14話 集中できない
剣と剣の打ち合う音が鳴り響く演習場。演習のため使っている剣はレプリカではあるが、それでも生徒達の表情は真剣である。
しかし、カトレアだけはどこか心あらずにあった。というのも、演習相手が、昨晩話題に上がった『茨の婦人』と同じ髪色をしてるのだ。
(よりによって、何でダンデが相手なのよ!)
ただでさえ相手としては相性が悪い上に、昨晩のランタナとターニャから聞いた話が散らついて、中々思うように体が動かない
「おいおい、そんなんで俺の相手が務まると思ってんのかよっ、て!」
「アッ!」
ダンデの一振りの衝撃に負け、カトレアの手から綺麗な放物線を描いて剣が離れていった。余計な事を考えていたとはいえ、見事に打ち負かされてしまった事が悔しくて、カトレアは唇を噛む。
「相性悪い相手と組まされたのに、こんなんじゃあ練習になんねぇよ」
「……悔しいけど、返す言葉もないわ」
苦々しい気持ちで、カトレアはダンデの頭を睨みつけた。
普段は気にならない、茶髪に赤毛混じりの彼の髪色が、演習とは関係無い雑念をもたらす。
「ダンデ……、貴方、髪の毛ちょっと剃ってきてもらえないかしら?」
「ハァ!? 脈絡無しに何てこと言ってきやがんだ!」
「訳は聞かないで! でも、それさえしてくれれば集中できるのよ!」
カトレアの頼みは、もちろん却下された。その上、ダンデには、様子がおかしいと心配までされてしまった。
結局、納得の行く形で取り組めないまま、演習は終わってしまった。
演習終了後、カトレアは生徒全員の剣を片付けるように、ロズウェルに命じられた。言いつけられた時の表情を察するに、演習に集中していなかったカトレアへの罰だろう。
1人、数回に分けて、重たい台車を押していると、何故か残りの分を載せた台車を押してダンデがやってきた。
「どうしたの? 何か倉庫に用事?」
「いや別に……、暇だから来てやったんだよ」
口ではぶっきらぼうに言いながらも、ダンデは、親しい人間への面倒見が良いのだ。
2人で台車を押す中、昨晩の話で気になったことをカトレアはダンデに聞いてみた。
「ダンデは、もし、亡くなったお母様にもう一度会えるならどうする?」
カトレアの急な質問にダンデは、はぁ?と首を傾げる。
「髪剃れって言い出したり、変な質問してきたり、今日のお前は、本当に意味分かんねえ」
ダンデの言う通り、今日の自分は明らかに不審である。昨晩の話で、動揺しすぎてしまっているのだ。
これでは良くないと、カトレアは、忘れてくれと、口を開こうとした。
しかし、その前に、ダンデが渋々といった様子で話し始める。
「会いたいと思ってたよ、1人の時はな。生憎今は、周りのうるせえ奴らのせいで、悼んでる暇もないんだわ」
特にお前とかと、ダンデは嫌味ったらしくカトレアを指差した。その言い草に、不満ありありだと顔で示すが、軽く受け流されてしまう。
しかし、ここで怒りを口に出してしまっては、話が逸れてしまう。文句を言いたい気持ちを堪え、カトレアは黙ってダンデの話を聞き続ける事にした。
「まあ、今はちゃんと母さんの死を受け入れてんだよ。今会えたとして、それは母さんじゃねえよ」
「……そうね、死んだ人に会うなんて現実味ないものーー」
「そうだ、死んだ奴が出てきたら、お化けじゃねえかよ……」
ダンデの口から出てきた言葉が一瞬理解出来ず、口が固まってしまった。
だが、確実に今この精悍な青年は、『お化け』と言ったのだ。しかも、ぶるりと肩を震わせながらだ。
この質問を切り出した時には、もっと重い回答が出ると思っていたのだが、見事に肩透かしをくらってしまった。
しかし、同時に『茨の婦人』の事で、ダンデと関連付けて悩んでいた事が馬鹿らしくなった。
『茨の婦人』が彼の母に似ていたとしても、それは別人なのだ。亡くなってしまった人は、もうこの世にいないのだから。
元々のリリスの死に、ダンデの母は関わってはいない。そう考えれば、遠慮なく『茨の婦人』を恐れ、敵視する事ができる。
「ありがとう、ダンデ。お礼にお化け嫌いはここだけの秘密にしてあげるわ」
「べ、別に怖くはねえよ! つーか、ありがとうって、何に対してだよ?」
怪訝な顔で見てくるダンデを軽くごまかし、カトレアは先ほどよりも力を込めて、台車を押し進めた。




