第15話 高鳴る鼓動
「ふぁああ!! 美しすぎんねんけどっ!」
カトレア達が支度を済ませた頃、リリスが部屋まで迎えにやってきた。
彼女は、カトレアの姿を見るやいなや、黄色い悲鳴を上げた。
「いやぁ、イケメンやのに美人って、もうそんなん寧ろ暴力やんか! オレ、今、カトレアちゃんに迫られたら、ぶっちゃけ乙女の大事な物を捧げてまうって! アイラ、ええ仕事しはるなぁ……」
リリスは早口で感想を述べ続ける。
そんな彼女は、後ろでアイラに髪を弄られているのに気がついていないようだ。
リリスが一通り喋り終わる頃には、彼女の頭のセットは終わっていた。アイラがリリスに施したのは、所謂ツインテール。根元に三つ編みされた束が巻きついていることで、少し小洒落たヘアスタイルになっている。
まだ気付いてないリリスに、カトレアが手鏡を渡すと、彼女はギョッと目を見開いた。
「なんやコレ、オレ可愛すぎやん!」
似合い過ぎて怖いと、リリスは何度も角度を変えて鏡を見ていた。
それを鼻で笑うアイラ自身は、ハーフアップシニヨンに髪をセットし、その結び目に、レースの髪飾りを付けている。カジュアル過ぎず、それでいて上品な仕上がりだ。
本人も含め、計3人のセットをこの短時間で済ませてしまうアイラ。その器用さに、カトレアは驚きを超えて感動すら覚える。
母親の職業柄、様々な装いを見て、触れてきた彼女だからこそできる技なのだろう。
「正直、こうやって着飾ってる時が1番楽しいんだけどね」
「それもそうね。でも、そろそろ時間よ」
アイラの言葉に、共感しつつ、カトレアは、2人を連れてパーティー会場へと向かった。
会場に着くと、既に多くの生徒が集まっていた。
カトレア達は一旦別れて、それぞれの科の場所へと向かった。歩いている途中で、こちらに目を奪われている生徒が、何人もいる事に気が付く。以前の人生でも、同じような視線を受けてはいた。
しかし、違うのは、今は、友人が美しく仕上げてくれた自分に、それが向けられている。それが、何だかカトレアには嬉しく、誇らしかった。
ふと、横を見ると、特別教養科の女生徒と目が合った。どこか嫉妬を混ぜた瞳をしている彼女に、普段なら煩わしい気持ちになるが、何せ今の自分は気分が良い。
カトレアは、柔らかく彼女に微笑んだ。少し、気障すぎる気もしたが、お洒落に浮かれているのだと、許して欲しい。
さて、そんなカトレアの微笑みを受けた女生徒はといえば、何故か顔を真っ赤にし、胸を抑えていた。更に、周りの女生徒達も胸を抑えたり、目眩を起こしたのか、フラついたりしている。
(大丈夫かしらあそこ。何か変な物でも食べた?)
女生徒達の様子に、不安を覚えながらも、カトレアは、いつもの仲間の元に辿り着いた。
「くぁあ、カトレアさん、おはようございます」
グラトに抱えられながら、セラが眠気まなこに挨拶する。
やはりパーティーギリギリまで寝ていたかと、何処までもマイペースなセラに、カトレアは、呆れながらも、彼の寝癖を直してやる。
「同室がグラトで良かったわ。貴方なら、セラくらいなら、お人形抱えるのと変わらないものね」
「ん。あと2人はいける」
セラが寝こけていても、運び出してくれるグラトには、姉のような立場のカトレアとしては、感謝しかない。
それは、ダンデも同じ気持ちだろうと、カトレアは、同意を求めて彼の方を向く。
しかし、彼は、何故か必死でカトレアから顔を背けている。
「どうしたのダンデ。何故、目を合わせないの?」
「うっせえ、ほっとけよ」
「いや、不自然過ぎるわよ。あと、失礼だわ。こっち向きなさいよ」
ダンデが顔を背ければ、それをカトレアが追う。それを何度か繰り返し、やっと観念したのか、ダンデは、漸くこちらを向いた。
「な、何よ」
少し赤らんだ彼の顔に、カトレアは一瞬戸惑う。何だかそれは、さっきこちらへ向かう時に、カトレアに目を奪われていた生徒達と似ている気がした。
(いや、ダンデに限ってそれは無いはず)
あれだけ普段から、憎まれ口を叩くことの多い、間柄なのだ。そんな、カトレアに見惚れるなんて事はないはず。
「お前、そのーー」
ダンデの言葉の続きに、何故かカトレアの鼓動が早くなる。
「似合ってる」
「ーーっ!そっ、そうかしら……って、あれ?」
その一言は、ダンデの口から出たのかと思った。
しかし、それにしては、声が低いのだ。
カトレアとダンデは、揃ってその声の主へと顔を向ける。
「妹が好きそうな感じだ」
グラトは、真顔でそう言って、親指を立てた。
(妹が好きそうって、貴方、妹さんがいらしたのね……)
鼓動は、一気に通常に戻り、カトレアとダンデは、互いに微妙な顔で彼を見つめたのだった。




