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平安妖甲伝アシュラ  作者: 龍咲ラムネ
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第1話 タイムスリップ! 平安時代

 和風ファンタジーものです。毎週金曜日に更新します!

 最近、街で流行っている噂話がある。深夜、ひとりで道を歩いていると、どこからともなく現れる異形の怪物に襲われるというのだ。だが、その噂の真に奇なる所は、そこではない。異形の怪物、否、妖怪とも言ってもいいかもしれない。兎角、噂がここまで広がっている以上その妖怪に襲われた者は、大半が生き延びているのだ。彼らは別に、自分たちの力で妖異を撃退した訳では無い。それは、街に現れる「黒衣の武者」の存在のためだった。街に現れる妖怪に襲われた者を助けるという黒衣の武者の都市伝説は、今や街の若者たちの中で、ヒーロー的シンボルにまで昇華されていた。


「ねぇねぇ、昨日は黒衣の武者さん、駅前の商店街に現れたって。なんでも塾の帰りで遅くなった私の友達の友達が……」

「はいはい、友達の友達……ね」


 私、谷川未来羽たにがわあすはは、西園寺さいおんじさくらの話を途中でぶった切った。友達の友達なんて……それこそ学校の怪談やらなんやらで使われる常套句じゃあないか。


「やっぱり、未来羽あすはちゃんには通じないか……こういう話」


 さくらは残念そうに言う。


「だって、そんなことあるわけないじゃん」


 私はさくらの言葉を一蹴した。


「分からないよ。この前だって月刊ムーで……」


 と、さくらはオカルト趣味全開の話を始めた。

 えぇと、確か、あと数ヶ月くらいで世界が滅亡するんだっけ? 私はどこまでも続く青空を見上げた。まさか……ね。テレビじゃあ昔の予言者が予言したとか言って盛んと騒がれてるけど、私には全くもって実感が湧かない。というか、どう考えても七の月を過ぎたところで世界はこれからも続いていくようにしか感じられない。


「未来羽ちゃんは、趣味とかないの?」


 突然、さくらが話題を変えてきた。彼女の眼鏡の向こう側の薄茶色の瞳は、なにかこちらを探るような光を湛えていた。


「趣味……ねぇ、そんな余裕ないし……」


 私は両親のことを考えてふるふると首を横に振った。彼女の両親は今、仕事の都合でカナダにいる。私はこの日本国東京に齢十五にしてひとり暮らしをしているのだ。


「駄目だよ、そんな暗い顔をしちゃ」


 と、さくらが言ってきた。


「未来羽ちゃん、折角いい素材をしてるんだから、もうちょっと趣味を持って、表情を明るくして、髪型を整えればきっとモテるようになるよ」


 私は自身の容姿を脳内に投影してみた。今の私は髪型を手入れのしやすいショートボブにしたはいいが、日常の忙しさに追われて、肝心のその手入れが行き届いておらず、はね放題のままになっていた。

 しかし素材とはなんだ素材とは。私が思っていると、さくらが追撃を喰らわしてきた。


「ほら、沢城さわしろくんとかにだって……」

「わひっ」


 私は思わず変な声を上げてしまう。


「さ、沢城くんは関係ないでしょう?」


 だがその時だった。


「僕がどうかしたって?」


 と、私たちの隣に、自転車が急ブレーキをかけて停車する。そこから地面に降り立ったのは、かの沢城剣さわしろつるぎその人だった。


「さ、沢城くん!?」


 私は素っ頓狂な声を上げる。


「やぁ、今日も随分と仲良いなと思って。ふたりは」


 と、つるぎはニコニコと、さながら周囲にキラキラした花弁を振りまいているような笑顔でそう言った。


「分かりやすいねぇ、未来羽ちゃんは」

「うるさいっ」


 余計なひと言を言うさくらに、私はすかさず返す。


「ところで、何の話をしてたんだい? 随分と盛り上がっていたみたいだけど……」

「未来羽ちゃんがもうちょっと趣味を持った方がいいんじゃあないかって話。ほら、沢城くんも言ってあげてよ。この人、多分私の言葉よりも沢城くんの言葉の方がよく聞くから」

「ちょっと、余計なことは言わないでよ!」


 私はその場からそそくさと退散しようと歩みを早めた。


「趣味ねぇ、こればかりは自分で見つけてくれないと僕にはなんとも言えないよ。……でも、まぁ手助けができないわけではない……か」


 私はその言葉に立ち止まった。


「どういうこと?」

「ほら、これは僕の持論なんだけど……趣味を見つけられない人っていうのは往々にして、日常生活に刺激が足りないからだと思うんだ」


 刺激……まぁ確かに、毎日学校に登校し、家に帰ったら炊事洗濯、夜は疲れ果ててすぐ眠ってしまう。刺激のしの字もない日常だよね……。


「では、どうやってその日常生活に刺激を与えるか……。色々方法はあるけど、色んな人と交流するのもひとつの手だと思ってね」

「色んな人と交流する? どうやって?」


 私は訊く。


「今度……僕の神社でお祭りがあるだろう? その……手伝いに参加したらどうかと思ってね。息抜きになるとは思うし、多分、色んな趣味を持った人にも出会える。いい刺激にはなるんじゃあないかな」


 そう、剣の家は、この街にも古くからある神社なのだ。ついでに言えば、家の裏では空手の道場をやっている。この前、少し体育の授業で見せてもらったけど、めちゃんこ強かった。


「う、うん、もちろん行くよ!」


 私はふたつ返事で答えを出した。


「了解、んじゃ、僕の家族にもそう伝えておくよ」


 その日の授業は、まるで変わったこともなく、いつも通りの退屈な時間が過ぎていった。大体なんなのだろうか、理数系はともかくとして、文学作品を読んで将来何らかの役に立つとは思えない。そんなことをこの前剣に言ったら、日本語の文章力及び読解能力を鍛えるためには必要不可欠な科目なのだそうだ。しかしこうも言っていた、学ぶ意義としてはそうなのかもしれないけど、実際問題としてそれではやる気は起きない。だから勉強を義務としてではなく、自身の教養を高めるためのものだと意識を変えてみては……だそうだ。

 意識……ねぇ、剣には勉強も趣味の一環のようなものなんだろうけど。休み時間もなにやら難しそうな書物を読んでいる剣を見やりながら私は思った。

 やがて、下校時刻になり、さくらと共に帰りの支度をしていると、剣が声をかけてきた。


「ふたりとも、早速だけど……今日、時間があるかい?」

「どうしたの? 沢城くんナンパ?」


 と、さくらが至極失礼なことを言う。


「違うよ……。神社の件なんだけどさっき家に電話をしたらOKが取れてね」

「電話……いつの間に……?」


 少し驚いた私に、剣は手のひらサイズのアンテナ付き小型機械を取り出して見せた。


「あぁ、携帯ね……」


 私は納得した。私自身はそういうのに疎くて全然使えないため、盲点だった。


「そう、それで……当日のことについて少々打ち合わせを……。なにせあと2週間くらいだからね、お祭り」


 確かゴールデンウィーク期間中だったっけ? 開催するの。


「うんうん、行こう行こう!!」


 断る理由が皆目存在しないので、私はすぐにOKサインを出した。

 白波しらなみ神社、というのが剣の実家の神社の名前だった。なんでも創建は平安時代にまで遡ると言われている。剣の家系は、代々その神社で神職を務めてきたということだった。

 私は以前、剣に、将来は家を継ぐのかと訊いたことがあった。その時、返ってきた答えはこうだった。確かに、ゆくゆくはそうするつもりはあるけど、でも、本当にやりたいことはそうではなく、なにか物語を書く仕事に就きたいそうだ。神社の仕事と両立出来るのならばそれがいい。なにしろ、どちらも剣の好きなことのようだから。

 ちなみに私は以前、剣の書いた物語を読ませて欲しいと頼み込んだことがあるがやんわりと断られてしまった。解せぬ、国語は得意じゃあない私が、頑張って文章に挑戦しようと思ったのに。そんなことを言うと、剣は、それは、物語自体に真の価値があるのではなく、君が作者を知っているから、それに伴って生まれる付加的な価値のせいではないのかと言っていた。私は、それ以上追求するのは失礼になるかもしれないと思い、追求するのをやめた。


「ふーん、なるほど、黒衣の武者……か」


 私が思い出に浸っていると、剣とさくらは隣でそんな会話をしていた。私たちは今、白波神社の鳥居に繋がる石段を昇っている。


「聞いた事ない?」


 と、さくらは尋ねる。


「ないね。それ、でもまだこの街の中の噂なだけだろ? 多分、全国的には広まっていない」

「うーん、確かにね。でも、ムーにお便りを寄せようと思ってるんだ、私」

「それはいい。大方の都市伝説はそうやって全国的に流布していっただろうしね」

「沢城くんは……都市伝説とかも……信じるタイプなの?」


 と、私は尋ねる。


「いいや、世の人はみんな、信じる信じないとかそういう文脈で都市伝説を語りがちだけど、僕はそれを物語として楽しみたいタイプの人間なんだ。真偽は問わないよ」

「そういう……もんなんだ」


 ついつい、オカルトチックな話を頭ごなしに否定してしまいがちになる私は、そういう見方もあるのかと新しい発見をしたつもりになった。

 やがて私たちは、鳥居をくぐって神社の境内へと入る。私たちは習慣的な流れでそのまま拝殿にお参りを済ませると、その脇にある比較的新しい休憩所に、案内された。


「後で、当日の日程とかは説明するから、少しここで待っててくれないかな?」


 剣はそう言うと建物を出ていった。

 私とさくらはふたり建物の中に取り残された。建物は、玄関で靴を脱ぎ、直接畳敷きの部屋に上がるという簡素なものだ。多分、町内会の集まりか何かにも使われるのだろう。部屋はその部屋ひと部屋だけしかない。


「やっぱり実家が神社ってなんか憧れちゃうよね」


 と、さくらは言った。


「う、うん」


 私はさくらの言葉の真意を掴みかねて曖昧な返事をする。


「ほら、漫画とかだと絶対何かが起こるやつじゃん」


 あぁ、その話ね……。と、私は妙に納得するような気持ちになった。そういえばさくらは、オカルトだけでなく、漫画を読むことも趣味の一環なんだっけ? うんうん、みんな多趣味で羨ましい。

 だがそこで私は、畳の上にあるものが置かれているのに気がついた。それは、沢城剣の携帯電話だった。


「ねぇ、これって……」


 私はそれを拾い上げて尋ねる。


「沢城くんの大切なものだよね? 届けた方がいいんじゃ……」

「そうだね。それでふたりの距離も縮まって……」

「さくら、余計なことは言わないっ! 私、ちょっと届けてくるね?」


 私はさくらの返事は聞かずに建物を飛び出した。

 白波神社の境内は神社としては比較的平均レベルのものだと思う。だが、沢城家の敷地はそれを包括しており、更に神社の裏手には前述した空手道場の存在もあるため、べらぼうに広い。多分、剣は両親がいるであろう家の方へ行ったのだろうけど、それでも神社の境内を抜けていかなくてはならないので、時間はそれなりにかかる。

 と、私はあるものを見て立ち止まった。それは、本殿の裏手にある直径3メートルほどの大きな岩だった。注連縄がかけられている辺り、御神体の類なのだろう。その岩が、なにか不自然に見えたのだ。

 違和感の正体はすぐに分かった。岩は、金色の光を纏っているのだ。


「ねぇ、岩って、こんな光を放つものなの……?」


 私はそう呟きながら、無意識的に岩の表面に触れた。否、もしかしたらその呟きは、私の心の中の声だったのかもしれない。

 岩に触れたその刹那、金色の光が増していき、私はその光の中に包まれた。眩さに思わず目を瞑る。


「な、なに……が……!?」


 やがて、私はゆっくりと目を開いた。岩はもう光ってはいなかった。だが、すぐに気がつく、岩どころか空に光もない。いや、正確には空に光はあるのだが、それは太陽のものではなく、星々や月の光だった。月は、だいぶ細くなりかけている。


「え……夜……?」


 私は呟きながら周囲を見回す。太陽どころか、神社までもが消えていた。岩は、注連縄がかけられているため御神体であることに間違いはないようだったが、それを祀る神社はなく、辺りは高台の森になっていた。


「さくら……? 沢城くん……?」


 私は思わずに暗闇に呼びかけた。

 だが次の瞬間だった。近くの薮がガサガサと動き、そこから異形の怪物が飛び出してきたのだ。


「えっ、えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 私はその姿を見て悲鳴よりも驚嘆の声を上げる。

 それは、まるで見た事のない生き物だった。蛇の体に人間の腕と頭部、頭部は恐ろしげな般若のような人間の女の顔をしていた。


「ニンゲン……ミツケタ……ツレテイク……」


 蛇女はそう言うと私の方目掛けて襲いかかってきた。


「え、ちょ、ちょっと待って、タンマ! な、なんかの悪戯!? だったらちょっと止めてよ! 私、お化け屋敷は得意じゃあないんだから!!」


 私は巻きつこうとしてくる蛇女を地面を転がり避けながら叫んだ。

 だがその時、赤色をした何かが目の前に飛び出し、目にも止まらぬ速さで蛇女を切り裂いた。バラバラになった蛇女は、シュウシュウと音を立てながら地面に落下する。


「こ、今度は何……!?」


 私の目の前に着地したのは、深紅の鎧を見に纏った鎧武者だった。背を向けて立っているため、顔は見えない。だが、右手に持った刀は、水色の光を放っていた。

 と、次の瞬間、鎧武者の鎧が炎に包まれて消滅した。刀の光も同時に消える。

 鎧武者が姿を変えたのは、やや派手な着物姿の少年だった。おそらくは私と同い歳くらいだろう。

 少年は、刀を背負った鞘に収めながら振り返った。髪色は赤茶色をしている。そしてその顔の両頬には、これまた真紅色のラインが入っていた。一応、入れ墨の類なのだろうか。


「こんな所にひとりでいるから襲われるんだ」


 少年はややぶっきらぼうな口調で言う。

 私は、その言葉に若干イラッとして返した。


「ひとりでって、何? 大体さっきまでここにあった神社はどこに行ったの? それに、なんでいきなり夜になってるの? それから……まずあなたは誰なの!?」


 少年は私の質問攻めにやや圧倒されたような表情をするが、すぐにさっきの調子に戻って答えた。


「知らねぇよ。だが最後のだけは答えられるな。俺は白鷹はくたか、まぁ訳あって今はあぁいう妖の類を討伐する仕事に就いている」

「はく……たか……くん?」

「そうだがなにか?」

「別に。まぁ、助けてくれたことには感謝するけど……」


 私はそっと彼から目を逸らした。今の私がどんな状況に陥ってるかを解明する手がかりは、持ってなさそうだ。


「お前は……なんて言うんだ?」

「は?」

「はじゃねぇだろ。普通、こっちが名乗ったんだ。お前だって自己紹介のひとつでもするのが礼儀だろう?」

「あ、あぁ、その事ね。私は谷川未来羽、よろしくね? 白鷹くん」

谷川たにがわ……聞いたことの無い家名だな。都の外から来たのか?」

「都? 私は東京出身だけど……」

「東……京? 聞いた事のねぇ都の名前だな。まさか唐土の類から来たわけじゃあねぇだろう?」

「もろこし? トウモロコシなら好物だけど……」

「は? 埒があかねぇな」

「それはこっちのセリフ」


 まったく、さっきから何を言ってるんだ? こいつは、大体私と同い歳くらいのくせして、着物なんてませた格好をして……昔の人じゃああるまいし。ん? 昔の……人?

 私ははたと思い立って訊く。


「ねぇ、白鷹くん、今って……何年?」

「年? あ、あぁ、確か……長元二年だった気がするが……」

「ちょ、長元……」


 っていつの時代の年号だっけ? あっ、そうだ、日本史の時代名って大体政治の中心地だから……。


「あの……じゃあ政治の中枢は? どこ?」

「政治の中枢……それって……帝が政をしている場所って意味か? それなら……内裏だろうが」

「だ、だいり……ってそうじゃなくて、都の所在地!」

「それならここだぜ? つってもここは都の外れだがな」

「え、えっと……それじゃあその都の名前は?」

「あぁ? さっきから妙なことを訊くんだな。平安京へいあんきょうだろう。赤子どころかそこら辺の犬でも知ってるぜ?」


 あぁ、つまり、今は平安時代。私は、平成時代の東京から平安時代の平安京まで何らかの理由で飛ばされてきてしまったということか……。


「ところで白鷹くん、あの岩は……?」


 私は、さっき自分が通ってきたと思しき岩を示して尋ねた。元の時代に繋がるものの手がかりは、今のところあの岩くらいしかない。

 すると突如、白鷹が背中に背負っていた刀を抜いた。


「ひっ、何するの!?」

「何もしねぇよ、ただこの白波しらなみの太刀があそこにぶっ刺さってたってだけの話だ」

「ぶっ刺さってた?」

「そう、それ以前のことは分からねぇ。だが俺はそこに刺さっていた太刀を抜いて、自分のものにしただけのことだ」


 なにそれ、なんとかカリバーみたいな? あれ、でも岩に刺さってたのはカリバーの方じゃないんだっけ?

 私は、岩の方に戻ってそっと手を当ててみた。さっきは岩に触れてこっちの時代に来たのだ。もしかしたら今度は、その逆のことが起こるかもしれない。だが、案の定岩に触れてみても何も起きなかった。


「どうしよう……私……」


 と、私は思わずに呟いた。もしかしたら、もう戻れないのかもしれない。こんな訳の分からないところで、残りの一生を過ごさなくちゃあならないなんて……。


「どうした……? 浮かない顔をしていやがるぜ」

「ちょっと黙ってて」


 私は、不機嫌になり思わず白鷹にそんな言葉を吐いてしまう。


「おう、そうか。確かお前……アスハといったな?」


 今度は逆に白鷹の方が尋ねてきた。


「そうだけど……」

「さっきから思ってたがお前……どっから来たんだ? まず、その妙な格好だ。妖でもない限り普通そんな格好はしない」


 と、白鷹は私の学校の制服を指して言う。うるさいね、どこも校則違反なんてしてないでしょ!?


「でもお前からは妖特有の気配は感じられない。それから当たり前の事を知らなすぎる。さすがに都のことを訊かれた時にゃあ我が耳を疑ったぜ。お前、迷子か?」

「んな訳ないでしょ? 十五にもなって、迷子だなんて……。でも、似たようなものかも……」


 そして私は、相手が信じてくれるかどうかは置いておいても、自分の話を始めた。特に、白波神社からこっちまで飛ばされてきた話を重点的に……。


「なるほどな、するとお前……俺たちよりもずっと先の時代からやって来たっつーことか」


 話し終わると、白鷹は以外にも飲み込み早く言った。


「信じて……くれるの?」


 と、私は尋ねる。


「他の奴らだったら信じないだろうな。だが、俺はここでこうしてお前と会ったのだから信じざるをえまい。お前は知らないだろうがな……俺は……その岩についてちょいとした話を聞いたことがあるんだ」

「ちょいとした話?」

「そう、新月の晩に、その岩に触れた者は消えちまうってな。だから……ここは陰陽寮によって厳重な管理下にあって一般の人には知られていない」

「新月の晩って……」


 白鷹は月を見上げて答える。


「今は……二十六夜くらいだから……あと四日と言ったところか?」


 そうか、じゃああと四日もすれば元の時代に戻れるかもしれない……ということか。もし、消えた人達が、私の反対で現代に転送されていたのならば。


「……って、白鷹くん、さっきこの場所は陰陽寮の人達くらいしか知らないって言った?」


 白鷹は頷く。


「あぁ、言ったぜ」

「じゃあ、白鷹くんは……もしかして、陰陽師の類とか?」


 生陰陽師は初めて見た。


「俺がそんなナリに見えるか?」


 白鷹は尋ねる。

 私はふるふると首を横に振った。陰陽師って、もっと高貴な人の印象があった……。


「俺は……鬼の子だ」

「は、はぁ……」


 またしても聞き慣れないワードが飛び出してきた。


「母親は人間だったが、父親は鬼でな。んでまぁ俺は、そんな両親どちらにも愛されなかったんだろう、幼い頃に捨てられてしまった。そんな俺を拾って育ててくれたのが、陰陽師のひとり、那須乃なすの様だ」

「そうだったんだ……。でも、鬼とか妖とか……全部物語の世界の話だと思ってた……」


 私は何の気なしに呟いた。


「アスハの……時代には、鬼も妖も、いないのか?」

「多分……」


 と、私は答える。


「都市伝説とかはあるけど、でも……それだって本当のことかどうかは分からないし」

「そうか、だが、お前が先の世から来たというのはあんまり言わない方がいい。多分、妖や百鬼夜行の類に慣れっ子の都人でも、お前のその話は信じる奴の方が稀だろうからな」


 それから白鷹は唐突に話題を切りかえた。


「しっかしまぁ、お前の話を聞いて少しは安心したぜ。俺自身は半信半疑だったが……寺の坊主共が言うには、世は末法の世に入ったっつーからな。だが、お前が先の世から来たのなら、少なくとも世界はそこまで続くということだ」

「なにそれ、世界はもうすぐ滅びるってこと?」


 私は訊く。


「あぁ、笑っちまうだろ? まぁ疫病やら戦やら妖やらで……この世が乱れているというのは事実だが……」

「なんだ。それなら私の時代と同じじゃん」


 私は初めて、この時代に親近感を覚えた。


「え?」

「私の時代だって、西洋のさる予言者のおかげで、あと数ヶ月で世界は滅びることになってるし、日本の経済は停滞してるし、地震や事件だって増えてるし」

「よく分からねぇが、人間の本質は変わらねぇってこったな」


 そして白鷹は続けた。


「それからお前の処遇についてだが……やっぱり那須乃様に訊いてみることにした。ここのことを知ってる人物で、相応の助言が出来そうなのは、那須乃様くらいなもんだしな」

「白鷹くん、ありがとう……」


 私は、なるべく目を合わせないようにしながら感謝の意を告げた。

 白鷹の眼は、なにか射抜かれるようなものを感じる。もしかしてだけど、鬼の眼ってこんな感じなのかな。

 さて、そこから都に向かうわけなのだが、これがまた大変な道中だった。今いる森の中から洛中へはさほど距離はない。だが今は夜道、月の光が照らさない森の中の夜道は真っ暗なのだ。しかし、白鷹はずんずんと先へ進んでしまう。何度か暗闇の中ではぐれかけ、文句を言うと、白鷹はあろうことか私の手を握ってきた。


「ぴーぴーうるせぇ、そんなに見えないんなら俺が手を握ってやるぜ。俺は暗闇の中でもある程度目は利くからよ」

「はぁ!? ちょっと待ってよ、私の手は沢城くんのためにあるんだから!」


 だが、白鷹は聞き入れてくれなかった。そしてあろうことか余計に強く手を握ってきやがった。

やがて、都にたどり着くと、そこはイメージよりもだいぶ荒んだ光景が広がっていた。都の入口だというなんとか門は既に半壊しかかっていたし、洛内も洛内で、道の両脇には掘っ建て小屋が立ち並び、そこにぼろを纏ったいかにも物乞い風の人達が倒れるようにして眠ったり、また、なにか訳の分からないことを呟きながら座っていたりする。


「白鷹くん……念の為に尋ねるけど、ここ……本当に都?」


 私はようやっと手を離してくれた白鷹に訊いた。


「あぁ、俺が嘘をつくと思うか?」

「いや、でも都ってもっと貴族とかがいっぱいいて華やかな……」

「何百年前の都の話をしてるんだ? 言っただろ? 今は末法の世だって。それに……」


 と、言ったところで白鷹は突然叫んだ。


「アスハ、危ない!!」


 そう言って突如、私は白鷹により、地面に伏せさせられる。私たちの頭上を、何か重いものが通り抜け、前方三メートル程先の地面に突き立った。


「チッ、外したか……。だが、女連れとは大層な身分になったものだな。白鷹よ……」


 私たちの背後から声が聞こえ、振り返る。そこには、赤鬼と形容した通りの男が立っていた。背の高さは優に二メートルを超え、体には金色のプロテクターのような金属製の甲冑を身につけている。


「それに……源頼光みなもとのよりみつ公やその四天王、それに安倍晴明あべのせいめい公が亡くなった今、奴らは元気いっぱいなんだよ」


 白鷹は立ち上がりながら私に説明する。その眼はしっかりと鬼を見すえていた。

 鬼が右手を伸ばすと、私たちの背後に刺さっていた金棒は彼の手元に戻っていった。断面が星型をした細身の金棒だ。


「我が名は大江山酒呑童子おおえやましゅてんどうじが配下、酒呑童子四天王がひとり、金童子かねどうじ。同じく酒呑童子四天王がひとり、星熊童子ほしくまどうじの仇、白鷹丸はくたかまるを討ち取らんがため、貴様に果し合いを申し付ける」

「果し合い……ねぇ、奇襲しておいてそりゃあないだろう?」


 白鷹はそう言いながら背中の太刀を抜く。


「だが貴様の味方する人間は、卑怯にも我が主、酒呑童子を毒殺した」

「知るか! それは俺の知ったこっちゃねぇ、文句ならあの世にいる頼光よりみつ公に言いやがれってんだ!!」

「フン、では参るぞ。星熊童子が形見、この星狼金剛仗せいろうこんごうじょうで、貴様を血祭りにあげてくれるわ!!」

「へっ、望むところだ金童子!! あいにく俺は今急いでいるんでね! すぐに酒呑しゅてん茨木いばらき、それにこの俺が退治した星熊ほしくまの所に送ってやるぜ!!」


 それから白鷹は太刀の先端を天頂に向け、叫んだ。


「我が太刀、白波よ、六道がひとつ、修羅の力を我に与えたまえ!」


 太刀に青白い光が走り、白鷹の体が炎に包まれる。やがて、炎は鎧を形作り、白鷹は紅の鎧武者の姿に変化した。

 改めて見ると不思議な鎧である。それは、身にまとっていると言うよりは、白鷹の体の一部が鎧に変化したというような見た目をしていた。そして頭部の形状に至っては、普通兜の類についている前立てや鍬形の代わりに、鬼のような角が2本ばかり生えているのだ。


「変化、完了……。我が名はアシュラ、この白波が、貴様を喰らう!!」


 平安の都に、紅蓮の鎧武者が現れた。

 一週間に1話、アニメ感覚で楽しめる作品を目指しました。次回の更新は4月8日です。

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