後悔しても遅いですわよ。二度目はないですわ。愚かな王太子達と、制約に縛られていた神達
「お前は、私の婚約者にふさわしくない、私の婚約者にふさわしいのは、
ミリアンヌ・ハレスティア公爵令嬢だ。改めてミリアンヌと婚約を結ぶ。」
リアンナ・ロテスウッド公爵令嬢は、狂喜していた。
やっとやっと、このマレーン王国の王太子アレスから、夜会で皆のいる前で堂々と婚約破棄をされたのだ。
長かったわ…なんて苦難の日々。
リアンナは幼い時から王太子アレスの婚約者として決まっていた。
リアンナは嫌だった。王妃になんてなりたくもない。
しかし、王家が決定してしまったから仕方がない。
学園でも目立たぬようにそこそこ勉強し、そして、夜会でも地味な令嬢を演じた。
それに対して、ミリアンヌは勉学にも励み、夜会でも自分が一番よとばかり、飾り立てて。
それは、王太子アレスもミリアンヌを選びたくなるだろう。
アレスとの付き合いも、そっけなくしておいたのだ。プレゼントを贈られても、礼状は書くがそれだけ。茶会でもにこやかに相槌を打つのみに専念した。
その隙をついてベタベタと王太子アレスに接近したのは、ミリアンヌである。
ミリアンヌは意地悪そうに笑って、
「わたくしの方が優秀だと王家もアレス様も認めたのですわ。」
王太子アレスはリアンナに、
「お前のような女は目も触れたくはない。二度と社交界に出るな。私の目に触れた時点で、牢へ入れてやろう。覚悟するがいい。」
「しっかりと了承しましたわ。」
リアンナは優雅にカーテシーをするとその場を辞した。
屋敷に帰ると、既に報告が行っていたのか、父であるロテスウッド公爵は、
「これで、お前も自由だな。リアンナ。」
「ええ。わたくしはこの国を出ます。」
「それが良かろう。」
「お父様。お世話になりましたわ。」
「私も近いうちに隣国へ行くがな。」
「その時は又、お会いできるといいですわね。」
リアンナは愛馬を厩から引っ張って来て、荷物をリュックに背負い飛び乗る。
縦ロールの金髪令嬢が、背にリュックを背負い、ドレス姿で白馬に跨る姿はこれはこれでまた、物珍しいと思うのだが。
「さぁ、行くわよ。レーテ。」
愛馬の名を叫び、公爵家を出て馬を国境へ走らせる。
国境を越えれば、全てが終わる。
真にリアンナは自由になれるのだ。
しかし、背後から軍勢が押し寄せてくるのが見えた。
あの旗は国王陛下の直属の騎士団だ。
という事は国王陛下が乗り出して来たという事。
「捕まる訳にはいかないわ。」
馬を早めるリアンナ。
もうすぐ国境である。
その軍から黒騎士姿の金髪の男が、リアンナの馬の前に走り込んで、その進路を止めた。
仕方ないので、白馬を止める。
「私は国王直下の騎士団、イース・トリニティア騎士団長だ。ここから先へは行くことは許さぬ。リアンナ・ロテスウッド公爵令嬢。」
「わたくしはアレス王太子に婚約破棄をされたのですわ。それに社交界へ顔を出すなとも言われました。どこへ行こうと勝手ではありませんか。」
その時、この国の国王、ハディスト国王が、黒馬に乗って現れて、
「そうはいかぬわ。リアンナ。いや、女神リディリア。」
国王は馬を降りて、リアンナの前に跪く。他の騎士達も跪いて。
「どうか、戻ってきて下さらぬか?我が愚息が、とんでもない事を。」
リアンナの身体が輝いて、金髪の美しい女神姿に変わる。
そう、この姿はあまり見せたくはなかった…女神だと人々に知られたくはなかった。
「わたくしは、貴方の国に恩がありました。だから、色々と力を貸してきましたのよ。
その恩のせいで、王家に望まれたら、妃になるという制約に縛られる事になりましたわ。
でも、アレス王太子自ら、婚約破棄を。王家がわたくしとの縁を切ってくれたのです。
ですから、もうわたくしは自由。戻る気はありませんわ。」
「しかしっ。リディリア様。王太子の言葉は取り消します。ですから。」
「一度、王家の者が言った婚約破棄。取り消せるとお思い?」
そこへ、婚約破棄を言い渡したアレス王太子が馬でやってきて、
転がるように馬から降りると地に手をついて頭を下げた。
「リアンナっ。知らなかったんだ。私はっ。君が女神だったなんて。婚約破棄は取り消すから。」
「お断りしますわ。わたくしは、やっとこの国から解放されるのです。長かったわ。それでは、ごきげんよう。」
白馬に羽が生えて、空高く駆け上がる。
もうすぐ国境、国境を越えたら、リアンナは自由になれるのだ。
「待ちたまえ。」
空の上なのに、声をかけられた。
さっき行く手を遮ったイース騎士団長だ。何故、黒馬に乗って空にいるのかが疑問だが。
リアンナは不機嫌に、
「わたくしの行く手を邪魔するつもり?」
「私もこの国に恩がある軍神でね。女神様に出ていかれては色々と都合が悪い。だから、
遮らせて貰おう。」
「まぁ、同類がいたのね。わたくしを止められるかしら。」
イースはリアンナに黒馬で近づくと、ガシっとその身を抱き締めて、
「私の物になれ。リディリア。」
「え??」
「前からそなたの事は気になっていた。だが、アレス王太子の婚約者。どうする事もできなかったのだ。」
「貴方も制約に縛られる神でしょうから…王家が望むわたくしをどうする事も出来ないでしょう。解りますわ。」
「だが、今はそなたは自由だ。だから、私の物になれ。ただし、この国を出て行く事は許さん。私がこの国に縛られているからな。」
「まぁ、わたくしはこの国を出て行けば、女神の力が無くなって、この国の農業も、
商業も…全て廃れていくと思いましたのに。」
「人間はそこまで弱くはない。そう簡単に国は滅びんぞ。」
「そうかしら。いいわ。貴方の為に、残って差し上げましょう。わたくし、貴方に興味がわきましたわ。」
「それならば。戻るとするか。」
結局、リアンナはこの国を出る事をイース騎士団長に阻止された。
リアンナはこの国、マレーン王国に残る事になった。
王太子アレスは廃嫡されて、平民に落とされ、弟王子エドワルドが王太子になったのだが、
王家はエドワルドと婚約しろと、ロテスウッド公爵家に言ってきた。
エドワルドはそれこそ、素行も悪く、女性関係も派手な問題児だったのであるが、
王子は二人しかいないので、エドワルドが王太子になったのだった。
「国王はわたくしを馬鹿にしているのではないかしら。」
一度、王家のいう事を聞いて、制約により、婚約を引き受けている。
もう、制約に縛られるつもりはない、リアンナであった。
父であるロテスウッド公爵も、
「それにしても、イース騎士団長に隣国へ行くのを遮られたのは困ったものだな。
早くこの国を見捨てたかったのだが。」
ロテスウッド公爵は、隣国とも太い繋がりがあったりする。
だから、隣国へ行きたがっていた。
そんな話をしていたら、イース騎士団長が訪ねて来て、
「是非、私の妻になって欲しい。今日は結婚の申し込みにきたのだ。リアンナ。」
「え?わたくしと…」
「そなたと共に私はありたい。ロテスウッド公爵、許可していただけないだろうか?」
ロテスウッド公爵は、
「リアンナは女神リディリアの魂が転生したもの。我が娘であって、我が娘ではない。
娘が望むなら、私は反対はしないが。」
「わたくしは…貴方の事が…好きなのかまだ解りませんわ。」
「それならば、私の良さを知って貰いたい。ただ、婚約をしてはくれないだろうか?
私は君がよその男に盗られるのが怖い。」
熱の籠った表情でこちらを見て来るイース。
リアンナの胸はどきりとした。
「ええ、承知しましたわ。」
とても可愛い事を言う人ね。
と、愛しく思い、この男と婚約をすることにした。
しかし、事件は起きるのであった。
王宮の夜会へ、リアンナはイースと共に出席した。
美しき白のドレスを着て、金の髪のリアンナは、本来の女神さながらの姿で輝いていて、
また、イースも金髪碧眼の男前の美しさで、リアンナをエスコートしており、
似合いのカップルだと皆、口々に褒め称えたのだが。
「僕との婚約を断るだなんて、どう言うつもりだい?」
王太子エドワルドが、リアンナの前に迫って、文句を言ってきた。
「こんなに男前で王家の僕より、騎士団長がいいだなんて。女神か何か知らないけど、
最低だねーー。」
エドワルドの傍には貴族の令嬢が二人いて、ベタベタして。
「エドワルド様、言っちゃって言っちゃって。」
「そうよーーー。素敵――。エドワルド様――。」
ミリアンヌ・ハレスティア公爵令嬢が赤のドレスを着て、ぎろりとリアンナを睨み、
「女神だと嘘を言って、アレス様を廃嫡させたそうね。なんて恐ろしい女。この女こそ、牢獄へ入るべきだわーー。」
リアンナはにっこり笑って、
「この国は無礼者が多いみたいね。わたくし、この国を出たくなったわ。」
イースは悲し気に、
「私を捨てて行ってしまうのか?そんなの許さない。」
ああ…なんて可愛い人…
リアンナは安心させるように、イースの頬を撫でながら、
「大丈夫よ。貴方を見捨てないわ。でも…この無礼者達に罰を与えてもよろしくて。」
「それは国王陛下に言って貰わないと。」
王太子エドワルドはイースに向かって、
「君も君だよ。僕がせっかく婚約してあげようとした女を取るだなんて、
お前なんて首だ首。お前みたいな無礼な男は我が国にいらないー。」
イースは嬉しそうな顔をして、
「本当ですか?王太子殿下。」
「ああ、お前なんて首だーー。」
「リアンナ。私の制約も今、無くなった。この国を出られるぞ。」
「まぁ、本当?」
そこへ慌てて国王が走り込んできて、
「何があった?何がっ。報告せよ。」
エドワルド王太子がにこにこして、
「イースを首にしたんだ。だって失礼な奴だろう。父上。僕が狙った女を婚約者にしちゃうんだからさ。」
イースは国王に向かって、
「私は首になりました。」
「いや、イース、私は認めていない。息子が勝手にやった事だ。」
「王族の命は取り消せません。私の制約は今、解除された。リアンナ。国を出よう。」
「ええ。行きましょう。」
ミリアンヌが走り寄って、
「ちょっとどこへ行くのよ。この女を捕まえなさいよ。」
国王が叫ぶ。
「そっちの女を黙らせろ。後、エドワルドを拘束しろ。」
猿轡をはめられるミリアンヌ。騎士達に拘束されるエドワルド。
「何でっーー。何で僕がっーーー。」
そして、国王陛下は大慌てで、二人に向かって叫んだ。
「頼むっーーー。行かないでくれっ。」
リアンナはにっこり笑って、
「二度目はもう、ないですわ。それでは参りましょう。イース様。」
「ああ、愛しのリアンナ。」
一緒にリアンナの白馬に乗り、空高く舞い上がる。
リアンナは背後のイースに向かって、
「この国は滅びるかしら。わたくしの加護と貴方の加護を失ったのですもの。」
「そうだな。君の加護を失ったと感じる前に、私の加護を失ったせいで、滅びるのではないのか?私は軍神。隣国はこの国を狙っているから…私の加護が隣国へ移れば…その時は。」
はるか眼下になった今までいたマレーン王国を見下ろすリアンナとイース。
リアンナはやっと自由になれた。
愛しい人と共に。
幸せを胸いっぱいに感じ、愛馬を隣国へ向かわせるのであった。
しばらくして、女神と軍神の加護を失った、ハディスト国王のマレーン王国は隣国に侵攻されて滅んだ。
二人の愚かな元王太子達は、国王と共に牢獄へ入れられた。
リアンナの父、ロテスウッド公爵は移り住んだ隣国、アラバト帝国でも、その実力を振るい、したたかに出世をして中央で権力を持つようになった。
アラバト帝国では二人を神として祭り、アラバト皇帝は二人に神殿を与えて、厚遇した。
リアンナはイースと結婚し、この神達は、可愛い子供にも恵まれて、幸せに暮らしたと言う。