第11話 知らない
「マリア先生……、マジ可愛かったよなぁ」
マリアが出ていった後、教室は、彼女の話で持ちきりだった。
例に漏れず、ポロとラグもうっとりと語り合っていた。それは、彼等から、さほど離れていない席に座るカトレアにも、聞こえていた。
カトレアは、2人を揶揄ってやろうと、声を掛ける。
「あら、私も中々悪くないと思うけど、そんな事言われた事ないわね?」
すると、2人はいやいやと、食い気味に首を振った。その反応はあんまりだと、眉を顰めると、彼等は鼻息荒く話し始める。
「オイラ達は、カトレア姐さんのおかげで合格できたんだ! そんな恩人であり、尊敬する姐さんは、最早、女性というカテゴリーから外れてるんだよ!」
「なんたってカトレア姐さんは、僕達『業火に呑まれ隊』の隊長だからね! 最早、『神』というカテゴリーのが近いよ!」
ポロ、ラグの順に熱く話された理由に、カトレアは、口元を引き攣らせた。
彼等の口からでた、『業火に呑まれ隊』は、一般試験を合格したその日に、2人の間で勝手に結束されていたらしい。メンバーは、ダンデの火に隠れていた4名は、強制的に加入との事。
では、具体的に何をする組織なのかと聞けば、まだ決まっていないと言う。
「どちらかと言うと、心の同盟みたいなもんだからね。でもせっかくだし、今度の休みとかご飯に行く?」
「ラグは、飯の事ばっかだな。まずは、副隊長を決めないとだろ? やっぱ、ベンかな? アイツ真面目だし。姐さんは、どう思う?」
やる気みなぎるポロの問いに、カトレアは、そうね、と、投げやりに答えた。
「ありがとう、ダンデ。助かったよ」
隣に歩くベンからの礼に、ダンデは、構わないと、返した。
授業が終わり、ダンデは用を足しにトイレに行っていた。それを済ませて出た所で、山の様な資料を抱えて歩く、ベンを見つけ、手を貸したのだった。
「ポットル先生に呼ばれて取りに行ったらさ、こんだけ資料が置かれててさ……」
「あー、あのヨボヨボ爺さんなぁ。アイツの授業ある日に、日直はマジ最悪だな」
ダンデ達が話す、ポットル先生とは、ヴィストン学園で、歴史を担当している、老齢の教師である。学園の生き字引とも呼ばれる彼の授業は、何故かべらぼうに資料が多い。
しかし、腰も曲がった年寄りがそれを運ぶ訳もなく、いつもクラスの日直が駆り出されている。今回、それに当たってしまった、不運な生徒が、ベンだった。
「話も長えし、俺はアイツの授業無理だわ」
「ハハッ、あの先生人使いは荒いけど、話は案外面白いよ?」
「ケッ、俺は体動かしてる方が性に合ってるぜ」
ダンデは理解出来ないが、ベンは、座学の方が楽しいのだと言う。確かに、一般試験の時の様子を見た限りでは、実戦は得意ではなさそうだ。
その事を言えば、彼は、情けないのか恥ずかしいのか、気まずそうに目を逸らした。
「あっ、そうだ。ダンデって、カトレアさんの好きな物知ってる?」
「あいつの好きな物ぉ?」
ベンの質問に、ダンデは何故と首を傾げる。
聞けば、助けてくれたお礼をしたいのだと言う。
(アイツの好きな物なぁ)
出会いから遡って考えるが、ピンとくるものがない。
そもそも、元は侯爵令嬢だったのに、野宿もしてのけた彼女の適応能力の高さ。これは、裏を返せば、こだわりが強くないと言えるのではないだろうか。
詰まるところ、長い付き合いであるダンデにも、彼女の好きな物は分からないのだ。
その事が、何故だかダンデには面白くなかった。
しかし、ベンを無視する訳にもいかない。
ダンデは、苛立たしげに舌打ちを交え、知らないとだけ返した。
機嫌を悪くしたダンデに、若干怯えた顔を見せたベンは、それならいいんだと、苦笑した。
「まあ、本人に聞いてみるよ。気を悪くさせちゃって、ゴメンね?」
しかし、ベンの『本人に聞いてみるよ』が、何故だか気に入らないダンデは、益々、眉間の皺を深めた。




