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平安妖甲伝アシュラ  作者: 龍咲ラムネ
12/27

第12話 五弦の琵琶と兄と弟

遅くなりました。更新です。

熊童子くまどうじを撃破した私たちは鈴鹿御前すずかごぜんの屋敷へと戻った。鈴鹿御前は、私たちを連れて小町こまちつばさのいる部屋に向かいながら尋ねる。


「そういえば……あんた達の武器、なーんか普通の武器と違うみたいだったけど……あれ、何?」

「六道神器です……。俺たちにも詳しい事は分かりませんが、かつて安倍晴明あべのせいめい公が作り出した六個の神器で、なにかそれぞれに特別な力が宿っていると……」

「ふーん」


白鷹はくたかの説明を、鈴鹿御前は目を細めて聞く。なにか思案しているようだ。


「そのうち三つをあんたたちが持っていると……」


私は頷いた。どこまで話してもいいのだろうか、この話。


「でもあんたたち、ぜーんぜんダメダメね」


鈴鹿御前は辛辣な評価を下した。ダメダメ……って……。


「特に白鷹ちゃん? あんたは……神器の力を全部解放しきれていない……」

「か、解放しきれていない……?」


白鷹は聞き返した。


「そっ、あんなんじゃあ今までは良かったかもしれないけど大嶽丸おおたけまるちゃんには到底敵わない。あんた、ちゃーんと自分に向き合ってそれに打ち勝たなきゃ」

「自分に向き合って打ち勝つ……?」


私はその言葉を反芻した。


「そうそうそう、それから、浅魔あさまちゃんは……もうちょっと心を鍛えなくちゃ」

「僕が……心を……?」

「うんうん、そうじゃなきゃ、アスハちゃんに振り向いて貰えないかもよ?」


何故そこで私の名前を出す……。私はそう思いながら自らのブレスレットを見下ろした。


「あの……じゃあ私は、何を鍛えればいいんでしょうか……」

「え? あんたの神器は見た所戦闘向きじゃあない。だから、特に戦い方に対して言うことはないけど……でも、もしあんたが本当に白鷹ちゃんの力になりたいと思うならもっと自分に素直になりなさい? 多分あんた、自分の事を分かったつもりになってるみたいだけど、全然そんな事ないから」

「そんな事は……! 私の事は私自身が一番……!」


すると、鈴鹿御前は私の目の前に人差し指を立てた。そして忠告するように言う。


「ほら、そういう所っ! そうやって自分に素直じゃあない態度を取ってると、今に手に入れられそうなものも手に入れられなくなっちゃうよ」


鈴鹿御前は話を切りかえて続けた。


「それから……もし、あんたたちが自分の神器を完全に使いこなせるようになったとして……確かにそれで大嶽丸ちゃんの足元くらいには及ぶようになるかもしれない。でも、本当に大嶽丸ちゃんが復活したら……多分彼の事だから……あんた達の神器も……それからあんた達が持っていない残りの神器も十中八九狙うことになるでしょうね」


確か……六道神器を全て手に入れれば、とんでもない力が手に入るというようなことを鬼童丸は言っていた。その力がどんなものかは知らないけど……でも、ろくな事にならないのは確かである。


「だから、あんた達で先回りして神器を全部集めちゃいなさい?」


鈴鹿御前は提案した。


「分かり……ました」


白鷹は頷いた。


鈴鹿御前は、翼や小町、それに子供の姿に戻った木霊こだま閃光ひかり達を前に、ふたたび神器を全て集めるように言った。それから、白鷹に向き直って言う。


「それから……白鷹ちゃん、あんたはまず、瑜伽山ゆがさんに行きなさい?」

「瑜伽山……!?」


白鷹はとても驚いたように言った。


「そーそー、そこにあたしの古い知り合いがいてね。彼に会えば、きっとあんたもその白波の太刀を使いこなせるようになるよ。あとは……浅魔ちゃん? あんたはあたしと一緒にここに残る事」

「え……!?」


浅魔が聞き返す。


「言ったでしょ? あんたは自分自身の心を鍛える必要があるって、だからあたし直々に指導をしてあげようと思って、光栄に思いなさい?」

「あの……本当に瑜伽山に行かなくてはならないのでしょうか……?」


白鷹は訊いた。


「うん、あんた自身、よく分かってるんじゃない? 自分に向き合うにはあの場所がいちばんだって事に」

「それは……」


白鷹は鈴鹿御前から目を逸らした。私は、そんな白鷹の様子が何処か気になった。


話し合いが終わり、しばらくしてから、庭に出て空を見つめる白鷹に、私は尋ねた。空はやはり雲が垂れ込めている。


「白鷹、瑜伽山って……」

「アスハ、お前には……言わなきゃあならねぇかもな。瑜伽山には、俺の親父が居るんだ」


白鷹は答えた。

「え、白鷹のお父さんって……」

「そう、俺がこの世でいちばん嫌いな野郎だ。まぁ、会った記憶はないんだけどな……」

「じゃあ、本当に会ってみれば、また変わる……」

「そんな事は無い! あいつは俺を捨てたんだからな!」


白鷹の言葉に、私は思わず後ずさる。


「いや、済まない。急に……驚かせちまったな。アスハ、だが俺は……」

「自分に向き合うって、そういう事だったんだ……」


私は納得がいってそれを思わず口にした。


「なんだ?」

「私は……別に白鷹がお父さんを無理に好きになれとは言わない。でも、好きになるのも嫌いになるのも、実際に会ってみないと分からない。それを会う前から決めつけているのは、とても勿体ない事だと思う……」

「そうかもな……」


白鷹は言った。


「ふーん、なかなか物分りがいいじゃない!」


いきなり私たちの背後から声が聞こえて私と白鷹は驚いて振り返る。


「鈴鹿御前さん!?」

「鈴鹿御前さん……」


白鷹は鈴鹿御前に呼びかけた。


「貴方は……どうして俺の父親が……瑜伽山の……阿久良王あくらおうだと分かったのですか?」


白鷹の父の名前は阿久良王と言うらしい。鈴鹿御前の言葉から察するに……彼と鈴鹿御前は知り合いだったのかな?


「ま、元々あたしとあいつとはそれなりに因縁の仲だし……。というか最初に会った時から分かったよ? あんたが阿久良王の息子だってことくらい」


あの時だ。確かに初めて会った時、鈴鹿御前は白鷹の顔を見てかなり驚いていた。そんなに似ているのだろうか。


「まぁ髪の色も目の色も違うし、純粋な鬼である阿久良王ちゃんには普段から角が生えているっていう相違点はある。でも、なんて言うかなー、雰囲気というか……そういうのは同じなんだよね。あいつとあんたは」

「そうなんですね……」


私は言う。


「あぁ、そうだそれから、もちろん連れていくと思うけど、白鷹ちゃん、アスハちゃんは絶対に連れていくこと。分かった?」


鈴鹿御前は何故か念を押した。


「な、何故ですか? もちろん行きますけど……でも……」


私は訊く。


「アスハちゃん、言ったでしょ? あんたは素直になりなさいって」


鈴鹿御前が白鷹に言った言葉の意味は分かったが、私に言った言葉はまだ分からなかった。……でも多分、一緒に旅をしていればそのうち分かるよね?


私たちは、その晩、ひと晩だけ鈴鹿御前の屋敷に泊まると、今度は京の都への帰路に着いた。浅魔童子は、やはり鈴鹿御前に言われた通りここに残るらしい。


「アスハ、次に会う時は君を振り向かせてやるからな……」


彼は別れ際にそう言っていた。

帰りの道中、私は何気なく白鷹に尋ねた。


「ねぇ白鷹、このまま……京に戻ったらすぐ瑜伽山に出発するつもり?」

「あぁ、嫌な事はさっさと終わらせちまいたいしな」


白鷹は答えた。


「ですが……神器の件もありますよ」


小町が言ってくる。


「確かに……そちらの方も情報を集めたいな」

「でしたら、わたくしにお任せ下さいっ!」


小町はやけにやる気満々だ。


「瑜伽山への出発を少しだけ待っていただければ、直ぐに情報を仕入れて参りますよ」

「小町ちゃんって……情報通なの?」


私は訊く。


「いいえ、わたくしが……と言うよりはわたくしの身の回りがと言った方が適当な表現ですね。わたくしの屋敷には、わたくしたちの身の回りのお世話をして下さるために様々な国からやって集まった者たちが働いております。その方たちに尋ねれば、何かそれらしき物があるという情報が手に入るかもしれません」

「では、そちらの情報は小町殿に任せた方が良さそうですね」


翼が言った。


「でも、神器が全てこの時代にあるとは限りませんよ」


木霊が私の方を見ながら言う。そうですね。私がいい例です。


「だが、次の新月までは……あと十日くらいあるだろ?」


白鷹が言う。


「おそらく、その頃にはもう俺たちは瑜伽山にいるか……或いは旅路の途中だ。現代への情報収集なら……」

「また更にもうひと月待たなきゃならないんだね」


私は言った。まぁ、向こうの時間の流れとこちらの時間の流れはちょっと違うみたいだし、思ったより弊害は生じないかもしれないけど……。


「あの……」


と、ここで翼が提案した。


「幽世の岩戸の欠片を持ち運ぶ……というのはどうでしょうか?」

「幽世の岩戸の欠片?」


白鷹が聞き返す。


「そうです。磁石を思い浮かべれば分かりますが……あれは例え打ち砕いたとしてもその能力が失われることはありません。であれば、時代と時代をくっつける役割を持った幽世の岩戸とて、同じようなものかと、俺は思うのですが……」

「そうだな……どうだ? アスハ」


私は考える。まだ言い切れないとは思うけど、でも、試してみてもいいかもしれない。それに、もし駄目だったのならばまた次の月に挑戦すればいいだけの話だ。


「分かった。ちょっと試してみることにするよ」


私は首を縦に振った。


帰りの道中は、特に妖や鬼の類に遭遇する事も無く、京の都へとたどり着くことが出来た。白鷹の話によると、行きに近江国で狒々や土蜘蛛を退治したおかげで妖異の類も一時的に人里に近づかなくなっているのだろうという話だった。

私たちは都に帰ると、すぐさま那須乃なすのにこれまでの旅の事を報告する。それから、大嶽丸を復活させるように熊童子に唆した黒幕がいる事、そして大嶽丸がもし復活すれば必ず六道神器を狙うであろうから、こちらで先回りをして全ての神器を集めた方が良いだろうという事も提案する。


「実は、私も神器については考えていました……」


相変わらず顔の見えない那須乃は言う。


「那須乃様も……ですか?」


白鷹が返した。


「えぇ、我が祖父が一体何を考えて神器を作り出したのかは未だに分かりません。ですが、それらに対しての責任は、我々の一族にあると思うのです。ですから……六道神器がもし、世の為になる物ならば然るべき時に行使し、そして危険な物であるならば永久に使えないように破壊する責任は……我が一族にあります。私はひとり、ここで考えに耽っていた時、そのような結論に達しました」

「それは……立派なお考えだと思います」


翼は言う。


「さて、それから貴方たちはこれからどうされるおつもりですか? 神器を探す旅に出るのか、それとも黒幕を見つける旅に出るのか……」

「その事ですが……」


と、白鷹は説明に入った。


「ひとまず、小町が次の旅の手がかりともなるであろう神器の情報を収集した後、我々は一旦瑜伽山に向かおうと思っています。鈴鹿御前様にもそう言われて……」

「そうですか……。貴方にもとうとうその時が来ましたか……。いいでしょう、貴方がそう決意をしたのならば、私はそれを送り出すだけです」

「ありがとうございます……」


白鷹は頭を下げた。


那須乃への報告が終わると、小町は直ぐにでも自身の屋敷に戻って情報収集に取り掛かりたいと言い、那須乃の屋敷を出て、自分の実家へと向かった。私も、そんな小町について行った。


「どうして……アスハ様までわたくしの任務に?」

「い、いや……私ってこの時代の事まだあんまりよく知らないし……こういう機会に色んな人の話を聞けたらなーと思って……」


そこまで言ってから私ははたと思う。


「って、もしかして私が居ると邪魔?」

「い、いえ! むしろいて欲しいくらいです! わたくしはアスハ様の時代に居た時に色々とお世話になりましたし……こ、今度はわたくしがお世話をする番だと思うのです!」


うん、何となく言い方は変だけど気持ちは受け取っておくことにするよ。私は心の中で言った。


さて、こうして小町の屋敷にたどり着いた私たちであるが、それからが大変だった。まず、侍女達を集めると、こちらから質問をする前に、向こうから質問の集中砲火が飛んできたのだ。


「それで、旅はどのようなものだったのですか!?」

「鬼や妖って、やはり恐ろしいものなのですか!?」

「旅先では素敵な殿方に会えましたか!?」

「あっ、あのっ、そのっ、質問は順番にしてください……!」


小町はそう言うのがやっとやっとだった。


「では、仕えていた年数順で私から……!」

「何を言うのですか!? そこは年齢が若い順からでしょう!?」

「違います! やはりいろは唄の順番で……」


収拾がつかないな、この人達。小町なんか完全に困り果てている。


「あの……ちょっと皆さん?」


私はそんな小町を見かねて声をかけた。


「そちらの妙な格好の女子が那須乃様の所のアスハ様という方ですか!?」

「どうして童女のような髪型なのですか!?」

「そんな貧相な格好では殿方にはモテませんよね!?」


最後のひとりは後で覚悟をしておきなさい。貧相な格好とはなんだ貧相な格好とは、これは千年後のスタンダードだぞ。

だがそこに小町の母親が入ってきて言った。


「皆さん、小町も、それにお客さんもお困りですよ? まったく、騒々しい。小雀じゃあないのだから静かにおしなさい」


それだけ言うと彼女は去っていったが、その威力は絶大で、侍女達はしんと静かになった。


「で、では皆さん質問にお答えしましょうか」


すかさずに小町が言った事で、漸く場の収集はついた。

私たちは、侍女たちの質問に答えると、次に自分達の話を切り出した。


「これで……もう皆さんからの質問は終わりですか? では、わたくしたちからも質問をさせてください。……ズバリ、皆様は何か変わった物品、特に他には無いような特別な力を有している物品の話を……ご存知ですか? それは……どんな形を取っていても構いません。太刀であっても……不思議な石の形をしていても……」


侍女達は互いに顔を見合わせる。暫く沈黙が続いたため、何かこう、聞いてはいけない事でも聞いてしまったように感じた。

しかし、侍女のうちのひとりが、やがて口を開いた。


「え、えぇと……小町様がこの家から去られて暫くしてからの話なので……ご存知ないかとは思いますが、でも、私たちの中では最近広まった有名な話が……あります」

「それは……なんですか?」


小町が身を乗り出して尋ねる。

侍女たちの目線がひとりの侍女に集まった。その侍女は、この部屋に集まった者の中でも特に小柄で、年齢も下のように見える。


「貴方は確か……加茂女かもめさん……でしたね?」


小町が訊いた。


「はい、小町様が探しているものかどうかは分かりませんが、私は……見てしまったのです……」

「み、見たって……何を?」


私が訊く。


「小町様、私の実家が下鴨しもがも神社だということはご存知ですね?」

「はい、神仏に仕える者の家の生まれと聞いて、わたくし、少しだけ羨ましく感じましたので」

「これは、小町様が那須乃様の御屋敷で奉公をするようになってすぐ後の出来事でございます。私は実家である下鴨神社にある用事で帰ることがあったのですが……その時、父や、他の神主さん達が噂しているのを耳にしたのです」

「噂、それは……どんな噂ですか?」


やはり小町は好奇心旺盛な所があるようだ。話を聞く態度からもそれが滲み出ている。


「夜な夜な、五弦の琵琶を奏でながら怪しげな儀式を行っている人物がいると……私、五弦の琵琶なんて今時珍しいですし、ひと目見てみたかったのです。それで、夜中にこっそり、寝所を抜け出して、境内に繰り出しました。そしたら、そこに……」


ここで一旦、加茂女は言葉を切ってから続けた。


「ひとりの人物がたっていたのです。そして、地面には不思議な円形が書かれ、周囲には……あれは間違いありません、骸骨です。人間の骸骨がまるで生きているかのようにわらわらと寄り集まって動いていたのです」

「それから……どうしたのですか?」


だが、小町の質問に対し加茂女は首を横に振った。


「私はそれから恐ろしくて……寝所に戻ると朝まで着物を頭から被り震えておりました。ですから、その人が男なのか女なのか、はたまた人間なのか鬼なのかは分かりません。でも、妙にその五弦の琵琶だけが頭に残って……」

「つまり、貴方はその五弦の琵琶が死者を蘇らせたりする不思議な力を有していると言うのですね?」

「そこまでは分かりません。ただ、とても印象に残ったので、もしかして……と思い」


私と小町は顔を見合せた。その琵琶が神器かどうかは分からないが、でも、白鷹か誰かには伝えた方が良さそうだ。


私たちは那須乃の屋敷に戻ると、当初の予定通り、白鷹と翼にこの話を伝えた。ふたりは庭を目にしながら双六をしていたが、私たちの話には興味津々だった。


「確かに、そいつァ妙な話だな。まずひとつ目、その人物がどうして死者を蘇らせるなんて真似をしていたのかが気になる。そしてもうひとつ目は、なんで下鴨神社じゃあなきゃいけないのかという事だ。寺や神社という物は往々にしてそこに住み込みで人物に仕えている者達がいる。そんな人々に見られる危険を犯してまで、下鴨神社で儀式をする必要があったのか。最後の三つ目は……そいつが持っていたという五弦の琵琶が神器なのかどうかだ……」

「確かに五弦の琵琶というのは昔ならいざ知らず、今の世にはだいぶ珍しくなった物ではありますが……」


翼は自身の笛を取り出して弄り回しながら言った。その様子に私は言う。


「ねぇ、もしかして翼くん、今回の事、すごいやる気満々?」

「はい、どうにも音曲が関係している事件のようにも見受けられますので」

「そうと決まれば……今夜にでも下鴨神社に行くことにするぜ」

白鷹は言った。

「え、ちょっと待って、今夜!? でも、今夜はもう現れないかも……」

「いいや、その加茂女とかいう女子が目撃する前からずっと琵琶の音はしていたんだろう? だったらそいつが下鴨神社に通いつめていたという事だろう。そして姿を見られたにも関わらず、加茂女を追ってきたというような話は聞いていない。つまり奴は恐らく、見られた事にはまだ気づいていないということだろう」


そういう訳で、私たちは式神二名を伴い日が暮れると直ぐに下鴨神社に向かう事になった。夜とはいえど、神社観光なので少し楽しみにしていた私だったが、肝心の神社が近づくと式神達が持っていた松明を消してしまったため、周囲は闇に包まれて、よく見えなくなってしまった。それでも、いくつかの大きな建物を抜けて進み、私たちは茂みの中に隠れた。


「ここは楼門の前だが……この境内で大きな儀式が行えるほど広い場所といえばまずはここだろう」


白鷹は目を凝らしながら言う。


「そうなの? なんにも見えないんだけど……」

「大丈夫です。次第に目は慣れるものですよ」


小町がフォローしてくれた。

小町の言う通り、段々と暗がりにも目が慣れてくると、うっすらとものが見えるようになってくる。成程右手にはの大きな門が見えた。やがて、左手の方から誰かが玉砂利を踏みしめる音が聞こえてくる。


「誰か来る……ようですね」


翼が小声で言った。


「あぁ、間違いな……」

「そこにいるんだろう? コソコソしていないで出てこいよ」


白鷹が言い終わる前に、相手が声をかけてきた。それは、男の声のようだった。


「どうやら気付かれたようですね……」


閃光が残念そうに言う。

私たちは声に従って茂みを出た。月の光の下に、ひとりの少年が琵琶を抱えて立っていた。白鷹にも負けず劣らず派手な原色をいくつも使った着物に、髪の色は黒、やや切れ長の目も髪と同様に黒色をしていた。


「お前……何者だ……?」


白鷹は問う。

少年は琵琶の弦を撥で弾くと答える。


「何者? 何者って俺は人間さ。名前は……そうだな輝翔夜鬼かがやきとでも名乗っておくか」

「か、輝翔夜鬼……!?」


翼が驚いた顔をする。


「どうした? 知ってるのか?」

「え、えぇまぁ一応……」


白鷹の問いに翼は答える。


「どうして……死者を蘇らせる儀式などを……?」


小町が尋ねた。


「そりゃあ簡単なことさ。俺は運良くこの畜生道の神器を手に入れることが出来た。こいつは優れもんでな。死者を蘇らせるばかりかそいつを畜生のように使役することが出来る。そうと聞いちゃ、確かめずには居られないだろう?」


輝翔夜鬼はふたたび弦を弾いた。琵琶の音色が月影の夜空に響く。


「それなら他所でやりゃあいいだろう? ここに住んでいる奴は……」

「それは……こいつの事かい?」


輝翔夜鬼がさっと左に目を向けると、その石灯籠の影から加茂女が姿を現した。昼間会った時の侍女の姿ではなく、長い黒髪をポニーテール状に結わえ、丈の短い赤紫色の着物を着ている。


「な……加茂女さん!?」


小町は息を飲んだ。


「悪いがこいつは俺の女だ。お前らがどうにも不思議な物品、即ち神器を集めているという事を伝えてきてくれてな……こいつの機転でお前らをここに呼び寄せることになったという訳さ」

「と、という事は初めっから私たちを騙してたってこと!?」

「残念、べらべらと喋っちゃう方が悪いでしょぉ? それに私、なーんにも嘘はついてないしぃ」

「嘘はついていない……?」

「だって、輝翔夜鬼きゅんとの出会いの話は小町様や他の侍女たちに話た通りだもぉん。でも、輝翔夜鬼きゅん、私に惚れちゃったみたいで何度もやってくるし、それで私も輝翔夜鬼きゅんに……」


そこまで言って加茂女は両手で顔を覆った。


「当たり前だ。惚れた女の実家に毎晩通えばいつかは会える。そう思って俺はここを儀式の場と選んだ。だってそうだろう? 好いた相手には自分の全てをさらけ出してやりたい。だから俺は新たに手に入れた力を毎晩披露してやっていたということさ。大切な姫のためにな」

「あぁもう輝翔夜鬼きゅんしんどいぃぃぃ」


加茂女は顔を赤らめたままその場に崩れ落ちる。あぁ、こいつらは……と、私は確信した。完全に現代で言うバカップルってやつだ。もし時代が違ったらお互いのことをダーリンだのハニーだのと呼んでいたに違いない。百円くらい賭けてもいい。


「……ってな訳でお前らにはここで死んでもらうぜ。なんたって神器を奪われちゃあたまらないし、それにもう既に幾つか、持ってんだろ? 神器」


あれ、こいつ……白鷹の白波の太刀と私のブレスレットが神器だという事を知らない? 白鷹もその事に気がついたようである。


「念のため訊いておくが……お前、神器の話、どっから聞いた?」

「それは……なぁ、俺の師匠が……前に……」

「でも輝翔夜鬼きゅん、最近師匠のところに帰ってないでしょ?」

「当たり前だ。何せ姫さんと一緒にいる方が楽しいからな」

「きゃあぁぁぁ輝翔夜鬼きゅぅぅぅぅん!」

「師匠……?」


私はイチャつくバカップルをスルーして尋ねた。

その質問には、代わりに翼が答えた。


道摩法師どうまほうし……ですね」

「ん? お前は……って、お前! 翼丸つばさまるなのか!? 翼だな!?」


輝翔夜鬼のテンションが明らかに変わる。えと、知り合い……?


「あの……お恥ずかしい話ですが……そちらの輝翔夜鬼殿は……俺の……兄です……」

「え、え、えぇ!?」


私たち一同は翼と輝翔夜鬼の顔を見比べた。似てない……。


「まぁ兄弟っつっても腹違いだかな」


つまりどちらかは母親似と……。まぁ見た目からして翼の方が母親似っぽいが。


「我々は播磨国の陰陽師の一族、芦屋あしや家に生まれました。ですが、俺の方は術の才能がなく、また、兄上の方は……」

「俺は術なんかより酒や女が好きだった」


うわぁ最低だこの兄さん。しかもそれをガールフレンドの前で堂々と言いやがったぞ。


「でも今は輝翔夜鬼きゅん私一筋だもんねぇ」

「当たり前だろ姫」


だからイチャつくな。仮にもここは神社、神聖な場所だぞ。


「んで、どうだ? 師匠は……元気か?」


輝翔夜鬼は尋ねた。


「いえ、亡くなりました……兄上には何度も手紙を送ったのですが……最期を看取ったのは俺と……兄弟子の早房はやぶさ殿だけで……」

「そうか……」

「ですが最後まで師匠様は兄上を枕元に呼びたがっておられた……なのに……」

「悪かったな。俺はその頃、博打に夢中でな。何しろ津刃女とかいうけったいな妖術師に負け続けて……」

んん? 類は友を呼んでない!?

「そうですか。そんなところだろうと思っていましたよ兄上……」


翼はそう言うと引き下がった。


「はっ、そうか……そうだったか……ま、いいさ、お前らが弟の知り合いだという事はよーく分かった。だが俺の当初の目的は変わらないぜ。お前らを殺して神器を奪う。よーく見てな!」


輝翔夜鬼は琵琶をかき鳴らす。すると、周囲の木々や建物の陰から次々と骸骨たちがフラフラと歩き出てきた。


「ち……飽くまでもやるつもりかよ……。分かった、受けて立……いや、翼……」


白鷹は白波の太刀に手をかけようとしてから、翼の方を見て戸惑った。しかし、翼はピシャリと言った。


「いいです。やってください、白鷹殿。あのような男、最早兄弟だとは思っておりません!」


うわぁ滅茶苦茶怒ってる……。私は、翼の両眼に炎が燃え上がっているのが見える気がした。

五弦ある琵琶はこの頃には既に珍しくなっていたようです。次回の更新日は7月1日です。

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