輝翔夜鬼達の方に目を向けるが、既にその姿は消えていた。逃げたようだ。
「自分の式神を囮にして逃げましたか」
閃光が童女の姿に戻ってから相手の式神の紙を拾って言った。
「追跡しようと思えばまだ出来ると思いますが……」
木霊も童子の姿に戻ってから訊く。
「いいや、もういいだろう。俺たちは別に神器の事を知りに来た訳であいつと戦いに来た訳じゃあない。まぁ知りたい事がもっとあるかどうかと言われたら……まだまだ沢山あるんだがな」
アシュラは変身を解除する。私は輝翔夜鬼が使っていた穴のあいた式神の紙を見る。真ん中には「幽谷響」という漢字が書かれていた。それが、あの式神の名前だったのだろう。
「幽谷響くんは……死んじゃったの?」
私は何となく尋ねる。
「いいえ、我々式神は生き物ではなく術によって生み出されただけの存在です。ですから、同じ術士が同じ術を使って生成すればふたたび同じ式神は何度も現れるでしょう。我々が本当に死ぬのは、主も死ぬ時だけです」
木霊が説明する。
「しかし……また現れる事でしょう。俺の兄はそういう人物です。今回の事くらいで我々の神器を奪うのを諦めるとは思えません」
「……ていうかそもそもあいつは、神器を手に入れて何をするつもりなの?」
「恐らく……それは……」
と、ここで翼はひと呼吸置く。
「楽しむためでしょう」
「た、楽し……何?」
「兄は根っからの遊び人です。術の才こそ秀でていましたが、他の陰陽師の方のようにその力を誰かのために使おうとはしなかった。兄はもっぱら、人前で誰かを脅かしたり、または自分が愉快だと思う事のために術を使っていました。今回も多分、何か知らないけど強い力を持っている六道神器とやらを揃えて暴れ回ったら面白そうだという理由で神器を狙っているとしか……」
「それは……大嶽丸やらなんやらとはまたちょっと違った意味で厄介な奴だな……」
白鷹は感想を述べた。
「本当に、兄が申し訳ないです……」
「つ、翼くんが謝ることはないんだからね!?」
本当に弟を困らせてどうしようもない兄め。翼の爪の垢どころか翼本人を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
「あの、アスハ殿、気の所為だといいのですが、何か今悪寒が……」
「ん? ううん、気のせいじゃない?」
さて、翌日なのだが、珍しい客が那須乃の屋敷にあった。小町が連れてきたその客は、庭が挑める場所で、小町と共に私と白鷹と翼の三人と向き合って座った。
「あ、あんた……昨日あんな事があったのに……忘れて……」
「忘れてなどいませんよ?」
と、その客、加茂女は言った。昨日の夜のような姿ではなく、小町の家に奉公している時の格好だ。
「い、今は何はともあれ仕事中なので!」
公私の使い分けは社会では大事だと聞いたことがあるがこれはやりすぎでは無いだろうか。多重人格を疑いたいね。
「んで、どうして俺たちの所に来た?」
すると、加茂女は泣きじゃくり始めた。
「ひっく、ひっく……輝翔夜鬼きゅんが……輝翔夜鬼きゅんが……」
「兄が……どうかしたのですか?」
「私を置いて旅に出ちゃったんですぅぅぅぅぅぅ」
「加茂女ちゃん。悪いことは言わないけど……あぁいうタイプって飽きると直ぐに別の女に走るような奴だから……早々に見限った方が……」
「他の人はともかく、私にはそうしないはずだったんです! だって、昨日の夜の服装だって、輝翔夜鬼きゅんが着せてくれたし……私に身を守るための陰陽道の簡単な術だって教えてくれたし……」
「じゅ、術も……!?」
「そうです……。あーぁ……このまま帰ってこなかったらいっその事宇治の橋姫みたいにあいつのこと呪っちゃおっかなぁ……」
「待ってください」
と、ここで翼が声をかけた。
「いかなる理由があろうと、呪いをかけることはオススメしません。呪いは……一時的には絶大な効果を発揮しますが、1度やってしまえば抜け出せなくなる……その先に待っているのは身の破滅です」
「確か……書き置きがあったのですよね?」
小町が加茂女に訊いた。
「はい、私の枕元に、こんなものが……」
加茂女は一枚の紙を差し出した。
「なになに? 『俺は播磨国へ旅に出る。今まで世話になったな。あばよ』……か」
白鷹が書き置きを読み上げた。
「播磨国……ですか」
翼が考え込むように言った。
「実は俺たちもこれから備前国の瑜伽山に向かおうとしていたところなのです。ご存知の通り播磨国はその道中にありますので、なにか言伝でもありましたら……」
「本当ですか!?」
加茂女が翼の手を握って詰め寄った。
「は、はい……必ず……」
「では、お願いしますね!? 早く私の所に戻ってくるようにと!!」
「だが待て翼、播磨国と言っても広いぞ。どこをどう探すつもりだ?」
白鷹が問うた。
「それなら問題はありません。心当たりは……ありますので」
「心当たり! では重ねてお願い申し上げますね」
加茂女は手をついて頭を下げた。つくづく読めない人である。
「ですが……」
と、ここで翼が言った。
「なんですか?」
「ひとつ訊きたい事が……」
「訊きたい事ですか?」
「はい、兄上は……どうやって神器を、あの琵琶を手に入れられたのかと思いまして……」
「それは……兄弟子の方から授かったと……」
「兄弟子……?」
「はい、確か……名前は……はや……」
「早房殿ですか……?」
「そうだったと思います!」
「アスハ殿、白鷹殿、小町殿……これは……」
「ますます、播磨国に行くべき理由が出てきたってわけか」
白鷹が言った。
「そうなります」
「そうですか。では、わたくしは加茂女さんを屋敷まで送り届けてきますね?」
小町はまだ元気の無い加茂女の肩を抱いて歩き去っていった。一癖も二癖もある人だが、なんだかんだで輝翔夜鬼を想う気持ちは本物のようだ。
「翼、さっきの心当たりというのは……?」
「播磨国の岸村。俺たちの一族の根拠地がある村です。恐らく兄上がそこに向かうとすれば、例の琵琶を陰陽術によって治すため。それに……そこには兄上に琵琶を授けたという早房殿も、居るはずです。彼は道摩法師亡き後、我らが一族の新しい当主となられた方ですから」
「全てが繋がったという訳か……」
白鷹が納得したように言った。
「じゃあ私たちが瑜伽山に向かう道中で、結構な手がかりが掴めそうって事?」
「えぇ、そうなりますね。ですが……アスハ殿にもひとつだけ、後で自らの時代に戻られた時にやってもらいたい事があります」
翼が言う。我らが作戦参謀はとても頼りになる。
「何?」
「虎熊童子殿に……鬼童丸殿にかつて、黒天の薙刀を渡したのが何者であるのか訊いてもらいたいのです。やはり神器を全て抑え、その向こうにある企みを明らかにするには、神器がどこから来たものであるのかを知らなくてはならないと……思いますので」
「分かった。そうするよ」
それから私は白鷹の方を見た。白鷹は頷く。
「でも、その前にはまず、幽世の岩戸の欠片を採取しないとね」
「分かってる。直ぐにでも向かおう」
私たちは、都の外へと出て、幽世の岩戸がある山中へと向かった。昼間、この場所に来た事はまだなかったので、新鮮な気持ちだ。
白鷹はアシュラに変身すると、岩戸の前に立った。そして白波の太刀を構える。
「なんか……敵もいないのに変化するのは、妙な心持ちだぜ」
そう言いながらも白波の太刀を振りかぶり、次に振り下ろした。
「修羅道青海破!!」
光の波が発生し、幽世の岩戸を包み込む。やがて、岩戸から数片の欠片がこちらに向かって飛んできた。
私はその中のひとつ、手のひらに収まるくらいの手軽なサイズのものを拾い上げて、首元に紐を使って下げていた袋にしまう。この袋は、小町が用意してくれたものだ。
「簡単な仕事だったね。これで……準備はバッチリって所?」
私は変身を解除した白鷹に言った。
「いつもこうなら苦労はしないんだけどな……」
その日は、特に大きな事件もなしに一日が過ぎていった。たまにはこういう日もいいかもしれない。
次の日、私たちは那須乃に挨拶を済ませると、瑜伽山への旅を始めた。瑜伽山は備前国、つまり現在の岡山県に位置するため、前回の旅路とは全く正反対のルートを進むことになる。大体山陽道に沿った道だ。
摂津国に入り、暫く行くと、私たちの目の前に海が現れた。今で言う所の瀬戸内海である。
「あ、あれが海というものなのですね!」
小町は感激したように目を見張った。多分、脳内ではまた歌の推敲が始まっているのだろう。
「小町ちゃんは海は初めてなの?」
私は訊いた。
「えぇ、わたくしは今まで都から出たことはありませんでしたし……」
海岸までの距離は大体今歩いている道から数百メートルといったところか。季節が季節なので海水浴という訳にはいかないだろうが、小町にも是非とも海をもっと近くで見せてあげたいと思った。
「ねぇ白鷹? 海の方に行ってもいいかな?」
私は後ろを歩く白鷹に訊いた。
「あぁ、いいが……そんなに珍しいものなのか? 都には海はなかったが、備前には海はあったし……」
「播磨にも海はありました。アスハ殿の出身には……?」
「東京は海はあるけど工場ばっかなの!」
私は小町を伴って早足で海に向かった。小町と、それに式神たちも私に続く。
「こ、コージョーって……なんだ?」
「さぁ……でも、そればっかりという事は……アスハ殿の時代の海岸線はそのコージョーなる者達によって占領されてしまっているのかもしれませんね……」
後ろの方でとんでもない脳内イメージが広がっている気がしたが、気にしないでおこう。私は、不思議と開放感を抱かせるその場所へと足を走らせる。
海岸は、浜辺になっていた。打ち寄せる波に太陽の光がキラキラと反射してとても綺麗だ。
「アスハ様、近くで見るとやはりとても美しいですね……。これが……海……」
小町は、地面にかがみ込んで寄せてくる波にそっと指先を浸した。私はそんな小町の後ろで、しみじみと思う。でも、この場所は確か私たちの時代には大阪か神戸になっているはずだ。つまり、こんな景色も、いずれは見られなくなる……。
その時、小町が素っ頓狂な声を上げた。
「ひゃあぁっ!」
「どうしたの!?」
「こっ、これが天然物の貝殻なのですね! 加工されたものは都でもよく見かけますが、本来はこのようにして海岸に落ちていて……」
小町は次々と貝殻を拾い上げていく。それを木霊と閃光が受け取った。
「もしかして……その貝殻全部持ちかえるつもり?」
「はい、こんな美しい物、自分だけの思い出に閉まっておくのは勿体ないじゃあないですか!」
貝殻を受け取った式神たちの手のひらの上で、それらは吸い込まれるように消えていった。式神の収納機能は本当に便利だ。
「アスハ、ここにはコージョー……いないだろ?」
私たちに追いついてきた白鷹が訊いた。
「う、うん、そうだね……」
「やはり……こうして波の音を聞いていると心が落ち着く気がします」
翼が言った。
「ちょっと提案なんだけど……私たち、暫くこの周辺を散策していてもいいかな? すぐ戻るから」
「分かった。……だが奇遇だな。丁度俺たちも同じ事を考えていたんだ……」
結構風雅な所あるんだよね、白鷹って。私は思う。
「うん、どうする? 一緒に廻る?」
私は尋ねた。
「分かった。アスハが……それでいいんならな」
私たちは、他のみんなとやや離れて、海岸を歩いていった。やがて、砂浜は終わり、ゴツゴツとした岩場にたどり着く。白鷹は、他よりもやや高くなった岩の上に立ち、海を見る。
「瑜伽山も……海に近い場所だった」
白鷹は言った。
「本当は帰りたくない場所なのに、少し懐かしいと思っちまったよ」
それから白鷹は、私に尋ねる。
「アスハは……なにか海に思い入れでもあるのか?」
私は首を横に振った。
「別に? だって私の地元の海は、とてもじゃあないけど泳げる場所じゃあないし、景色だってそんなに……ただ、あんまり見た事の無い景色だったからつい興奮して……」
言っていて少し恥ずかしくなってきた。
「お前は……純粋な奴だな」
「へ?」
「小町もそうだが、お前も負けじと純粋な奴だと俺は思う。時々、素直じゃあない時もあるが……」
「それ、鈴鹿御前さんと同じ事を……」
「そうかもしれない。だが、アスハ……俺はお前のその純粋さを守りたい……」
「え、えっと……」
私は思わず足元がふらつく感覚がしたが、何とか持ち直す。う、うぐ……なんか悔しいけど、でも……いやいや、そんなはずは無い。
「白鷹、それってどういう意味?」
私は自分の気持ちを押し殺して詰め寄った。
「どういうって……言葉通りのだ。別にそれ以上の意味もそれ以下の意味もない」
「そっ」
私は白鷹から目をそらす。そうだ、私がこいつを好きになるなんて可能性は微塵にも有り得ないのだ。私は自分に言い聞かせた。
その時、白鷹の足元の岩場の下から、なにか呻くような声が聞こえてきた。
「う……うぅ……」
私と白鷹はハッとして顔を見合せた。声は、どうやら女の人のもののようだ。
「白鷹……!?」
「あぁ、降りていってみよう」
白鷹はそう言うと、下の岩場に飛び降りて、海面に濡れないように上手く着地をする。
私は白鷹のようには上手く着地できないので、必死に岩場を降りた。白鷹が手を貸してくれそうだったが、妙に照れくさい気がして、その手は借りなかった。
「アスハ、あれを見てみろ」
白鷹が示した先、岩場が少し窪んだところに、女の人が倒れていた。髪の色は金色、西洋人だろうか。いやしかし、西洋人はこの時代の日本には……。
私と白鷹はその人にそっと近づいていった。その人は、魚の鱗のようなもので出来た衣服を身にまとっていた。だが、背中はその衣服が破れ、痛々しく出血している。下半身は海面下にあるため、見えない。
「怪我を……してるの?」
「そうらしいな。引き上げてみよう」
白鷹がその人を引き上げてみて、私はハッとした。女の人の下半身は、魚の尾びれになっていたのだ。鱗のような衣服との境目は繋がっていてよく分からない。間違いない、その姿は、まるで……。
「人魚?」
私は言った。
「知ってるのか?」
「う、うん……だってほら、童話とかでよく見るじゃん。アンデルセン……だっけ?」
「あんでる……誰だ? それ」
「と、兎に角怪我をしているし何とかしないと!」
「分かってる。でもどうすりゃあいいんだ?」
白鷹は人魚の女の人を抱えながら言った。仰向けると、顔は色白で、整った目鼻立ちをしているのが分かった。
「どうって……先ずは安全そうな所に運んで……そっから考えよう?」
「あぁ、何が何だかよく分からないが……このあんでるなんとかさんを岩場じゃあなく浜辺の方に運ぼう」
あのー、アンデルセンは人魚の名前じゃあなくて人魚姫の作者の名前です。まぁまたややこしい事になりそうだから言わないけど。
私たちは、人魚の女の人を浜辺の方に運んで、うつ伏せに寝かせると、翼や小町たちも呼んできた。翼は、人魚の事をある程度知っているようだった。
「これは……どう見ても人魚という生き物ですね」
「翼くんは、知ってるの?」
「俺も……実際に見た事はありませんが、大海にてたまに見られるという……。ちなみに、人魚の肉を食べれば不老不死になる事が出来るという説もあります」
私は咄嗟に人魚を庇うように立った。た、食べちゃ駄目だからね!?
「兄上ならまだしも俺は食べませんよ」
いや、兄なら食べてるかもしれないのか……。まぁ、有り得そうだな……。私は輝翔夜鬼の事を思い出しながら考えた。
「そうか……知らなかったな……」
白鷹は感心したように言う。
「都にはまず現れることは無い生き物ですから知らなくて当然でしょう」
「で、怪我は……治りそう?」
私は熱心に傷口を見る式神ふたりに訊いた。
「傷自体は暫く安静にしていれば治るでしょう。ですが、それよりも問題は……」
と、木霊が言う。
「問題は?」
「かなり衰弱しています。食べ物を与えなければ……」
閃光は答える。
「食べ物……。翼様、人魚とは何を食べる生き物なのですか!?」
小町が訊く。
「そ、そこまでは俺にも……」
「ちょっと待て。確か……アスハが未来から持ってきた食べ物の中に……栄養価とかいうものが高めだから山で遭難した時なんかに食べるといいって言っていたものがあったな?」
「え? チョコレートのこと?」
「多分それだ。あれをあげてみたらどうだ?」
うーん、怪我をした平安時代の人魚にチョコレートをあげるって……。まぁでも何も無いよりはマシか。
「分かった。木霊くん、お願いね?」
「了解しました」
木霊が手を広げると、その上に板チョコが出現した。私は包み紙を開けて人魚の口に押し当てる。
「あ……あぁ……」
人魚は少しづつながらチョコレートを齧り始めた。良かった、食べてくれている……。
だが、胸を撫で下ろした矢先、私たちを新たな危機が襲った。漁師と思しき男に声をかけられたのだ。
「お前たち! そこで何をやっている!?」
漁師は右手に銛を手にしていた。私がそれを確認するのとほぼ同時に、翼が不吉な事を言った。
「我々とは違い、他の人間がこの人魚を食べようとしないという保証はどこにも……」
私と小町は咄嗟に人魚を守るように陣形を組んだ。小町は笑顔で漁師に言う。
「え、えぇと……お散歩ですよ? 海も綺麗ですし波も穏やかで……」
その時、背後の岩場に大きな波がぶつかり白い飛沫が上がるのが横目にも見えた。海、穏やかなんだよね?
「お前ら、後ろには……何を隠している?」
まずい、大ピンチだ。漁師は少しづつ近づいてきた。
「どうする? アシュラに変化すれば……」
「余計に事態が大きくなるでしょ!?」
だがそこで、小町が横に動いた。私は驚いて隣を見る。
「ご覧下さい。大きな魚が打ち上げられていたもので、珍しい魚だなと話していた所なのでございます」
人魚の方を見ると、上半身に、私が現代から持ち込んできた寝袋がかけられている。そうか、下半身だけならばただの大きな魚にしか見えない。
「み、見た事のねぇ魚だな……」
漁師は首を傾げながらも納得したようだった。そして付け加えた。
「見た事ないついでに言うが……この辺りで仲間の漁師が人魚とやらを仕留めたらしい……。だがちょっと目を離した隙にいなくなっちまったらしくてな。勿体ない話だ……」
漁師は立ち去っていった。私たちはほっとため息を着く。
「助かり……ましたね」
翼が言った。
「助かったが……もうひとつの事実も分かったぜ」
「この人魚が……わたくしたちに見つかる前、こちらの漁師さんに捕まり、そして逃げ出してきた……と。恐らくこの傷は、その時に負ったものですね」
もしそうならば、人魚をこのままにしておくのは危険だろう。どこかに隠した方が良さそうだが、そんな場所はあるのだろうか……?
人魚の見た目は西洋なのに設定的には東洋に近いです。次回の更新日は7月8日です。