表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/64

第6話 悩みと不安

 ベンの姿はあっさりと中庭で見つかった。隅の石段で、背中を丸めて座るベンに、カトレアは声を掛ける。


「おはよう、ベン。お隣、失礼するわよ」


 ベンの返事を聞かずに、カトレアは、彼の隣に腰掛けた。


「ポロとラグに頼まれた?」


「あら、ご名答よ。昨日のロズウェル先生の授業で、沈んでるだろうからって、様子を見るように言われたのよ」


「そうか、ごめんね迷惑かけて」


 バツが悪いと、頭を搔いているベンに、カトレアは、構わないと首を振った。

 どう言い出そうか迷っているのか、ベンは、不安そうに指を遊ばせている。ロズウェルの手紙で、臆した自分の事が情けなく、恥じているのかもしれない。

 このまま口を開くのを待つのもと、カトレアは、話のきっかけにと、ずっと気になっていた事を聞いてみる事にした


「ベンは……、何故騎士科に?」


 ベンは、賢く、決して好戦的な性格ではない。彼の才は、騎士科以外で伸びるのではと、カトレアは考えていた。そして、ベンならば、己の向き不向きをしっかり理解しているはずだ。

 それでも尚、騎士科を選んだのは、何故か。カトレアは、疑問に思っていた。

 ベンは、指遊びを辞め、口を開いた。


「父親に、その臆病癖を叩き直して来いって言われてね。本当に情けない話なんだけど……」


「そうだったのね。お父様は、ベンとは正反対な性格なのかしら?」


「うん。俺の父親は、怖いもの知らずって感じ。あと、兄さんもね。俺の性格は、母親譲りだよ」


 怖いもの知らずの父と兄。方や、穏やか心優しいベンと母。中々に、彼の家庭は面白そうである。機会があれば、1度お会いしたいものだ。


「まあ、結局治るどころか、余計に怖くなっちゃったんだけどね……」


「手紙の事?」


「うん。騎士という仕事が何をするのかは分かっていたけど、直接、自分が手を下す事を想像したら……、やっぱり怖いよ。本当に、騎士になるべきなのか、凄く不安なんだ……」


 そう話すベンの手は震えていた。カトレアは、少し楽になるようにと、彼の背中を摩った。


「カトレアさんは、凄いよ。女の子なのに、俺なんかより、ずっと勇気がある」


 そう、称えるベンに、カトレアは、素直に喜ぶ事は出来なかった。

 カトレアは、女である。女としてクラーク家に産まれたならば、家の為に、どこかに嫁ぎ、両家の橋渡をする。それが、最も望ましい生き方だった。

 しかも、自分は、レイノルド王子の婚約者という、最高の立場を得られるチャンスがあった。


(けど、私は選べなかった)


 どれだけ頑張っても、愛されない。その苦痛をカトレアは、二度と味わいたくなかった。

 いくら、自分の力でなどと、綺麗事を言っても、カトレアは、『婚約者』という呪縛から逃げたのだ。


「……私も、不安よ。自分が、選んだ道が本当に正しいのか……」


「カトレアさん……」


 2人の中で、どんよりとした沈黙が続く。

 励ますはずが、自分まで落ち込んでしまった事に、カトレアは、歯噛みする。

 ラグとポロにどう顔向けするか……。


「あら? カトレアさんにベン君。ふたりで私の授業、サボっちゃうの?」


 カトレアが頭を悩ましていると、鈴の鳴るような可愛らしい声がした。

 声の方を向くと、魔法学教師のマリアが、教材を抱えてこちらに歩いてきた。

 今日の1限目は、魔法学である。その為、彼女は、騎士科の教室に向かう途中なのだろう。

 いつもは早めに席に着いている2人が、未だに外にいるのだから、マリアも気になって、声を掛けてくれたのだろう。


「浮かない顔して、ふたりともどうしたの?」


 心配そうに尋ねるマリアに、カトレアは、先程までの自分達の会話を説明した。

 話を聞いた彼女は、微笑ましい物を見るように、カトレア達を見て笑った。


「成程ね、カトレアさんは、自分の選んだ道が本当に正しいのか不安で、ベン君は、まだ道を決めかねているのね?」


 その通りだと頷くカトレア達に、マリアは、教材を置いて、語りかける。


「悩んでいいのよ。それが学生の特権。あなた達には、たくさんの時間と、たくさんの出会いがあるのよ? 出会いと時間を使って、これから、答えを見つければいいの」


 マリアは、慰める様にカトレア達の頭を撫でた。その小さく暖かい手に、先程までの曇っていた気持ちが、和らいでいくのを感じる。


「でも、そういう悩みは、自分達だけじゃなくて、先生も頼ってね? それが、私達の仕事なんだから」


 お茶目にウインクをするマリアに、思わず頬が緩む。ベンも先程までの暗い顔から、大分晴れやかな顔に戻っていた。マリアの言葉に、少し荷が軽くなったのだろう。

 カトレア達は、マリアと共に、騎士科の教室へと戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ