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平安妖甲伝アシュラ  作者: 龍咲ラムネ
10/27

第10話 妖術師の庵

 またまた新キャラ登場。そして設定の一部が明らかになります。

 暫くして、村の人達も数人、私たちの所にやって来た。全員、何があったのかと口々に尋ねる。私は彼らに説明した。土蜘蛛と戦ったこと、そして辛くも勝利することが出来たが、白鷹はくたかが恐らくはその土蜘蛛の毒にやられてしまったということ。


「鬼妖の類の毒を解毒する方法かぁ……」


 村人のひとりがしみじみと言った。


「な、何かあるんですか?」

「いいや、寧ろ打つ手はないと思った方がいいだろう。蝮や蜂の毒だって人を殺す。ましてや妖なんて……」


 私は絶望に打ちひしがれるような気持ちになった。私が……勝手にこの森に踏み込んだせいで、白鷹は……。


「アスハ殿……」


 つばさが私の肩に手を置く。その手は、暖かかった。


「お気持ちは分かります……。ですが、あまり自らをお責めになりませんよう……」

「そうですよ。白鷹様だってそんな事はきっと望んでいません」


 だがここで村人のひとりが思い立ったように声を上げた。


「あぁ、しかし……津刃女つばめ様ならば或いは……」

「津刃女様……? それはどなたですか?」


 小町こまちが聞き返した。

 だが、村人は首を横に振る。


「いやぁ、やめとけやめとけ。あんなのに頼むのは愚か者のする事だ。だいたいあの女は年端のいかない若い男を喰らうとかなんだとか、そういう噂が……」

「う、噂ですよそんなの! 確かに人目を忍んで暮らしているし、変な術は使うし……けったいなところは満載ですが、でも、人に危害を加えるなんて事は無いと思います」

「その……津刃女さんなら、白鷹を助けられるかもしれないんですか?」


 私は津刃女についての評価で言い争っている村人ふたりに尋ねた。


「え、えぇまぁ……。確かに奴の所に不治の病を負った者を連れてったら回復したとか……切断された手足ですら繋げ直す事が出来るとか……そんな話は聞きますがね……でも、同時にいかがわしい妖術を使うとか、人間よりも妖に近い存在だとか……そんな噂も……」

「その人は……土蜘蛛の毒も解毒することが出来るんですか?」

「い、いや……何しろ村の人達も近寄らないようにしているんであまりにも情報が乏しくて……。でも、もしかしたらって話です」

「連れていってください! 私をその津刃女さんの所へ」


 私は頼み込んだ。


「し、しかしな……」


 村人は顔を見合わせる。


「お願いします! 白鷹を助けたいんです!!」


 私は頭を下げた。翼と小町も私と同じように頭を下げる。


「俺からも……お願いします」

「わたくしからも!!」

「ま、参ったなぁ……ほら、行ってやれ」

「え、お、俺ですか!?」


 村人のひとりが適当に別のひとりを指名した。


「あぁ、お前が言い出しっぺみたいなもんだからな」

「そんなぁ……」


 案内役を嫌々指名された村人は、白鷹を背負うと私たちを先導して歩き始めた。私たちは、森を一旦戻り、村に出ると、また別の所から森の中に入っていった。地面が踏み固められ、道になっているところを見るに、普段からこの道を使っている者がいるようだ。

 やがて私たちは、森の中の開けた場所に出た。そこには、茅葺きの家がある。台所と思しき場所からは煙が上がっており、人が生活している事が分かる。家の前には、見た事も無いような葉をした作物が何種類も栽培されていた。


「津刃女様〜! 怪我人ですぜ!!」


 村人が叫んだ。返事はない。


「じゃ、勝手に上がっていきますからね!!」


 村人は誰の許可も取らずに家の敷地内に入ると、玄関の板の間に白鷹を置いて寝かせた。私たち3人はかなり戸惑いながらも村人に従って家に入る。


「じゃ、後は頼んだぜ。俺はもう案内はしたからなっ」


 村人はその場から逃げ去るように帰っていった。私たちは顔を見合わせる。


「あの……勝手に上がってきちゃって大丈夫だったのでしょうか……」


 小町が恐る恐る言った。おそらく、育ちのいい小町には、人の家に勝手に上がり込むという行為が何かこう、禁足地に足を踏み入れる並の行為に感じられたのだろう。


「いいわけないでしょう? あたしは上がってきていいなんてひと言も言ってないんだから……」


 私たちはその声にハッとして顔を上げた。

 いつの間にか、ひとりの女が柱にもたれかかって立っていた。まず目を引くのは、その背の高さだ。ゆうに二メートル近くはある。さらにそのスタイルもスーパーモデル並みに抜群だった。そして瞳の色は血のような赤色、髪の毛は真っ黒く、腰までの長さがある。着物は、瞳の色と同じ赤色だった。


「そっそれは申し訳ありません! 出直してきますっ!」


 頭を下げて家を出ていこうとした小町に女は言う。


「いいえ、出直さないで結構よ。二度と来ないでちょうだい」


 うわぁ、私たちってそこまで印象悪い? まぁ勝手に上がった事は認めるけど……。ん? でもそれって、どっちかっていうと早々に帰っていったあの村人が悪いんじゃあ……。


「でもこの子……」


 と、女はかがみこんだ。艶やかな黒髪が白鷹にかかる。


「怪我をしているのね……。それもこの傷口……土蜘蛛にやられたの……?」

「そ、そうなんです! それで……ここに居る津刃女さんって方なら治せるかもしれないと……」


 私はすぐさま言う。


「貴方の言葉は聞きたくないわよ。……でも、そうね、津刃女さんなら治せるわ」


 女は言った。


「そ、その津刃女さんは何処に……?」

「貴方目はついてる? 津刃女はこのあたしよ」


 はい、何となくそんな気はしてました……。でも、念の為訊いたのに、その言い方は……。

 津刃女は白鷹を両腕で抱えあげると家の奥へと運んでいく。私は靴を脱いで津刃女に続いた。翼と小町も戸惑いながらも家に上がる。

 奥の間に行くと、既に用意されていた布団の上に白鷹は寝かされる。津刃女は優美な仕草でその体に指を這わせた。


「可愛い子ねぇ、鬼の血が半分混ざっている。人間の血が入っているのはいただけないけど、でも、それはそれで個性的で可愛いわ」

「あの……見ただけで分かるんですか?」


 私は訊いた。


「当たり前じゃない。あたしが何年色んな妖や鬼や、それに人間を診てきたと思ってるの? ……あ、あぁ、答えなくていいわ。年齢がバレて惨めになるだけだから」


 見た目からすると結構若く見えるけど……。私は言いかけたがやめておいた。本当のことだけど、もし変なお世辞のように聞こえたらこの人、余計に機嫌を悪くしそうだ。


「……と、幸運だったようねぇ。もう少しここに来るのが遅かったら、あたしでも手遅れになっていたわ……」


 津刃女は独り言なのか何なのか分からない言葉を呟きながら近くに並んでいた壺を漁り始めた。


「え、えぇと……土蜘蛛の解毒に効く薬草は……これじゃなくて……これでもなくて……えぇっと、何処にしまったかしら?」


 どうやら整理整頓は苦手なようだ。そこで、育ちのいいことに定評のある小町が声をかけた。


「あ、あの……お手伝いしま……」

「結構よ! 都女の手なんて死んでも借りたくはないわ!!」


 ぴしゃりと言われてしまった小町は、思わず1歩後ずさった。


「そうねぇ、これでもなくて……これでもなくて……これは……似てるけど媚薬だわ。……ん? もし見つからなかったら代わりにこれを飲ませて……」

「やめてください!」


 私は色んな意味で叫んだ。


「そ、そんな怖い顔しなくてもいいじゃない……。飲ませないわよ別に。ま、まぁ……この子がもうちょっと身長が低くておめめがくりくりしてて一人称がボクとかだったら結果は変わってたかもしれないけど……。あぁ、あったわこれよこれ」


 んん? 今しれっと凄いことを口走らなかったか? この人……。というか村人の言ってた年端のいかない若い男を喰らうってまさか……。いやいやいや、違うよね。それにあまり私の妄想を発展させすぎると、せっかく全年齢向けのこの話にR指定がついてしまう。それはなるべく避けたい。


「あの……アスハ殿……?」


 翼が声をかけてくれたおかげで私の妄想は止まった。ありがたい、貴方は作品の救世主だ。


「とても些細な事なのですが……先程、津刃女殿が言っていた媚薬……とは、どのような薬なのでしょうか」


 あ、駄目だ。こいつも駄目だ。そしてその純粋な瞳で私を見るな!

 だが、私以上に大きな反応を示したのは津刃女だった。彼女の手から壺の蓋がコトリと落ちる。


「あ、貴方……男の子だったの!?」

「は、はい……俺は男ですが……」

「て、て、て、てっきり男の格好をした女の子だと思っていたわ! だからあたしにそんな趣味はないし3人まとめてさっさと帰ってしまえと……。でも、今貴方が本当は男の子だと知って気が変わったわ! あたしの弟子になる気はない?」

「も、申し訳ありませんが……俺たちはこれから伊勢国に向かわないといけませんし、俺には那須乃なすの様という師匠が既に……」


 うむ、よくぞ言った。現代だったら逮捕だろ、この女妖術師。検非違使仕事してくれ。そんな私のツッコミは露とも知らず、津刃女は続ける。


「あたしは年齢の割にちっちゃい男の子の次くらいに女の子っぽい顔つきの男の子が大好きなの。中身の性格は普通に男の子してるのも評価が高いわ! 女の子の着物を着せてからたっぷり味わってあげたくなっちゃう……」


 津刃女は舌なめずりをした。その動作ですら優美に見えてしまう見た目は羨ましい。うん、見た目だけは、本当に。


「な、なんでもいいですけど、白鷹の怪我は……治るんですよね?」


 私は津刃女が余計な事を考えないように催促する。


「うるさいわね……。直ぐにやるわよ」


 津刃女は不機嫌になりながらも薬草の葉を白鷹の傷口に当て、そこを綺麗な布で縛った。それから何かの粉を上から振りかける。


「い、言っておくけど変なものはかけてないわよ!」


 津刃女は不特定多数の誰かに言い訳をするように言った。


「さーて、後はこの子に流れている鬼の血の治癒能力に期待するだけね……。少なくとも今日1晩は安静にしておくことをオススメするわ」

「ありがとうございます……!」


 なんだかんだあったけど良かった……。私はほっと胸を撫で下ろす。


「あぁ、あとお題の件なんだけど……」

「え、お金を取るんですか?」


 私は予想外の言葉についつい聞き返す。


「当たり前じゃない。あたしは何も慈善事業でやってるんじゃあないわよ。……まず、治療費ね、それからこの子自身と旅のお仲間の宿泊費用……それからそれから……家に勝手に上がり込んだ慰謝料も請求しておくわ」

「そ、そんなに……」


 私たちは顔を見合わせる。と、ここで津刃女は思い立ったように言う。


「あ、あぁでも払わなくて済む方法もあるわよ」

「そ、それは……!」

「あ、な、た、よ」


 津刃女は翼の方を指さした。翼はキョトンとする。


「貴方がもし今夜一晩、このあたしに付き合ってくれるのなら……」

「待ってください!」


 そこで、小町が話に割り込んだ。


「どうしたのよ都女。そんな顔をして……」

「こほん、失礼。わたくしの家の財力ならば、貴方が望むものは何でも差し上げられますよ」

「ほ、本当!?」


 津刃女の目の色が変わる。その様子はさも嬉しそうだ。


「わたくしの父は現大納言を務めております。その上、白鷹様を助けてくださった恩人と聞けばいくらでもお出し出来るでしょう」

「最高よ! 都の女は嫌いだけど、お金をいっぱい持ってる所は好きだわ! あぁ、世の都人がみんなこんなに気前が良かったらいいのに……!!」

「でもちょっとお待ちを……」


 と、ここで翼が待ったをかける。お金が貰えるのと翼に声をかけられたのとで上機嫌になった津刃女は聞き返す。


「ん? なぁに?」

「貴方は……銭を集めてどうされるおつもりなのですか? ……確か、我が国では数十年ほど前にもう銭の生産は中止されていたはず。確かに全くの無価値とは言えませんが……それでもあまり使う機会は……」


 すると、津刃女はどこから取り出したのか、サイコロをふたつばかし手のひらの上に出してコロコロと見せびらかした。そしてよくぞ聞いてくれたとばかりに言う。


「これよ。こ、れ」

「さ、サイコロ……?」


 私は聞き返した。


「そう。あたしは賭け事が大の大の大好きなの。特に負けた相手が全てをぶん取られて絶望の淵に沈んでいく顔を見た時なんて、胸のすくような気分になるわ。でも、それに必要なのは、やっぱり、お、か、ね」


 変態性癖に加えてギャンブル依存症か。いい所は見た目と治療の腕くらいしかないなこの人。


「……って、朝餉の支度がまだだったわ! あぁもう、貴方たちのせいで折角のあたしの予定が台無しじゃない!!」


 津刃女は思い出したかのようにバタバタとその場を去っていった。私は、白鷹の傍に座る。白鷹の顔は、さっきよりも穏やかなものになっていた。早くも薬草の力が効き、土蜘蛛の毒が解毒されかかってきているという事なのか。


「あぁっ! 煙出てるじゃない!! まったく、貴方たちのせいよ!!」


 いいえ、煙は私たちが来た時には既に上がっていましたよ……。暫くしてまたバタバタと津刃女が戻ってきた。手に持った器には何か黒いものが積み上がっている。


「貴方たちのせいで焦がしてしまったわ……。あとそれと……期待しても何もあげないわよ。貴方たちは突然の来客、朝餉なんて用意している訳がないんだから」


 あ、いいです。そんな核爆発が起きたみたいな物体は……。


「あの……では津刃女殿、俺が貴方の台所をお借りしてもよろしいでしょうか……?」


 翼が提案する。


「いいけど……もしかして貴方、自分で料理の支度も出来るの!?」

「はい、寺で何度か修行の一環としてやらせてもらいましたので」

「いい子ねぇ。ますます気に入ったわ。はい、あーんして」


 津刃女は黒い物体を翼に差し出そうとするが翼は、それを回避して台所に向かった。津刃女は少しムッとした顔になるが、直ぐに気を取り直して言った。


「ま、あたしがあの子にあーんしてもらうのもありね」


 無しだと思います。私は心の中でツッコミを入れた。


「ところで、あの子、名前はなんていうのかしら?」


 津刃女が私たちに質問してきた。


芦屋翼丸あしやつばさまるくんです。みんなは翼って呼んでて……」

「成程……その姓から言って陰陽師の一族ね……。ふむふむ、それで那須乃ちゃんのお弟子だったのね……」

「那須乃さんを知ってるんですか?」


 私は尋ねる。


「えぇ、まぁ、有名だから……。流石に人とはあまり関わらないようにしているあたしでも名前くらいは知ってるわよ。それで……貴方達は?」


 津刃女は私たちの名前も問う。


「え、えっと……わたくしは藤原小町ふじわらのこまちと申します。それからあちらで怪我をされているのが……白鷹丸はくたかまる様で……」

「そう、それじゃあそのけったいな格好の女は? どう見ても普通の人じゃあないわよね。体を流れる気は、間違いなく純粋な人間のようだけど……」

「私は……」


 と、言いかけて止まった。未来から来たと言って信じてくれるだろうか。いや、この人なら多分信じてくれるだろう。


谷川未来羽たにがわあすはです。実は私、この時代の人間じゃあなくて、もっとずっと未来から来た……」

「あっははははははははは! 面白い事を言うわねぇ。不意打ちで笑ってしまったわ!! でも、あたしの前だから良かったものの、他所で言ったらきっと変態だと思われるわよ」


 信じてもらえませんでした。そして最後のひと言、貴方には一番言われたくありません。


「はぁ……ところで貴方達、伊勢国に向かっているんだって? そこで何をするつもり? 半人半鬼に陰陽師、大納言のご令嬢に自称未来人までいて……ただの旅って訳じゃあなさそうね」

鈴鹿御前すずかごぜん様というお方に会いに行くのです」


 小町が答えた。


「あぁ、鈴鹿すずかちゃんね。よく知っているわ。鬼としてはとても魅力的な女よ。ただ……直ぐに人間に手を貸そうとするのは気に入らないけど」

「鈴鹿御前さんと……知り合いなんですか?」


 私はその話題に飛びつく。もしかしたら今後の事の何かしらの指針になるかもしれない。


「えぇ、あたしもこの世界じゃあある程度有名なのよ。だからよぉく知っているわ。でもあの人、よせばいいのに人間なんかを好きになっちゃったから……」

「何かあったんですか?」

「愚かなものよねぇ。鬼と人間とでは流れている時間が違う。それなのにあろう事かあの人は坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろとかいういけ好かない武将と夫婦になった。もちろん田村麻呂たむらまろは早々に死んでしまったわ。本人は彼を愛した時から覚悟は出来てたなんて言うけどあたしにはそんなの到底無理ね。だからその子にも興味がある。鬼と人間の子でしょう? その元となった血がどこから流れてきているのか……」


 津刃女は白鷹の方を示した。そうか……鬼と人間の関係って、そんな難しい壁が……。でもちょっと待って。


「あの……津刃女さん、そんなこと言いながら翼くんの事……」

「そっ、それとこれとは別の話よ! それにあたしは鬼じゃあないわ!!」

「そうなんですか?」


 人間……とはまたちょっと違うように見えるんだけど……。うーん、だとすると何者だろう。この変態妖術師の残念系美人は……。


「あたしはどっちかって言うと妖に近い存在ね……。でも、それでいて限りなく人間に近い。あぁ、人間の血が混ざっているって訳じゃあないわよ」

「それはどういう……?」

「貴方に質問するわ。妖と鬼、そして人間や鳥獣の違いはなにかしら?」

「よ、妖術を使えるか否か……とかですか?」


 私は自信なく答えた。


「間違ってはいなけど、それじゃあ半分も答えられた事にはなっていないわね」


 それから津刃女は得意げに説明を続けた。


「いい? 妖と人間や獣は根本的には同じものよ。ただ、妖には普通、人間には無い特別な能力を生まれつきに備えているってだけ。……例えば、貴方達も対峙した土蜘蛛の持つ毒気なんかがいい例ね」

「そ、それじゃあやっぱり、私の言ったことは正解じゃあ……」

「話は最後まで聞きなさいよ。……いいわね? ここからが重要な所。貴方達だって個人差はあれど、妖術に似たものは正しい修行次第で使えるようになるわ。陰陽師なんかがいい例ね。彼らは星の動きを見、そしてそれを分析して天を司る術式を自らの身体に埋め込む事によって術や呪を操る事が出来る。本人達がそれを意識せずとも、長年陰陽寮で培われてきた正しい修行法によってね。それに一部の神官や僧侶、行者だってそうよ。彼らの場合は大自然に宿る神々の御霊の力を借りられるよう、己が心身を鍛えることによって常人から見たら摩訶不思議に映る法術を使ってみせるのよ」


 確かにそうだ。私たちの時代では殆ど見たことがないけど、この時代では不思議な力を使える人がある程度存在している。那須乃や、彼女の術式を笛に埋め込まれた翼も、その部類に入るだろう。


「ところで話は変わるけど、小町ちゃん。貴方はどうして貴族の家の生まれなのかしら?」

「そ、それは……お父様もお母様も、それにお祖父様やお祖母様だって貴族でしたし……」

「そう、そういう事。ある道を極めるのは何もその人ひと世代だけの事ではないわ。それは……やがて子や孫へと引き継がれ、やがて身分として定着する。そうなれば、親や祖父母のその身分として必要な性質が自分にも受け継がれるのも必然の流れではなくて?」


 この時代は、基本的に生まれた時の身分が一生そのまま引き継がれる。そういう事は今よりももっと顕著なのだろう。


「そしてもしそれがまだ国の仕組みが整備される以前。或いは国など持ちようのない鳥や獣の類だったらどうかしら? ある者が過酷な周囲の環境に対応するため、妖術のようなものを身につける。最初は偶発的なものだったのかもしれない。でも……その方が生き延びやすい条件が重なると、それは子の代、孫の代にも受け継がれる。そんな事が身分もなにも存在しない時代に受け継がれれば、やがて子孫は、生き物として全く違う種類のものになるんじゃあないかしら?」


 この人、もしかして進化論応用編みたいな事を言ってる? そうだとしたら世紀の大発見じゃあない? チャールズ・ダーウィンの何年前だっけ、今って……。


「あたしが人間と関わりを絶ち、妖や鬼、それに森の獣達と一緒に暮らしてきて達した結論がこれよ。恐らく、妖というものはそういう自然の流れによって、元々普通の生き物だった所から生まれてきた種族。……そしてここであたしの正体について言わせてもらうと、あたしの母親もあたしと同じように生まれつき妖術が使えた。……つまり、あたしだって先祖は人間か……それに類するものだっただろうって訳」

「でも、鬼は……鬼は、そうやって誕生した訳じゃあないんですか?」


 私は次なる質問を繰り出した。


「全ての鬼が、とは言いきれないわ……。鬼の中には妖との区別が不明瞭な者だっている。所詮は言葉によって分けられた存在に過ぎないからね。でも……彼らの誕生を辿ってみると……」


 と、ここで津刃女は言葉を切った。


「大体一点に辿り着くのよ。鬼とされる者の親や祖父母を辿っていくと、そこから前は辿れなくなるある1点が存在している。つまり彼らは、突如として何も無かったところから煙のように発生するということが有り得るという訳よ」

「それじゃあ、生き物じゃあないという事ですか? 鬼は……」

「えぇまぁ、生き物の定義がハッキリとしないから言い切ることは出来ないけど、そういう考えもできるわね。でもあたしに言わせれば、生き物じゃあないからと言って心も、意識も、それに魂だって持っていないとは限らないわ」

「それは……」

「例えば、草木や岩、それに天に宿る御霊……つまり神々の類はどうかしら? 彼らは明らかに生き物という存在を超越しているわ。……でも、そこにしっかりと存在している事は、彼らに直接会った事の無いあたしでも分かる。鬼の類は……神性こそ持っていないとはいえ、限りなくそういう御霊の類に近い存在なんじゃあないかしら」

「神様に……。でも、私にはハッキリと鬼童丸や虎熊童子の姿は見えたし、意思の疎通だって出来ました……」

「そう。だからあたしは鬼が神に近くとも神ではない存在だと言い切れるのよ。……記紀に書かれている神代の話はご存知よね?」


 津刃女は問うた。

 私は頷く。確か……古事記とか日本書紀とかの話だよね。


「あそこに書かれている事をそのまま事実だと解釈すれば、神々は人の世よりも遥か昔に自然発生的に誕生した……。或いは、天之御中主神あめのみなかぬしのかみが宇宙の根源のような存在とされている辺りから……あたし達が住む地の世界の外からやって来た存在とも解釈出来るわ。……でも、鬼はそんな大層なものじゃあない。あたしの長年の調べによると、彼らが発生するのは時代の境目とも言える頃に殆ど集中しているのよ」

「時代の境目……ですか?」


 私は聞き返した。


「えぇ、例えば都が移ったり、何かしらの政変が起きたり、それに……戦乱が巻き起こったり……。だからあたしはある考えに到達した。……恐らく、鬼とされるほとんどの者は……世情が不安に駆られた時、人々の不安な感情が形となり、生き物の形代を取り、発生したものである……と」

「時代の変わり目……それは、末法末世の世である今の世界にも言える事ではないですか!?」


 小町が質問した。


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないわ……。いくらあたしでも、先の事は分からないわよ」


 と、そこで翼がお膳を持って戻ってきた。彼はひとつひとつ、私たちの前に並べていく。


「朝餉の支度が出来ました。何を……話されていたのですか?」

「えぇと、鬼や妖についての話です! 彼らがどうやって誕生したのか……について等を……」


 小町が説明する。


「それは……とても興味深いです。もし良かったら後で俺にも聞かせてください」

「えぇ、いいわよ。あたしの腕の中で聞かせてあげるわ……」


 津刃女が会話に割り込んできた。


「い、いえ、それは……」


 うんうん、断ってしまえ断ってしまえ。ちょっといい話をしてくれたかと思えばこれだ。

 その日一日は、津刃女の手伝いをすることによって過ぎていった。彼女は日がな1日、庭に植わっている薬草の栽培をしたり、新しい薬の調合をしたりして過ごしているようだった。私たちは彼女に半ばこき使われる形でそれらの仕事の手伝いをさせられたのだが、やがて、夕方の頃、丁度時間が空き、白鷹の様子を見に行った私は驚嘆した。

 あれ程傷を負っていた白鷹の怪我は見る影もなく、また、彼自身意識を取り戻していたのだった。白鷹は私が戻ってくるのを待ってましたとばかりに訊いた。


「アスハ、一体俺は……どうしてたんだ?」

「土蜘蛛の毒にやられて……それで津刃女さんっていう変な人に助けて貰って……。ここは、その津刃女さんの家」

「そうか……迷惑をかけたな……」


 白鷹は謝った。橙色の夕焼けの光が部屋に射し込んでいる。


「ううん、私が勝手に飛び出していったのがそもそもの原因だし……」

「そんな事は無い。俺も……もう少しお前の気持ちを考えるべきだった。……アスハ、俺からも謝らせてくれ」

「それは……」

「アスハ、お前は……辛いのなら辛いと、やりたくないのならやりたくないと……言っても構わない。決してそれは弱さなんかじゃあ無いと……俺は思うぜ」

「白鷹……?」

「あぁいや、この話は……もうやめだ。アスハ、これからもよろしく頼むぜ」

「うん! こちらこそ!」


 私たちは互いに握手を交わした。私の手を握る白鷹の手は、とても力強かった。

 またまた個性豊かなキャラが出てきましたね。次回の更新日は6月17日です。

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