第12話 警告
「騒がしくてよっ! リリス孃!」
先程までか弱げだった表情が、一気に消え去ると、オリジナルのリリスから、ランタナへと中身がシフトされた。
ランタナは、扇をリリスの顔スレスレに突き付ける。
「今は、貴女がリリス・マーシャルなのだから、堂々と名乗りなさいな。こちらに居る、『元』リリスは……、そうね、ターニャとでもお呼びいただこうかしら。小さい頃の私の愛称でしてよ?」
彼女の中にいる本人の反応はどうだったのかは分からないが、ランタナの様子から、どうやらこれは決定事項らしい。
とはいえ、こちらとしても、呼び名の問題はややこしい。カトレアとリリスは、若干の申し訳なさを抱きながら、その通りに呼ぶ事に決めた。
「この様な重要なお話を私達にしていただき、ありがとうございました。この事は、他に知っている方はいらっしゃるのですか?」
「いいえ、ここにいる私の侍女のみで、身内すら知りませんわ。私の言う事全てを疑うこと無く信じるのは、メーファンだけなの。こんな話をした所で頭が狂ったとしか思われないでしょ?」
何でもないようにランタナは笑っているが、周りに言えない秘密を抱える事の辛さをカトレアはよく分かっている。それはリリスも一緒だ。だからこそ、リリスに話せた時は、心が軽くなった。ランタナには、メーファンがいただろうから、もう少し状況は別だが、それでも似たような立場の人間が周りに居ないのは不安だっただろう。
「……お辛かったことでしょう」
「フフ、それ程でもありませんわ。寧ろ、私の中に入ってしまったターニャの方が苦労したんじゃないかしら? 私じゃなかったら、ちゃんと体も乗っ取れたでしょうに」
ランタナの中にいる、元々のリリス改めターニャは、基本、ランタナの意思がないと表には出れないのだという。
ターニャが話していた教会の化身の目論見では、きっちり入れ替わるはずだっだのだろうが、神的な力をも押さえつけるほど、ランタナが強すぎたらしい。
「さて、私達は思い出話をする為におふたりをお呼びしたんじゃありませんことよ?」
「へ? じゃあ、何でなん? 痛っ!」
カトレアは、叱るように目上の令嬢への礼儀を忘れたリリスの頭を小突いた。
「失礼致しました。どうぞお話ください」
大袈裟に頭を摩るリリスは無視して、カトレアは、ランタナに話の続きを促す。
「黒いレースで顔を隠した、茶髪に赤毛混じりの娼婦……、国王の妾にだけはお気をつけください」
「国王の妾……!?」
現国王は、確かダンデの父親で、彼の亡くなった母と愛人関係にあったはず。亡くなったから次の愛人とは、国王は、女性関係に些かだらしない性分なのだろうか。
しかし、引っ掛かるのはランタナが話した妾の特徴。
(茶髪に赤毛混じりって、ダンデと同じじゃない……!)
そんな珍しい特徴が、似ることがあるだろうか。いや、偶々その特徴が似てる娼婦を見つけて、ダンデの母に重ねているだけ?
「えっと、何でその人にオレ……やない、私達が気を付けなくちゃいけないんですか?」
「もう少し話しやすい喋り方でよろしくてよ、リリス孃。そうね……、この話は私よりターニャの方が詳しいから代わりますわ」
ランタナがスっと目を閉じ、再び開けると、先程よりも柔らかい表情に変わった。ターニャと入れ替わったようだ。
「……私の最後の記憶は、彼女に誘われ一緒にお茶を飲んだ時です。そこからの記憶が全くないのです。突然ぼんやりとして、倒れてしまって……、長い眠りから目が覚めたと思ったら、今世でした」
「つまりそれって……」
ターニャは、怯えからか、唇を震わせながら答えた。
「恐らく、私の命はそれ以降で途絶えています。そして、その死に、『茨の婦人』が関わっております。途絶える意識の中で、彼女がこう言ったのが聞こえました……」
『ごめんなさいね? どうしても、この国1番の愛が欲しいの』




