第4話 旅立ち
日が昇りきらない早朝。カトレアは、屋敷を出ていこうとしていた。
一番地味なワンピースを着て、必要最低限の物を入れた鞄を持つと、使用人達に気付かれないよう、静かに玄関まで向かう。途中で、父に挨拶だけしていこうかと、彼の部屋の前で立ち止まった。
(いや、今から絶縁するのに挨拶なんておかしな話かしら?)
カトレアは、ノックをしようとしていた手をひっこめて、ドアの前で深々と頭を下げるだけに留めた。
(お父様……、どうかお元気で)
父の部屋に背を向け、カトレアはその場を離れた。
(とりあえず、街に出て住み込みの仕事を探さないと……。ただ、こんな子供を雇ってくれる人がいるかどうかよね)
幸先不安ではあるが、これも騎士になるための試練である。様々な問題を抱えながらも、カトレアは、重い玄関の扉をゆっくり開けた。
「お嬢様、おはようございます。」
「は、ハーベラ?」
扉を開けた先には、メイドのハーベラが、同じように大きな鞄を持って立っていた。
使用人の朝は早いとはいえ、なぜ待ち構えていたかのように、彼女はいるのだろうか?しかも、カトレアの姿をみても、さして驚いた様子が見えない。
「さっ! お嬢様、参りましょうか」
「参りましょうって……、ちょっと、ハーベラ!?」
「あら? お嬢様、旦那様にお聞きになられてないのですか?」
カトレアが頷くと、ハーベラはやれやれとため息をつく。
「もー、旦那様も素直じゃないんですから……。ま、仕方ありませんね。詳しい事は、馬車に乗ってからお話しますね?」
ハーベラに連れられて、門の外に出れば、一台の馬車と老齢の男性が待っていた。
上品なベストスーツに白いあご髭がダンディーな男性は、わざわざ腰を曲げ、目線をカトレアに合わせてくれた。
「大きくなられてからは初めてですな? 私は、ハーベラの夫であり、リチャード……、貴女の父君の叔父に当たる、ラドリゲス・クラークと申し上げる」
「は、初めまして、カトレア・クラークと申します。ハーベラ……いえ、奥様には、いつもお世話になっております」
「ハッハッハッ、良く出来たお嬢さんになられましたな! 感心、感心!」
一頻り笑ったラドリゲスは、カトレア達に馬車に乗るよう促した。
「ご安心なされよ、カトレア嬢。私達は貴女の父君に、よろしく頼むと言われております故、捕って食ったりなどはしませんよ!」
「お父様が……?」
カトレアが屋敷を振り返ると、遠目にではあるが、二階の窓からリチャードがこちらを見ているのが分かった。言葉も行動も、何も起こす様子は無く、ただ、ジッとカトレアを見つめている。
「お嬢様? 旦那様はこんな可愛い我が子を、一人にさせるなんて真似いたしませんよ。万が一、そんな事させようものなら私共が許しません」
ハーベラは、後ろから優しく、カトレアを包み込むように抱きしめた。その温もりと、父の見送りの眼差しに、カトレアの胸は熱くなる。
(この先、どんな事が待ち受けるのかは分からない。でも、必ずや、私は立派な騎士となろう)
「さて、二人ともそろそろ行きますぞ!」
ラドリゲスの呼び掛けに応え、カトレアは馬車へと乗り込む、
馬の軽やかな足音が聞こえると、屋敷は段々と離れていった。カトレアは、見えなくなるまで、その景色を見つめたのだった。




