第1話 剣を持つ前に
新入生親睦会を終え、数日が経った。
しばらくは、パーティーの話で持ち切りだったが、いつの間にか話題に上がることも少なくなった。 とはいえ、時々、他の科の生徒達が、カトレアを見てヒソヒソと喋っているのを目にする事は未だにある。
幸い、騎士科では、そんな事は無い。
なぜならば、そんな暇が無いほど、切羽詰まっているからだ。
「そらっ、全員がこの運動能力テストに合格するまで剣技の授業に進めんぞ!」
ゴンザレスの喝に、生徒達が息も絶え絶えに返事をする。
入学後、最初に受けた運動能力テストをカトレア達は再び受けていた。今回は最低基準がそれぞれのテストに設けられ、その基準を全員が超えられないと、剣技へと進めないという、何とも厳しい課題を与えられている。
既に全て合格基準に達した者は、超えられていない者の面倒を見る事になっている。協調性の訓練も兼ねているのだろう。
カトレアは、何とか全ての基準をクリアした為、比較的成績の良かった反射神経テストの方で、クリアしてないグラトの面倒を見ていた。
「へぶっ」
現在、10回目のチャレンジ。顔面泥まみれになったグラトは、ヨタヨタと地面に手を着く。
グラトは、決して運動神経が悪い訳では無い。ただ、大きな体と柔軟性の無さが仇となり、細かい動きが苦手なようだ。
ダンデも似たようなタイプで、ギリギリこの反射神経テストをクリアしていた。そんなダンデは、棒を振り回しながら、体力テスト不合格組を追い回している。
「……すまない」
「いいのよ。どうしたって体の大きなグラトには、不利な試験なんだから……」
しかし、カトレアが出来るアドバイスは、正直頭打ちである。
どうすべきかと、考えあぐねていると、ゴンザレスが、声をかけてきた。
「どうした? 上手くいかないのか」
「はい。私の教え方もあるのかもしれませんが、中々……」
「ハッハッハッ! お前さんは良くやってる。ただ、ちと優しすぎるんだろ。ダンデを見習ってケツをしばくんじゃないけど、もっと厳しくしてもいいぞ! 例えば……」
ゴンザレスが小声で提案してきた内容に、カトレアは、冗談だろと、眉を顰める。
しかし、力強く頷いている様子から、どうやら本気らしいことが伺える。
「騎士科の生徒は、俺が鍛えたんだ。この最低基準は、全員出来ると思って設定してる。だから、カトレアも仲間を信じてみろ」
信じろと言われても、一歩間違えれば大事なのだが。
しかし、このままじゃ埒が明かない事も分かっている。カトレアは、ゆっくりと息を吐いて、グラトから距離を置く。そして、キョトンとした表情の彼に向かって、手を翳した
「凍てつく魔力、鋭き矛となり我が手から解き放たれよ!」
詠唱と共に手を振り払えば、魔力で生成された氷柱が、グラトには向かって飛んでいく。
慌てて避けるグラトに、更に間髪入れずに放てば、必死に彼も躱し続ける。
避けられた氷柱は綺麗に後ろの壁に突き刺さっていた。流石にこれに当たると死ぬという危機感から、グラトの動きは、先程よりも見違えるように素早くなっている。
最後の1本と、彼の顔に向かって放てば、腰を限界まで逸らし、鼻の頭ギリギリでそれも躱してのけた。グラトはそのまま、ブリッジの体制で頭から倒れていった。
打った頭の痛みか、それとも突然の死の危機のせいか、青ざめた顔で震えるグラトをゆっくりと起こす。
その様子を見ていたゴンザレスは、ニヤリと笑って、同じように泥玉をぶつけられている生徒達を見る。
「ほー、やれば出来るじゃねえか。さあ次で泥玉クリア出来ない奴は、強制的に超鋭利な氷柱に変えるぞー」
不合格組は、顔色を変えて、必死の形相で、反射神経テストに取り組み始めた。
ゴンザレスの脅迫もあり、無事、反射神経テストは全員合格。その他のテストも次々に、合格していき、無事、全項目を騎士科の生徒はクリアしたのだった。




