第9話 外と中
「お待ちしておりましたわ。カトレア嬢、リリス嬢」
制服ではなく、シンプルなドレスを身に纏うランタナ。彼女は、優雅な所作でドレスの裾を摘むと、カトレア達に笑みを向けた。
ランタナの友好的な態度に、カトレアは少し肩の力が抜ける。
しかし、隣のリリスは、未だ警戒が解けないのか、青い顔でブツブツと何か呟いている。大方、女性の恐ろしさについてでも、思い出しているのだろう。
「申し訳ございません。ヴェリオン侯爵令嬢の様な高貴な方とお話させていただくのに、リリス嬢は、緊張しているようでして……」
ランタナを前に、挨拶も忘れて震えているリリスに呆れつつ、サラッとカトレアはフォローを入れておいた。
「オホホ、お気になさらず。それにしても、本当に、中身は全く違うようですのね?」
「中身……とは?」
ランタナの意味深な言葉に、カトレアは、ピクリと眉を顰める。
「その話は、今からさせていただきますわ」
ランタナは、パチリと指を鳴らす。
すると、メーファンが心得たと、魔法の詠唱を始めた。
「『清らかなる水の力よ。我等を包み込み、静寂の場を与えよ』」
詠唱に応えて、ランタナの部屋全体を水の膜が覆った。
メーファンが唱えたのは、水の魔法の1つ、『静寂の部屋』である。水の膜が周囲を覆うことで、その内部の音が外に漏れない様にする効果がある。
ただ、特別教養科の生徒に与えられる部屋は、隣の部屋との間隔も広く、そう簡単に会話が聞こえるような事はない。それに、レイノルドに近づいた事への注意程度ならば、婚約者として間違った行動ではないのだから、聞かれたとしても、別に問題はないだろう。
にも関わらず、ここまで厳重に外部をシャットダウンさせるのは、そして、ランタナのリリスに向けた、『中身』という発言……。
(まさか、彼女は……っ!!)
「その顔は、察したようですわね? カトレア嬢。そうです、私は、貴女が一度死んだ身である事、そして、リリス嬢の中に全く違う人物が居ることを知っておりますの」
「なっ! う、嘘やろ!?」
ランタナの告白に、リリスは、驚きのあまり腰を抜かしている。
カトレアとて、腰は抜かさないが、かなり驚いていた。何故、あまり関わりのなかった彼女が、自分達の秘密を知っているのか。
「調べたのですか? 私共の事を」
「いいえ、そんな事はしておりません。私は、あくまで聞いただけですの。ある方に」
「ある方?」
リリスと一緒に首を傾げると、ランタナは、クスクスと笑いながら、扇で顔を隠した。
「そう、貴女方もよく知る方ですわ」
そう言ってランタナは、顔の前から扇を下ろす。扇から現れた彼女の表情は、か弱く、不安気であった。先程までの、自信気な表情とは、大違いである。
そう、まるで人が変わってしまったような……。
「お久しぶりです。カトレアさん」
「え?」
声は変わらないのに、ランタナの口調が、突然柔らかくなった。それは、カトレアが疎ましく思っていた、女性の喋り方にとても似ていた。
動揺するカトレアの瞳を見つめて、ランタナの顔をした何かが、続けて口を開く。
「私は……、リリス・マーシャルです」
その時、カトレアの耳にはハッキリと、リリス自身の声が聞こえた気がしたのだった。




