第6話 日々鍛錬
カトレアが、ラドリゲスとハーベラの元で暮らし始めてから、1ヶ月が経過した。
ここでの暮らしで、自分が今まで如何に他人任せであったかを思い知った。ただ、そのおかげで、カトレアは、身の回りの事だけでなく、簡単な仕事であれば出来るようになったのだから、充実感には満ちていた。
「ハァハァ……、暑いわね」
さて、今日は晴天広がる大快晴。修行の日々が待ってるかと思っていたカトレアだが、現在、ひたすらに薪を割る作業を繰り返していた。
一体何故なのか。それは、ここに来た初日に遡る。
(何だか、自分なのに自分じゃないみたい)
ハーベラから貰った少年用の服に着替えたカトレアは、ラドリゲスに誘われ庭に出た。慣れない服装に違和感を感じつつ、彼の後を付いていくと、薪が積まれている小屋に辿り着く。
「さて、カトレア嬢。騎士になる為には何が必要かな?」
「えっと、体力とか、剣の技術とかでしょうか?精神の強さも必要ですよね?」
突然の質問に戸惑いながらも答えを返すと、ラドリゲスが満足そうに頷いた。
「その通りでございます。騎士の根底にあるのは、心·技·体であります。では、この3つの内、特にカトレア嬢に足りない物は何だと思われるかな?」
「それは……、恥ずかしながら、体、だと思います……。」
情けなさから、歯切れ悪くなってしまう。
しかし、ラドリゲスは、恥ずかしがる事は無いと、頭を撫でた。
「そもそも、男性と女性では、身体の作りが違うのです。まだまだカトレア嬢に伸び代があるとはいえ、その差は仕方ありません。騎士に女性がいないのも、それが1番の理由でしょうしな!」
慰められてるのか、現実を突き付けられているのかよく分からない言葉に、何とも言えない顔になる。 当の本人は、そんなカトレアを見て、周りの鳩達も驚くほどの大きさで笑っていた。
「そんな落ち込みなさるな。足りない物は他の物で補えば良いのです。体力に自信が無ければ、技と精神を伸ばしなさい。それに、この世界には魔法という力も存在しております。騎士という固定概念に縛られず、柔軟に目指せば良いのです」
確かに、勝手に騎士とは剣を重んじるイメージを持っていた。幸い、カトレアは前の人生でも、令嬢の中では比較的、魔法は使えた方である。そこを更に高められれば、戦いの場でも役に立つはず。
「とはいえ、カトレア嬢。体力は付けなければなりませんし、力が無い分、上手な使い方を覚えなくてはなりませんぞ?」
「上手な使い方?」
「うむ! では、カトレア嬢、この斧で薪を割ってごらんなさい。」
渡された斧はずっしりと重みがくるが、カトレアでも持てる程度の物だ。振り上げるのも何とかなりそうである。
カトレアは、思い切り振りかぶって、薪へと斧を振り下ろした。
しかし、斧は中途半端に薪にくい込んだだけに留まり、割れることはなかった。勢いの割には、力が足りなかったのだろうかと、薪を見つめていると、ラドリゲスに肩を叩かれる。
くい込んだ斧を、ラドリゲスが回収すると、手本を見せると、彼は丸太を持ってきた。
「そんな太いもの、簡単に割れるのですか?」
「ハッハッハ、そんなに力は要りませんぞ? ほれ、よいしょっと」
ラドリゲスは、斧を頭より少し後ろに上げるだけで、軽く斧を振り下ろした。
すると、太い丸太が見事に割れたのだ。さほど、力を入れているようには見えなかったのだが、何故なのか。
「カトレア嬢は、振り上げすぎてしまった事で、余計な力が入り、的を外したのでしょう。しっかりと狙いを定め、振り下ろす時は腰を下ろす。こうする事で、体の負担も少なく割ることが出来るのです。」
「成程、力の使い方とは、そういう事なのですね?」
「そう、如何に無駄な力を使わず、負担を少なく出来るか。これが、戦いの優劣を決める事もあります。剣を持つ前に、まずは野良仕事を通じて、これらを身につけていきましょう!」
そして、初日にも関わらず、カトレアは、半日薪割りに勤しんだのであった。
あれから、カトレアも少しづつ慣れてきて、全く割れなかった薪も、軽々と割ることが出来るようになった。丸太についても、ラドリゲスの様に、1発とは行かないが、2、3回に分けてであれば、割れるようになったのだから、大きな進歩である。
他にも、木を背負っての山登りや、耕作等の力仕事を一通り行った。1度目の人生の自分が見たら卒倒することだろう。まあ、実際卒倒したのは、カトレアの手の豆を見た、ハーベラだったのだが……。
カトレアは、今日のノルマの分の薪割りを終え、一休みしようと腰を下ろした。
体を動かしている間は、汗が出る程に暑かったのだが、今は、時々吹く風が心地よい。
(早く、剣を握れるくらいに仕上げなくちゃいけないわね)
カトレアは、解けかけた髪を、もう一度まとめ直した。