第7話 ルームメイト
焼き立てのパンの匂いが広がる、朝の食堂。
しかし、この場に似つかわしくない形相で、リリスが、トレーを携え、カトレアの横に立っていた。
「……なんなん?」
こちらを凝視するリリスに、カトレアは、やれやれと、額に手を当てる。
そして、恐らくリリスが気になっているであろう、隣に座る女性に目を向けた。
「あら、朝から煩そうなのが来たと思ったら、ラッキー令嬢じゃない」
そう、気だるげに口にするのは、カトレアのルームメイト、アイラ・フルベールであった。
遡る事、昨日。
寮の説明も終わり、カトレアは、与えられた自室に入った。
平民から見たら広く、貴族から見たら狭い部屋には、二人分の家具が、左右対称に並べられている。
シングルベッドも、勿論二つ用意されているのだが、既に左側の布団が膨らんでいた。
恐らく、その中身は、ルームメイトだろう。入寮後、直ぐに布団に入るなんて、どこか具合が悪いのかと、少し心配になる。
(寝てるのなら、挨拶は起きてからの方がいいわね)
カトレアは、起こさないように、静かに自分の荷物を鞄から取り出そうと、手を掛けた。
「んー、あら? もう来てたの」
カトレアが振り返ると、目を見開くような女性が布団から出てきた。
豊満な肢体はシャツ1枚のみしか身につけておらず、谷間も、程よい肉感の太ももも、惜しげも無くさらされていた。
ぷっくらとした唇は妖艶で、肩にかからない程度の髪をかきあげる姿は、女であるカトレアですら、ドキリとする。
「えっと、ごきげんよう、だったっけ。初めまして、カトレア・クラークさん。アイラ・フルべール、貴女のルームメイトよ。あっ、ルームメイトにまで敬語使う気ないから、アタシ」
アイラの色香に、たじろぎながらも、カトレアが挨拶を返すと、彼女は、満足そうに口角を上げた。
「ふーん、侯爵令嬢だからって、もっと偉そうなの想像してたけど……、そうでも無いわね、貴女。顔も結構好みかも。アタシ、綺麗な顔の子好きなのよね」
「ちょっ、ちょっと近いんじゃなくて? 目のやり場に困るわ!」
押し倒す勢いで近づいてきたアイラを、カトレアは、慌てて引き剥がす。
アイラは、「あら、残念」と、離れると、クスクス笑いながらベッドに腰掛けた。
「これから3年間、よろしくね? カトレア」
「……という訳よ」
カトレアは、アイラの事を一通り説明したが、リリスは、納得がいかないようで、ブンブンと音がなるほど首を振っている。
「アカンアカン! 何で、こんな低確率ガチャで、とんでもないの引いとんの! ダメやダメ! この発禁女は、カトレアちゃんの教育によろしくない! 今すぐ、カトレアちゃんのルームメイトの座をオレに渡さんかい!」
「イヤよ。好みの顔なら、お願い聞いてあげなくもないけど……。アンタ、ちょっとあざと過ぎるのよね、顔が」
「はぁ!? 年増顔に言われたないねん! てか、その胸のボタン上まで閉めろや! これみよがしに谷間見せるなんて、カトレアちゃんに対する嫌味か!」
(いや、貴女の方が失礼よ)
心の中で指摘しつつ、カトレアは、己の胸を省みた。別に無いわけではないのだ。膨らみもあるし、両手には収まるかもしれないが、確かにある。
では……と、カトレアは、2人の胸を盗み見する。
アイラは言わずもがな、開けた胸元から、深い谷間が存在している。それに、リリスも、大きめのローブを羽織ってるにも関わらず、しっかりとその部分に山がある事が分かる。
山やら谷やらと、大自然を彷彿させる単語を並べたが、自分のはどうだ。
あるには、あるが、谷はない。では、山はどうか? それも正直微妙である。
(リリスが山なら……、丘?)
思いつたそれは、カトレアの心に重くのしかかった。
「いいじゃない、胸がなくても、カトレアは顔が良いんだから」
「せや! 胸がなくてもカトレアちゃんは、完全無欠な存在やからな! あれ? カトレアちゃん、どうしたん?」
カトレアは、己の胸を憂いながら、入学後、初めての朝食を口にした。
この時ばかりは、栄養が全て胸に行くように、願わずにはいられなかった。




