第11話 鈴鹿御前の憂鬱
しばらく投稿が遅くなります。お許しください。
私たちは白鷹も交えた五人で夕餉を取る。夕餉の支度は翼がしてくれた。
「うーん、やっぱり上手ねぇ。うちにお嫁に来ない?」
津刃女は翼の作った料理を頬張りながら言った。
「い、いえ……俺は……」
「遠慮しなくていいのよ……」
「な、なぁ、アスハ……仮にも訊くが……この人が俺の怪我を治してくれたのか……?」
白鷹は小声で尋ねてくる。
「う、うん……まぁ……」
「そうか……木霊と閃光が弓と矢の姿から人の姿に戻らないと思ったら……そういう事だったのか……」
奴らめ、事前に避難しているのだろう。まぁ津刃女の事だから、もしかしたら小町の持っていた弓と矢が式神だということには気づいているかもしれないが……。
「白鷹くん……と言ったわね?」
突如、津刃女が白鷹に声をかけてきた。
「は、はい……」
「貴方……自分のご両親の事、どうお思い?」
「それは……」
突然の質問に、白鷹は口ごもる。
「俺は……正直言ってどちらの顔も覚えていません。ですから……何とも……。ただ好きか嫌いかで言えば嫌いの部類に入ると思います……」
「正直でいい子ね」
津刃女は満足気に言う。
「だからあたしは人間と鬼が愛し合う事には反対なのよ。お互いに生きている時間が違うから、貴方のような子が産まれてきてしまう。貴方達がどうして鈴鹿御前に会おうとするのかは分からないわ……。でも恐らく彼女は、貴方のお父上や母上と同じ、或いはよく似た心を持った鬼よ。だから……彼女に会えば、貴方は御両親への気持ちの本当の答えが分かることになるかもしれない……」
「俺の……気持ちは……誰に会っても変わらないと思います」
白鷹はそうとだけ答えた。
翌日、私たちは津刃女の庵を後にし、伊勢国への旅路に再出発した。旅路は、もう既に半分ほど進んでいたので、日が傾きかけた頃には、もうすぐ伊勢国という峠道まで到達した。
「ここが……鈴鹿峠か……」
白鷹は山道を先導しながら言う。
「鈴鹿峠……って事は、もう鈴鹿山?」
私は訊く。
「えぇ、この山系の何処かには鈴鹿御前様が住んでいるはずですよ」
人型の形態に戻っていた木霊が言った。式神ふたりは、津刃女の家を後にすると直ぐに、元の子供の形態に戻ってついてきていた。
「しかし、嫌な天気ですね……」
翼が天を見上げる。空は、厚い雲に覆われ始めていた。
「うん、ひと雨来る前に鈴鹿御前さんを見つけられればいいけど……」
「だーが鈴鹿山っつったって広いぜ。そう簡単に……」
「やぁアスハ、また会っちゃったね」
白鷹の言葉を遮ってそんな声が聞こえた。私たちは咄嗟に身構えて立ち止まる。
木の上から私たちの目の前に着地したのは、案の定、浅魔童子だった。浅魔童子の左腕は何故か青く鋭い爪の生えた鬼のような姿になっている。
「浅魔……! 念の為訊いておくが……その左腕はどうした?」
「あぁ、これかい? これは大嶽丸の左腕さ。僕はこの顕明連の剣によって大嶽丸の三分の一を受肉した……」
「大嶽丸の三分の一を受肉……?」
「翼様、受肉……とはなんでしょうか?」
小町が翼に尋ねる。
「本来は実体のない霊体のようなものが……この世の肉体を持つものを借りて顕現することです……。そうか……大嶽丸はそうやって復活を試みているのか……!!」
翼はひとり納得すると前に進み出た。そして浅魔童子に声をかける。
「浅魔童子殿……。その顕明連の剣、いえ、三明の剣は危険です……。今は3分の1かもしれませんが、全て揃えれば貴方の身体は全て大嶽丸に乗っ取られてしまう!!」
「うるさい! 人間風情が!! 僕はこの顕明連の剣の力でこの世に復讐をするんだ!! 僕を虐げ、排除しようとしてきたこの人間道の世界に……!!」
「そうか……身も心も熊童子と共に堕ちたって事かよ」
白鷹は白波の太刀を抜く。それから浅魔童子に斬りかかった。
「堕ちた? 違うな!! 確かに僕は熊童子のやった裏切りは許さない……それに許されるべき事だとも思っていない!! でも、僕には力が必要なんだ!! 復讐のため! そしてアスハを振り向かせるために!!」
え、わ、私……!? 土蜘蛛の件と言い今回と言い、私トラブルメーカー説浮上してない?
「うるせぇ! お前がアスハの名を語るな!!」
顕明連と白波の刃がぶつかり合った。白鷹はアシュラに変身する。
「来たかアシュラ……。これでも喰らえ!!」
浅魔童子が顕明連の剣を天に向けるとアシュラ目掛けて雷が落ちた。それは、比喩表現でもなんでもなく、天を覆う黒雲から直接落ちてきた雷に見えた。アシュラは雷をかわすが、それは何度も彼目掛けて降り注ぐ。
「まさかとは思いますが……奴、天候を操っているのでは……?」
その様子を見て翼が分析する。
「天候を操るなんて……そんな……」
「アスハ様! わたくしたちも加勢しましょう!!」
小町が、式神たちが変身した弓と矢を構える。なんだかんだでいちばん好戦的だよね、この人……。
だがその時だった。私たちの背後から回転しながら飛んできた何かが、浅魔童子を襲う。浅魔童子は咄嗟にそれを顕明連で防御した。それは、また別の剣だった。剣はブーメランのように回転しながら、飛んできた方向に戻っていく。
「こ、今度は何!?」
私たちは振り返った。するとそこに、ちょうど今戻ってきた剣を右腕で捕まえた女の人が立っていた。彼女は両手に一本ずつ計二本の剣を持っている。頭部から鹿のような枝角が生えている所からして、人間ではないようだ。
「まったく、どうも苦手な気配がすると思ったら……そういう事?」
女の鬼はやれやれとため息をついた。水色の髪に赤い瞳をした若い女だ。額には赤い十文字型の模様が入っている。
「お前が……鈴鹿御前!」
浅魔童子が言う。
「当ったりー! まぁ正解しても何もあげないけどっ。特にあんた……その剣をあたしに渡しなさい? そうでないと……恐ろしい事が……」
「うるさい!! ずっと探してた相手が出てきたんだ!! 三明の剣、残りの二本も僕の物にしてやる!!」
浅魔童子は飛び上がった。それと同時に鈴鹿御前も大きく地面を蹴り、飛び上がる。そして2本の剣を振るった。
「大通連、小通連!!」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
浅魔童子が悲鳴を上げる。彼の変異していた左腕が切り落とされたのだ。鈴鹿御前はその左腕が地面に落ちるのとほぼ同時にひらりと着地した。一方、浅魔童子はほとんど落下に近い形で地面に叩きつけられる。
「ううぅ……。痛てぇ……痛てぇよぉ……。僕の……腕が……」
「残念だけどこれはもうあんたの腕じゃあない。さぁ、渡してもらおうか? 顕明連の剣を……」
「い、嫌だ……僕は……!」
「まったく、懲りない子だねぇ。当て身ッ!」
鈴鹿御前は浅魔童子を気絶させた。
「これで、良し……と」
それから二本の剣を腰の両側につけた鞘に、浅魔童子から取った顕明連の剣を背中の鞘にしまった。そして浅魔童子を抱えあげる。彼女の前の空間に、光の渦が発生した。それはさながら、SFに出てくるワームホールやなんとかゲートのようだ。
「あ、あの……ちょっと待ってください! 私たちは……」
「ありがとっ」
「は、はい……?」
「あんた達がここで妖気を思いっきり発散してくれたお陰で、あたしは探し物を見つける事が出来た。感謝するよ。じゃあねー」
鈴鹿御前は今にも光のゲートの向こうに立ち去ろうとする。だがそんな彼女を今度はアシュラが呼び止めた。
「すみません。でも俺たち、貴方に会いに来たんです」
「そっ、でも残念だけどあたしは近衛少将ちゃん以外の男には興味が無いの。悪か……て、て、て……」
アシュラの事をじっと見た鈴鹿御前は明らかに動揺を始める。アシュラはその場で変身を解除した。
「あの……俺がどうか……?」
「い、い、い、いや……ちょっと知り合いに似てる気がしたから……。な、なんでもない。で、あんた名前は?」
「白鷹丸です」
白鷹は答えた。
「そう、やっぱり……」
「やっぱり……?」
「い、いやー、な、なんでもないよ? は、初めましてー」
鈴鹿御前は明らかに動揺しながら挨拶をした。絶対この人、いや、この鬼、白鷹の事知ってたでしょ。
「分かった。話は聞く。だから……ついてきて?」
鈴鹿御前はそう言うと光のゲートの中に消えていった。私たちは恐る恐る彼女に従った。
ゲートの向こう側は、森の中の大きなお屋敷だった。広さは、那須乃の屋敷とほぼ同じくらいだ。庭や家の周囲も綺麗に手入れをされている。
鈴鹿御前は私たちを先導して歩くと、やがて、布団の敷かれた部屋に浅魔童子を寝かせ、私たちにも座るように合図をした。私たちと鈴鹿御前は向き合って座る。
「で、貴方たち、お話って?」
「そこに寝かされている浅魔童子は……大嶽丸の息子です。彼は……酒呑童子四天王のひとりだった熊童子に唆されて大嶽丸を復活させようと……」
「でもその野望はすんでのところであたしが打ち砕いた。そうでしょ?」
「それは……」
白鷹の言葉が止まった。
あれ、これってもうこの人と話すべきこと、もうないんじゃあない? だって、顕明連も取り返しちゃったみたいだし……。
「ま、そんな簡単な話じゃあないってことは分かってるけど」
鈴鹿御前は逆に切り出す。
「だってそうでしょ? まず、ここで顕明連を取り返したところで、きっとその熊童子ちゃんって人はまた別の方法を使って大嶽丸ちゃんを復活させようとしてくる。それに、そもそもなんで大嶽丸ちゃん復活を目論んでいるのかも分からない。ところで……あんた達を送り込んだのは誰?」
「都の陰陽師の安倍那須乃様です」
白鷹が答える。
もっと言えば、私の時代の沢城剣くんもなんだけど、その事は黙っておこう。津刃女の時の前例もあるし、また変な人だと思われかねない。
「そう、陰陽師……。だったらその人に伝えてちょうだい? 期待外れでごめんなさいって。その人、多分あたしが鈴鹿大明神の化身だからって期待してあんた達を寄越したのかもしれないけど残念、あたしはそんな風に持ち上げられるような存在じゃあない」
「で、でもとっても強かったですよ! 鈴鹿御前様は……」
小町が元気付けるように言う。
「それは上辺だけの強さ。それに、この三明の剣を借りたからに過ぎないよ……。本当のあたしは何処にでも居るようなひ弱なひとりの女……この結界の中に閉じこもって過ごすような……鬼女の風上にも置けない存在」
「もしかして……後悔されているのですか?」
白鷹が訊いた。
「田村麻呂公を愛してしまった事を……」
鈴鹿御前がピクリと固まる。何か、悪い事を言ってしまったようだ。
「あんた……それ……誰から聞いたの?」
白鷹は口を開こうとするが、鈴鹿御前はそれを制した。
「いい、言わなくても……。でも、そいつに伝えてちょうだい? あたしは近衛少将ちゃんを愛したことについては、これっぽっちも後悔はしていないって」
だが、鈴鹿御前はその後で直ぐに小声で付け加えた。
「ま、哀しくないかと言われたら、哀しいんだけどね……。でも、それはあたし自らが望んだことだったから……」
「本当に、好きだったんですね。田村麻呂さんの事が」
私は思わずそう呟いた。
「もちろん! あんたも女の子なら分かるでしょ? 最高にかっこいい男の為なら、他のどんな哀しみだって受け入れられるって」
私は思い出した。私も剣のためなら……どんな哀しみだって受け入れられるのだろうか。
その時、布団に寝かされていた浅魔童子が意識を取り戻しかけているのに私は気がついた。鈴鹿御前も私とほぼ同時にその様子に気がつく。
「う、うぅ……」
「大変! ちょっとあんた達、手伝って!?」
「あの、手伝うとは……何を……?」
「この浅魔ちゃん? とかいう子を抑えてて、暴れないように! その間にあたしはこの子の腕を治療するから!」
小町の質問に答えると、鈴鹿御前は急いで部屋を出ていった。私と小町は浅魔童子が暴れ出さないように押さえ込んだ。
直ぐに鈴鹿御前が戻ってきた。その手には、木の枝が握られている。鈴鹿御前は、木の枝を浅魔童子の腕の切断面に押し当てると、何か呪文のような言葉を唱えた。途端、木の枝は光り輝き、やがて浅魔童子の腕となる。その腕は、浅魔童子の本来の腕と寸分違わぬ見た目をしていた。あのおぞましい青鬼の腕ではない。
それとほぼ同時に浅魔童子は意識を取り戻した。彼は目を瞬かせて私と小町、そして鈴鹿御前を見る。
「アスハ……? 僕はどうして……」
「良かった! あんたには色々訊きたいことがあるし」
鈴鹿御前は答える。
「僕に、聞きたいこと……?」
と、そこで浅魔童子はさっきまでの事を思い出したようだ。がばりと起き上がると鈴鹿御前に飛びかかる。
「お前……! 剣をよこせ!!」
白鷹がそれを見て白波の太刀に手をかけるが鈴鹿御前はそれに待ったをかけた。
「白鷹ちゃん、待って!」
「浅魔ちゃん、あんたに剣をやる訳にはいかない。いや、もっと言えば大嶽丸を今の時代に復活させる訳にはいかない。でも、あたしはあんたを助けたい」
浅魔童子は身を引いて布団の上に座り直した。そして不思議そうに復活した左腕を見る。
「浅魔童子、その腕は……そこにいる鈴鹿御前さんが治してくれたの……」
私は浅魔童子に言った。
「アスハ……」
それから浅魔童子はニヤリと笑う。どうやらいつものテンションに戻ったようだ。
「お前の言うことなら本当だろうな。で、取引はなんだ? 敵であるはずの僕を助けたということはそれ相応の対価を望んでいるんだろ?」
「当ったりぃ。……あんたの話を聞かせてもらいたいと思ってね。熊童子ちゃんは……大嶽丸ちゃんを復活させて何をしようとしているのか、そしてあんた自身、どうして熊童子ちゃんに協力したのか……」
「それだけか……?」
「うん、それだけ」
「分かった……。じゃあ僕とアスハが最後に出会った、あの酒呑童子の館跡での話の後からしよう。それ以前の事は、アスハが話してくれるだろうしな」
うっわ、何それ、ちょっと責任重大じゃない? 上手く話せるかな……。
浅魔童子は続けた。
「僕はあの後、熊童子により近くの洞窟の中に転移させられた。……僕は、彼を責めた。ま、当然だよな、父親だと思っていた奴が実はそうでは無く、しかもみんな一瞬にして殺されちまったんだから。……熊童子は言ったんだ。お前は復讐を望んでいたはずだ、もしお前がこの顕明連の剣に宿った大嶽丸の力を受肉するならば、それに必要な力も、そして欲しいものも得られるだろうって……。僕は数日間悩んだ。熊童子は裏切り者だ。それに僕の実力ならば熊童子の首をはねることなんて容易いことだろう。でも……僕の出した答えは彼に協力することだった」
「どうして……」
と、私は呟く。
「……アスハ、僕は力が欲しかったんだ。この僕を虐げた都の人々に復讐をするため……というのも理由のひとつだが……いちばん大きな理由はそんな事じゃあない。僕は……」
それから浅魔童子は、その赤いルビーのような瞳で私の方を見つめた。よく見ると、その瞳はキラキラと宝石のようにも見える。
「僕は君に振り向いて欲しかったんだ。……力を持てば……君は僕の事を……」
「はぁ……」
鈴鹿御前があからさまにため息をついた。
「ほんっと、馬鹿だね、あんたは」
「な……お前……!」
「アスハちゃんって言うの? その子がそんな事で振り向いてくれる訳ないでしょ?」
「うるさいっ! お前に僕の何が……」
「分からない。だってあたしは女であんたは男、生き物としてはまったく別の生き物でしょ? でもその代わりあたしにはアスハちゃんの気持ちはよーく分かる」
「アスハの……?」
「そっ、女の子はね、ただ見かけだけ強い男なんて別に好きでもなんでもない。女の子に本当に振り向いてもらえたいなら、まずはここを鍛えないと」
鈴鹿御前は浅魔童子の心臓、すなわちハートの部分を指さした。浅魔童子はしばらくキョトンとして彼女の手と顔を交互に見る。
「ま、それが分からないうちはあんたはどんなに強くなっても半人前ってことね」
それから鈴鹿御前は続きを促した。
「さっ、続けて。それであんたは熊童子と一緒にこの鈴鹿山に来た……と」
「そうだ。僕は三明の剣の残りの二本を求めてこの鈴鹿山にやって来た。お前が大通連と小通連を持っている事は言われずとも周知の事実だからな。でも、肝心の鈴鹿御前が住む屋敷が見つからず……今日の今日まで……」
「当たり前でしょ? あたしはなんとしてでもこの2本の剣を守らなければならない。だからこの屋敷は結界を何重にも張ってちょっとやそっとじゃあ見つからないようになってるのよ」
それから先は、私たちも知っている通りだろう。浅魔童子が鈴鹿山にやって来た私たちを見つけて勝負を挑んだ。それにより発生した妖気に鈴鹿御前が気が付き、あの場に現れたという事だ。
「あの……質問なのですが……」
黙って話を聞いていた翼が手を挙げた。鈴鹿御前が振り返る。
「なぁに? え、えぇと……貴方は……女の……」
「俺は男です」
「あらあら失礼。で、質問は?」
「大通連、小通連の剣は鈴鹿御前殿が厳重に管理しているのは分かりました。ですが……顕明連の方はどうして……」
「ごめんなさい。それはあたしの落ち度です……」
鈴鹿御前はしょんぼりと謝った。
「あたしと近衛少将ちゃんの間にはひとりの娘がいた。ちょうどそこにいる白鷹ちゃんみたいな半人半鬼の子がね。でも、半人半鬼は鬼じゃあない。寿命は人間の血の方に引っ張られて、あたしたちよりも遥かに短い。だから……ずっと前に死んでしまった。あたしは……そんな娘、小りんちゃんのためにお墓を作った。生前、あたしは小りんちゃんに護身用のために顕明連の剣を持たせていた。で、あたしはそのお墓に、小りんちゃんの遺骸と一緒に顕明連も埋葬したって訳……。大方熊童子ちゃんはそれを掘り起こしたって事でしょう……」
「それで……大嶽丸の息子である僕に、顕明連を持たせて、受肉を……」
浅魔童子は言った。
「そうそう、彼の血を引くものであれば……って、ん? あんた……半人半鬼でしょ?」
鈴鹿御前は何かに引っかかったようでそう聞き返した。
「そうだ。だから僕は人間から迫害されて……」
「あんたが……半人半鬼なら、圧倒的に計算が合わなくなるよ。だって半人半鬼の寿命は普通の人間と変わらないんだから」
ん? あれ? だとすると……? どう見ても浅魔童子は私や白鷹と同年代のように見える。
「それに……あの大嶽丸ちゃんが人間との間に子供を作るとは思えないし……」
「んじゃあ浅魔童子は一体何者だってんだ……?」
白鷹が独り言を呟いた。
「浅魔ちゃん、白鷹ちゃん、それにアスハちゃん。ちょおっとあたしについてきてくれない? あとのふたりは留守、よろしくね?」
鈴鹿御前と、突然指名された私たちはその場を立った。私たちは屋敷の廊下を歩く。
「あの……俺たちは何処へ?」
白鷹が質問する。
「確かめたい事があってねっ」
しばらく行き、庭に出ると鈴鹿御前は右手を前に突き出した。すると、あの光のゲートが現れる。私たちは再びそのゲートを潜り抜けた。
そこは、森の中の空き地だった。真ん中には大きな塚のようなものがある。
「やっぱり……」
鈴鹿御前は呟いた。
「何が……やっぱりなんですか?」
私は訊く。
「これを見て」
塚には、少し窪んだところがあった。それがどうしたというのだろうか。
「これは……恐らく十数年くらい前に掘り起こされた跡。んでもってこの塚は……あたしと近衛少将ちゃんで作った大嶽丸ちゃんのお墓」
「じゃあ僕は……」
浅魔童子は信じられないという顔で自分の身体を見下ろした。その声はやや上ずっていた。
「恐らく……十数年前にこの墓に埋まっていた大嶽丸の遺骨が盗まれて……で、足りない部分は人間の死体の骨で補って造られた所謂人造なんちゃらってやつ」
「待ってください。十数年も前に塚を掘り起こされながら今の今まで気付かなかったんですか!?」
白鷹が鈴鹿御前に詰め寄った。
「ごめんなさい。だってあたしが倒した相手だよ? なるべく近付きたくないじゃん、祟りとか怖いじゃん」
「そうか……僕は……」
浅魔童子はその場に崩れ落ちた。その肩は少し震えている。
「僕は……初めっから利用されるために造られた……」
「浅魔ちゃん?」
鈴鹿御前がそんな浅魔童子に呼びかける。
「別にそれでも、あたしはいいと思うけど……」
「良くない! 僕は……僕は……」
浅魔童子は起き上がって鈴鹿御前を睨みつける。だが、鈴鹿御前の表情は穏やかだった。
「だって……そうでしょ、例えどんな生まれだったとしても、自分の人生は自分のものなんだから。どんな風に生きても、決められた運命に抗ってもいいし、その方がきっと輝けると。あたしはそう思うけどなー」
その時、森の奥から新たなる声が聞こえた。
「そうか……そうですか。それが貴方の人生論というものですか……。実にくだらない……」
「誰……? あたしの意見にケチつける不届き野郎は!」
「この声は……!」
白鷹が白波の太刀の柄に手をかけて身構えた。森の中から現れたのは、知的な顔をした細身の青鬼、熊童子だ。
「熊童子……!」
浅魔童子が黒天の薙刀を展開する。そして熊童子に斬りかかった。
「お前は、僕を騙して!!」
熊童子はその攻撃を飛び退いてかわした。彼は浅魔童子を見下すように言う。
「いけませんねぇ、そうやって感情に身を任せて戦っては。私のように常に冷静でないと」
熊童子は両手から炎を放って浅魔童子を攻撃した。浅魔童子はそれを黒天の薙刀で払う。
「お前なんて! 僕の敵じゃあない!!」
「本当にそうでしょうか?」
攻撃しようとした浅魔童子の目の前に今度は岩の壁が出現した。どうやら熊童子は妖術で戦う系統の鬼のようである。
「浅魔! お前を助けるのはちょっとだけ気が引けるが今回ばかりは加勢してやるぜ!!」
白鷹も白波の太刀を抜いて熊童子に斬りかかる。だが、今度は熊童子の右手から水流が発射された。白鷹はその攻撃をかわすが、白波の太刀の切っ先は狙いをそれた。
「おやおや、貴方もですか白鷹丸。今日は貴方まで冷静さを欠いているようだ」
「ったりめぇだろ! お前はひとりの人生を踏みにじろうとしている!! それにむかっ腹が立たない奴が居るか!!」
「この世は強者が弱者を支配する権利がある……。それを自分達の歴史をもって証明してくれたのは貴方が味方をする人間のはずですよ」
熊童子は自身の太刀を抜き、白鷹と斬りあっていた。そこに浅魔童子も加勢する。
「白鷹丸! お前、なんでアシュラに変化しない!?」
「うるせぇ! んな事お前に言うか!!」
あぁ、そうだった。さっきもうアシュラに変身しちゃったから連続変身は出来ないのかこいつは。
「うーん、よぉーく見てみると、あのふたり……」
と、戦いを見物している鈴鹿御前が呟く。その目は、ふたりが持っている白波の太刀と黒天の薙刀に向けられていた。
「面白い武器を持ってるじゃない! 何あれ?」
「えっと……私の腕輪も仲間ですよ」
私は指鉄砲を作ると熊童子目掛けて光弾を発射した。光弾はちょうど熊童子の胴体に命中した。
「ち……人間は引っ込んでいた方が身のためですよ……」
熊童子が私の方に向かって炎を発射してきた。白鷹がその前に立ち塞がろうとするが間に合わない。
だが、それよりも速く鈴鹿御前が動いた。彼女は背中の顕明連の剣を抜き、炎を払う。
「まったく、さっきから見てればみーんな戦いが下手っくそ。折角いい武器持ってるんのに勿体ないじゃない」
鈴鹿御前は右腰に刺した大通連も抜く。そしてゆっくりと熊童子の方に歩いていった。
「でも、いちばん戦いが下手くそなのはあんたね、熊童子ちゃん」
「な……何を……」
「そーんなに大嶽丸ちゃんが好きなら直ぐに会わせてあげるよ」
鈴鹿御前は二本の剣を同時に振り下ろした。剣は2本とも、熊童子の両肩を深々と切り裂き、それは腹部にまで達した。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「あぁ、そうだ。最後に訊くけど……この塚を掘り起こしたのは……」
「そ、そうだっ! 私じゃあない! 私は、ただ彼に……!!」
「うんうん、答えてくれてありがとっ」
鈴鹿御前は2本の剣を熊童子から引き抜く。熊童子はそのまま地面に倒れて絶命した。
「……って、死んじゃったけどいいんですか!? だって、今、この人衝撃的な真相を……」
私は鈴鹿御前に駆け寄ると訊く。
「墓を暴いたのが誰であれ、こいつに正体を明かすなんて事はしないと思うよ? だって黒幕ってそんなもんじゃん」
鈴鹿御前は剣を鞘に戻しながらニコリと笑って答えた。
私と白鷹、それに浅魔童子は倒れた熊童子を見下ろす。それとは対照的に、鈴鹿御前はゆっくりと伸びをした。
「さっ、帰ろーか!」
鈴鹿御前は右手を前に突き出すと例のゲートを展開した。この鬼女、やっぱり只者じゃあない。
鈴鹿御前さんは歴戦の勇士でもあり強いです。次回の更新は6月24日です。