第6話 学生寮
リリスとの会話を切り上げ、カトレアは、教室へと戻ってきた。
幸い、数分程の余裕を持って帰って来れた。カトレアは、自分の席に座り、一息つく。
リリスとの出会いは、かなりの衝撃だった為、思いの外、心身ともに疲れている。カトレアは、行儀が悪いと思いつつも、上半身を机に預け、長い溜息を吐く。
「おい、随分疲れてんじゃねえか。目当ての奴には会えたのか?」
「いえ、会えたって言うのか、会えなかったって言うのか……」
声を掛けてくれたダンデには悪いが、カトレアは、曖昧な返事しか返せなかった。
カトレアは、結局、自分が謝りたかった『リリス』には、会えなかった。
1度目の人生で会った彼女は、今何処にいるのか……。
(もしかして、存在すらしない? )
しかし、ミナト・ヤシロの様に、中身だけどこか別の所にいるのかもしれない。
そうである事を祈って、カトレアは、机から顔を上げる。
休憩が終わると、寮の管理者として、マイヤー夫妻が教室にやってきた。
「寮の管理をしています、ロットラ・マイヤーです。こちらは、妻のサブリナです」
「皆様、よろしくお願いいたします」
ロットラは、挨拶を済ませると、寮についての説明を始めた。
ロットラの話によると、校舎から西に800メートル程離れた場所に、学園の男子寮がある。騎士科の推薦生にはB棟、一般入試生にはC棟が与えられるそうだ。
(多額の入学金の見返りと……、後は、上下関係に五月蝿い生徒に対しての、トラブル防止の為ね)
寮を分ける事を差別だと、不満に思う者もいるかもしれない。
しかし、貴族と一般市民を同列に扱えば、貴族側から不満が出るのは、目に見えている。
余計な生徒間でのいざこざを避ける為の、敢えての区別であると考えれば、致し方ない。
免罪符として、彼等が、多額の入学金を払っている事を盾にとれば、一般入試生は何も言えない。
「さて、色々言いましたが、これから実際に寮に行きましょう。今日は、これで終わりらしいので、荷物は忘れずに。後……、カトレアさんは、サブリナから、個別に説明がありますので、残ってください」
カトレアは、ロットラの指示に従い、出ていく男子生徒達を見送る。
最後に出ていったセラに、カトレアは小さく手を振った。
2人だけになった教室で、サブリナは、カトレアの隣の席に座った。
「改めて、初めまして。女子寮の管理をしております、サブリナです。よろしくね」
「カトレア・クラークと申します。こちらこそ、サブリナ様からご挨拶を頂くなんて、光栄ですわ。先程のご挨拶では、仰ってらっしゃらなかったですが、サブリナ様は、キャンベル学園長のご息女でいらっしゃいますよね?」
カトレアの言葉に、サブリナは、まあ! と、少し驚いた顔で、口に手を当てる。
「ご存知なのね。あまり、オーラがないのか、気付かれないことも多いのよ?」
「いえ、そんな事ございませんわ。でも、皆、サブリナ様が、エプロンドレスをお召になられるとは、思いもしないかと……」
とはいえ、カトレアも実際にお目にかかるのは、1度目の人生以来である。
あの時も、名前を知っていたカトレアは、彼女が王弟のご息女である事に薄ら気が付いていた。
しかし、サブリナ自身が身分を明かす事は、1度もなかったはずだ。
「寮生は、特に一般市民の子が多いから。身分が分かっちゃうと、頼りにくくなっちゃうのよ。だから、敢えて言わないの。さて、本題に入らせてもらうわね?」
サブリナは、校内の地図を広げて、寮の場所を指さす。
女子寮は、男子寮とは反対の場所に位置する。
全部で、A、B、Cと、3棟あり、順に、特別教養科、魔法科、一般教養科に分けられている。
以前、カトレアは、A棟を利用していた為、かなり豪華な部屋が与えられていたが、今回は、騎士科の生徒の為、そこに入る事はない。
「一般生徒は、男子も女子も、一部の部屋を除いて、相部屋になるのよ。侯爵令嬢である、カトレアさんには申し訳ないのだけれど……」
「いえ、問題ありませんわ。私は、侯爵令嬢である前に、騎士科の生徒です。それに、その程度の事で、文句を言っては、騎士は務まりません。」
「あら、心強いわ! ルームメイトは、一般教養科の、アイラ・フルベールっていうお嬢さんよ。仲良くなれるといいわね」
サブリナは、ニコリと微笑んだ。
(良かった……、万が一、リリスと一緒になったら、休めるものも休めなかったわ)
カトレアは、リリスには悪いと思いつつも、その事に安堵しながら、サブリナに笑顔を返した。




