第11話 リリス・マーシャルの懺悔
それから賛否はあったものの、リリスは王太子妃として王家に迎えられた。
しかし、学ぶには遅すぎた妃教育の重圧に、涙を堪える日々が続いた。リリスが逃げ出したい気持ちで受けている教育をカトレアは、幼い頃からこなしていたというのだ。
もし、彼女がレイノルドの婚約者として、無事婚姻を挙げていたのならば、誰もが認める王太子妃になっていた事だろう。
レイノルドの母である王妃も、カトレアの死を痛く惜しんだ。
「クラーク侯爵令嬢は、何事にもひたむき過ぎたのでしょう。愛する事にも……ね。婚約者でなければ、あの子の愛を得られたかもしれないなんて、皮肉な話だわ」
悲しげに零した王妃の言葉は、今もリリスの記憶に残っている。
カトレアの恋路を踏みにじり、あまつさえその一生を奪った後悔。そして、周りの期待に答えられない自分へのやるせなさ。
そんな心境の中、縋る思いで教会に通い詰めた。
リリスは、毎朝同じ事を祈り続けた。
全ては周りを顧みなかった自分が招いた結果。どうか裁きをそして、カトレアに救いを……。
信じられない事が起きたのは、教会に通い詰めて2年が経った頃だった。
いつもの様に、聖壇の前で懺悔と祈りを捧げていた時、眩い光と共に1人の小柄な老爺が現れたのだ。
誰も居ない時間を狙い、更には、人が来ないか外で従者に見てもらっていたはずである。それにも関わらず、突然、目の前に現れたのだ。
「リリスと言ったかのお。お主の献身的な祈りに心より感謝する」
「え? あ、貴方は一体……」
「ホホホ、ワシはこの教会の化身とでも言おうか……」
最近では、人々の信仰離れが進んでいた事もあり、教会が持つ神力が薄れてきていた。
しかし、毎日欠かさず神に縋る為に、行っていたリリスの祈りにより、再びその力を取り戻したのだと、老爺もとい教会の化身は話した。
「さて、お主はカトレア・クラークに対しての罪の意識から、自らには裁きをカトレアには救いをと願っておったのぉ。ワシがそれを叶えてやろう」
「か、叶えてやるとは?」
「もう一度、同じ人生を与えよう。カトレアが心改めれば、幸せな人生を歩み、救いとなるじゃろう。そして、お主は裁きとして、リリスではない人間として、同じ人生を歩む。どうじゃ?」
化身の提案に、リリスは一瞬躊躇った。自分では無くなる事が、あまりにも未知の世界で、不安で胸が苦しくなる。
しかし、苦しくなければ裁きにはならないのだ。
「ええ……、是非お願いします」
震える声でリリスは答え、化身に頭を下げた。
「死んで再び目を開けた時には、私は10歳のランタナ様の中にいました」
オリジナルのリリスは、今までの経緯を話終えると、静かに目を伏せた。
自分が死んだ後の父の孤独、リリスの後悔……。どれも昔のカトレアが想像出来なかった事である。自分の感情からの行動が、居なくなった後にも、悪い方向に影響を与えてしまったのだ。
だが、リリスのおかげで、やり直せるチャンスを得ることが出来た。礼と詫びを伝えなければならないだろう。
しかし……。
「なんやねん!ほんっっまカトレアちゃん可哀想やん!! 絶許だ絶許! 100歩譲って、君は許すとして、レイノルドだけは許さへんで!? てか、今はオレがリリスやけど君もリリスやんな? なんて呼べばいいの? てか、オレはリリスって名乗らん方がええの!?」
当事者である誰よりも盛り上がっているリリスのせいで、カトレアは、謝罪と礼を言うタイミングを失ってしまっていた。




