第7話 現婚約者
その後、マリアは、自らの授業でカトレア達に話した助言を騎士科の生徒達全員に向けて伝えていた。そのおかげもあり、教室の雰囲気は、明るい方向へと改善したのだった。
カトレアは、その話を、昼休みにリリスとアイラに報告した。
「流石、マリアちゃんやなぁ。可愛くて優しくて愛嬌もあって、魔法はピカイチ! 惚れんわけないわなぁ。あっ!オレは、カトレアちゃん一筋やで!」
そう言って、リリスは、魚のムニエルを大きな口で頬張った。
「それで? 皆、元気になって良かった良かったって話なのに、なんでカトレアは、浮かない顔してんのよ?」
アイラは、美しい指先で、つんつんとカトレアの頬をつつく。
カトレアは、アイラの鋭い指摘に、ウッと言葉を詰まらせた。
カトレアだって、浮かない顔をしていた友人の表情が戻った事は嬉しい。ただ、少しだけ今回の己の不甲斐なさが、心に引っかかっていた。
結局、カトレアは、友人の1人も励ます事が出来なかったのだ。
「マリア先生を見て、自分が如何に未熟で奢ってたかを痛感したのよ……」
「あー、自分じゃ解決できなかったから? でも、少し完璧主義すぎるんじゃない?もう少しーー」
「その心意気、お見事ですわ!」
カトレアとアイラの会話を遮る様に、第三者から声がかかった。
振り向くと、見るからに貴族側の女子生徒が扇を口に当てて立っていた。キツめの縦ロールの髪に、眼光鋭い赤色の瞳。彼女は確か……
「ヴェリオン侯爵令嬢……!」
ヴェリオン侯爵家の長女であるランタナ・ヴェリオン。彼女とは、1度目の人生ではあまり関わりがなかった。
しかし、1度だけ、嫉妬に溺れて、愚行を働いていた自分に、嫌味混じりではあるが、苦言を呈してくれた事があった。彼女からの接触といえばそれくらいである。
そんな彼女が、何故今更声を掛けてきたのか。
「『何故』と思ってらっしゃるわね? という事は、貴女、私がどのような立場かご存知でない?」
「そう……ですわね。恥ずかしながら、鍛錬ばかりで、そういった事にはすっかり疎くなっておりまして……」
カトレアの返答に、ランタナは、機嫌を損ねた様子は無く、むしろ愉快だと、扇の内側でクスクスと笑っていた。
「カトレア嬢は、流石、真っ直ぐひたむきでいらっしゃるわ。ですが、少しは世間にも目を向けた方がよろしくてよ? 騎士を目指すといえど、仮にも、侯爵令嬢なのだから」
「……返す言葉もございません」
確かに、彼女の言う通り、騎士を目指すことに邁進しすぎて、社交界にも出ていなかった為、そちらの世界が今どのようになっているか詳しくは知らなかった。
ただ、知ろうと思えば知れたのを、後回しにしていた事は、クラークの姓を名乗る者として、恥ずべきことである。
「ちなみに、私は、そちらのリリス嬢にも用があってよ?」
「えぇ!? お、オレーーじゃない、私もですか?」
蚊帳の外といったふうに、食事をしていたリリスは、突然名前を呼ばれた事に驚き、対外的な仮面が外れそうになっていた。
そんな中、アイラだけが事情を察したのか、眉を顰めて、ランタナを見ている。
「……ふたりとも、魔法も騎士の勉強もいいけど、少しは人にも目を向けた方がいいわよ?」
そう言って、呆れたように続けた彼女の言葉に、カトレアとリリスは目を剥いた。
「ヴェリオン侯爵令嬢は、レイノルド王子の婚約者様よ?」
衝撃の事実に声を失った、カトレアとリリスを余所に、ランタナは、三日月の形に目を細めたのだった。




