第2話 残酷な存在
腰に挿した久方ぶりの剣の重み。リュウノスケが埋め込んでくれた魔法石にそっと触れながら、カトレアは感慨にふける。
ゴンザレスによる厳しい修行を経て、漸くここまで辿り着いた。
今日から、騎士科で剣技の授業が始まる。
「改めまして、皆さんこんにちは。剣技を担当します、ロズウェル・オルテーニです」
紳士然とした振る舞いのロズウェルは、ニコリと微笑む。
優しそうだと、ホッと胸を撫で下ろしている生徒もいるが、それは、一般試験を受けていない推薦組の生徒達である。それ以外の生徒は、ロズウェルが、いきなりゴーレムと受験生を戦わせる様な男である事を知らないのだ。
実際、一般試験組の中には、顔を引き攣らせている者もいた。
「今日から皆さんのカリキュラムに剣技が追加されます。それにあたって、皆さんにはまず見て貰いたい物があります」
そう言って、ロズウェルが開けたのは、傍に置いてあった箱であった。ロズウェルは、その中から1つ、手紙を取り出した。
「愛するナタリーへ。寒くなってきたが、君もお腹の子も元気に育っているかい? 僕は、相変わらず、下っ端として毎日動き回ってるよ。戦果をあげれば、少しは、賃金も上がると思うから、帰るまで期待しててくれ。次会う時は、僕達の子供も産まれている頃かもしれないね。苦労をかけるが、離れていても君達を愛しているよ」
手紙を読み終えたロズウェルは、それを生徒達に向けて広げた。
「ーーっ!」
カトレアは、目を見開いた。
手紙は、所々茶褐色に汚れていた。それから推測するに、この手紙の持ち主はこの世には居ないのだろう。
ロズウェルの仲間の物か。だとしたら、読み上げた彼の哀しみは計り知れない。
誰もが、彼に同情的な目を向けていた。
しかし、それを断ち切るようにロズウェルは、口を開く。
「この手紙は、敵国の騎士の死体から抜き取った物です」
ロズウェルの言葉に、生徒達は驚愕した。
皆、手紙の持ち主がヴィストン王国の為に散った騎士だと思い込んでいた。
自分の命を失う覚悟はしていた。しかし、その逆は、無意識に見ないふりをしてしまっていたのだ。
カトレアは、己の浅慮さが恥ずかしくなり、唇を噛み締めた。
「残酷、酷い、非人道的……。皆さん、そう思ったでしょう。見方を変えれば、騎士とはそういう存在です。貴方達が持っている剣は、そういう物なのです」
ロズウェルは、目の前に居た生徒に血塗れた手紙を渡した。渡された生徒の手はカタカタと震えている。
ロズウェルは、それを読み終わったら、隣に回していくよう、指示を出した。
最初に受け取った生徒は、青ざめた顔で押し付けるように隣へと渡す。
次々に渡される中には、最後まで読み切れていないだろう生徒も居た。そうすると、自ずとカトレアに回っていくのも早くなる。
手紙は、あっという間にカトレアの手元にきた。
手紙は、年月の経過で所々掠れてしまっており、最後の方は、ほぼ読めなくなってしまっていた。
ふと、その部分に触れながら、カトレアはひとつ疑問を覚えた。
(何故、こんな状態なのにロズウェル先生は、全部読めていたのかしら)
カトレアは、手紙から顔を上げ、ロズウェルの顔を見た。彼は、こちらの視線に気付くと、憂いの混ざった笑みを浮かべた。
その表情に、カトレアは、この手紙の背景が想像出来てしまった。自分の想像が正しければ、この手紙は、なんと残酷で辛く悲しい物だろうか……。
カトレアは、そっとその手紙を撫でると、隣のダンデに渡した。
手紙を受け取ったダンデは、眉を顰めて、カトレアを見た。どうやら、ダンデも気付いたらしく、掠れて消えている箇所を指さしている。
「騎士が斬るのは、魔物や危険動物だけではありません。我々と同じく、名前のある誰かを斬ることだってあります。ここに居る君達は、その事を重々承知の上、剣を持ってください」
生徒達に、ロズウェルの言葉が重くのしかかった。




