第5話 受け入れられない者
「あの時見てしまった手紙は、内容も血の赤黒さも、頭にこびりついて離れないのです」
そしてロズウェルは、話は終わりだと、3人を帰した。
ホコリ臭い倉庫から一変して、廊下は清掃が行きとどいていた。扉1枚しか違わないのに、こんなにも差があるのかと、カトレアは、軽く衣服のホコリを払う。
あんなにも倉庫から出たがってたロズウェルだが、彼は捜し物があると、倉庫に残ってしまった。それが本当だとは思えないが、トラウマともいえる過去を話させたのだ。カトレア達は、素直に去るしかなかった。
しばらく歩いて中庭に出ると、放課後の時間を利用して、談笑する生徒がチラホラといた。
カトレア達も、すぐに帰る気が起きず、近くのベンチに腰掛けることにした。
「なあ、お前達はあの話聞いて、騎士辞めたくなったか?」
いつになく落ち着いたトーンで聞くダンデに、カトレアは、少し考えてから答える。
「そうね、あのお話で、自分の騎士に対する認識の甘さを思い知らされたわ。……でも、だからといって、辞めないわよ」
カトレアが騎士になる道を選んだ事で、クラーク家の今後の人脈構成には、明らかに影響を与えてしまっている。
しかも、父の伝手を利用して、ラドリゲスという恩師にまで出会えたのだ。その他にも、優しく見守ってくれたハーベラや、剣を作ってくれたリュウノスケ等、何人もの人が自分の騎士になるという夢に力を貸してくれている。
現実は厳しいからと、逃げ出すにはたくさんの人達が、カトレアの背中にはいる。
それに、何より今は2度目の人生なのだ。今度は、惨めな結末を迎えない為、自分の身一つで切り開く人生を手に入れる為に、騎士になると決めたのだ。
「辞める訳にはいかないのよ」
「……だな。俺も辞める訳にはいかねーよ」
カトレアの答えに、ダンデは口角を上げた。
「まあ、僕は、剣を握ったらお互い様って考え方なので、先生の話聞いたところでって感じですかね」
セラのケロリとした態度に、カトレアとダンデは、流石だなと、苦笑いした。
これから、自分は、誰かの大切な人を斬るのかもしれない。到底、正当化出来る事ではないが、それが自分の大切な人、そして国を守る為ならば、騎士として迷ってはならないだろう。
(そう、あの日私を斬った騎士のように)
そう思いながら、カトレアは、夕焼けに顔を出し始めた月を眺めたのだった。
しかし、皆が皆、カトレア達のように、すぐに現実を受け入れられる訳ではなかった。
翌日の教室では、浮かない顔を引きずる者も少なくなかった。いつもは、姉さん!と、騒がしく声をかけてくるポロとラグも、今日は元気が無い。
「ふたりとも、やっぱり昨日の授業で?」
「いや、オイラ達は、割と切り替えれちゃったんだけどさ……」
「ベンがね……?」
そう言って、2人はベンの席に目を向けた。
いつもは、始業よりも早くから席に着いている彼だが、今日は、そこに姿がなかった。
ルームメイトのダンデが言うには、先に寮を出たらしいので、登校はしているはずだ。
「ベン、昨日の授業でかなり思い詰めてたんだよな」
「うん、ベンって、よく言えば優しくって、悪く言えばヘタレだから……」
言われてみればと、カトレアは、一般試験の時のベンを思い出す。明らかに怯えて、腰を抜かしてた彼は、どう見たって戦いを好むようには見えなかった。
ただ、戦略の閃き方や、日頃の座学の態度から、ベンはかなり頭が回るタイプである。それがあれば、他の職業も目指せるだろうに、何故、騎士なのか。
そう、カトレアが考えていると、ポロとラグが、頼み込むように手を合わせた。
「姐さん! こうなりゃ、ガツンとベンに言ってやってくださいっ!」
「カトレア姐さんと話したら、きっとベンも元気になるよ」
お願いと、目を潤ませて見つめる2人に、カトレアは、根負けした。
1時間目まで30分程余裕がある事を確認し、ベンを探す為、カトレアは教室を出た。




